真実はどこに?

夢はユーチューバー"と言い出す子の末路
プレジデントオンラインより(MSNニュース)2019 6 11
「ユーチューバーになりたい」という子供の言い分を認めてもいいのだろうか。プロ家庭教師集団「名門指導会」代表の西村則康さんは「憧れるのは悪いことではない。だが中には、『ラクして稼げる』と思っている子供もいる。安易に言い出す子は、問題を抱えやすい」と指摘する――。

「勉強さえしていればいい」という甘やかし
ケイタイの発信元を見た瞬間、「また何かあったな」と悪い予感がした。スバルくんのお母さんから電話がかかってくるときはいつもそうだ。
案の定、いつもの「先生、あの子を見てやってください! なんとかしてあげてください!」とすがる声。
中学受験が終わって、すでに4年がたっているというのに、スバルくんのお母さんは、困ったことがあると必ず私に電話をする。今回は1週間後にある英語の定期テストを見てほしいという依頼だった。そこで赤点を取ると進級できなくなるという。
スバルくんの家庭教師についたのは、小学5年生の時。3年生の頃からときどき電話相談を受けていたが、そのたびに転塾をくり返し、家庭教師をころころと変えていた。それでも一向に成績が上がらないので、最後の神頼みといった感じで、私に依頼が来たのだ。
スバルくんのお母さんは教育熱心だが、幼い頃から「あなたは勉強さえしていればいいのよ」と、スバルくんを甘やかしてきた。幼い頃は素直に言うことを聞いていたスバルくんだが、やがて立場が逆転し、お母さんの言うことを聞かなくなった。勉強をしたがらないのも、親に対する反発心からくるものだと感じている。

成績不振の原因は「親子関係」

しかし、お母さんはスバルくんの成績が上がらないのは、塾のせい、家庭教師のせいと決めつけ、思いつきでコロコロと方針を変える。成績不振の原因は、指導者ではなく親子関係であることに気づかない。
スバルくんは努力を嫌う。世間では、中学受験の勉強は詰め込みと思われているが、単に暗記や公式に当てはめるだけでは解けない。答えにたどり着くまでには、ああでもない、こうでもないといくつもの試行錯誤が不可欠で、それこそが中学受験の学びの良さだと思っている。それには単に知識を蓄えるだけでなく、考え続ける努力が必要だ。
ところが、スバルくんは少し考えたふりをして、「で、答えは何?」と聞く。スバルくんに限らず、地道に努力をする経験をせずに育った子の口癖だ。そういう子は自分で考えようとせず、答えだけを求める。
中学受験では難関校になるほど、難度の高い思考力が求められる。スバルくんのお母さんは、スバルくんを東京の名門校・麻布中学校に入れたがっていたが、考えることが嫌いなスバルくんには到底届かない。長文で、小学生が知らないテーマを出す麻布中の入試問題は、未知への好奇心と「最後まで解いてみせるぞ!」という強い意志と粘りがなければ、解けないからだ。

「ユーチューバーになりたい。ラクして稼げるから」

結局、スバルくんは偏差値が麻布より20低い中堅校にギリギリ合格し進学した。しかし、入学後すぐに勉強についていけず、お母さんから「困った」の電話がかかってきた。「ダメ息子を叱ってほしい」と言う。
勉強へ向かわせる動機付けに、「スバルくんは将来、何になりたいの?」と尋ねてみた。将来像があれば、その夢を叶えるために、今やるべきことがわかり、勉強も頑張るのではないかと思ったからだ。
ところが、スバルくんの口から出た言葉は、「ユーチューバーになりたい。だって、ラクして稼げるから」
今でこそ、小学生の男の子が将来なりたい職業の上位にランクインするユーチューバーだが、当時はまだ珍しく、意表を突かれた感じだった。でも、スバルくんは、勉強はしないけれど、ユーチューバーにお金が入る仕組みはよく知っていた。だからといって、今何かを発信しているわけではない。単にラクに稼げそうだから、「ユーチューバーになりたい」と言っているのだ。
そう思っているのは今だけで、やはり日々の努力が大事であることを伝えた。しかし、それはわかっているけれども、やりたくないと言う。
結局、スバルくんは中1の終わりに勉強についていけなくなり、公立中学に転校した。そして、高校生になっても冒頭のように、お母さんから「困った!」の電話がかかってくる。短絡的な母親と努力を嫌う子供。この負のスパイラルから抜け出すことができない。

「地震が来たら、勉強しなくていい」

あれから数年がたち、再び「ユーチューバーになりたい」という子に出会った。ユーチューバーに憧れることが悪いことだとは思っていない。でも「なぜなりたいの?」と聞くと、「勉強したくないから」とさらりと言う。
マサキくんは東京ベイエリアに住む裕福な家庭の子だ。東日本大震災の時に自分の自宅の周りが液状化した様子を見ていたにもかかわらず、「また地震が来ないかなぁ〜」と平然とした顔でつぶやく。「地震が来たら、学校に行かなくていいし、勉強もしなくていいから」と本気で思っているのだ。マサキくんは私立小学校に通っていたが、小学3年生の時に成績が悪くて、このままでは進級できないかもしれないと家庭教師をつけることになった。
そのため、当初は内部進学のための勉強を行っていたが、いかんせん勉強が嫌いで、努力をしない。6年生の11月にやっぱり進級できないかもしれないということで、急きょ中学受験に切り替えることになった。幸い、中学受験は成功したが、入学後も努力をせず、毎年進級できるかどうか成績会議をかけられる問題児だった。中学受験後も、何か困ったことがあると思い出したように私を頼ってくるマサキくんのお母さんは、前出のスバルくんのお母さんと重なる。

「我慢してほめられる」経験がなかった
2つの家庭は、なぜこうなってしまったのか?

その原因は幼少期の育て方にあると感じている。マサキくんのお母さんは、マサキくんの小学校受験の時に勉強をガンガンやらせ、幼児教室にさえ行けば、あとは何をしてもよしと甘やかしてきた。マサキくんは、幼い時は素直にしたがっていたけれど、小学3年生頃になって自我に目覚めるようになると、親の言うことを聞かなくなってきた。
お母さんが何を言っても、売り言葉に買い言葉。へりくつでお母さんを言い負かし、お母さんも子供をただしてあげることができない。そんなゆがんだ親子関係ができあがってしまったのだ。

失敗の原因は、小さい頃に「我慢をする」というしつけをしてこなかったことが大きい。我慢というのは、食事をする時には家族みんながそろうのを待つとか、欲しいものが手に入らないことを受け入れるとか、人として社会で生きていく上で必要な自制心だ。幼い時に我慢することでほめられるという経験をしてこなかったから、いつでもラクな方へ、自分が心地よい方へと行ってしまい、努力の快感を知るチャンスを逃し続ける。

我慢ができない子は人の話を聞けない

我慢ができない子というのは、人の話を聞けない。じっと座っていることも、黙って聞いていることも疲れるからだ。人の話を聞けない子は、新しい知識を得た時に得られるはずの快感を逃し続ける。どんなに優秀な先生がついても、その話を聞かなければ伸びるはずがない。スポーツでも、音楽でもそうだ。人の話を聞かず、努力もせず自己流でやろうとする人は、伸びていかない。

学力は生まれ持った力と考える親は少なくない。だが、よほどの天才でない限り、多くの人は努力によって伸びるものだ。その努力する力を身につけるために必要なのが、幼少期の我慢だ。

「あなたは勉強さえしていればいい」

「ちゃんと勉強をしたら、○○を買ってあげるね」

そうやって大人の都合で、幼い時に勉強をやらされてきた子は、どこかで必ず伸び悩む。そして、我慢をする経験をしてこなかった子は、ラクな道へと逃げる。ユーチューバーで稼ぐのは、現実的にはとても大変なのに、安易に「ユーチューバーになりたい」という子の思考回路には、幼少期の親の関わりが影響しているように思えてならない。

西村 則康(にしむら・のりやす)

プロ家庭教師集団「名門指導会」代表/中学受験情報局 主任相談員

日本初の「塾ソムリエ」として、活躍中。40年以上中学・高校受験指導一筋に行う。コーチングの手法を取り入れ、親を巻き込んで子供が心底やる気になる付加価値の高い指導に定評がある。(構成=石渡真由美 写真=iStock.com)

大山倍達(崔永宜/本名)さんの孫ら3人逮捕 大麻所持疑い

2/27(水) 12:22配信 日テレNEWS24

東京・新宿区で大麻を所持したとして空手家の大山倍達さんの孫ら3人が逮捕された。

警視庁によると、大山照羅容疑者ら3人は、26日未明、新宿区の路上に止めた車内で大麻を所持した疑いが持たれている。
大山容疑者らがパトカーから視線をそらしたことを不審に思った警察官が職務質問を行って、大麻を発見したもので、3人の尿からは大麻の陽性反応が出たという。
大山容疑者は極真空手の創始者として知られる空手家の大山倍達さんの孫で、先月、覚せい剤取締法違反の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けていた。
調べに対し大山容疑者ら2人は容疑を否認し、1人は認めているという。


大山倍達氏の孫ら 大麻取締法違反容疑で逮捕 

2/27(水) 12:20配信 毎日新聞
乾燥大麻を所持していたとして、警視庁新宿署は27日、自称東京都豊島区の自営業、大山照羅(あきら)容疑者(21)ら3人を大麻取締法違反(共同所持)容疑で
現行犯逮捕したと発表した。
大山容疑者は極真空手の創始者、大山倍達(ますたつ)氏(1994年死去)の孫
逮捕容疑は26日午前2時35分ごろ、新宿区大久保1の路上に停車中の乗用車内に乾燥大麻を所持したとしている。逮捕は26日。大山容疑者は「私の物ではない」
と容疑を否認している。

同署によると、警戒中のパトカーを追い越した車の助手席に乗っていた大山容疑者が目をそらすなど不審な動きをしたため、職務質問をした。運転席付近から缶や
封筒の中に入った乾燥大麻が見つかったという。3人の尿からは大麻の陽性反応が出た。

大山容疑者は覚せい剤取締法違反で1月に有罪判決が言い渡され、執行猶予中だった。【安藤いく子】

楽天インフォシークニュース

沖縄県民が知らない米軍の撤退後に待ち受けている恐ろしい現実

まぐまぐニュース! / 2019年2月27日 19時14分

2月24日に行われた県民投票で、「7割が辺野古への米軍基地移設に反対」という意思を表示した沖縄県民。この結果を受け、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんは、沖縄にのしかかる米軍基地負担を考慮した上で、仮に基地が撤退した後に「沖縄に起こり得る中国侵略被害の可能性」を、ベトナムとフィリピンが直面している事態を挙げ解説しています。

沖縄の皆さまに知っておいてほしいこと

皆さまご存知のとおり、沖縄で基地に関する県民投票が実施されました。結果は。県民投票の開票確定、「反対」72.2%共同 2/25(月)0:59配信 沖縄県は25日未明、県民投票の開票確定結果を発表した。辺野古沿岸部の埋め立てに「反対」は72.2%、「賛成」が19.1%、「どちらでもない」は8.8%だった。

  • 反対:72.2%
  • 賛成:19.1%
  • どちらでもない:8.8%

この問題について。私は、「沖縄の皆さまの苦しみを理解できる」とは到底いえません。それでも国家の未来に関することですから、書かせていただきたいと思います。まず、こちらをご覧ください。

反日統一共同戦線を呼びかける中国

ここで、中国の代表が、敗戦国日本の領土は、北海道、本州、四国、九州4島に限定されており、こうした理由で日本は南クリル諸島、トクト(竹島)、釣魚諸島(尖閣諸島)のみならず、沖縄をも要求してはならない

と主張しています。主張するだけにとどまらず、「中国、ロシア、韓国で『反日統一共同戦線』を作って、日本の領土要求を放棄させようぜ!」と提案している。「中国が日本に断念すべき領土に、【沖縄を含めていること」は明白な事実です。

私は何がいいたいのか。確かに、米軍基地があることで、沖縄県民の皆さまの負担は大きいのでしょう。だから、基地反対派の知事が勝つのでしょう。しかし、米軍が去れば人民解放軍が入ってくる可能性が高いのです。そして、人民解放軍は、チベットの民120万人を大虐殺した過去があります。米軍はひどいかもしれませんが、人民解放軍はさらに100倍ひどいことを覚悟しておかなければなりません。

フィリピンとベトナムで起こったこと

私の書いていることがファンタジーでない証拠。一番目は、中国自身が、「日本に沖縄の領有権はない!」と主張している。もう一つは、「米軍が去った国で中国は何をしたか?」です。

ベトナムとフィリピンの例をあげます。

例1 中国対ベトナム

南シナ海西沙諸島は、34の小島からなります。そして、中国、ベトナム、台湾が領有権を主張している。1970年代初めまで、中国が西沙諸島の北半分を、南ベトナムが南半分を支配していました。

アメリカは、共産主義の拡張を食い止めるため、60年代を通じて南ベトナムを支援していた。しかし、73年に力尽き撤退しています。天敵(アメリカ)がこの地域から消えたのを見届けた中国。1974年1月、南ベトナムが実効支配する西沙諸島に侵攻し、占領。中国はその後、西沙諸島「永興島」に滑走路や通信施設を建設。軍隊を常駐させています。

例2 中国対フィリピン

1992年、アメリカ軍は、フィリピンのスービック海軍基地、クラーク空軍基地から撤退します。

中国は1995年1月、フィリピンが実効支配する南沙諸島ミスチーフ環礁に軍事監視施設を建設。同年2月、フィリピンは中国に艦艇の撤収を要求します。中国側は「建造物は軍事施設ではなく、漁船の避難施設である」とし、撤収も拒否しました。フィリピン政府は調査船を派遣しますが、中国軍艦艇により追い返されてしまいます。フィリピンは、軍事力で中国に勝てないので、アメリカやASEANに援助を求めました。アメリカもASEANも、中国を強く非難。中国も、「話し合いで解決する」ことを約束しました。しかし、中国はその後も同環礁にいすわりつづけ、98年には軍事施設を拡充フィリピン政府は抗議しましたが中国は無視しています。うでしょうか?中国は、いまよりも全然弱かった70年代、90年代でも、米軍が去った場所を侵略しています。今、中国は、GDPも軍事費も世界2位になりました。誰がどう見ても、アメリカに次ぐ大国です。米軍が去れば遠慮なく沖縄に侵攻してくる可能性が高いのです。

沖縄の基地問題。
もっとも欠けているのは、「中国をどうするの?」という視点です。政府は、この点について説得力ある資料を作り、「米軍が去れば、人民解放軍が来る可能性が高いですよ」という情報を、広く知らせるべきだと思います。なぜなら、それは本当のことだからです。

MAG2 NEWS

【平成末の風景】史実とかけ離れた“反日史観”が炸裂か…韓国「三・一運動」の誤解と捏造

夕刊フジ / 2019年2月27日 17時11分

 今年の3月1日は、日本統治下の朝鮮における独立運動「三・一運動」の100周年にあたる。韓国では、史実とはかけ離れた反日史観が炸裂(さくれつ)し、事実の捏造(ねつぞう)まで交えながらキャンペーンが行われることが予想される。

 そこで、最近、刊行した『捏造だらけの韓国史』(ワニブックス)では、「三・一運動を機に日本の朝鮮統治は安定し、皇民化へ向かって大きく舵が切られた。100周年を機に、韓国の反日攻勢は加速していくだろうが、日本国民はそういう虚構に毅然(きぜん)として立ち向かう覚悟が必要だ」というようなことを書いておいた。

 3月1日に発売される月刊『正論』でも、「韓国『三・一独立運動』のウソ」という記事を掲載していただく予定だ。

 韓国の憲法では、韓国は三・一運動の後、中国・上海で成立した大韓民国臨時政府の法統を継ぐとしている。特に、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、それを強調する立場をとっている。

 三・一運動のきっかけは、かつて大韓皇帝だった高宗(ゴジョン)の死である。高宗の次男である李垠(イ・ウン)が、梨本宮方子(まさこ)女王と結婚することになった。高宗は李王家の安泰を保証するこの結婚を喜んでいたのだが、「高宗が反対しており自殺した」とか「暗殺された」というデマが流れたのがきっかけで大混乱となった。

 しかし、「死者7509人」という日本の教科書にまで使われている数字は根拠がないプロパガンダで、南京事件30万人と同じだ。

 また、この騒動後、原敬首相や斎藤実総督による本格的な皇民化を目指した政策が成功し、それまでは摩擦があった日本による朝鮮統治はまれにみる安定をみせるようになり、終戦までほとんど混乱なく安定した。原は盛岡、斎藤は岩手県水沢出身で「戊辰戦争で反官軍だった自分たちが体制の中心に座るようになった経験を、朝鮮にも適用可能だ」と考えた。原は「朝鮮人に参政権も付与すべきだ」としていた。

 また、運動の指導者たちの多くも、総督府の融和政策に応えて、創氏改名や日本語教育推進といった皇民化政策の積極的協力者になったのである。「三・一運動」は独立運動の開始でなく、日本統治安定への転換点だというのが真実なのだ。 =おわり

 ■八幡和郎(やわた・かずお) 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に『日本の高校ベスト100』(啓文社書房)、『捏造だらけの韓国史』(ワニブックス)など多数。

【朝鮮半島を読む】対日外交を放棄した文在寅政権

株式会社 産経デジタル2019/02/08 07:05

「もはや無効」−。よく、こんな玉虫色で完全防備された表現を思いついたものだ。日韓両政府が1965年に締結した日韓基本条約に盛り込まれた文言だが、日本の朝鮮半島統治を規定した日韓併合条約(10年締結)はもはや無効という趣旨だ。なぜこのように、いかようにも解釈できる曖昧な表現になったかというと、日韓両政府の主張が180度異なり、妥協の余地がない中で何とか国交正常化を実現するためだった。韓国政府は併合条約そのものが違法で、日本統治は初めから無効と訴え、一方、日本政府は合法的に条約が結ばれ、日本統治も合法的に行われたと主張していた。併合条約が「もはや無効」という表現は、日本の立場からすれば締結当時は合法だったが国交正常化の段階で無効となったと解釈でき、韓国側からすれば締結当時から無効だったといえる。互いに都合良く解釈できる究極の玉虫色の文言が生み出されたのだ。これまでの日韓両政府は、こうした外交上の知恵を絞りながら、何とか局面を乗り越えようとしてきた。
■対日外交を重視してきた韓国
東京大学で学んだ知日派の崔敬洛(チェ・ギョンナク)韓国国防大学院教授(当時)は共著「韓・日関係論」(85年刊行)の中で、対日外交の要諦をこう説いている。日本人には建前と本音があることを紹介した上で、「その『本音』を探し出す方法が『根回し』だ。すなわち交渉がうまく成立するためには、前もって相手方の話をよく聞き、その真意(本音)を探り出して懸案の問題を解決する過程が必ず必要だ。よって時間は掛かるものだ」。実際、日韓国交正常化には足かけ14年もの歳月を要した。くだんの対日外交本は三十余年前に韓国で出版されたものだが、当時、日本は米国に次ぎ、世界第2位の経済大国だった。同書は、日本について「韓国とは一衣帯水の近隣国家として同じ自由民主主義を共通の理念として追求している国だ」とした上で、「両国が協力関係を維持していくことは韓国の国益のためにも重要なことだ」と断言している。

■日本を無視する文在寅政権
韓国の現政権は、果たして日本をそう見ているだろうか。歴史認識や領土問題で対日批判を強めた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下、日韓関係は最悪と評価された。続く李明博(イ・ミョンバク)政権下では大統領として初めて竹島に上陸するなど、さらに悪化。朴槿恵(パク・クネ)政権下では「史上最悪」と評された。ところが文在寅(ムン・ジェイン)政権下で、日韓関係は「史上最悪」がさらに進み、「どん底」状態となっている。領土問題や慰安婦問題に加え、新たにいわゆる徴用工判決やレーダー照射問題が日韓の亀裂を広げている。徴用工の請求権については、日韓両政府とも国交正常化に伴い結ばれた65年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決した」との立場だが、韓国の最高裁判所はこれを明確に否定した。文大統領はその対応を知日家の李洛淵(イ・ナギョン)首相に丸投げし、いまだ解決に向けた具体的な動きがみえてこない。南北関係改善に躍起の文政権が、対北朝鮮以外にまともな外交を行っていないという批判さえある。前韓国国立外交院長、尹徳敏(ユン・ドンミン)氏は「現政権は南北関係を中心に世界をみているのが問題だ。それに集中するあまり日韓関係は無視されている。日韓基本条約に基づく65年体制は崩壊しつつある」と危機感を募らせている。日韓外交史に詳しい日本人研究者は文政権の対日外交の無策を批判しつつ、こう言い放った。「日韓関係は一度、破綻してしまえばいい。そうすれば文政権もようやく、その戦略的な重要性に気づくだろう」(編集委員 水沼啓子)

韓国が封印する不都合な史実「自国青年1700人を強制労働」
ニュースポストセブン MSNニュースより転載記事

2018/11/26 07:00

韓国の元徴用工をめぐる賠償訴訟問題は、かつてないほど日韓関係を危機に追い込んでいる。新日鐵住金に賠償金支払いを命じる判決に続き、今月29日にも三菱重工業を相手取った訴訟で韓国最高裁の判決が言い渡される。その後も総額2兆円にも及ぶ賠償請求への判決が続々と下される。

 この問題が1965年の国交正常化の際に結ばれた日韓請求権協定で解決済みなのは繰り返すまでもない。が、そもそも韓国政府は、日本に矛先を向ける前に自国の歴史に向き合うべきではないか。

 自国の若者たちを強制動員して働かせるということを、韓国政府自身がやっていたのだ。しかも、その対価として支払うべきカネを外国から調達しながら、それは政府が使い込んでいた──。

 1961年、朴正熙政権は、「国家再建と浮浪児の取り締まり」を理由に、「大韓青少年開拓団」を設立し、戦災孤児など1700人にも及ぶ青少年を忠清南道・瑞山の干拓事業に強制動員し、無賃金で働かせたという知られざる史実がある。

 動員の対象は男性だけではない。「工場で働ける」と女性を誘って連れてきて、開拓団の男性と強制的に結婚させた。「255組 合同結婚式」は、当時、政府広報として韓国メディアで大々的に取り上げられた。

 拉致同然に集められた若者たちは、「干拓した土地を1人3000坪ずつ分け与える」という政府の約束を信じ、管理者からの暴力や飢餓に耐えながら働いた。過酷な労働により、死者数は実に119人にのぼったとの記録が残る。

 しかし、干拓後に土地は国有地に編入され、土地を与える約束は反故にされたばかりか、逆に農地の使用料まで請求されたという。驚くべきことに、この問題は今年に入るまで、韓国国内でほとんど知られることがなかった。

◆「漢江の奇跡」の犠牲者

 今年5月、被害者たちの証言記録をまとめたドキュメンタリー映画『瑞山開拓団』が韓国で公開され、真相を知った観客に衝撃を与えた。監督を務めたイ・ジョフン氏(45)は、映画制作のきっかけをこう語る。

「5年ほど前に、大学の後輩でKBSテレビ(公共放送)のプロデューサーをしている友人から瑞山開拓団の話を聞き、大変驚きました。彼の故郷が瑞山で、父親が開拓団解散のあと、干拓地を開拓した農民の一人だったのです。最初は彼自身がKBSでドキュメンタリーにしようとした。が、当時は朴正煕の娘の朴槿恵政権下だったので“到底できない”と企画は却下され、独立系の映画を制作している私に託してきたのです」

“漢江の奇跡”と呼ばれる経済成長を成し遂げた朴正熙大統領の人気は娘が失脚した今も絶大で、それゆえに取材は難航したという。

「取材の過程で、米下院国際関係委員会が1978年に出した報告書から、朴正熙が干拓事業などのためにアメリカからもらった援助金を自分の政治資金に不正流用していたという事実を突き止めた。それを元開拓団のお年寄りたちに伝えると、初めて自らに降りかかった災難が、朴正煕政権の企みのせいだと気づいて証言に応じてくれました」(イ監督)

 なぜ昔の話をするのを拒んできたのかと問われた証言者たちは、「なぜかって?あまりにもみじめだから」

「この話をするとあまりにも悔しくて……」と漏らし、ある証言者は「朴正煕大統領は、国は生かしたかもしれないが、人間は限りなく殺した」と叫びながら慟哭した。その様子は映画の中で生々しく映し出されている。イ監督は言う。

「文在寅政権はこの事件を再調査し、適切な措置を取るべき。国の命令に基づいて干拓事業に携わり、若さと労働を捧げたのに、国家が信頼を裏切ったという点を認めて謝罪し、正当な補償をすべきです」

◆それでも黙殺された

 この問題は、元慰安婦や元徴用工の賠償問題と構図がよく似ている。日本は韓国との間で結んだ日韓請求権協定で、韓国の国家予算の2倍以上に相当する無償3億ドル、有償2億ドルの援助金を供与するかわりに、慰安婦や徴用工に関する請求権の問題は「完全かつ最終的に解決された」と確認し合った。

 だが、朴正熙政権は援助金を個人への賠償には回さず、インフラ投資などに使ってしまい、賠償の原資がなくなってしまったのだ。韓国を取材するジャーナリストの前川惠司氏が言う。

「韓国政府がカネを使い込んでツケが回ってくるという構図は、慰安婦問題や徴用工問題と全く同じ。韓国は日本が支出した慰安婦財団を解散しましたが、金泳三政権の時には韓国政府が慰安婦にカネを出すと言っていたんです。今になって慰安婦や徴用工では日本の責任を追及するのに、開拓団の問題は放置するというのはダブルスタンダードが過ぎる。しかし、日本人がそう感じても、韓国では日本を攻撃する材料にならないこの手の問題は関心を持たれにくいんです」

 事実、映画公開で一時話題となったものの、世論は盛り上がらず政府も黙殺した。検証作業や補償の動きは全く見えない。在日韓国人ジャーナリストの河鐘基氏はこう見る。

「韓国政府が恐れるのは、戦前の日本に対するのと同じように、戦後の“漢江の奇跡”の犠牲にされたという告発が相次ぐことでしょう。そういう声を抑えるためにも、ますます日本の賠償問題に目を向けさせようとするのではないか」

 自国の「不都合な史実」さえ日本批判の動機にされてはたまったものではない。

※週刊ポスト2018年12月7日号

防カビ剤や除草剤に注意、日本は世界の流れに反し規制緩和 
ニュースポストセブンMSNニュースより転載記事

2018/11/26 07:00

輸入された農作物には、国内では使用されていない有害な農薬が使われるケースもある。 アメリカから輸入されるレモンやオレンジ、グレープフルーツなどの柑橘類に使用される「防カビ剤」がそれだ。収穫した後に使われる、いわゆる「ポストハーベスト農薬」といわれ、アメリカから日本まで海上輸送をする際、カビの発生を防ぐために散布される。

 食品の輸入事情に詳しい東京大学大学院国際環境経済学教授の鈴木宜弘さんはこう語る。

「アメリカで使用される防カビ剤は、イマザリル、チアベンダゾール、オルトフェニルフェノールなど。いずれも毒性が強く、吐き気や発がんといった人体への悪影響が指摘されます。日本では、それらの農薬は消費者の健康を考慮して使用されることはまずないのに、現実にはイマザリルなどの防カビ剤に汚染された輸入柑橘類が平然と店頭に並んでいます」

 なぜそんなことがまかり通るのか。

「イマザリルなどの防カビ剤は、アメリカでワックスに混ぜられて柑橘類の表面に糊塗されます。ところがそれらの農薬は、日本に輸入される際に『食品添加物』として分類されることになり、なぜか、“制限されている『農薬』ではない”という建前になり、流通が認められています」(鈴木さん)

 つまり、本来は「農薬」であるものが、輸入食品の「食品添加物」として扱われることにより、規制をすり抜けるというわけだ。

 このダブル・スタンダードの背景には、1970年代に勃発した「日米レモン戦争」がある。 当時、日本に輸出する米国産レモンにはポストハーベスト農薬として、日本で未許可の防カビ剤が使われていた。そこで日本がレモンの輸入に難色を示すとアメリカ政府が激怒して、日本からの自動車の輸入制限をするなどの圧力をかけてきた。

「困った日本は、防カビ剤を食品添加物として認可する苦肉の策を打ち出しました。日本の食品安全行政はアメリカの外圧に屈し、国民の健康を守るという義務を放棄していまったのです」(鈴木さん)

 その結果、農薬にまみれた柑橘類が日本に氾濫することになった。問題となっているのは農薬だけではない。

「『ラウンドアップ』という除草剤は、WHO(世界保健機関)が発がん性を認めています。米カリフォルニア州では数年にわたってラウンドアップを使用してがんを発症したという男性が裁判に訴え、製造元のモンサント社に約320億円の賠償を命じる判決が出ました。

 日本では草にしかかけない“除草剤”なのに、アメリカでは大豆やトウモロコシなど穀物に直接かける方法が盛んで、成分が作物に残留しやすい。そのトウモロコシや大豆を世界で最も輸入しているのは日本です」(鈴木さん)

 発がん性が問題視されるラウンドアップは、EUや米カルフォルニア州など各国で使用禁止の規制が進んでいる。

「ところが日本は世界の流れに逆行し、昨年12月に厚労省がラウンドアップの残留基準を、品目によっては100倍以上に緩和しました。防カビ剤と同じく、アメリカの圧力に屈したのではないかといわれています」(鈴木さん)

※女性セブン2018年11月29日・12月6日号

《いじめ問題》動かぬ学校に立ち上がる母、ついにつかんだ “匿名加害者” の正体

週刊女性PRIME [シュージョプライム]
2019/01/06 16:00


「これで誰が書いたかがわかります。(投稿した人は)反省してほしい」

 こう話すのは埼玉県川口市立戸塚中学校に通っていた当時、いじめを受けた男子生徒(16)。

    ※

 保護者や生徒の間で流れていた誹謗中傷が、インターネットの匿名掲示板にも波及した。いじめ被害生徒の実名やあだ名も書かれ、被害生徒の母親は投稿者を特定するための裁判を起こした。

発信者の特定

 東京地裁(志賀勝裁判長)は12月10日、掲示板に書かれた内容は「他人にみだりに知られたくない」個人情報だと認定。その上で通信事業者に対し、契約者の情報(発信者情報)を開示するように命じた。

 ネット上では、

 “卑怯ないじめっ子の名前がいよいよ暴かれる!”。

 と騒がれている。

 誹謗中傷が書かれたのは、“地域に特化したローカルコミュニティサイト”と銘打っている匿名掲示板「爆サイ」。月間9億ページビューがある大型掲示板だ。

 その中の「関東版」に「埼玉雑談総合」があり、さらに、その関連で「川口市雑談」というコーナーがある。そこには様々なテーマについて書き込まれていて被害生徒の名前が書かれたのもそこだった。

 被害生徒が中学3年だった2017年10月1日、スレッドが作られた。

 裁判では、実名とあだ名を示した書き込みについて、特に、プライバシー侵害だとして、書き込みに利用した端末の契約者の情報の開示を求めていた。

 我が子の名前がひどい内容とともにネットに晒されたらー。まずは発信者を特定することが必要となる。

 発信者情報を特定するステップはこう。

 まずは、掲示板の管理人に対して、IPアドレス(ネット上の住所のようなもの)の開示を求める。掲示板の管理人に直接請求するが、レンタルサーバーの場合は、管理者だけでなく、そのレンタル事業者へも請求できる。

 被害生徒の名前が書き込まれた『爆サイ』の場合は、管理者の情報は公開されていない。そのため、問い合わせフォームから連絡することになる。

 管理者が応じない場合は裁判所を通じて、開示請求を行う。開示されれば、そのIPアドレスから通信事業者(携帯電話事業者やインターネット接続事業者)が判明する。

 その通信事業者に対して、さらにIPアドレスを割り当てられた契約者の情報(名前や住所など)の開示を求める。開示に応じない場合は提訴する。裁判所の開示命令が確定すれば、情報が開示され、個人が特定できる。

 判決では、

(1)スレッドのタイトルに学校名が書かれており、本文中にも実名や本人と簡単に連想できるニックネームが書かれていたこと

(2)このいじめの件は17年9月に新聞で報道されていたが、実名は掲載されていないこと

(3)記事が掲示板にコピペされていたが、その中の投稿で、実名が載せられていたこと

 などを認めた。

 その上で、この行為は「第三者が取得ないし、開示する行為は、本人が認める場合、受忍限度の範囲と言える場合などでない限り、プライバシーを侵害する」と、判断した。そして、通信事業者3社に対して、発信者情報を開示するように命じた。その後、通信事業者が開示し、個人名がはっきりした。

 被害生徒の母親は、

「書き込みは嘘ばかりで、嘘が広められたら、息子にどんな影響を与えるかわかりません。自転車に乗っていたことなど日常的な行動まで書き込まれていました。怖いです」  

 と話す。裁判までしたのは子どもを守るためだ。

 裁判の結果、個人が特定できたことについて被害児童は「これで(いじめの深刻さを)いろんな人に伝えられるのでよかった」

 と安堵した。母親もこう話す。

「匿名で書かれることは相手が見えません。バレないと思い、エスカレートしていきます。しかし、被害者は傷つくんです。こちらは警戒もできませんし、不安や恐怖にさいなまれます。書き込んだ人には、反省をさせたい」

 ただ、匿名掲示板で誹謗中傷され、学校でのいじめがネットにも発展していったのは、「学校の不適切な対応が背景にあった」と母親は指摘する。

謝罪する校長、でもいじめは否定

 被害生徒がいじめを受けるようになったのは、中学に入学した15年5月。サッカー部に入部すると、同級生の間でLINEグループができた。しかし、2日後、なぜか、被害生徒はグループから外された。

 そのことを知った教員がグループ参加者全員に注意した。被害生徒は「チクった」と言われるようになり、無視されたり、仲間はずれにされた。そんなとき、LINEでこんなメッセージが送られてきた。

「しねかす」

「ごみおつ」

 部活の練習中にもいじめがあり、暴力を受ける。16年3月には、親しかった部員からもLINEでこんなメッセージが送られてきた。

「仕切るな」

 繰り返されるいじめによって、被害生徒は16年9月、自傷行為におよび、不登校になった。母親によると、校長は自宅を訪ねてきて、

「1年生の頃から嫌がらせ等されていたことは認識してました。学校としての配慮が欠けていたことは申しわけございません。重く受け止めます」 

 と謝罪したという。

 一方で、校長は、周囲にはいじめを否定してきた。

 サッカー部の保護者会では学校側はいじめを否定し、いじめ加害者の保護者にだけ発言が許された。

「私が話をしようとすると、“その話題じゃない”と言われて、司会者に発言を止められました。教頭先生は“LINEはただの文字です”といい、問題視されませんでした」(被害児童の母)

 その後も保護者への説明では校長は「いじめはない」との説明を繰り返したという。

 しかし、埼玉県教委や文科省は、学校の対応は不十分として、川口市教委に対して指導・助言をする。市教委も学校に対してきちんとした説明を求めた。

 学校側は「子どもたちが部活を引退する前に話し合いの場をつくる」と約束するが、反故にされる。家庭訪問をして、一人ひとりに説明するとも言ったが、のちに家庭訪問をしてないことも判明する。文科省や県教委が繰り返し指導・助言したにかかわらず、改善されないため、校長は文科省に呼び出された。異例のことだった。

 そんな中で、いじめの結果、不登校になった疑いがある「重大事態」として、市教委の「いじめ問題調査委員会」が17年2月に立ち上がっていたことが新聞報道された。

「いじめの重大事態と扱っていることについて、これより前のサッカー部の保護者会で学校側が説明するはずだったんです。でも、しませんでした。そのときから、“親が騒いでいるだけ”などの誹謗中傷が始まったんです」(同)

 この新聞記事を元に、「爆サイ」にスレッドが立ち上がった。当初は書き込みが少なかったが、全校保護者会が開かれた10月20日前後から、書き込みが活発になった。

ネットいじめは阻止できるのか

「これまで学校は説明会をしないと言っていましたが、文科省に“保護者たちが報道で事実を知るというのはありえない”と指導されました。その際、説明会で何を伝えるのか、学校ときちんと確認し合いました。文科省の指導で県教委も立ち会いました」(同)

 学校側はようやく対外的に、被害生徒がいじめによって不登校になったことを認めた。

 しかし、ここでも虚偽の説明が行われた。たとえば、シューズの裏に「しね」と書かれていた。この件に特化したアンケートを実施したと説明したが、実際にはしてないという。

「“教師一丸となって、学校全体でいじめ問題に全力で取り組んでいる”との説明もありましたが、他の保護者からも、自身のこどものいじめ対応について、“うちの子どももLINEで嫌がらせを受け、1か月以上前に相談しているが、連絡がない”などの声が上がっていました」(同)

 この説明会では、ネットへの書き込みについても注意喚起するはずだったが、説明もされず、これまで保護者や生徒の間でなされていた誹謗中傷がネットに飛び火する形になった。まずは加害生徒の名前が出され、被害生徒の名前も出されていった。

 担当した荒生祐樹弁護士は「これまでいじめの加害者が誹謗中傷を受け、名誉やプライバシーが侵害されたことを理由に発信者情報開示の裁判に至ったケースはいくつか見られるが、いじめの被害者が発信者情報開示請求を行い、判決にまで至ったのはそれほど多くないのではないか」と、異例な裁判だったことを明かす。

「いじめの被害者は、加害者を含め匿名で中傷する人たちを許せないのは当然だと思うが、辛い思いをしている中、ここまで行動を起こすことはとても難しいのが現実だと思う」(荒生弁護士)

 発信者が判明すれば、今後、名誉毀損の損害賠償請求訴訟が可能になる。ネットいじめの抑止や対抗策になり得るのだろうか。荒生弁護士はこうも指摘する。

「今回の判決の意義は、いじめ被害を受けたことはプライバシーとして法的保護の対象となる、と裁判所が示した点にあると考えます。投稿者を特定できれば法的責任を追及することができます。書き込み全体からすれば、氷山の一角に過ぎないかもしれませんが、今後、匿名で安易にネットいじめに加担しようする人に対して、大きな抑止力になると思います

 いじめ問題に取り組む、NPO法人「ジェントルハートプロジェクト」の小森美登里理事は、

「ネットいじめに関する相談はきていますが、今回のように個人を特定するケースはほかに聞いたことはありません。良い影響があればいい」

 と話す。

 判決は、今後の活動にどう生かされるのか。

「自由に情報発信できる時代ですが、履き違えた発信もあります。学校の講演ではメディア・リテラシーについて、例えば、自分が発信した情報をどこまで検証していくのかなどを話しています。今回の内容も間違いなく、伝えていきたい」(小森理事)

 開示命令はいじめの加害者に反省を求める機会となる一方で、男性のPTSD(心的外傷ストレス障害)は未だ改善されない。

 被害者の心の傷はなかなか癒えない。なお、いじめの対応に関して、被害生徒は川口市を訴えている。12月の口頭弁論で市側は、事実関係の一部を否認して、争う姿勢を示している

エキサイトニュースより転載記事 2019 1 22

「お前、マジで殺すぞ」と手首縛られ暴行された女子中学生 密室での悪夢に悲鳴相次ぐ

(artursfoto/iStock/Getty Images Plus/写真はイメージです)21日、女子中学生をホテルに誘い出して性的暴行を加え、現金を奪った無職の男(35)が逮捕された。男の乱暴な手口に、ネットからは悲鳴が相次いでいる。■手首を結束バンドで縛り…

強盗・強制性交の疑いで逮捕されたのは、別の強姦致傷事件で実刑判決を受けて服役し、先月、出所したばかりの男だった。男はツイッターで中学3年の女子生徒に「モデルに興味はないか」とメッセージを送り、先月29日、東京都台東区のホテルに誘い出したという。男は撮影を装って女子生徒の手首を結束バンドで縛り、抵抗されると「お前、マジで殺すぞ」などと脅し、性的暴行を加えたとみられている。さらに男は、撮影料として支払われた現金約5万円を奪った疑いも持たれている。男は現在容疑を認め、「ほかの女性にもやった」と供述しているとのことだ。■「人間じゃない」と悲鳴相次ぐ

卑劣な文句で脅したうえ性的暴行を加えるという凶行に出た男に、ネットからは「人間じゃない」「まさに悪夢」などと悲鳴が相次いでいる。・こんなやつ人間じゃないだろ。この子も本当に怖かっただろうな…・まさに悪夢。男に「殺す」なんて言われただけで、抵抗する気は失せるだろう・女子生徒を巧みに誘い出して、自分の欲望の赴くままにしたこの男を絶対に許せない・年頃の女の子なら「モデル」という言葉に反応するのは分かる。本当に狡猾でずるい手口

2019年1月22日 17:30
■「もう2度と外に出さないで」また、直前まで強姦致傷事件で服役していただけに、ネットからは「もう2度と外に出さないで」「次の被害者を出さないように」との声も多くあがっている。・再犯のおそれがある人を出所させるってすごい・せめて次の被害者を出さないようにしてほしい・仮に出所しても、こういう事件を起こした人は何かしらで管理すべき。じゃないと再犯率は減らない・服役の期間が甘かったのでは? もう2度と外に出さないで■性犯罪者はGPSで管理すべき?しらべぇ編集部は、全国20〜60代の男女1,329名を対象に「性犯罪者のGPS管理」についての調査を実施。「GPSで居場所管理すべき」「理解はできる」を合わせると、全体の8割に迫る結果となった。「モデル」という体のいい言葉で誘い出し、何の罪もない女子生徒を自らの欲望の赴くままにした卑劣な男。「ほかの女性にもやった」とある通り、余罪の追求は急務だろう。女子生徒の心の傷が、いち早く癒えることを願いたい。

・合わせて読みたい→ツイッターで知り合った小6女児とホテルで… 男の「おぞましい行為」に非難殺到

(文/しらべぇ編集部・清水 翔太

【調査概要】
方法:インターネットリサーチ「Qzoo
調査期間:2018年7月13日〜2018年7月17日
対象:全国20代〜60代の男女1,329名 (有効回答数)
韓国に「武士の情け」を見せる日本の甘さ
上永 哲矢 MSNニュースより転載記事
2019/01/31 15:15


レーダー照射問題などで日韓関係が悪化する中、「大人の対応」で譲歩し続ける日本。余裕ある態度を取るのはなぜか。歴史著述家の上永哲矢氏は「今回の日韓問題に『武士の情け』を見た」という――。
韓国に「大人の対応」で譲歩し続ける日本
レーダー照射問題などで泥沼化の様相を呈している日韓関係。韓国側は非を認めないどころか、日本側の「低空・威嚇(いかく)飛行が問題」と主張し、激しく非難している。

日本の防衛省が協議打ち切りを表明するも、韓国国防部は「また日本の哨戒機が、韓国艦艇に接近した」と発表し、新たな火種を投入してきた。

レーダーを照射した「加害者」の韓国が、「被害者」であるはずの日本に謝罪まで求めている始末。いつの間にやら韓国が攻撃側になり、日本が守勢にまわっている。

これまで、日韓関係にはさまざまな問題があったが、日本は「大人の対応」で譲歩しつづけ、後手にまわることが多かった。

今回も日本は映像を証拠に韓国の非を訴えるも、激しく非難したり、謝罪を要求したりはせず、あくまで正攻法で「再発防止」を求めていた。その余裕ある態度が、韓国側に反論する余裕を与えてしまったように思える。

この問題で連想したのは「宋襄之仁(そうじょうのじん)」という言葉。不必要な情けや哀れみをかけたために、かえってひどい目に遭うことだ。

「宋襄の仁」と「武士の情け」の共通点

これは古代中国、春秋時代に宋の襄公(じょうこう)が、敵国の楚(そ)と戦った泓水(おうすい)の戦いから来ている。

紀元前638年、楚軍は宋を攻めようと泓水(川)を渡りはじめた。宋軍も川のほとりまで迎撃に出た。襄公の部下・目夷(めい)は「楚軍が川を渡りきる前に攻撃しましょう」と進言する。

だが、襄公は「そんな卑怯なことはできん。敵の弱みに付け込むのは君子ではない」と情け(仁愛)を見せ、敵が川を渡りきってから戦闘に入る。結果、宋軍は大敗し、襄公自身も矢を受け、その傷がもとで2年後に世を去った。

この故事が『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』に記される「宋襄之仁」の由来だ。敵に対する情けを否定的な意味として伝えるもの。大陸的価値観では、襄公は無能で愚かな人物とされている。

現代では「ビジネスには機略も必要、宋襄之仁だけではいけません」といった形で使われる。つまり反面教師にせよ、という教えでもある。

同じ中国の兵法書『孫子』で「兵は拙速を尊ぶ」とか「兵は詭道なり(だましあい)」という言葉がよく紹介される。とにかく勝てばいい、勝つために手段を選ばないのが戦いのセオリーである。

だが、日本ではどうだろう? むろん個人差はあるだろうが、襄公のこうした行為に対し「武士の情け」と見る人も一定数いるのではないだろうか。

▼エピソード1:<日露戦争>ロシア兵626名を救助した上村彦之丞の生き様

「武士の情け」という概念は、武士道が確立した江戸時代以降の価値観といわれるが、上杉謙信の美談とされる「敵に塩を送る」にしても、日本人には伝統的に根付いた感覚かもしれない。たとえば、以下のような例でも分かる。

明治37年(1904)8月、日露戦争において、蔚山(ウルサン)沖海戦があった。ロシアのウラジオ艦隊と上村彦之丞(かみむら・ひこのじょう)が率いる第二艦隊が激しい撃ち合いを展開した海戦だ。

激しい砲撃戦の末、第二艦隊は巡洋艦リューリックを撃沈、ほか2隻を大破させる。その2カ月前、ウラジオ艦隊は日本の輸送船3隻を撃沈した憎々しい相手だったが、見事にリベンジした。

しかし、沈みながらも砲撃を止めないロシア巡洋艦「リューリク」の姿を上村は見過ごせなかった。「敵ながら天晴れである」と言い、海に投げ出された乗組員の救助と保護を命じたのだ。

上村は、部下たちに捕虜を虐待しないよう重ねて命じた。その後、甲板の上では負傷して横たわるロシア兵に対し、日本兵が扇子で仰いでやる光景が見られた。こうした厚遇に、救助されたロシア兵626名は、みな涙を流して喜んだという。

このエピソードは終戦後に讃えられ、「上村将軍」という軍歌になった。また軍人の鑑(かがみ)と賞賛され、海軍の教本にも載せられたという。

▼エピソード2:<太平洋戦争>英兵422名を救助した工藤俊作の心意気

それから約40年後の「太平洋戦争」でも似たようなことがあった。昭和17年(1942年)3月1日、インドネシア・スラバヤ沖海戦において、日本海軍は連合国軍の艦隊を撃破した。

2日後、駆逐艦「雷(いかづち)」の艦長・工藤俊作はイギリス海軍の重巡洋艦の乗組員たちが海に大勢で漂流しているのを見て、救助を指示。敵潜水艦などからの攻撃を受ける危険性もあるなかで、懸命な救助活動が開始される。

日本兵が甲板から差し出した棒に捕まったとたん、安心して急に力が抜けて沈んでいく英兵もいた。それに対し、海に飛び込んでまで救助にあたった日本兵の姿もあった……。

こうした救助活動は3時間にわたって行われ、「雷」の乗員らは自分たちの倍におよぶ422名もの英兵を引きあげた。シャツと半ズボンと運動靴が支給され、熱いミルク、ビール、ビスケットがふるまわれた。

工藤は彼らに対し「諸君は勇敢に戦った。今諸君は日本帝国海軍の名誉あるゲストである」と英語でスピーチしたという。工藤たち乗組員は、日露戦争時の上村彦之丞の行いを学んでいたに違いない。

騎士の国に認められた「武士道的な行為」

工藤は助けた捕虜をオランダ海軍の病院船に引き渡したが、終戦後、このことを誰にも、家族にさえ語らないまま1976年に亡くなった。

戦後から40年あまりたった1987年、アメリカ海軍の機関誌に「Chivalry(騎士道)」と題する寄稿が載る。それは工藤に命を救われたサムエル・フォール元海軍中尉によるものであった。

フォールは「24時間にわたり海上を漂流していたわれわれに、友軍以上に丁重にもてなしてくれた」と工藤の行為を忘れておらず、騎士道的として讃えた。

当時、天皇陛下による英国訪問に反対する声があがっていたが、この投稿が彼らを沈黙させる。工藤の遺族が、その救助活動のことを知ったのは、フォールのこの行動がきっかけだった。

フォールは2008年に、89歳の身をおして来日。埼玉県にある工藤の墓参りを行い「助けられなければ死んでいた。この体験は一生忘れることはない」と、墓前で感謝の思いを伝えている。5年後の2014年、彼は静かに世を去った。

国際大会でもフェアプレーを好む日本人

戦争とスポーツを一緒にすべきではないが、オリンピックなどの国際大会でも日本人は常にフェアプレーを好み、選手にもその姿勢を求める。

反則をおかしてでも勝ちにこだわる国が多いなか、正攻法で戦うのが最低限の礼儀とされ、もちろん勝てれば喝采を送るが、勝てなくても「よくやった」と讃えられる。

下手に負けたら国民が暴動が起こすという例もあるなかで、希有なお国柄といえよう。

冒頭の問題でも、日本は韓国に謝罪までは要求せず、あくまで正攻法で「再発防止」を要求した。言ってみれば倒れかけた相手にとどめをささず、起きあがる機会を与えたような形だ。

ロシアに対してもそうだ。日本は北方領土の返還交渉でも、なかなか強硬な姿勢に出られない。常に相手に配慮しつつ交渉を行うのが慣例である。それは良い部分もあれば悪い部分もあるだろう。

もちろん、こうしたフェアプレー精神に、先のフォールのように相手がフェアプレーで応じてくれるかは分からないし、それは期待すべきではない。

いずれにしても、日本人は長く根付いた「武士の情け」を捨てきれない。その点が国際社会において「甘い」といわれてしまう部分なのかもしれない。

上永哲矢(うえなが・てつや)

歴史著述家/紀行作家

日本史・三国志および旅に関する記事をメインに、雑誌・WEBに連載多数。日本各地における史跡取材の傍ら、城や温泉も行なう。著書に『高野山 その地に眠る偉人たち』『三国志 その終わりと始まり』『ひなびた温泉パラダイス』。(写真=iStock.com)

MSNニュースより転載記事
JBPRESS記事
音を立てて崩れ始めた「南京大虐殺」の嘘
2019/01/22 06:00

習近平国家主席は就任後に日本糾弾のための国家記念日を3つ設定した。

 中でも南京事件を一段と強調し、12月13日を「『南京事件』国家哀悼日」としたのをはじめ、南京大虐殺記念館は約1年かけて、10年ぶりの大幅な見直しを行い、2017年12月にオープンした。

強弁で「写真撤去」も隠蔽

 最初のリニューアル(2006〜07年)では、1985年のオープン時から日本の研究者らが南京事件と無関係であると指摘していた「連行される慰安婦たち」「置き去りにされ泣く赤ん坊」など3枚の写真が撤去された。

 リニューアル・オープン直後の2008年1月、犠牲者30万人の表記は旧日本軍の「非人道性」を強調しているとして、上海の日本総領事館総領事が日本政府の「問題意識」を南京市幹部らに伝え、見直しを求める申し入れを行う。

 それから11か月後、「産経新聞」(2008年12月17日・18日付)が『中国の日本軍』(本多勝一著)や『ザ・レイプ・オブ・南京』(アイリス・チャン著)などで日本の残虐行為として紹介され、国内外で誤用されてきた3枚の写真の撤去を確認したことに触れている。

 また、「日本の外務省は史実に反すると日本の学問状況を非公式に中国へ伝えていた。問題写真の撤去は、こうした外交努力の成果といえる」と主張する。

 朱成山館長は翌19日、次のように反論したという。

 「3枚は戦争の背景を紹介する写真として使用したことはあるが、南京大虐殺そのものの展示で使ったことはない。置き去りにされて泣く赤ん坊の写真は上海南駅で撮影されたもので、展示会『上海で殺戮行為の日本軍、南京に向かう』で使ったことはある」

 「3枚の写真そのものは、いずれも歴史の事実に符合するものだ。また、新館にこれら3枚の写真を陳列したことはそもそもなく、オープンから1年経っても1枚の写真も入れ替えておらず、日本外務省からの通知を理由に写真を撤去したような事実は全くない」

 2007年のリニューアルでは、当初の2.2ヘクタールから4.7ヘクタールに拡張し、従来の資料館(中央に残置)の東部に新資料館を建築し、西部に和平公園を展開した。

 旧資料館からは3枚の写真が撤去されたわけだが新資料館に変化があったわけでないことは確かであろう。

 こうした絡繰りを行なっていながら館長があえて反論の形で「日本の指摘」を否定したのは、「共産党がやることに間違いはない」と中国人民に言わなければ、「アリの一穴」で事後の収拾がつかなくなるからに違いない。

 中国一流の強弁であることを、賢明な日本人は容易に理解できよう。

南京大虐殺の目撃者に仕立てたつもりが・・・

 2015年10月20日、エリザベス女王は習近平国家主席を主賓として迎えた晩餐会を主催した。席上に添えられたのは1本30万円もする仏ボルドー産の高級ワインの「シャトー・オー・ブリオン1989年」だったという。

 1989年は民主化を求める学生を中国当局が武力で鎮圧し、多数の死傷者を出した天安門事件があった年で、中国が最も触れたくない年のはず。

 1989年ワインは暗喩の皮肉か、かけ値なしのおもてなしか?

 ワインはともかくとして、習主席が女王の前で話したのは中国が独豪などと合作した映画で描かれたジョージ・ホッグ記者の話しである。

 記者は赤十字職員と偽って南京に入城し、南京虐殺の現場を撮影したところ、日本兵に見つかり処刑される寸前に中国共産党の軍人に助けられるというストーリだという。

 習主席にとっては、「南京大虐殺」を現実に目撃した英国人記者で、日本の悪を暴く動かぬ証拠の現場写真を撮った人物である。

 暴露されることを怖れる日本軍が彼を処刑しようとしたこと、それを中国共産党籍の軍人が救助したこと、これは素晴らしい英中の友情物語であるし、女王を前にした晩餐会で話すにふさわしいこれ以上の題材は見つからなかったのであろう。

 ところが、この台本となったホッグの評伝『オーシャン・デビル』では、ホッグは1938年2月に上海に入国し、漢口を経て、黄石市(湖北省)に移り、ここで戦災孤児施設の教師を務めている。

 国民党が孤児を徴兵しようとすると、孤児60人を連れて1100キロ離れたモンゴル国境に近い山丹(甘粛省)に逃れる。孤児たちを戦争から守ったということで、「中国版シンドラーのリスト」として評価されているという。

 ホッグは上海、漢口に滞在しているが、南京に入っておらず、しかも上海入国自体が、日本の南京占領(37年12月13日〜38年1月13日)が終わった後であることが評伝から明確である。

 念のために評伝作家のジェームス・マクマナス氏に岡部伸・産経新聞ロンドン支局長がインタビューして確認したところによると、孤児を連れてシルクロードを横断した長征は真実だが、「南京事件を目撃したことは映画の脚色」であることをすんなり認めたという(「エリザベス女王の面前で― 詐話師・習近平がまた大ボラ」、『WiLL』2016年11月号所収)。

 なんと、中国の国家主席で、女王主催の公式晩餐会の主賓である習近平が、南京事件の「創られた目撃記者」の話をしたのだ。

 黒を白と言うどころか、ありもしなかったことを実在した友情物語に仕立てて語ったというから驚きである。

 ほかでもないが、「南京大虐殺」を存在させるあの手この手の苦労が生み出した、トンデモナイ顛末と言ったらいいのだろうか。

いよいよ本多氏の時代も終わりか

 今回のリ・リニューアルでは、驚くなかれ「南京大虐殺の史実を世界に周知させた」貢献で顕彰され、当人の顔写真や著書『南京への道』『裁かれた南京大虐殺』、中国取材に使用したペンやノート類が展示されていた本多勝一記者の写真と資料が撤去されたという。

 他方で、同記念館で「国家哀悼日」に指定する演説をした2014年12月13日の習近平国家主席の大きな写真パネルが展示された。

 以前の主席には確認されていなかったことで、いよいよ「大虐殺記念館」の政治性を強く押し出さざるを得なくなってきたのではないだろうか。

 中国国営の新華社通信は今回のリニューアルについて、展示内容のみで建物に変更はないと伝え、また展示入れ替えで、写真は約3分の2(約2000枚)、物品類は約3分の1(約900点)に絞り、「史実の新たな証拠を集めた」と評しているそうである。

 ここにも中国一流の言い回しが見られる。

 「史実の充実を図った」ではなく、「史実の新たな証拠を集めた」というならば、写真を約1000枚、物品類を約2000点減らしたことをどう解釈すればいいのだろうか。

 筆者には本多氏らが南京大虐殺に関わるものとして掲載してきた「多くの写真や物品類」が、他の場所のものであったり、捏造され、あるいはキャプションのつけ替えであったりしたことが判明し、収拾できなくなったので削除したとしか思えない。

 南京大虐殺の周知貢献で顕彰された本多氏らの写真と資料が展示から外されたということは、「南京大虐殺」を支えてきた「動かぬ証拠」としての写真(や資料)という土台の一角が「揺らぎ始めた」ということではないだろうか。

 さらに以下の様な検証を進めていくと、いよいよ「南京大虐殺」は「あり得なかった」架空の物語、虚構ではないのだろうか。

 間違いがないように付言すると、特に蒋介石とその軍は市民を盾にする戦術をとり、上海戦から南京に至る途上の1か月にわたる戦闘、そして南京攻略戦、さらには安全区に収容された市民20万人に紛れ込んだ約2万といわれた便衣兵(軍服を脱ぎ捨てて市民に成りすまし、兵器を隠し持つ兵士)の掃討・処分、あるいは反乱捕虜の鎮圧などで、多くの中国兵士と市民が巻き込まれた。

 しかし、それは虐殺ではなく通常の戦闘行為で、戦時国際法に悖るものではない。

写真検証の驚くべき結果

 東中野修道・小林進・福永慎次郎共著『南京事件「証拠写真」を検証する』(草思社、2005年刊)は、南京大虐殺の証拠として使われている写真143枚を総括的に検証したものである。

 3人がこの枚数に絞り込むまでに各種資料で見た写真は重複を含めると3万点以上になるということである。

 影の長さや服装から大虐殺が起きたとされる冬ではないことや日本軍の物でないこと、また検討当時公開された中国国民党中央宣伝部の極秘文書などを援用して国民党の戦争プロパガンダ写真との比較、初出(源流)から転載されていく写真の流れなど、緻密かつ多角的な検証に3年の歳月をかけている。

 その結果は、「(南京大虐殺の)証拠写真として通用する写真は1枚もなかった」というものであった。

 そもそも、記者らしい記者がいなかった通州事件でも、1日もすれば事件は知れわたり、記者やカメラマン、作家らが駆けつけ、調査し事実である状況を生々しく報道している。

 ところが、6週間続いたとされる南京事件については虐殺の現場を誰一人確認しておらず、城内にいた米国人宣教師たちが窃盗や強姦、放火などを散発的に発信し、「WHAT WAR MEANS(戦争とは何か)」に纏められる。

 その本やそこに収められた写真などを宣教師が米国に持って行き、国内を隈なく普及して歩き、拡大させていったのが実態である。

 それは「日本を敵に仕立てる」というルーズベルト政権の意図にも添うもので、宣教師は国内普及が許されたし、こうして流布した「日本軍による虐殺」の情報が在南京の日本軍に逆流し、現地の日本軍は「そんなことがあったのか」と驚かざるを得なかったわけである。

 蒋介石政権が、武力では勝てない日本軍に対してとった、「無から有を生じた」典型的な戦争プロパガンダと言う以外にない。

 幾つもの写真のキャプションをつけ替えて、「日本軍の悪行」に仕立ててきた。展示写真はそうした代物であったのであろう。

 偽の文書や写真などが世に出て、いかにも真実であるかのように装い広がっていく。

 そうするとさらに拍車がかかり、もっと隠された事実があるに違いない。そして偽物がまた見つかると、「ほら、あった!」となり、何時しか「本物面に変容していく」という仕かけであったのであろう。

 こうした絡繰りを心ある米国人記者や外交官らは見抜いていた。

 しかし、日本に戦争を仕かけたいルーズベルト政権は、蒋介石の戦争プロパガンダに宣教師を介して進んで協力し、運よく開戦にこぎつけた後は心ある記者や外交官らを邪魔ものとして拘束し刑に服させていったのである。

 先日、中国外務省の華春瑩報道官がファーウェイの幹部社員逮捕に関してカナダを非難するにあたって、「ウソは百回も言えば本当になると思っているようであるが、1万回言っても嘘はウソである」と言っていた。

 この言は筆者には南京事件について語っているように聞こえてならなかった。

南京大虐殺はどのように広まったか

 本多氏の1971年のルポルタージュ「中国の旅」は、4部40回(第1部「平頂山」、第2部「万人坑」、第3部「南京」、第4部「三光政策」)からなる。

 8月から12月まで朝日新聞に連載され、「朝日ジャーナル」や「週刊朝日」でも連載され、写真の一部は「アサヒグラフ」でも発表されるという状況であった。

 朝日新聞社はこれらのルポを纏め、さらに加筆した単行本『中国の旅』を翌1972年に発刊している。並行して「目で見る中国の旅」に類するものとして写真に重点を置いた『中国の日本軍』もこの年に創樹社から出版する。

 『中国の旅』は1977年には「すずさわ書店」が、95年には「本多勝一集14」として朝日新聞社がまたまた出版した。

 その間の1981年に朝日は文庫版『中国の旅』も出版する。手元の21刷版は1995年10月発行となっており、かなり版を重ねていることが分かる。

 本多氏は1987年には朝日新聞社から『南京への道』を発刊し、翌88年には本多氏ほか2名の共著で『南京大虐殺の現場へ』を同じく朝日新聞社から発刊している。

 こう見てくると、1970年代から90年代のほぼ30年間に「南京大虐殺」は根を張り枝を伸ばして大木に育っていった時代の様である。

 本多氏や朝日新聞の南京関係本の出版に刺激を受けたように、中国人民政治協商会議江蘇省南京市委員会文史資料研究委員会編『史料選輯(侵華日軍南京大屠殺史料専輯)第四輯』(1983年)、南京市文史資料研究会『証言・南京大虐殺』(84年、青木書店)、『侵華日軍南京大屠殺暴行照片集』(85年)などが出版される。

 こうした流れをケ小平が汲み取るかのように南京大虐殺記念館を1985年に竣工させたのである。

 そして全米というか全世界に衝撃を与えたのが若き中国系アメリカ人女性アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』(1997年)であった。

 日本の斎藤邦彦駐米大使がアイリス・チャンとのテレビ対談に臨んだのは翌1998年12月。

 ところが大使は外務省の反論例にもれず、日本の教科書は南京虐殺をしっかり記述していると強調するばかりで、日本の研究者の中には諸説あり、全くのウソだと主張する説もあることなどに触れなかったし、当時20万人の南京で30万人の虐殺への疑問すら呈しなかった。

 こうした結果、対談の行方を見守っていた米国人の多くは、日本政府はこの事件を認めており「南京市民が虐殺されたのは事実」との印象を受けたようで、事態は悪化して大使の完敗とされた。

現場にいた前田記者が大虐殺を否定

 この流れに逆らうかのごとく、上海戦から第一線で取材し続け、南京戦の一部始終を同盟通信社の同僚特派員50人はおろか、朝日新聞(約80人)や毎日新聞(約70人)の特派員たちとも現地では意見交換などをしていた前田雄二記者が、1982年に『戦争の流れの中に』を善本社から上梓する。

 従軍当時も多くの記事を打電したが「戦争中の厳しい検閲で、日本軍に不利な事実は差し止められていた」から「決して物事の全てを伝えてはいなかった」、すなわち「真実が欠落していた」として、残したメモからすべてを網羅することにしたメモワールである。

 上記前田本は南京に続く漢口攻略戦、仏印進駐、更にはシンガポール攻略戦まで全5部として実見したままに綴られ、第2部が「南京攻略戦」となっていた。

 旧陸軍将校の集まりである偕行社が指揮官や将兵の日記・手記など可能な範囲で集めた数千ページの資料で事実関係を究明し、虐殺の明確な証拠をつかむことはできなかった。

 しかし、上述のように、「大虐殺」が燎原の火のように広がり続け、「大虐殺」がいかにも真実であるかのようになってきたことから、前田氏は第2部だけを取り出して『南京大虐殺はなかった』として平成11(1999)年に再上梓した。

河村たかし名古屋市長の真摯な問いかけ

 平成24(2012)年には河村たかし名古屋市長が「通常の戦闘行為はあったが、いわゆる南京事件というのはなかったんじゃないか」と発言し問題となり、多くの日中友好行事が中止になる騒ぎに発展した。

 南京事件があったとされた8年後の1945年8月16日、市長の父君は歩兵伍長として同隊の250人と共に南京に入り、翌年1月まで郊外の寺に滞在したが、南京市民はとても親切に温かいもてなしをしてくれたという。

 父君は戦後50年の年に、感謝の気持ちで戦友と共に1000本の桜を南京市に寄贈する。植樹10年目の2006年、たかし氏は父君の戦友たちと共に南京市を訪問し、南京大虐殺記念館にも行き、「全日本人が南京に行って、土下座しても許されない行為だ」との強烈な印象を受ける。

 同時に、「南京事件からたった8年しか経っていないのに、中国人がそんなに親切な対応をしてくれるものだろうか」と強い疑念を抱いたという。

 「そうでない(筆者注:大虐殺が嘘)としたら、これは一言二言、言わせてほしいと思い、さらに勉強を深めていった」と言い、同年6月13日には「いわゆる南京大虐殺の再検証に関する質問主意書」を政府に提出している。

 河村市長は、南京市との姉妹都市として友好関係を一層深めるためにも本当の話ができなければならない、棘を抜いてこそ本当の日中友好も始まるとの強い思いがあったという。

 当初中国は、南京市民30万人が日本軍によって虐殺されたと主張していたが、2018年6月24日に福田康夫元首相が訪問した際、館長は30万人という数字は南京に至るまで日本軍が戦争しながら殺害した人を含めた数字であり、南京市内にいなかった人を含む数字であると説明したとされる。

 他方で、昨年のリ・リニューアルでは世界に流布する原動力ともなってきた本多氏やアイリス・チャンの関係資料が削除されたという。

 これらは、「南京大虐殺」に大きな地殻変動が起き始めたことを意味するのではないだろうか。

 いよいよ、「南京大虐殺」の虚構が崩壊し始めたことを物語るものかもしれない。

約束を守らない人間の国、国と国の条約も守らない国と話は出来ない、明治時代から助けたことが間違いだったのだ。

JBPRESS MSNニュースより転載記事
「韓国疲れ」再び、文在寅政権に愛想をつかす米国
2019/01/16 06:00
(古森 義久:ジャーナリスト、産経新聞ワシントン駐在客員特派員)

 米国の最近の韓国に対する態度をみていると、どうしても「韓国疲れ」という言葉を思い出してしまう。英語で "Korea fatigue" と記されるこの表現は、簡単にいえば「韓国にはもううんざり」という意味である。

 なんだ、それなら今の日本の反応と同じではないか、と感じる向きも多いだろう。当然である。そもそも日本の韓国に対する「もう、ほとほと」という心情を、かつて米国側の専門家が「韓国疲れ」と評して米国で広めたからだ。

文在寅に強い不満を抱くトランプ政権

 日本では、韓国の理不尽な言動につくづく愛想が尽きたという反応がますます広がりをみせ始めた。「疲れ」を越えて、もっと激しい嫌韓や排韓に近い怒りが国民的に盛り上がっているといってよい。

「韓国にはうんざり」という声は米国でも広がっており、今や日本と米国に共通の風潮だといえる。米国での韓国に対するネガティブな傾向は、日本よりも複雑で、かつ屈折している。「うんざり」という態度を直線的には示せないところが日本の反応とは異なっている。しかし米側の水面下で、韓国の文在寅政権に対する不信が米韓同盟の将来を疑うところまで根深くなっていることは間違いない。

「韓国疲れ」という表現を米国で最初に広めたのは、米国の政治学者であり韓国の釜山国立大学準教授を務めるロバート・ケリー氏だった。2015年、ケリー氏はワシントンで読まれる外交雑誌に「米国も日本と同様に『韓国疲れ』にかかっているのか?」と題する論文を発表した。

 ケリー氏によると「韓国疲れ」とは「韓国が日本に対して戦時の問題に関して果てしのない謝罪を要求することに、もう疲れ切ったという日本の状態」を指す。「この韓国の絶え間のない要求や攻撃にもう疲れきったという日本の状態が米国にも伝播した。米国は、韓国と日本の間の未来志向の協力を切望しているからだ」とし、「韓国疲れ」の米国への伝染を指摘していた。

 2015年当時、韓国は朴槿恵政権、米国はオバマ政権だった。オバマ政権は「北朝鮮の核武装などへの対応には、日韓両国が歩調を合わせて米国に協力することが欠かせない」と主張していた。だが朴政権は、慰安婦問題で日本の対応が不十分だとして安倍政権との協調を拒んでいた。その状況に、オバマ政権は不満を抱いていた。

 現在のトランプ政権も、北朝鮮の完全非核化の実現のために、まず韓国との堅固な連帯を必要としている。だが、文在寅大統領は、非核化よりも北朝鮮との軍事緩和や経済交流を優先させるような言動を頻繁にみせる。こうした点に、トランプ政権側は強い不満を隠さない。マイク・ポンペオ国務長官が2018年11月に公式声明でその不満を明確に表明したのは、本コラムで報じたとおりだ。

 米国では民間でも、「新米国安保センター」の朝鮮問題専門家クリスティーン・リー氏が「文陣営には北朝鮮に対してとてつもなく楽観的な考えを持つ人が多い。非核化を重視しない点でトランプ政権とは重大な距離がある」と批判した。

 また、AEI研究所の国際安全保障専門家マイケル・ルービン氏は、文政権の教科書改訂策を取り上げて、「北朝鮮の残虐や侵略の歴史を覆い隠す洗脳教育を目指す文政権とは、米国は同盟を保つ意味を失う」と主張した。

 ごく最近の動きとしては、2019年1月11日にポンペオ国務長官が「北朝鮮を完全に非核化することの最終目標は、米国民の安全の実現だ」と言明したことに対して、韓国の有力紙の中央日報が社説で「韓国など同盟国の国民の安全をないがしろにする勝手な主張」だと非難した。米国側にすれば、自国民の安全を第一に挙げてなにが悪いのか、という反論が当然あるだろう。だから米側には、韓国というのは相互理解が難しいきわめてやっかいな相手として映ることになる。

韓国で「米韓同盟解消」を匂わせる主張も

 米韓間の隙間風は、屈折した形で米韓同盟のあり方にまで及んでいる。

 今のところ米国では、「米韓同盟をすぐに縮小、あるいは解消するべきだ」というような意見は表面には出ていない。トランプ政権も民主党も、北朝鮮の非核化という切迫した課題に対処しなければならないからだ。米韓同盟の維持という基本に、揺らぎはみられない。

 ところが韓国では、文在寅大統領の側近から「米韓同盟の解消」を匂わせる主張がときおり表明される。文大統領の外交・安保特別補佐官の文正仁氏(延世大学教授)は2018年5月、米国大手紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」記者に「米韓同盟は長期的には解消すべきかもしれない」と発言した。

 文政権に近い左寄りのオンラインマガジン「韓国Expose」の発行人クム・セウン氏は、2018年11月、「ニューヨーク・タイムズ」に米韓同盟解消論を論文として寄稿した。こうした韓国側からの発信は、当然トランプ政権だけでなく米国議会の超党派の東アジア政策現状維持派をいらいらさせる。

 要するに、文政権下の韓国は、米国にとってなんとも付き合いにくく疲れる相手なのである。だから、3年以上前のオバマ政権時代に語られた「韓国疲れ」が、2019年のトランプ政権でも再び形を変えて広がってきたというわけだ

 北朝鮮の完全非核化という大目標の実現を目指すトランプ政権にとって、この「韓国疲れ」がきわめて厄介な障害となることはいうまでもない。

 

c Asahi Shimbun Publications Inc. 提供 風邪の症状を訴える人が増えてきました(写真/getty images)

 朝晩の冷え込みが厳しくなってきた今日この頃。風邪症状を訴えて受診される方が多くなってきました。

「風邪を治す薬をください」

 外来でよく耳にする言葉です。しかしながら、風邪を治してくれる特効薬はありません。では、風邪をひいたらどうすればいいのでしょうか。今回は、風邪にまつわるお話をしたいと思います。

 俗に言う風邪は、「かぜ症候群」と定義されています。鼻から咽頭、気管、気管支、肺に至る上気道の急性の炎症による症状を呈する疾患です。咳や咽頭痛、鼻汁や鼻づまり、発熱、倦怠感、頭痛や筋肉痛などを引き起こします。あらゆる年齢層に発症する疾患であり、米ミシガン大学のMonto医師は、就学前の子どもは年に5〜7回、成人は年に2〜3回の頻度で風邪を発症すると報告しています。

 風邪の原因の80〜90%はウイルス性です。ライノウイルスやコロナウイルス、RSウイルスやパラインフルエンザウイルス、アデノウイルスなどが主な原因ウイルスです。ウイルスに効果のある特効薬は、残念ながら存在しません。安静にし、水分や栄養補給を行う「対症療法」が治療となるのです。

 ウイルス以外にも、細菌や肺炎マイコプラズマなども原因となる場合や、ウイルス感染についで二次性の細菌感染を引き起こし、肺炎に至るケースもあります。その際は、原因が細菌であるために、治療には抗菌薬が必要になります。しかしながら、大部分が、ウイルス性の風邪。ウイルス性には抗菌薬は必要ありません。

 それにもかかわらず、ウイルス性の風邪と診断しつつも、患者さんが抗菌薬を希望されたら抗菌薬を処方している現状があるのです。

 そもそも「抗菌薬」とは、細菌の増殖を抑えたり殺したりする働きをする薬のこと。「抗生物質」という言葉の方が聞き慣れている方も多いかもしれませんが、厳密には異なります。細菌の増殖を抑制したり、殺す薬が抗菌薬であり、この抗菌薬のうち細菌や真菌といった生き物から作られるものを、特に抗生物質といいます。同じ意味で使用されてしまっていることは臨床現場においても多々ありますが、厳密には異なるものを意味します。

 こうした抗菌薬の過剰な使用や乱用は、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌」を増やすことに繋がります。

 アメリカ疾病予防管理センターのFleming−Dutra氏らによると、2010年から11年にかけて米国における外来患者さんへの抗菌薬処方のうち、約30%は不適切だったと言います。14年に世界保健機関(WHO)は、抗菌薬の耐性は世界の多くの地域で無視できない警戒レベルに達しており、早急に対策を講じなけれは、これまで治療可能だった一般的な感染症や軽傷で命を落としうるという時代へ世界は逆戻りすると指摘しました。

 日本の現状はどうか、というと、抗菌薬はウイルス性の風邪には効かないにもかかわらず、患者から強く求められると処方している診療所が約6割を占めていることが、今年6月、日本化学療法学会と日本感染症学会の合同調査委員会の調べでわかりました。さらに、ウイルス性の風邪と診断した患者やその家族が抗菌薬を希望した場合、12.7%の診療所は希望通り処方し、50.4%の診療所は抗菌薬が不要であることを説明しても納得を得られなければ処方していたのです。

 また、今年の10月末には、風邪で受診した際に本来は効果のない抗菌薬を処方してほしいと考える人が30.1%を占めていたことが、国立国際医療研究センターによる抗菌薬に関するアンケート調査も公表されました。また、「抗菌薬が風邪に有用」と答えた人は49.9%、「インフルエンザに有用」と答えた人は49.2%と、ほぼ半数の人が誤って認識していることが判明したのです。

 さらに、抗菌薬の乱用は、私たちが共存している細菌にも影響を与えることが近年わかってきています。13年、ニューヨーク大学医学部のTrasande医師らは、2歳までの子どもへの抗菌薬の使用とその後の肥満傾向について1万1532人を対象に調べたところ、生後6カ月以内に抗菌薬を処方された子どもは、より肥満傾向にあったと報告しました。また、16年にはジョンズ・ホプキンス・ブルームバーグ公衆衛生大学院のSchwartz医師らが、3〜18歳の16万3820人の小児の電子健康記録データを解析した結果、前年の1年間の抗生剤処方や抗生剤処方回数が多いこととBMIの上昇が関連していたと報告しました。

 もちろん、抗菌薬が必要な時は、子どもであろうと大人であろうと使用する必要があります。必要以上に使用することは、耐性菌の面でも、私たちが共存している細菌への影響の面でもよくないということなのです。

 また、抗菌薬は細菌を殺してくれる一方で、副作用ももたらします。個人的なお話で恐縮ですが、私は抗菌薬を飲むと、必ずといっていいほど下痢を引き起こしてしまいます。私の場合、日常生活に支障をきたすほど下痢がひどく、恥ずかしながら、短時間のうちに何度もトイレに駆け込む、なんていうことも多々あります。

 下痢は、抗菌薬による副作用の一つとして知られています。私たちは、約100兆個もの細菌と共存しています。細菌同士はバランスを保ち、安定した生態系を構成していています。特に、消化管に生息している細菌を「腸内細菌叢(腸内フローラ)」と呼んでいます。外からきた病原体に対してバリアとして働いたり、正常な免疫システムの維持に大きな役割を担っていることが明らかになりつつあります。けれども、抗菌薬を内服すると、この腸内細菌叢のバランスが崩れてしまい、結果として下痢を引き起こしてしまうのです。

 抗菌薬を飲むと、私はカンジダ膣炎もたびたび引き起こしてしまいます。膣内の常在菌であるカンジダという真菌が増えることによっておこる疾患です。14年の小林製薬の調べでは、女性の5人に1人は経験したことがあると回答しています。女性にとっては一般的な疾患の一つと言えます。

 カンジダ膣炎の典型的な症状としては、非常に激しいかゆみが出現し、白く濁ったおりものが増えることが特徴です。膣や外陰部も、消化管内と同様に菌同士がバランスをとって共存していますが、抗菌薬の内服、ストレスや疲れなどによる免疫の低下やホルモンバランスの変化によって菌同士のバランスが崩れてしまうと、カンジダが異常に増殖してしまうのです。

 このように抗菌薬は細菌を殺してくれる一方で、副作用として様々な症状を引き起こします。2015年に全日本民医連に報告された抗生物質(抗菌薬のうち細菌や真菌といった生き物から作られるもの)による副作用193件のうち、最も多い副作用は発疹(112件)であり、ついで肝障害(24件)、下痢(10件)、口内炎(7件)と続いていました。他にも、腎障害や聴力障害、嘔吐や嘔気と言った消化器症状など、報告されている副作用は多岐に渡ります。

 こうした自身の経験もあり、ウイルスによる風邪に対しては、抗菌薬の内服は必要なく、休養して体力を回復させること、そして水分補給や栄養補給をしっかり行うことが大切であることを丁寧に説明するように心がけています。

 抗菌薬はもちろんですが、薬には「リスク」と「ベネフィット」があります。過度に薬を恐れる必要もありませんが、内服を自己判断で中止することなく、医師の指示に従って内服することが大切です。参考にしてみてくださいね。

◯山本佳奈(やまもと・かな)

1989年生まれ。滋賀県出身。医師。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。ときわ会常磐病院(福島県いわき市)・ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員、東京大学大学院医学系研究科博士課程在学中、ロート製薬健康推進アドバイザー、CLIMアドバイザー。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)

MSNニュース
ジャパンビジネスプレスより転載記事

韓国のあきれた徴用工判決に米国でも批判が噴出
2018/11/07 06:00

「韓国はきわめて無責任な国家だ」――。 

 韓国最高裁が日本企業に、韓国のいわゆる元徴用工とされる人たちに対する賠償を命じた。この判決の内容と、米国の反応を見ると、どうしても「無責任国家」という言葉が思い出される。

 冒頭の言葉は、米国の国際戦略問題の権威、エドワード・ルトワック氏による発言である。1年ほど前に私がインタビューした際、彼はためらわずにこう述べた。

 ちなみに徴用工に関して、あえて「いわゆる」という表現をここで使うのは、この裁判を起こした原告の“徴用工”とされる人たちは、日本側の情報によると「徴用工ではなく募集に応じた労働者だった」とされるからだ。安倍晋三首相も国会でそう明言した。

韓国が国家として無責任な原因は?

 ルトワック氏は米国の歴代政権の国防長官顧問などを務め、現在はワシントンの大手研究機関「戦略国際問題研究所」(CSIS)の上級研究員として活動している。保守系の学者で、トランプ政権に近いことでも知られる。

 私がルトワック氏に意見を尋ねたのは、直接には北朝鮮の核問題についてだった。だが、北朝鮮の核武装への韓国の対応を質問したとき、彼は文在寅政権への批判を込めながら次のように語ったのである。

「韓国が国家として無責任な原因は、国内の結束がないことだろう。国家的な意思がまとまらないのだ。それは韓国内に、自国の基本的なあり方をめぐって意見の分裂があり、国としての結束が決定的に欠けるからだろう」

 韓国では、民主的な方法で選ばれた歴代大統領たちが任期の終わりとなると、ほぼ誰もが犯罪者として扱われ、石をもて打たれることになる。以上のルトワック氏の説明を聞くと、その理由がなんとなく分かってくる。

米国の政策に大きな支障を引き起こす

 では、今回の韓国最高裁の判断に米国はどう反応しているのか。

 米国の各メディアの報道や論評、さらには専門家たちの見解発表を調べてみると、全体として韓国も日本も正面からは非難せず、きわめて慎重な姿勢が目立つ。

 だがさらに詳しく、幅広く、米国の反応を点検すると、やはり今回の韓国側の主張には無理があり、無責任だとみなす基調が浮かび上がる。ルトワック氏の韓国評がその基調につながっているともいえるだろう。

 米国の主要メディアの報道は、まずこの時期に日本と韓国が対立を深める事態が米国の政策にとって非常に大きな支障を引き起こすという点で一致していた。

「米国政府は、日本と韓国に、歴史に関する意見の相違を克服して米国との協力をともに増強し、北朝鮮の核の脅威をなくし、中国の影響力拡大に対処することを強く促してきた。そんな時期に日韓の対立がなぜ必要なのだ」(ニューヨーク・タイムズ10月30日付記事)

「韓国と日本の歴史をめぐる争いは、北朝鮮の核の脅威と中国の覇権拡大を抑えるための米日韓三国の協力を乱してきた。今回の韓国での判決は、この協力をさらに妨げることとなる」(ABCテレビの同日の報道)

「今回の韓国での判決は、北朝鮮の非核化や中国の不公正貿易慣行に対処するための、米国と日韓両国という同盟国との連帯の強化を阻むことになる」(ブルームバーグ通信同日記事)

 以上の報道は、韓国最高裁の判決が、米国の東アジア戦略にとって大きな障害を新たにつくり出したと批判する点で一致していた。

 しかもどの報道も、韓国側の判決が、1965年の日韓両国政府間の合意や、その後の韓国側でのこの種の個人の損害賠償は韓国政府が責任を持つという公式方針に違反していることを詳しく説明していた。同時に、日本側の安倍首相や河野外相の「韓国の動きは国際法的にもありえない」といった激しい非難声明も詳細に伝えていた。

韓国寄り学者も判決を批判

 こうした米国側の報道を詳しく読むと、今回の韓国最高裁の判決は 韓国側に問題があり、法治国家としての一貫した責任を果たしていないという認識がかなり明白に浮かび上がる。「韓国側が間違っている」という断定こそしていないが、非は韓国側にあり、法治国家、主権国家としての責任の欠落が根底にあるとする批判の構図が明確だといえる。

 韓国に対する米国側のこの種の批判的なスタンスは、前述のニューヨーク・タイムズの記事の末尾で次のように象徴的にまとめられている。

「スタンフォード大学の東アジア研究所の研究員ダニエル・スナイダー氏は、『朝鮮半島情勢や中国の動向によって、米国とその同盟諸国は団結して効果的な対処をとることが不可欠となっている。そんな時期に、日韓両国を離反させる動きが起きたことはきわめて不運だ。私はその点で韓国政府の判断に強い疑問を感じる』と述べた」

 スナイダー氏といえば米国でも有数の朝鮮半島専門の研究者であるが、日韓の歴史問題では韓国側の主張を支持し、日本には厳しい態度を示すことで知られる学者である。その米国人学者が、今回の日韓の対立では明確に韓国側の最高裁の判決への批判を表明したわけだ。

 こうした米国側の韓国批判が、判決をめぐる日韓対立に今後どう影響していくかは判断が難しい。だが、少なくともいまの段階では、米国は「非は韓国側にあり」という裁定を下しつつあるといえるだろう。そして、その裁定の背後にはルトワック氏の言葉に反映される米側の年来の韓国「無責任国家」論までが影を広げているようなのだ。

2018/10/30 06:00
国土交通省の分類では本州・北海道・四国・九州・沖縄本島の5島を除くすべてが離島である。日本には離島が6847あり、このうち有人は421で、ほとんど(6426)が無人離島である。

 
少子化の影響もあって、対馬に見るように有人離島でも人口減少が続いている。しかも振興策の不備などから外国勢力によって占拠されるかもしれないという不安に晒されている。

 領土・領海・領空を守るために海上保安庁や自衛隊は日夜努力しているが、不毛な論戦に明け暮れる政治の不作為から、領域保全に必要な議論が行われず、各種法制の不備が指摘されている。

 そうした結果、現場に関わる海上保安庁や自衛隊の努力だけではいかんともし難い状況が現出する。

 離島防衛に関わる自衛隊の専門部隊として、平成30(2018)年3月27日に水陸機動団(約2100人)が編成された。

 10月14日に朝霞駐屯地で行われた「自衛隊観閲式」では、最新鋭のステルス戦闘機「F-35A」のデモフライトとともに、特に注目を浴びたのが水陸機動団に関わる「V-22オスプレイ」や水陸両用車「AAV7」などであった。

最高指揮官の訓示

 観閲式に参加した自衛隊員約4000人を前に、最高指揮官の安倍晋三首相は「24時間、365日。国民の命と平和を守るため、極度の緊張感の中、最前線で警戒監視にあたり、スクランブル発進を行う隊員たちが、今、この瞬間も日本の広大な海と空を守っています」と訓示して、任務を称えた。

 「領土・領海・領空、そして国民の生命・財産を守り抜く。政府の最も重要な責務です。安全保障政策の根幹は、自らが行う継続的な努力であり、立ち止まることは許されません」

 これは「国を守る大切さ」の国民へのメッセージであり、同時に「国民の協力が不可欠」という要請でもある。

 「この冬に策定する新たな防衛大綱では、これまでの延長線上ではない、数十年先の未来の礎となる、防衛力の在るべき姿を示します」

 「日々刻々と変化する、国際情勢や技術の動向に目を凝らし、これまでのやり方や考え方に安住せず、それぞれの持ち場で、在るべき姿に向かって、不断の努力を重ねていってください」と述べた。

 首相が節目ごとに強調してきた日本を“真ん中”に据えて共生する国際社会の建設に尽力するという意思表明であり、その中での自衛隊への期待を示したものと理解できる。

 最後は不甲斐ない政治によって「厳しい目で見られ」てきた自衛隊(隊員)が「強い誇りを持って任務を全うできる環境を整える」と述べ、「これは、今を生きる政治家の責任であります。私はその責任をしっかり果たしていく」と、自衛隊の違憲性を解消する決意を示した。

 国民の9割以上が自衛隊の存在を認めているとされながらも、違憲とする学者もいる。また、「軍隊」でないことから国際法や慣習上の権利に疑義が挟まれ、PKO活動や外国軍隊との共同訓練・演習などにおいて共同歩調が取れない現実も散見されてきたからである。

 以下では、水陸機動団とグレーゾーン事態対処などについて言及する。

なぜ「離島奪還」なのか

 最近のマスコミ報道では、「離島奪還」という用語が多用されている。

 「離島奪還 初の訓練場」「離島奪還を想定した訓練」「離島奪還 陸海空の連携急務」「離島奪還へ万全」などである。

 離島防衛の専門部隊である「水陸機動団」の任務も、「島嶼侵攻を許した場合、奪還作戦の先陣を切る役割を担う」とされ、ここでも侵攻を許した場合の「奪還」である。

 オスプレイや輸送ヘリが運んでくる機動団の隊員が予定地に降着できるように、航空攻撃や艦砲射撃で進攻者に砲撃を加えて援護する。

 同時に、輸送艦(本来は強襲揚陸艦であるが自衛隊は装備していない)で運ばれて来た隊員が水陸両用車やボート、エアー・クッション・ヴィークルなどで上陸し、侵攻者を掃討するというものである。

 北海道では多くの山林やレジャー施設が主として中国系資本に買収されている。買収地の多くがアンタッチャブルな状態に置かれ、しかも水源なども豊富なところから衣食住を賄え、自己完結型の生活ができる。

 他方で、留学や技能実習で来日した外国人のうち5万人超が不法滞在の状況で、その中の8割は中国人が占めているとされる。

 無人離島では国民の目がほとんど届かず、場合によっては上記のような不法滞在の外国人も含めた勢力に占拠されて、陣地化や要塞化しているかもしれない。

 占拠ではなかったが、昨年11月、北海道の無人島、松前小島には北朝鮮の漁船員が漂着し仮住まいをしていた。

 相手が武力をもって占拠した場合、当然のことながら、奪還が必要となる。近年の「奪還」は尖閣諸島を対象にした“隠語”のように聞こえなくもない。

 尖閣諸島は本来日本の領土であるが、1970年代から中国が自国領と主張し、90年代に入り領海法を制定して自国領に組み込み、習近平政権になると台湾などと同様に「核心的利益」を有するとした。

 爾來、中国は同島を係争地として、日本を協議の場に引き摺り込もうと画策し、公船や軍用艦艇などを接続水域に侵入させ、時には領海を侵犯してきた。

 ちなみに、有人島の対馬も過疎化の進行で「島が危ない」と叫ばれてから久しく、その後も韓国系資本による土地などの買収が進んでいる。

 こうした経緯を踏まえ、本来日本の領土であり島であるが、何らかの事情によって普段の警戒・監視や防衛が思うに任せず、占拠を許す結果をもたらしかねない。

 そこで、訓練や演習では「占拠された離島を奪還する」という名目で訓練などが行われることになる。

グレーゾーン事態とは何か

 そもそも、「奪還作戦」をせざるを得ない状況に追い込まれるのは、偏に海保や管轄する地方自治体で対応できないにもかかわらず、海自を含めた防衛力が十分に機能しないからである。

 いや機能できない法体制になっていると言った方が適切であろう。そうした状況をもたらす最大の事案がグレーゾーン事態である。

 英国では沿岸警備隊は不法侵入船に対して、監視・通報の権限のみを有し、実際の取り締まりは通報を受けた海軍が担当している。

 東シナ海でのEEZ(排他的経済水域)の中間線をめぐる日中間の摩擦や、尖閣諸島を核心的利益とする中国は、警備にあたる海警局の公船を大型化し、また倍増するなどしてきた。

 それでも係争は海保と中国国家海警局が管轄する警察権に基づく水準にとどまっていた。

 ところが、「海洋強国」を目指す中国は、フリゲート艦や情報収集艦などの軍艦による違反も稀ではなくなってきた。

 同時に領海警備等を担当する海警局が中国軍を指揮する中央軍事委員会の指揮下にある中国人民武装警察部隊(武警)に編入され、「(武警)海警総隊」(対外呼称は中国海警局)となった。

 「軍隊の一部に変貌し、人民解放軍や民兵と一体化して戦う組織に変わった」(「産経新聞」10月24日付、山田吉彦「防衛力持つ『海洋警備隊』創設を」)のである。

 また尖閣諸島に最も近い浙江省温州には、海警局艦船の係留のための大型基地が建設されているという。

 尖閣諸島に多数押し寄せる漁船には、民兵が同乗することも多く、彼らの拠点は東シナ海及び南シナ海に面した浙江省、福建省、広東省、海南省の海岸沿いに点在し、10万人以上とみられている。

 軍事的訓練を受けた民兵と特殊GPS搭載の漁船による海上ゲリラ行動などに加え、海警局の公船の武装強化、さらには組織改編によって、日本側は警察機能としての海保だけではとても対応できない状況になっている。

 こうして自衛隊が防衛出動する有事には当たらないが、警察や海上保安庁だけでは対処が難しい「隙間」の事態があり得るし、昨今の状況からは、生起の可能性が高いケースとさえみられている。

 過去にも幾つかの事例が起きている。

(1)1997年2月、下甑島(鹿児島県)に中国人密航者が漂着し、山中に逃亡した。住民は緊張に包まれ、島内所在のレーダーサイトで勤務する自衛隊員も捜索に加わった。

 しかし、密航者の捜索は防衛出動でも治安出動などの対象でもない。そのため、隊員は「調査・研究」の名目で出ている。早速「自衛隊法違反ではないか」という指摘がなされて政治問題化した。

(2)2012年7月、五島列島(長崎県)の荒川漁港に「台風からの避難」の理由で中国漁船100隻以上が押し寄せた。

 中国は民兵としての教育を受けた乗組員の乗った漁船をまず送り込み、その保護を口実に漁船監視船や海軍艦艇が出動し実効支配を確立していくとみられていることから、「中国による尖閣諸島攻撃の予行演習ではないか」と疑問視された。

 ざっくり言って、尖閣諸島が現在のような状況になっているのは、日本が自国を守る軍隊を有せず、「国有化」はしたが、住民を住まわせ、事業を起こし、自衛隊を堂々と派遣できないできたからである。

 「自分の国は自分で守る」ということを言う人が多くなっているが、「守る」力の実在としての「軍隊」が日本にはない。解釈改憲でやってきたが、無理を重ねた矛盾が今日のグレーゾーン事案となっている。

グレーゾーン事態に対処するために

(1)平時において最も重要な活動である「警戒・監視」を自衛隊法の自衛隊の行動として規定

(2)グレーゾ−ン事態における新たな権限を自衛隊に付与する法制の検討

 などが民間の防衛関係団体からも提議されている。しかし、法的整備や運用面での改善には時間がかかるとみられる。

 問題点があると分かっていながらも、国民の理解が進まなければ法の制定や改定は進まない。

 そうこうしているうちに、相手が尖閣に上陸し施政権を主張しないとも限らない。日本は「日本の施政権下にある」としながらも、上陸を許す最悪の状況しか想定できないのだ。

 そのために、本来であれば事前に準備できる「離島防衛」のはずが、無人で放置して置かざるを得ない。上陸を許す結果は「奪還」しかあり得ない。マスコミなどで報道される「離島“奪還”」は、こうした考えからである。

 国家の安全に関わる重要事で、生起する事案によって過不足なく円滑かつ段階的に対応できる仕組みが必要であるが、省庁の権限をめぐる縦割り意識が根底にある。

縦割り行政が国益を毀損する

 2018年1月6日、上海沖合300キロの東シナ海でパナマ籍タンカー・サンチ号(8万5000トン)が香港籍のバラ積み船CFクリスタル号(4万トン)に衝突され、炎上した。

 衝突場所は、日中中間線の西方の中国側であったが、サンチ号は中国が開発を進めている油ガス田の近くを炎上したまま漂流し、14日に中間線東方の日本側の海底に沈没した。

 事故対処にあたっては外交的配慮が必要であることは言うまでもないが、この事故は人命救助、海洋環境、海運・海上交通、漁業資源、EEZ・大陸棚の境界画定など様々な問題と関連しており、海上保安庁・環境省・運輸省・農林水産省・外務省などの官庁が絡んでくる。

 日本は、かねて日中間の大陸棚の境界を中間線であると主張してきた。サンチ号の沈没場所は、日本の大陸棚上でもあるので、排他的管轄権を行使できたはずであるが、日本はそのように行動しなかった。

 井晋氏は「日中間で大陸棚の範囲や境界を争っているのであれば、日本は積極的にサンチ号事件に対する関心を表明し、同号のサルベージを積極的に推進し、沈没場所が日本の大陸棚であることを国際的にアピールするべき」(JBpress2018.9.18「中国にまたしてもやられた日本政府 日中境界線付近でのタンカー『サンチ』沈没事件で問われる日本外交」)であったと述べる。

 また、サンチ号の海難事故を報道したのは、第10管区海上保安本部と地方紙主体で、政府が官邸の危機管理センターに情報連絡室を設置したのは、ようやく2月2日のことであったという。

 サンチ号事件における日本政府の対応は当初から消極的で、事故の経過に関する発信は透明性に欠け限定的であったともいう。

 こうしたことから高井氏は「縦割り行政の弊害以外の何者でもなく、各行政機関も専ら海上保安庁の対応に任せてきた印象を受ける。サンチ号事件などの海洋問題は、主権や国益が直接絡む多くの問題を含んでいることに留意しなければならない」と述べている。

 さらに、次のように危惧する。

 「中国が日本の了解を得ずしてサルベージを行ったのであれば、そして日本が何も抗議していなければ、国際社会は、沈没場所が中国の大陸棚であると認識することになるのではないか」

 「今後、日本が中間線以東の大陸棚を自国の大陸棚であるといくら主張しても、サンチ号事件に対する日本の消極的な対応と中国の積極的な対処活動の印象から、国際社会が中国に軍配を上げる可能性は否めない」

 日本は「尖閣諸島の領有権とそれに伴う日中中間線以東の周辺海域のEEZおよび大陸棚を自国のものと主張しているので、このことを諸外国に発信し賛同の輪を広げるためには、一つひとつの行動が常に外交の一貫性に沿ったものでなければならない」と注文する。

自衛艦の活用は?

 北方領土が占領される以前の話である。日本の管轄下にあった海域にロシアの漁民が侵入して密漁し、また日本の漁民を脅して獲物や金品を略奪することがあった。

 ロシアの漁民ともめ事を起こしているまさにその時、日本の軍艦がはるか向こうに姿を見せるだけで、件のロシア人たちは何事もなかったかのように、「さーっ」と消えていったそうである。

 中国は節目ごとに市民や漁民を動員してくることが知られている。

 昭和47(1972)年に日中が国交を回復し、条約の締結交渉を重ねていた。交渉が山場に差しかかっていた昭和53(1978)年、尖閣諸島の日本領海に200隻を超える中国漁船が殺到し、数日後に一隻残らず姿を消した。

 中国側は「漁船が魚を追っているうちに潮に流された」と説明したそうである。

 平成26(2014)年には小笠原諸島や伊豆諸島周辺に200隻を超す中国のサンゴ密漁船が集結した。台風で一時去ったが、再度結集してきた。

 時あたかも日中首脳会談の実現をめぐって虚々実々の駆け引きが展開されているさなかであった。

 小笠原の赤サンゴが荒らされ、漁民に莫大な損失をもたらしたことから政府は重い腰を上げ、違法操業の取り締まり強化や罰金引き上げなどを検討するが、日本の対応が甘いことに変わりはない。

 「産経抄」(平成26年11月8日付)が提案したのは、尖閣沖で奮闘している海保が小笠原沖などで200隻以上の漁船を相手にする余力はないだろうから、自衛艦が悠悠と漁船の脇を通るのは如何だろかという歴史の教訓であった。

 平成28(2016)年8月5日以降、中国は海警局の公船を尖閣諸島海域に派遣し、漁船400隻、公船15隻を動員した。漁船には民兵が乗船していたことも判明した。

 日本の漁船が他国の領海で違法操業したら拿捕されるばかりでなく、いきなり銃撃されることも頻繁であった。

 しかし、日本は、自衛艦を遊弋させるというような「軍事的圧力」と思わせる行動をとることはなかった。もっと活用してもいいのではないだろうか。

攻撃に要する兵力は防御の3倍

 軍事の常識として、防御は地形などを利用することができるために、攻撃(離島奪還もその一つ)の3分の1の兵力で済む。従って、可能な範囲で攻撃ではなく、防衛(戦術的には防御)で地域を守ることが大切である。

 もっとも、敵の攻撃できる経路がいくつもある場合は、防御兵力が各径路に分散されるために、各々の経路に分散配置が必要となり、全体的には防御兵力が多く必要となりかねない。

 そこで偵察・監視により主力が接近してくる経路を判断し、配備の重点を絞ることが重要になってくる。

 いくつもの攻撃ルートがあるような場合は、1つに集約させるために、他のルートには兵力に代わる接近阻止(または拒否)装置などが必要となる。

 以前は地雷などがそうした役割を担い、敵の行動を制約していた。しかし、今は人道上から国際条約で破棄することになっており、現実に日本はすでに破棄して装備していない(条約無視をする近隣国は定かでないが、多分保有しているに違いない)。

 ともあれ、離島の奪還は攻撃の一種で、相手の3倍の兵力が最小限必要というのが戦術の原則である。

 この原則に照らしても、基本的に「奪還」ではなく、占拠されるのを阻止する「防衛(または防御)」に注力すべきである。あるいは、上陸戦闘を許さないための接近拒否戦略が望ましい。

 防衛白書(29年版)は水陸機動団について、「(敵の」攻撃に対応するためには、安全保障環境に即した部隊の配置とともに、自衛隊による平素からの常時継続的な情報収集、警戒監視などにより、兆候を早期に察知し、海上優勢・航空優勢を獲得・維持することが重要」と強調している。

 そして、「(敵の侵攻の)兆候を得たならば、侵攻が予想される地域に、陸・海・空自が一体となった統合運用により、敵に先んじて部隊を展開・集中し、敵の侵攻を阻止・排除する」としている。先述の接近阻止であり、または「防御」ありきである。

 続けて、こうした対応が取れず万一「島嶼への侵攻があった場合には、航空機や艦艇による対地射撃により敵を制圧した後、陸自部隊を着上陸させるなど島嶼奪回の作戦を行う」と白書は述べている。

 このように、「奪回」は起死回生の手段である。

 水陸機動団が「離島奪還」作戦を練り、訓練し、演習しているからと言って、日本が離島などの防衛を疎かにしてはならない。

 最も厳しい状況下の訓練(すなわち奪還訓練)を行うことで、部隊の練度を最高に高めることにより、低烈度の状況対応は容易となるからである。

おわりに

 尖閣諸島が国有化されたのは野田佳彦政権の2012年9月のことであった。その2年前の2010年9月には、尖閣諸島を巡視している海保の巡視船が中国の漁船に追突される事件が起きた。

 国有化される前は島の近傍まで行き清掃し、時には上陸して国旗を持ち込むなどの行為も見られたが、今では海保の警備が厳しく、海保の警戒線より内側に近づくことはできないとのことである。

 他方、海保の統制を受けない中国の漁船は海保の警告を無視して悠然と島の近傍を遊弋する逆転現象が起きていると仄聞した。これでは国有化が仇になっているとしか言いようがない。

 実のところ、国家主席になりたての習近平は権力固めに、就任直後の2012年末から2013年初めにかけて、尖閣諸島の奪取を本気で考えていたという(矢板明夫著『習近平の悲劇』)。

 この時期の事象を振り返ってみると、公船の領海侵犯は頻繁に起きていたが、2012年12月13日、国家海洋局所属のプロペラ機が初めて尖閣諸島上空で領空侵犯した(なお、この日は日本が南京で大虐殺をしたとする南京攻略の75周年記念日でもあった)。

 2013年1月になると、19日と30日の2度にわたり、東シナ海で中国海軍のフリゲート艦が海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射する。戦闘準備完了さえ示唆する行動で、何時戦闘開始になってもおかしくない態勢を意味する。

 いずれにしても、安倍政権が過激に反応しなかったため、中国は口実を見つけることができなかったようだ。

 当時はホットラインもできていなかったが、政権の冷静沈着な行動が、大事を防いだということができよう。

 法律がなければ行動できない自衛隊である。グレーゾーンなどと称して放置できない認識が必要だ。

2018/10/30


 10月28日の早朝、東京・渋谷のセンター街にハロウィンの馬鹿騒ぎで繰り出した群衆が進入してきた軽トラックを取り囲み暴徒化、車体の上に乗るなどの乱暴狼藉の末、警官を呼ぶために運転者が席を離れた隙に、トラックをひっくり返すという事件がありました。

 友人からこの情報を送ってもらい、最初に私が確認したいと思ったのは、この暴徒が「何者か?」「どこの国の人間か?」ということでした。

「3.11の秩序」から7年

 誤解のないように最初に釘を刺しておきますが、「こんな暴動を起こすのは日本人であるはずがない。不良外国人がやってきて日本を悪くしているのだ」などという、“ドナルド・ダック”やドイツのネオナチ政党のようなことを言いたいわけではありません。

 流通している動画を見る限り、定かに確認はできませんでしたが、トラックの上に乗ったり横転させたりしたと思しい中に、見るからに日本人ではない外国人は見当たりませんでした。

 また、トラックを取り囲んではやし立てている群衆の中には、様々な肌や髪の色の人物が写り込んでいたようにも思われました。

 日本は2011年、3.11東日本大震災の後、一件の暴動事件も起きず、派手な略奪などもなく(火事場泥棒的な犯罪はあったようですが)、被災地で避難者が整然と協力して復興に当たるという、地球上でも稀有な「超高モラル社会」として全世界を驚かせた国でした。

 まだほんの、7年前の出来事に過ぎません。

 それが2018年の秋になると、夜の渋谷に繰り出した、多くは若者と思われますが、群衆が何の罪もない一般車両を取り囲み、それを転倒させて喜ぶという、普通によくある発展途上国の愚民の群れと同じ行動を取ったと報道されている。

 この間の「日本の劣化」をこそ、考えねばならないと思ったのです。「トラックを倒すなんて犯罪だ。こんな奴らは日本の恥だ」といったネットの書き込みを目にしました。

 ですが、こうした行動は、全人類に共通して見られる、ある意味では普遍的な「祝祭的反応」でもあります。

 このコラムで時折、生前たいへん多くご指導を頂いた文化人類学者の山口昌男さんの「中心周縁論」を引用してお祭りを議論することがあります。

日常的な価値の「転倒」

 普段隅っこにいるものが中心にやって来て、中央にいるものが隅に追いやられる。

 上は下、右は左、偉そうな奴は引きずり下ろし、男は女、女は男、たいくつな社会のあらゆる秩序や順序をひっくり返して、社会全体が活性化する・・・。

 これが祝祭の本質的な特徴ですので、象徴的な価値転倒の供犠は全世界のあらゆる地域で確認することができます。

 リオのカーニバルのような謝肉祭、韓国のタル・ノリで演じられる業病に罹患した貴族を嘲笑する仮面劇・・・。

 日本で考えるなら、日頃威張り散らしている「大名」が「太郎冠者」にやり込められる狂言など、極めて典型的な「祝祭的価値転倒」の技芸と言うことができるでしょう。

 渋谷で軽トラックを取り囲み、それを生贄に選んではやし立て、車体の上に乗って踊り、さらには車をひっくり返して大喜びする・・・。

 太古の人類が日常価値の転倒に共同体刷新活性化の力を見出したのと同じように、2018年10月28日の東京でも、半ば原始人、半ば猿の如き若者たちが、普段偉そうにして自分たちを押さえつけている体制や支配層、年配者や社会のルールをひっくり返して祝うという心理は、器物破損の犯罪行為であるのはもちろんですが、非常に普遍的な「人間社会によくあるパターン」であるのも間違いありません。

 要するに「未開な状態」で起こりやすい、衆愚状況です。

 そこまで、日本人を含むであろう、この加害者集団の精神年齢が「低下」していたことに、まず注目しておく必要があります。

 3.11の苦境を整然と乗り切ったはずの日本で、どうしてこんなみっともない「低EQ(Emotional Intelligence Quotient=心の知能指数)状態」に、若者が退行してしまったのか・・・。

 それを解くカギは、この非日常の「祭り」以上に、「日常」の側にあるように思うのです。

転倒の陰画としての日常

 要するに、日頃鬱積しているから、その憤懣が爆発する。そう考えるのが合理的です。トラックをひっくり返した者は、画像から身元を特定され、一部は逮捕されるなどして、刑事・民事の責任を問われるでしょう。

 この人たちには何ら同情の余地もなく、問われる社会的責任をきちんと果たすべきと思います。司直は再発防止を念頭に、もしかすると実刑を含む厳しい判決を下すかもしれません。

 しかし、中には、かなり確信犯で焚きつけながら、自身は手を下さず、責任をはぐらかして逃げおおせる奴がいるかもしれません。たぶん、いるでしょう。

 また、その場にいたほぼすべての人間が「お、何これ。トラックが取り囲まれてるじゃん。どーなんのかな。あれあれ乗っちゃったよ。踊ってる。面白れーなー」などと、この「非日常」の騒ぎを面白がっていたわけです。

 しかし、これら全員が逮捕、訴追などされることは絶対にないわけです。そこが一番の問題でしょう。

 またしても繰り返される古典的な「責任を取らない日本人」のパターンです。しかも、槍玉に挙げられるのは、日頃威張り散らす権力者ではなく、土曜の深夜日曜の早朝に業務でセンター街に乗りつけたのであろう軽トラックです。

 社会構造の上部でふんぞり返る悪代官が「この紋所が目に入らぬか!?」と格さん助さんに三葉葵の印籠を見せつけられ、「ここにおわせらるるは、畏れ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ! 頭が高〜い」と一喝され、

 「ハハ〜・・・」とひれ伏す価値転倒を、戦後70年を過ぎても日本人は一貫して愛好してきたわけですが、ここでは深夜に就労している営業車両を迫害する「弱い者いじめ」による「祭り」で喜んでいたわけです。

 残念ながらそういうケースも、人類には山のように例があります。

 欧州におけるユダヤ人排撃、近くはルワンダ・ジェノサイドでもミャンマーの少数派ムスリム・ロヒンギャへの迫害でもいいでしょう。

 要するに「ヘイト」と呼ばれるものは、すべてこの種の下層で圧迫され余裕のない大衆が、さらに弱いものを見つけて血祭りにあげて憂さを晴らす、最低最悪の経世済民のなせる技として客観的な分析が完了した社会病理にほかなりません。

 暴徒化した群衆の多くが、ひっくり返ったトラックの周りで万歳しながら飛び跳ねたりしているのを、私も動画で確認しました。その事実、この末期性にこそ注目する必要があります。

 1994年のルワンダ・ジェノサイドでは、暴徒化した民衆が面白がって少数派を追い詰め、教会や小学校にすし詰めにして手榴弾で爆殺したり、家族でバーベキューをしている食卓のま横で、なたで切りつけてなぶり殺しにしたりという、日常では考えられない事態が現実に発生しました。

 なぜ・・・?

 日頃抑圧されている、という社会不満があったからです。こいつらは悪い奴だ。私たちが日頃苦しんでいるのに、甘い汁を吸ってやがった。因果応報で懲らしめてやる・・・という心理。

 1933年にナチス・ドイツが政権を取ると、ただちにユダヤ人排撃が公共事業として推進されますが、多くのドイツ国民はそれを黙認、ないし支援しました。

 なぜ?

 第1次世界大戦に負け、多額の賠償金で経済を圧迫されていたドイツでは、戦争を仕かけたのがユダヤ人、国際ユダヤ財閥で、いくさで暴利を得てドイツ国民の日々の生活を圧迫している、というプロパガンダにさらされていました。

 ヘイト・スピーチによる洗脳です。

 2018年10月28日の暴徒は、「ヘイトスピーチ」で焚きつけられた群衆ではありませんでした。

 しかし、日常の中で高いストレスにさらされ、日頃の抑圧状況を転倒する、象徴交換儀式として「軽トラック」という生贄を欲していたことは間違いありません。

 直接の加害者の責任は言うまでもありませんが、そんな社会状況に日本を捻じ曲げて来たのはどこの誰か?

 遠因の責任をどこに問うべきかを考えるのも重要なことだと思います。くさい臭いにおいは元から断たなきゃダメ、ということです。

 レームダック政権の安売り人事、閣僚不祥事の類が毎日紙面を賑わせる末期的なご時世、起こるべくして起こった暴徒事件と考えられ、今後この傾向はさらに加速することが懸念されます。

「ええじゃないか」は終わりの始まり

 1867年8月から12月にかけて、日本は不思議な熱気に包まれていました。天からお札が降って来る、というのです。

 これは素晴らしい出来事の前触れだということになり、民衆は仮装して町に繰り出し、踊ったり騒いだり、大八車がひっくり返されたり、富裕な商家からモノが持ち去られたりもしたようです。

 これが世に名高い「ええじゃないか」の民衆暴動で、この間は都市も農村も社会機能が麻痺して、通常の市民生活を送ることが不可能になったと伝えられます。

 この「ええじゃないか」ですが、1867年12月9日にピタリとやみます。

 この日「王政復古の大号令」が出され、日本のレジームは近代のそれへと転換しました。「討幕派による陽動作戦だったのでは?」という説も検討されています。

 今回のような暴動は、ある政治的支配体制の末期の末期、もうどうしようもない状況であることを示すバロメータである可能性が考えられるでしょう。

 ハロウィン暴動は「終わりの始まり」と言うことができるかと思います。

日本政府が破産する瞬間、大逆転が起きる

10/14() 20:40配信  ヤフーニュースより転載記事

日本政府は破産しない。破産の1秒前に大逆転が起こるからだ、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。
筆者は、日本政府は破産しないと考えています。しかし、世界中の投資家が日本政府は破産すると考えて日本国債の売り注文を出したら、どうなるのでしょうか。日本政府は破産するのでしょうか。その瞬間に何が起きるのか、考えてみました。

国債の価格が暴落し、ドルが暴騰する

日本政府が破産すると考えた投資家は、日本国債の売り注文を出すはずです。彼らが売るものは、今ひとつあります。日本政府の子会社が発行している「日本銀行券」という紙切れです。彼らは、日本銀行券をドルに替えようとして、ドルの買い注文を出すでしょう。
金融の怖いところは、皆が倒産すると思った借り手は、皆が融資を引き揚げるので本当に倒産する、というところです。健全な銀行が取り付け騒ぎで倒産することもあるわけですから。
したがって、ひとたび売り注文が増え始めると、売りが売りを呼んで暴落が止まらなくなる可能性があります。売り一色で取引が成立しないかもしれません。
それを予想した投機家たちは、日本国債や円をカラ売りするかもしれません。先物を売却するかもしれません。売り注文の額は、発行済み国債の残高を上回るかもしれないわけです。
そんな時に、最後の買い手として登場するのが、政府と
日銀です。

政府は外貨準備のドルを売って円を買い支える

政府は、1兆ドルを超える外貨準備を持っています。これを用いて暴落している円を買い支えるとします。1ドル300円くらいで取引が成立したとしましょう。市場に巨額のドルが供給され、市場から巨額の円が回収されます。
日銀は、市場から回収された分だけ市場に資金供給をしなければなりませんから、暴落した国債を大量に購入するはずです。国債の価格は額面の3割程度で取引が成立したとしましょう。

冷静になった時に、見えてきた勝者は?

夕方になって市場が閉まり、人々は酷かった1日を振り返るでしょう。国債を持っていた投資家は、額面の3割で投げ売りしたので、大損でした。
さらに悲惨なのは、外国人投資家でしょう。彼らは来日した時に10ドルを1000円に替えて額面1000円の国債を買ったはずです。それが、国債を300円で売り、それを1ドルに替えて本国に逃げ帰ったのです。
喜んでいたのは、国債と円をカラ売りしている投機家だけであったはずです。
「最も悲惨なのは、破産した日本政府だった」と読者は考えるかも知れません。しかし、そういうわけではありません。
日本政府は、1ドル100円で買って持っていた外貨準備のドルを300円で売却し、日銀は額面1000円の国債を300円で購入したわけです。しかも巨額に。
政府と日銀の連結決算で見ると、100兆円で買ったドルを300兆円で売り、その300兆円で額面1000兆円の国債を購入しているわけです。冷静に見ると、日本政府の借金はすべて綺麗に消滅しているのです。
本当に真っ青なのは、日本国債をカラ売りしている投機家でしょう。買い戻す義務があるのに、買い戻せる日本国債はすべて日銀が持っているのですから。

政府・日銀は、儲けた900兆円の一部を銀行に出資

投資は自己責任ですから、投資家が損をしても政府が救済する必要はありません。ただ、何事にも例外はあります。銀行が巨額の損失を出して倒産されると困るのです。倒産しないまでも、自己資本不足に陥って自己資本比率規制を守るために貸し渋りを始めても困ります。
そこで、政府は銀行に無議決権優先株を発行させ、それを買い取ることで、銀行の自己資本を充実させるはずです。銀行が将来儲かったら、優先株を買い戻す、という条件にしておけば良いでしょう。それにより、銀行の倒産や貸し渋りが防げて、金融市場の混乱が実体経済に波及することが防げるわけです。

政府が破産しなかったのは、負債が円建てだったから

過去、政府が借金を返済できずに破産(事実上の破産を含む)したケースでは、ドルを借りていた場合がほとんどです。政府が外国からドルを借りていると、外国から一斉に返済を要請された時に大変困ったことが起こります。
最初の1ドルを返済することは容易でも、そのためにドルを買うのでドルが値上がりし、2ドル目の返済は1ドル目の返済より厳しくなるのです。返済用のドルを買うたびにドルが値上がりしていくと、最後の1ドルを返済するために必要な自国通貨が巨額になり、倒産してしまう、ということが起きかねないわけです。
しかも、外国の貸し手はそれを知っていますから、政府が破産するかもしれないという噂を耳にした途端、他の貸し手が回収し始めるよりも先に回収しようとします。したがって、外貨を借りていると、危険なわけです。
外貨を借りている政府は、「危ない」という噂が立つと、実際に返済要請が来て本当に危なくなる可能性があります。一方で、自国通貨を借りている政府は、本稿が示すように、「危ない」という噂が広まれば広まるほど債務が減るのです(笑)。
外貨を借りている政府と自国通貨を借りている政府では、このように決定的な差があるので、「過去に倒産した外国政府よりも、日本政府の債務負担は重い(債務残高のGDP比が大きい)から、日本政府も破産するだろう」といったことにはならないのです。
本稿は以上です。なお、本稿は拙著『
日本経済が黄金期に入ったこれだけの理由』の内容の一部をご紹介したものです。
<<筆者のこれまでの記事はこちらから>>

プラごみ:「排出」と「漂着」の現場 北陸3県の現状 毎日新聞 
MSNニュースより転載記事

2018/10/08 12:58


毎日新聞 石川県小松市特産の大麦を使用したストロー(手前)=金沢市十間町で2018年10月2日、日向梓撮影

 プラスチックごみによる海洋汚染が世界的な問題となっている。欧州では使い捨て製品を規制する動きが進み、7月には米コーヒーチェーン大手「スターバックス」がプラスチック製ストローの使用廃止を発表した。日本海に面する北陸3県は、ごみの「排出」と「漂着」の現場でもある。現状や対策の取り組みを取材した。【日向梓】

日本海で多く

 環境省による2016年度の調査で、日本周辺の海域に漂流する人工物のごみを調べたところ、1平方キロメートルあたりの平均個数は、日本海215.6個東シナ海165.1個太平洋158.8個。いずれの海域でも、最も多かったのは「分類不能なプラスチック製品」で、次いで発泡スチロール食品包装材レジ袋ペットボトル−−だった。同省水環境課海洋環境室の担当者は「ごみが外海へ出て行く太平洋、東シナ海と違い、日本海はごみがたまりやすい上、北陸地方は外国のごみも入ってくる」。調査で確認したごみのうち、北陸3県付近では4割が外国のものだったという。

 プラスチックには、海中の有害な化学物質を吸着する性質がある。特に問題視されているのが、波や紫外線の作用で砕かれ5ミリ以下になったマイクロプラスチック(MP)だ。これを魚介類が飲み込み、食物連鎖を通じて有害物質が濃縮され、生態系に悪影響を与える恐れがある。

 石川県七尾市ののとじま水族館では10年以上前、保護したウミガメの体内からプラスチック片とナイロンが見つかったという。

漂着ごみの9割

 石川県は環日本海環境協力センター(富山市)と連携し、1996年から羽咋市の千里浜で漂着ごみの調査を実施。今年8月の調査では、約1時間半で約3キロ(862個)が集まり、個数別ではプラスチック類91%紙類5.2%ガラス・陶磁器類1.6%金属類0.7%布類0.4%ゴム類0.3%その他0.8%−−だった。

 今回は同センターの呼びかけで、千里浜の砂1リットルに含まれるMPの量も調べた。データがまとまるのはこれからだが、県廃棄物対策課の道下博之課長は「今まではMPを見ていなかっただけだと実感した。砂と区別がつかないほど小さなものもあり、どれだけの量が砂浜や海に紛れているのか想像もつかない」と話す。

脱プラの動き

 同センター調査研究部の中山純一部長によると、海岸の漂着ごみは国内から出たものが大半という。意図的な廃棄物より、川沿いで飲食した際などに風に飛ばされて海へ出て行くケースが圧倒的に多い。「なんの気なしに置いた食品トレーやラップが、海を漂うごみになっていくのです」

 2050年には、海洋生物の総重量を、海中のプラスチックごみが上回るという予測もある。中山部長は「海を漂うごみを回収するのは難しい。それよりも、ごみとなる製品を減らしたり、ごみをなるべく出さない努力をする方が合理的」と指摘する。

 民間の動きも始まっている。雑貨などの企画・輸入販売会社「ロータスコンセプト」(金沢市山の上町)は今夏、小松市特産の大麦を使ったストローを完成させた。麦わらを煮沸、乾燥させてカットしたもので、小松商工会議所や地元農家と相談して試作を重ねた。蒲田ちか社長は「企業も市民も、ごみを出さない生活に切り替えていく必要がある」と語った。

運動すれば「諦めない子」に? =体力と達成意欲分析―17年度体力調査

ヤフーニュースより転載記事

10/7() 17:06配信  時事通信社

 2017年度の体力・運動能力調査では、1219歳について、達成意欲と運動習慣、体力との関係を分析した。
 その結果、運動する頻度が高いほど、最後まで物事を諦めず、やり遂げる気持ちが強い傾向にあることが分かった。
 「何でも最後までやり遂げたいと思うか」の問いに対し、週に3日以上運動する15歳の男子の467%、女子は499%が「とてもそう思う」と回答した。一方、まったく運動しない男子は231%、女子が211%と低かった。
 体力との関係では、「とてもそう思う」と答えた15歳男子の新体力テストの合計点は528点、女子は531点で、最も高かった。18歳の男女でも同様の傾向がみられた。
 スポーツ庁は「子どもを持つ親にとっては関心が高いので、スポーツとやり遂げたいと思う気持ちに関係があることを示したかった」と話す。
 小学生に対する入学前の外遊びと体力などの関係も調査。入学前に外遊びを週6日以上していた10歳男子のテスト合計点は586点で、週1日以下の男子より6点高かった。10歳女子も同様に約6点高かった。
 また、10歳の男女は入学前に外遊びの回数が多いほど、現在も運動する頻度が高かった。同庁は「幼児期の外遊びの習慣の大切さが出ている」としている。 

MSNニュース/東洋経済オンラインより転載記事

貴乃花問題で誰も触れない横綱のリアル寿命 ガチンコ相撲で年間90日興行はムリがある

2018/10/04 17:00

 貴乃花親方の引退によって貴乃花部屋が消滅し、一連の貴乃花問題が終結することになりました。大相撲ファンを二分する騒動だったのですが、今回の出来事を転機に協会は一枚岩でまとまることになるでしょう。

 貴乃花親方は日本相撲協会の改革を目指して活動してきましたが、それはかなわない出来事となりました。

 ここで本当は話題にしづらい話があります。しかしおそらくはこのタイミングで問題提起をしておかないともう二度と語るタイミングが出てこない“不都合な真実の話”です。言葉を選びながら今回の貴乃花問題の本質とも思えることを指摘したいと思います。

 誰でも手に入る情報で、かつなぜかマスコミは黙殺している話。それは「横綱の寿命は一般人と比べて極端に短命だ」という事実です。これについては、決して貴乃花親方のことを暗示するものでもなんでもないことを、最初に強くお断りしておきます。

 ここ数年を振り返ってみましょう。2011年、おしん横綱と呼ばれた隆の里さんが59歳の若さで亡くなりました。2015年に大横綱で現役の相撲協会理事長だった北の湖さんがやはり62歳の若さで亡くなっています。翌2016年には千代の富士さんが亡くなりました。享年61歳です。

時代のヒーローたちは若くして亡くなってしまう

 私の時代のヒーローたちが相次いでこの若さで亡くなってしまう。悲しいことです。しかし「なぜこの若さで?」と思う人は次のデータをご覧になってどう思われるでしょうか。

 戦後の土俵に上がった歴代の横綱、つまり双葉山から後の代の歴代横綱を調べると隆の里さん以前の41人の横綱のうち実に38人がすでに鬼籍に入っています。平均没年齢は実は62歳。いまでも健康に活動されているのは輪島さん(70)、三重ノ海さん(70)、二代目若乃花さん(65)の3人だけです。

 伊勢ヶ濱親方つまり元・旭富士関が58歳。八角理事長つまり元・北勝海関と芝田山親方こと元・大乃国関が55歳で、それ以降の横綱含めまだ還暦になっていらっしゃらない元・横綱はもちろんこのリストには入っていません。とにかくそれよりも年長の元・横綱の平均没年齢があまりに若い。

 平均没年が62歳だと言うと相撲に詳しい読者は「27歳で急逝した玉の海さんが平均を下げているんじゃないか?」と思うかもしれませんがそうでもありません。サンプル数が少ないというのであれば戦後土俵に上がった大関も加えて没年を計算すると平均の没年齢は60歳とさらに下がります。貴ノ浪さんが43歳、北天佑さんが45歳、人気大関だった貴ノ花さん(貴乃花のお父さん)が55歳と大関もやはり短命の傾向にあります。

 お亡くなりになったそれぞれの事情はあるので深くは立ち入りませんが、大相撲の頂点にいらっしゃる方々はその命を削る仕事をしているということまでは申しあげておきたいと思います。

 大相撲の三役の取り組みとは、あの巨躯同士が猛スピードで激突するものです。これを例えて「本場所中は毎日、軽トラックと正面衝突しているようなものだ」という表現を聞いたことがあります。それが土俵人生の続くかぎり続いていく。そのようなお仕事です。

 当然のことですが、その衝撃はプロボクサーで言えばパンチドランカーを引き起こすレベルの衝撃のはずです。大関では将来は横綱確実と言われた栃東関は「このまま相撲を取り続けたら脳梗塞が再発する」と診断されて引退します。千代大海と武双山はどちらも強い大関でしたが、このふたりの対戦では張り手の応酬で双方血まみれになる激しい一番が名勝負として語られています。見ている側には名勝負でも、本人たちの身体をむしばんでいるはずだという点では心配です。

とにかく食べて太るという生活習慣もリスク

 脳への衝撃とは別に、身体を大きくしたほうが有利だという相撲の特徴から、とにかく食べとにかく太るという力士の生活習慣も、その寿命には影響を与えているはずです。

 別の分野のアスリートで言えばボディビルダーがこの問題を抱えているようです。私が出演している『モノシリスト』というテレビ番組で小島よしおさんが出題したクイズに「アメリカのボディビルは日本と本質的に違う点があるのですが、それは何でしょう?」という問題がありました。ボディビルに詳しい小島よしおさんによれば、アメリカのボディビルはスポーツではなくエンターテインメントだということです。そのためステロイドの使用が許可されているというのです。

 私も興味をもったので、ボディビルに詳しい友人にお願いしてアメリカのボディビル大会の最高峰であるオリンピア2018の観戦に連れて行ってもらいました。出場する世界の頂点のボディビルダーたちは皆、すばらしい肉体美を披露しているのですが、友人に言わせると、「あの状態にもっていくのは生命の危険と隣り合わせだ」というのです。

 実際に体脂肪率を極限まで落とす関係で、ステロイド抜きでも低血糖でふらふらになる。だからあの状態になれるのは年に1回が限度で、何度も大会を開催することは無理なのだそうです。そしてアメリカのボディビルダーは実際、若くして亡くなる人が少なくないといいます。

 同じ、肉体に極度の負担をかけるスポーツの場合で考えると、大相撲の問題はその試合の頻度でしょう。

 プロボクシングの世界タイトルマッチは年に1度か多くても2度開催するのが限度です。毎月ボクサーが興行に出場したとしたら、それこそボクサー生命どころか本当の生命に赤信号がともるはずです。

ショーとして興行するプロレスラーも命を削っている

 逆に頻繁に興行を行うとしたら。これはプロレスの世界の話ですが、最初からある程度のシナリオを決めておいて、あくまでショーとしての興行を行う前提でないと身体がもつはずはありません。もっともプロレスでも頂点を極めたレスラーたちは相撲と同じくらい短命の傾向があります。命を削っているのには違いはないのです。

 そのような情報を基に考えてみたいのが今回の貴乃花問題です。

 あくまで大相撲では八百長は行われていないというのが公式見解です。その前提で貴乃花親方と協会の争点はメディアではわかりにくい方向に話がもっていかれてしまうのですが、誰もが知っている公然の秘密ということで言えば、ガチンコ相撲を厳密に突き詰めるかどうかという一点にありました。

 貴乃花親方は相撲道という言葉を用いていましたが、貴乃花親方にとってこれは相撲哲学として譲れない大問題だったようです。

 一方でこれは誰も真剣に訴えかける人がいない話なのですが、年6場所15日間。つまり合計で90日、あの巨体の力士たちがガチンコで土俵の上でぶつかり続けたとしたら、彼らの生命の危険はどうなのかというより本質的な大問題があるのです。

 もし貴乃花親方が提唱するような相撲道を突き詰めるとしたら。そのうえでこれから先の未来ある若手力士たちが81歳の日本人男性平均寿命に到達できる安全性を考えたとしたら。このふたつの問題は両立できるものなのでしょうか。

 それを考えたら、現在の興行スタイルというビジネスモデルではそれは成立しません。無理やり改革をやるとすれば、それこそF1グランプリのように年間の開催を21回ぐらいにばらけさせたうえで、おのおの一番しか相撲を取らない。その年間21番勝負で年間優勝を決めるぐらいの開催頻度に下げなければ力士の身体はもたないはずです。

江戸時代は年2回、10日間ずつの開催だった

 実際、江戸時代の本場所は年2回。おのおの10日間の開催でした。つまり昔はF1グランプリの決勝レース並に相撲の勝負は少なかったのです。それが力士年金の問題から11日になり、13日になり、戦後は15日間で定着しました。昭和30年代に九州場所と名古屋場所が加わり、現在のように6場所90日制が定着したわけです。

 さて、大相撲の関係者は日本相撲協会だけでなくマスコミ関係者を含め協会を批判するのはタブーになっています。なので貴乃花親方が取り上げようとした本当の問題は「なかったもの」として収束を図られることになるのでしょう。が、私が今回取り上げたある意味で不都合な真実を考慮した場合、本当はどちらがよかったのかという話に決着をつけてみたいと思います。

 結論から言えば、意外に思われるファンの方もいらっしゃるとは思いますが、貴乃花親方の考える改革を進めてしまうと力士の生命はもっと危険にさらされることになっていたでしょう。

 そもそもアスリートの肉体的には無理なのです。それがビジネスの問題が絡んで、年6場所の90日に加えて、ファン育成のために大切な地方巡業もしっかりと行わなければならないというのが相撲興行のビジネスモデルなのです。

 相撲協会にとっておそらくこの興行日数の制約には手をつけられない。F1グランプリやボクシング世界戦のような低頻度の開催では現在の規模での雇用を維持することはとうてい不可能です。

 そのうえで力士の最低限の健康を維持しながら、年90日の本土俵を務めるためには、貴乃花親方が何と主張しようと「今のやり方が最善だ」としかいいようがない。ここに今回の問題の本質と、あるべき着地点があります。心情的にも貴乃花寄りの私も大相撲ファンとして最終的に納得できる結論なのです。

ヤフーニュースより転載記事
『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める

9/26(水) 10:15配信

「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力氏――。彼の論考や発言は、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。その西岡氏が9月5日に東京地裁で尋問に答えた内容は、彼らに失望と嘆息を与えるかもしれない。西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めたからだ。

 東京地裁では、元「慰安婦」記事を「捏造」と記述され名誉を傷つけられたとして、元『朝日新聞』記者の植村隆・韓国カトリック大学客員教授が西岡氏らを相手取り、損害賠償などを求めた訴訟が2015年1月から続いている。

 植村氏は1991年8月、韓国での「慰安婦」問題に取り組む市民団体への取材やその聞き取り調査に応じた女性(のちに記者会見で名乗り出た金学順さん)の録音テープを聞いてスクープし、同年12月にも証言を記事化した。

 西岡氏は、植村氏の記事に対し、『週刊文春』2014年2月6日号で「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントした。

 しかし、尋問で「そう訴状に書いてあるのか」と問われると、「記憶違いだった」と間違いを認めた。金さんの記者会見を報じた韓国『ハンギョレ』新聞の記事を著作で引用した際、「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると、「間違いです」と小声で認めた。

 西岡氏はまた、元「慰安婦」の証言集は読んでおりながら、「挺身隊」名目で「慰安婦」にさせられた韓国人女性の証言は「覚えていない」とし、自らの主張と異なる最新の調査・研究結果も読んでいないと答えた。

(佐藤和雄・ジャーナリスト、大学非常勤講師、2018年9月14日号)

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新日本プロレスと「殺しの柳川」 知られざるその関係

NEWSポストセブン / 2018年9月27日   より転載記事

“殺しの柳川”と称された柳川次郎(梁元錫、ヤンウォンソク)が1969年に柳川組を解散したあと、力を入れたのが日韓のスポーツ交流だった。空手の極真会館館長・大山倍達を庇護し、アントニオ猪木を韓国へ送り込み、猪木のモハメド・アリ戦でも陰ながらその成功を支えていた。ジャーナリストの竹中明洋氏が、柳川の足跡を辿った。

 * * *
 1974年11月、柳川は韓国政府の招きを受けて韓国を訪問した。7歳で釜山から海峡を渡って以来、じつに45年ぶりに祖国の土を踏んだことになる。この訪問で柳川は大統領の朴正熙(パクチョンヒ)から直々にある依頼を受けた。

 内実について語るのは、元新日本プロレス営業本部長の新間寿(しんまひさし)だ。

「韓国から帰ってきた柳川さんから連絡があって大阪の事務所を訪ねると、『韓国でプロレスをやってくれないか』と。聞けば、大統領から国軍将兵の慰問のためにやってほしいと依頼を受けたそうです。『そういうことなら、猪木と大木の対決ということでどうですか』と提案すると、柳川さんは『おい、すぐに大木に連絡を取れ』と大乗り気になりましてね」

 朴正熙は無類のプロレス好きとして知られる。大統領在任中、プロレス中継が途中で打ち切られると、自らテレビ局にクレームの電話をかけたという逸話が残る。

 力道山の弟子だった大木金太郎こと金一(キムイル)が、1963年の力道山死後に日本から韓国に帰国すると庇護し、大韓プロレス協会の設立を支援した。

 柳川もまた、力道山死後に、その弟子のアントニオ猪木や金一らを支援した一人である。生前の力道山とは、同じ在日として親しく、柳川組解散前の1961年には、力道山率いる日本プロレスの奈良での興行を取り仕切ったこともある。

〈押し寄せる人、人、人…。長蛇の列が続く。警官、係員が汗ダクの整理。試合開始前に満員札止めとなった。館内は押すな、押すなの大混雑。見渡す限りの人の波…。観衆八千人、超満員。(中略)館内が一瞬静まりかえったのは、日韓両国の国歌演奏の時だ。さあー、決戦のゴングだ〉

 1975年3月にソウルで行われた猪木対金一の一戦を伝える『プロレス』の記事だ。猪木ら新日本プロレス一行は、釜山から始まり、大邱、大田、光州を経てソウルへと回った。

「入りきれない客が外で会場を何重にも取り囲んどった」

 柳川とともに同行し、大阪でボクシングの興行師として知られた梨本隆夫が、その熱狂ぶりを語る。

「釜山で初めてリングに上がる直前、柳川会長にリング上の作法を教えてあげました。まず、リングの真ん中に立って、それから四方に順番に頭を下げて、と。そしたら、釜山の観客は『ヤクザの親分が足を洗って祖国に恩返しをしにきた』いうて、えらい盛り上がりましてね」

 ソウルでの猪木と金一との試合は、金一が得意技の頭突きを繰り出すたびに「キムイル」「キムイル」の大合唱となったが、猪木が足四の字固めで逆襲しそのまま場外に転落。リングアウトの引き分けとなった。

 お約束の結果とはいえ、大盛況のうちに幕を閉じたこの興行の後で柳川は、猪木と金一とともに青瓦台に招かれ、首相の金鍾泌(キムジョンヒル)から直接ねぎらいの言葉をかけられている。柳川はこの功績により大韓プロレス協会の名誉会長に就任した。

「韓国が豊かでなかった時代、白黒つけやすいプロレスは国民を統合するのにちょうど良い手段でした。地域ごとのチームによる野球やサッカーでは、韓国の激しい地域対立を煽りかねませんから」

 金一の弟子だったレスラーの李王杓(イワンピョ)をソウル市内の自宅に訪ねると、当時のことをそう振り返った。

 韓国を代表する金一と日本を代表する猪木。2人の直接対決は、国民を熱狂させ、独裁政権への不満の格好のガス抜きとなった。朴正熙政権が柳川に興行を依頼した狙いはそこにあったのだろう。

◆大山への挑戦状

 新日本プロレスの新間は、韓国興行の後に柳川とこんなやりとりをした。

「柳川さんが世話になったから500万円を持って行けというのです。『両国の親善のためですから頂くわけにはいきません。猪木からもそう言われています』とつっぱねました」

 すると、二週間後に柳川から電話があり大阪を訪れることになった。

「行くと、大きなダイヤの指輪を取り出して、これを猪木の女房にあげるという。でも、受け取るわけにいかない。柳川さんは『おまえも強情なやっちゃなあ』と呆れてました。『他にほしいものないんか』と言うので、ならばと『会長の背中に大変立派なものがあると聞いています。ぜひ拝ませて頂けませんか』と頼みました。柳川さんは『おう』と頷いて上着を脱いで見せてくれましたよ。見事な観音様の入れ墨でした。私は日蓮宗の坊主の息子だから自然とお経を読み上げ始めると、柳川さんも上着を脱いだままじっと待ってくれてね。喜んだ柳川さんは自筆の般若心経の写経を持たせてくれましたよ」

 韓国興行から3か月後のことだ。日本を訪れた金一は、予期せぬ騒動を起こすことになる。金一は、スポーツ紙上で、極真会館の大山倍達への挑戦状を発表したのだ。大山が毎日新聞に寄せた手記のなかで、「力道山すら勝てなかったレスラーに米国修行中、勝利した」と書いたことがきっかけだった。李王杓はいう。

「師である力道山先生が侮辱されたと感じた金一先生は怒って『俺と勝負しろ』と言い出し、日本のメディアがそれを煽った。それを『そんな騒ぎを起こすな』と取りなしたのが柳川さんでした。柳川さんが仲裁に乗り出したのは、大山に泣きつかれたからではないでしょうか。金一先生は骨が頑丈で、スパーリングも滅法強かった。極真空手も強力な足技をもつとはいえ、プロレスのような総合格闘技ではない。闘えば歯が立たなかったはず」

 一方、大山の弟子だった士道館館長・添野義二の見方は全く違う。

「大木(金一)にすれば予想以上の大騒ぎになってしまい、ひっこみがつかなくなっていたはず。たった一人で極真会館に太刀打ちできるわけもなく、柳川さんに説得されて逆に助かったんじゃないかな。でも、実はあの時、大山先生は大山先生で、聖路加病院に入院しようかなんて言ってたんだよ(笑)。先生は都合悪くなると、きまってあそこの病院に入っちゃうの」

◆「我々韓国人にとっても損」

 柳川が火消しに回った事例は、枚挙に暇がない。翌1976年のこと。新日本プロレスの新間は頭を抱えていた。

 6月に日本武道館でアントニオ猪木対モハメド・アリによる「格闘技世界一決定戦」が行われるのを前に、アリに支払う巨額のギャラを用立てるのに四苦八苦していたからだ。  たどり着いたのが、大阪の在日で不動産業を営む木本一馬(孫圭鎬、ソンギュホ)だ。

 木本といえば、もとは柳川の子分。カネ儲けの才覚に長け、柳川組解散後に不動産会社を設立し、国内外で財をなした。のちに数百億円を投じる派手な仕手戦で世間を騒がし、「北浜の風雲児」と呼ばれるようになる。

 新間ら新日本プロレスは、その木本から8000万円を無利子無担保で借りるという約束を取りつけた。かつて新日本プロレスから3000万を借りたことがあり、「あんたたちには世話になったから」と木本は破格の条件に応じたという。

「用意しとくから明日取りに来い」

 翌日事務所に向かうと、契約書には、8000万に「9%の利息」をつけて返す、と明記されていた。新間らは約束が違うと反論したが、木本は「それなら借りなきゃいい」の一点張り。

 そうは言っても、アリとの試合は目前に近づいていた。

「それだけのまとまったお金を用意できる人は他にいない。それで取りあえず借りたんですが、試合後は利息をつけずに8000万しか返しませんでした。そうしたら利息分を寄越せと脅されてね」

 困った新間らが駆け込んだのはやはり柳川だった。新日本プロレスのために骨を折ることにした柳川は、木本宛に手紙をしたためた。

〈前回も自腹を切って私が韓国へプロレスを持って行き、アントニオ猪木も自分のギャラも投打って韓国の為に尽くしてくれた。昨年の十月の興行でも韓国のプロレス協会は貧しいので私が立て替えてプロレスを連れていっている。(中略)猪木も新間も韓国の為にどれだけPRしてくれたか。この様な人々にアイソをつかされる様では我々韓国人にとってもどれだけ損かわからない。お前も今一度良く考えて新日本プロレスの為にあたたかく見守ってやるべきではないか〉

 在日韓国人としての柳川の気負いすら感じられる手紙に、木本も矛を収めるしかなかった。

●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。著書に『沖縄を売った男』。

※SAPIO2018年9・10月号

msnニュースより転載記事

日本人が驚く、海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは?
2018/09/25 07:30
c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは

日本ブームの影響で、海外でも日本語の認知度が高まってきています。「ラーメン」「しょうゆ」「すし」「きもの」「漫画」「酒(Sakiと発音)」などは、日本語のまま通用しますよ。

しかしながら、海外では「日本とは違った意味を持つ日本語」もあるのです。今回は日本人がビックリする意味を持つ日本語を、本来の意味と比較してご紹介しましょう。

Hibachi(ヒバチ)

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは


火鉢の意味

古くから火桶,火樞,火櫃とも呼んだ。中に灰を入れ,炭火をいけて手先を暖めたり湯茶を沸したりする器具。江戸時代後期から昭和10年代までの都市生活者の茶の間には長火鉢が置かれる風習があった。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説|コトバンクより引用

火鉢は、日本では骨董価値。時代劇のドラマや映画でしか見ないですよね。家庭で使っている家も少なければ、話題に上ることも稀でしょう。筆者もまさか20代のアメリカ人女性から、「火鉢」の話題が出るとは思いませんでした。

しかも、日本で意味するものとはどうやら違うようなのです。「妹の誕生日が近づいているんだけど、Hibachi(ヒバチ)レストランに行きたがっているのよね。日本人に評判の良いところを知らない?」と聞かれ、「火鉢とレストランがどう結びつくのか」と頭は???でいっぱいになりました。

客の目の前で、火を使ってパフォーマンスする鉄板焼き料理

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは (C)Jevgeni Mironov / Shutterstock.com

アメリカ人が意味するHibachi(ヒバチ)とは、カウンター席に座った客の目の前で、火を使ってステーキ等を鉄板で焼く派手なパフォーマンスのこと。筆者は、はじめて聞きました。日本語なので、アメリカ人は日本でもお馴染みと思っていたらしく、お互いにビックリ。

鉄板焼きで有名なBenihanaが発祥のようです。アメリカ人は派手に盛り上がるのが好きなので、こういったパフォーマンスを思いついたのかもしれませんね。現在はBenihanaから派生して、他の鉄板焼きレストランでも行われています。筆者を含め日本人では、知らない人が多いかもしれませんね。

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https://www.youtube.com/watch?v=8aPhp_I4JaQ

youtube/How to Become a Hibachi Chef at Benihana / ZAGAT

Sensei(センセイ)

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは


先生の意味

1 学問や技術・芸能を教える人。特に、学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。「国語の先生」「ピアノの先生」

2 教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。呼びかけるときなどに代名詞的に、また人名に付けて敬称としても用いる。

goo辞書より引用

日本で先生といえば、一般的には学校の教師やお医者様を指す場合が多いと思います。

柔道、空手、剣道などの指導者で尊敬すべき人

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは

アメリカをはじめとする海外では、柔道、空手、剣道などの指導者で尊敬すべき人を指す場合が多いようです。武術などはスポーツというよりは、礼儀・作法・生き方も含めて教わるものなので、先生は「師」を意味しています。小さな子が空手などを習いに行くと、まず指導者を”Sensei(センセイ)”と呼ぶところから教わり、常に尊敬の念を持って接します。

筆者の住むアメリカでは公立学校の教師は、女性には「ミス・スミス(名字)」男性には「ミスター・ウッド(名字)」と呼ぶのが一般的(礼儀正しい)です。語学学校の教師や、スポーツジムなどの指導員はファーストネーム(名前)で呼ぶことが多いですね。

Samurai(サムライ)

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは


さむらい【侍】の意味

〔「さぶらい」の転。近世以降多用されるようになった〕

1 帯刀し、武芸をもって主君に仕えた者。武士。さぶらい。

2 特に、江戸時代、士農工商のうち士の身分のもの。幕府では御目見得以上、すなわち旗本を、諸藩では中小姓以上の上級武士をさした。

3 相当な人物。気骨のある人物。

三省堂大辞林 第三版|コトバンクより引用

侍も日常では使わない言葉ですね。筆者は時代劇の映画やドラマやアニメに出てくるキャラクターなど、漠然としたイメージしか思い浮かびませんでした。また日本のサッカーチームは、”サムライブルー”ですね。さて、チリ人から聞いたサムライの意味とは。

ボス(上司)を指す 

c TABIZINE 提供 日本人がビックリ。海外では違った意味を持つ「あの日本語」とは

チリでは、Samurai(サムライ)とはボス(上司)を指すそうです。ボス本人には直接言わず、「サムライが来たわよ」「サムライに怒られた」などと部下同士で使います。こちらもはじめて聞いた使い方で、驚きました。

「サムライ」は、アメリカほか海外で人気が高く、憧れの的。強くストイックで精神性が高いキャラクター。舞うような剣術遣い。無口でミステリアスなところが、またクール。映画やアニメの影響だとは思いますが、日本人としては悪い気はしないものです。

しかしながら、アメリカ人女性に「日本男性はサムライスピリット(サムライ魂)があるから、男らしくてクールなのでは」期待を込めて問われ、「現代の日本男性は草食系で優しくなっており、サムライスピリットは、現在は日本女性に移行している」と答えたらガッカリされました(苦笑)。

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https://www.youtube.com/watch?v=EmqGk1vGqOE

海外でイメージされるサムライ?

youtube/Cup Noodles Samrai 60sec / CupNoodles India

ところ変われば意味変わる

海外では、日本語が微妙に違った意味で使われていて興味深いですね。いずれも「ミステリアス」「精神的」「礼儀」「東洋の文化」がキーワード。日本のアニメや漫画から、日本について興味を抱く人も多いです。海外で人気の高い日本語を英語の綴りで検索してみると、面白い結果が得られますよ。

世界でそのまま通じる日本語については、『イギリスBBCが「Tsundoku=積んどく」を紹介。世界で通じる日本語とは?』『これぞクールジャパン!世界共通語になった日本語10選?Senpaiも!?』もご一読ください。

msnニュース(JBpress)より転載記事
平和と日本を愛するマハティール首相、国連で吠える


末永 恵
2018/09/21
 「コフィ・アナン氏の訃報に、心から哀悼の意を表する」

 マレーシアのマハティール首相(以下、マハティール氏)は8月に80歳で死去したコフィ・アナン元国連事務総長の死を受け早々に、こう弔辞を表明した。

 日本のメディアは「アナン氏は平和を愛し、紛争解決に尽力。中でも事務総長として最も高く評価されたのが、米国のイラク攻撃に対し、非難声明を発表したこと」と、その“偉業”を称えた。

 イラク戦争は、2003年3月に開戦。米国が国連安保理の同意を経ずに、戦争に単独で踏み切った。アナン氏が事務総長に就任してから6年目のことだ。

 国連への最大分担金を支出する最大支援国の大国・米国に対し、「法を破った行為であるとともに、憲章への違反行為」と非難した国連事務総長は、後にも先にもアナン氏以外、いなかったからだ、ということらしい。

 そうした一般的な評価とは一線を画して、当時のアナン氏を厳しく非難したのが小国・マレーシアのマハティール氏(当時、4代目首相)だった。

 アナン氏を名指しで、国連を無視し、イラクへの開戦に踏み切った米国を止められなかったことに対し、「辞表を突きつけ、抗議するべきだ」と直言したのはマハティール氏のみだった。

 アナン氏は回顧録の中で、「事務総長時代の最悪の経験は、イラク戦争を阻止できなかったことだ」と国際社会での評価とは裏腹に、後悔の念を深く滲ませた。

 マハティール氏の一喝は、心に深く、暗く重石となって横たわっていたに違いない。

 マハティール氏は2003年10月末に22年間のマレーシア最長となる首相職を自ら退いたが、その1か月前の国連総会での最後の演説でも、大国・米国や国連を厳しく非難した。

 「(イラク進攻は)欧州帝国主義の再来だ。経済的締め付けと金融の無力化で、新興独立国が屈服させられ、再植民地化されることはあった」

 「だが今は、外国の軍隊が、諸外国を『占領』するという事態が現実となって起きている」

 このようにジョージ・W・ブッシュ政権(当時)の一国覇権主義の対外・経済政策などを痛烈に批判した。

 さらに国連についても、「国連は、足元から崩壊している。貧困や弱者を救済できなくなっている。そういう国や人々は、無視され、脇に追いやられている。国連が創立された時の原点に戻り、信頼を取り戻す必要がある」と力説し、新興国や発展途上国の指導者から喝采を浴びた。

 あれから15年。世界最高齢(93歳)の首相として再び政界に返り咲いたマハティール氏は、今月28日に再び、ニューヨークで開催の国連総会の演壇に立つ。

 5月に政権交代を果たして以後、初の欧米への外遊となる。米国(ニューヨーク)訪問後、30日には旧宗主国・英国(ロンドン)入りする。テレサ・メイ首相とは、国連総会時に首脳会談を行う予定だ。  

 マハティール氏は国連では、新生マレーシアの外交方針を発表する(マレーシア政府筋)。

 9月11日の米国同時多発テロの追悼覚めやらぬニューヨークで、平和的解決による世界的繁栄を訴える中、国連改革の推進を訴える。

 「拒否権を誇示する国連安保理常任理事国などの大国主義の再考」

 「途上国のアフリカ諸国との連携」

 「経済貿易の保護主義を否定。トランプ政権のアメリカ・ファーストやアジア軽視を牽制」

 さらには、「中国などの新植民地主義に警笛」を鳴らし、経済で台頭するアジア的価値観の重要性についても言及するとみられる。

 実は、マハティール氏はこうした国際的な表舞台だけではなく、22年間の首相時代とともに、2003年10月の引退後も、積極的に「裏舞台」でも世界情勢への提言や苦言を世界の指導者に発信続けてきた。

c Japan Business Press Co., Ltd. 提供 マハティール首相と世界の指導者との書簡を集大成した「ドクターMより:世界のリーダーへの書簡」

 中でも世界のリーダーに向けた私信(書簡)が、影響力を強く発揮してきたといえる。

 その書簡で最も多いのが超大国の米国との指導者たちとのやりとりだ。

 『ドクターMより:世界のリーダーへの書簡』(2012年、2015年発刊。写真添付)にまとめられた書籍の中では、米国を含めた世界のリーダーとの何千通にもなる書簡から厳選されたものが紹介されている。

 象徴的な書簡のやり取りは、コフィ・アナン元事務総長が人生最大の後悔と悔やんだイラク戦争や米国のアフガン軍事介入などで、平和的解決で紛争や戦争を回避するべきと主張するマハティール氏の訴えと願いが込められたものだ。

 前任の首相時代から(1981〜2003年)核の再処理や廃棄物問題など、原子力の人類への脅威を理由に、「反原発」を長年一貫して主張し、米国による日本の原爆投下を厳しく非難。

 ハスマ夫人と何度も長崎や広島の平和記念式典に出席している同氏が、人生を通して、訴えてきたのが、恒久的な世界平和だ。

 英国の統治下で多感な少年期を過ごし、悲惨な戦争体験を身にしみて味わってきたからこそ、主権国家として平和を統治することの重要性を痛感しているからともいえる。

 実際、英国領土であった植民地下のマレーシアでは、英国人を「マスター」(雇い主、主人)に相当する「トゥアン」(マレー語)と呼ばなければならなかった。

 マレー人は常に英国人に見下されたが、「私は決して『マスター』とは呼ばなかった。自分の国では自分がマスターであるべきだからだ」と述懐する。

 とりわけ、世界の覇権を一手に掌握する米国が介入する戦争への苦言に容赦はない。

 「米国の大統領が第三世界の指導者の苦言に耳を傾けるとは思えないが・・・」と前置きしたうえでイラクへの軍事介入を示唆するジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)に書簡を送った。

 「サダム・フセインの大量化学兵器密造の国連による立証がなされなかったにもかかわらず、戦争に突入する意味は全くなく、何の解決にもならない」

 「最も重要なのは、互いの憎しみと怒りを取り払うことで、それが最大の解決策だ。軍事介入は何の解決をももたらさないどころか、新たな憎しみを助長する」

 これに対して、ブッシュ氏は「軍事介入しなければ、米国民の安全、ひいては国際社会が危険にさらされる」とマハティール氏に往簡したという。

 また、9月11日の米国同時多発テロ直後の2001年10月には、アルカイダの指導者、オサマ・ビン・ラディン容疑者の大捜索戦に銘打ったアフガンへの軍事介入に対しても、「軍事介入は悲劇をもたらすだけ」とブッシュ氏に書簡を送っている。

 マハティール氏は、ビル・クリントン大統領(当時)にもボスニア紛争で同様の書簡を送っている。

 また、バラク・オバマ大統領就任直前にも、アフガン戦争に対して「私はあなたの有権者ではないが、あなたの言動行動は、私や私の国に多大な影響を及ぼす」として、戦争を避けるよう忠告している。

 「米国人は今や世界で最も嫌われている、欧州人からもだ。世界から称賛される国は、植民地支配から撤退する国と指導者だ」

 こうした書簡の効果があったのか、のちに米国は国内からも批判が上がった泥沼の戦いに終止符を打つことになった。

 ここで、マハティール氏が小国であっても大国に物申す彼独自の世界観を描いた演説の一端を紹介したい。

 「日本なかりせば」

 マハティール氏が1992年10月、香港で開催された「欧州・東アジア経済フォーラム」での演説だ。

 「日本の存在しない世界を想像してみたらいい。もし、『日本なかりせば』、欧州と米国が世界の工業国を支配していたい違いない」

 「欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか製造できない製品を買うため、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう」

 「貧しい南側諸国が輸出する原材料価格は、買い手が北側のヨーロッパ諸国だけなので最低水準に固定。その結果、市場での南側諸国の立場は弱まる」

「多国籍企業が安い労働力を求め南側の国々に投資したのは、日本と競争せざるを得なかったからだ。日本との競争がなければ、南側・開発途上国への投資や経済発展はなかった」

 「日本と日本の成功体験がなければ、東アジア諸国は模範にすべきものがなかっただろう。欧州が開発・完成させた産業分野では、自分たちは太刀打ちできないと信じ続けていただろう」

 「もし、『日本なかりせば』、世界は全く違う様相を呈していたに違いない。富める北側は淀みなく富み、貧しい南側は淀みなく貧しくなっていただろう」

 「北側の欧州が、世界を永遠に支配し、マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていたに違いない」

 冒頭のこの演説から、白人(white manとマハティール氏は記述)の政府関係者が憤慨して、プンプン顔を赤らげ、退席していったという。

 マハティール氏はアジア通貨危機でも、IMF(国際通貨基金)からの支援申し出を断り、通貨取引を規制した。

 欧米諸国やメディアは「自由市場を冒涜する無知な指導者」と批判。しかし、のちに、世銀やIMFはマハティール氏の固定相場制導入を評価した。

 その後に起こったロシア経済危機では、米国の投機家が損失を出すと、米国政府が巨額資金で救済する事態となった。

 これを見て、西側諸国は通貨取引安定化のため監督強化を図った。マハティール氏に“追随”したわけだ。

 民主選挙で選ばれながら、欧米諸国やメディアからは「独裁者」と叩かれ続けた。しかし、独自の政策でマレーシアを東南アジアの「ハリマオ(マレー語で『虎』)」に育てたマハティール氏を「鉄の女」マーガレット・サッチャー元英国首相は「アジアの歴史を最も代表する宰相」に挙げた。

 首相に返り咲いたマハティール氏は中国に続き、今回の西側への外遊で再び、大国に「耳の痛い訓示」を浴びせるだろう。

 「マハティールなかりせば」

 国際社会でのアジアのプレゼンスは、今よりはるかに弱いものになっていたのではないだろうか。

(取材・文 末永 恵)

「綾瀬コンクリ殺人」の元少年Cも再犯!戦慄走る周辺住民、30年前の記憶と恐怖

週刊女性2018918日号/ネットニュースより転載記事

「現場検証で警察が凶器のナイフを探しているとき、逮捕された男はニヤニヤと笑いながら、アパートの前に座ってその様子を見ていました。連行時は周辺のヤジ馬をずっとにらみつけていました。いずれは帰ってくるって考えると怖いです」

 事件現場近くの女性住民は、声を震わせながらそう話す。当時少年Cだった男の素顔

 連行された男は、埼玉県川口市東内野在住の無職・湊伸治容疑者(45)。逮捕容疑は殺人未遂。819日の夕方、自宅アパートの駐車場で事件は起きた。

「駐車場に関するトラブルから口論になり、犯人が自家用車から警棒とナイフを取り出し、32歳男性の右肩を殴ったうえ首を折りたたみ式ナイフで刺しました。警棒は金属製で3段式のもの。ナイフは刃渡り8センチ、全長19センチのもの」

 と捜査関係者。男が争う声に驚いたという近隣男性が、そのときの状況を伝える。

「網戸にしていたら、すごい声が聞こえてきたんです。てめぇこのやろうって。そのうちボンボンと車を叩く音が聞こえてきて、気になったので外に出ました。

 そうしたら男が被害男性に馬乗りになって、殴り合っていました。2人とも地べたに寝そべってもみ合っている感じで、何を言っているのかわかりませんが、逮捕された男が一方的に怒鳴っている感じでした

 首を切りつけられた被害者は、一緒にいた知人に止血されながら110番通報した。

 逮捕された湊容疑者の来歴がほどなく明らかになると、周辺住民に戦慄が走った。

 今から約30年前、東京都足立区で起きた『女子高生コンクリート詰め殺人事件』。

 198811月、アルバイト帰りの女子高校生(当時17歳)を4人の少年が誘拐し、監禁。40日以上にわたり暴力と陵辱の限りを尽くし、死に至らしめた事件。

 少年らは少女を輪姦し、殴る蹴るなど凄惨なリンチ、さらに少女の手足などにライター用オイルをかけて焼くといった行為を日常的に繰り返した。ついに少女は「殺して、殺してよ!」と、泣き叫んだというが、彼らはその姿を見て笑い転げていたという。

 暴行により少女の顔は腫れあがり、食事も与えられない日が続いた。死の直前は自力で歩くこともできず、監禁されていた家の2階から1階のトイレに行くにも数十分かけて這って下りるほどだった。

「少年たちは少女に回し蹴りをしたり、遺体の処理方法をふざけて話し合いながらなぶり殺し、遺体をドラム缶にコンクリ詰めにして遺棄したんです」(全国紙社会部記者)

 コンクリートの中にあった少女の遺体の体重は10キロ近くやせ細り、全身に殴打やヤケドの痕、顔面は変形陥没していたため指紋から少女と特定するしかなかった。

ムエタイ選手時代の湊容疑者と少年時代の写真

 裁判の判決は「被害者の身体的および精神的苦痛・苦悶、ならびに被告らへの恨みの深さはいかばかりのものであったか。まことにこれを表現する言葉さえないくらいである」と断じた。

 その犯行グループのひとり、当時16歳だった少年Cが湊容疑者だった。

 湊容疑者は当時、弁護士との接見の中で「殴っている最中、なぜ殴っているのか自分でもわからなくなる。暴力が止められない」と、その凶暴性を明かしており、心理鑑定では「他者に対する想像力が欠如しており苦痛や幸福といったものへの配慮が非常に乏しい」と指摘されていた。

 19917月、少年Cに下された刑は、懲役5年以上9年以下の不定期刑だった。

 いつ出所し、その後どこでどう暮らしてきたのかはつまびらかになっていないが、出所後の一時期、ムエタイジムに所属し、プロとしてタイレストランのムエタイショーに出演していたことがあったという。当時を知るジムのスタッフが明かす。

'97年ごろから2年くらい、本名で所属していましたね。プロとして23戦したと思いますが、試合のセンスはなかった。ジムの生徒がコンクリ事件の犯人じゃないかと噂するようになりフェードアウトしていきました」

 そんな湊容疑者が事件現場のアパートに引っ越してきたのは今年6月のことだった。結婚予定だという同年代の女性も不動産会社の契約の席に同席していたという。無職なのに「自営業」と伝えていた。
まるで理性を知らない野獣

 近隣トラブルは入居後すぐに始まった。

湊容疑者は夕方になると、この愛車の前に立っていた

 近くに住む20代の男性は、

「見た目は普通のおっさんです。夕方になると毎日、自分の車の前に立っていました。通行人をにらみつけて、車の周りをちょろちょろ歩いてまた車の前に戻る。そのうちにキョエーッとか奇声をあげはじめたので、クスリでもやっているんじゃないかなと思って、近寄らないようにしていました

 事件現場を散歩コースにしているという男性は、

「アパート住人が、加害者の車の横で車をUターンさせようとして、てめえ何してるんだよ、この野郎って、突然、理不尽に恫喝された」

 と話す。別の近隣住民は、

「知り合いは、駐車場のバイクを蹴り飛ばして倒したところを見たそうです」と証言。近隣主婦は、

「私の知り合いが車で駐車場にきたときに、ライター貸してくれって車に寄ってきたそうです。持ってないと伝えると、チッと舌打ちされて使えねぇなと罵られた」と明かす。

理不尽極まりないケンカのふっかけかたや、そのキレっぷりは何も変わっていなかった。それは理性を知らない獣性といっていい。

 おまけに真夜中に床を蹴りつけるような音を立てたり、怒鳴り声が隣近所に響くこともたびたびあったという。

 あまりの騒音にストレスを感じ、湊容疑者に苦情を訴えたという人物に、そのときの会話の様子を聞いた。

「私が訴えても謝罪などは一切なかった。それどころか、キョロキョロとして目が泳いでいるというか、何かこちらが言っても、大丈夫、大丈夫って繰り返すばかり。こっちの質問には答えず、君、何年くらい住んでんのとか公園はどこだ?とか会話が成り立たないんです」

 早朝の散歩中に嫌な思いをした、という女性がいる。

「私のほうを見るので、ちらっと見たりするじゃないですか。そうしたら、ガンを飛ばすようにこっちをにらみつけ、目をそらしても、目をそらさないでずっと見ているんです」

 そして、こんな驚かせ方もするんです、と続ける

「すれ違いざまに、大きな咳ばらいをするんです。駐車場から家に入るまでずっと見張られて、わざと咳ばらいをされた人もいます」

 そのおぞましい過去は逮捕されるまで知らされていなかったが、隣近所には怪しい人物として恐れられていた。

「警察から戻ってくることに不安はあります。今、近所では犯人が帰ってきたらすぐ教えてねと声をかけ合って注意しています」(近隣住民)

 コンクリート詰め事件の犯行グループ4人のうち、主犯格の元少年A2013年に振り込め詐欺で、少年B'04年、逮捕監禁及び傷害致死の疑いでそれぞれ逮捕されている。

2018/08/17 09:15
トヨタ自動車には現場から生まれた言葉がいくつもある。「ジャスト・イン・タイム」「自働化」「視える化」……。なかでも創生期から使われている言葉は、創業者・豊田喜一郎の「1日に10回、手を洗え」。それはどういう意味なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が「仕事の現場」から言葉を拾い上げる。連載第1回はトヨタの言葉について――。

長く続いている会社はなぜ生き残っているのか

1980年代、経済誌には「日本の会社の寿命は30年」と書いてあった。当時のビジネスマンは「少なくとも自分が働いている間、うちの会社はつぶれない」と、ほっとしたことだろう。99年には、同じメディアが「会社の寿命は7年、アメリカは5年」と言っている。これから会社に入る学生は定年までに会社を3回くらい変わるのが当たり前になるのではないか。

では、長く続いている会社はなぜ生き残っているのか。それは会社自体が時代に合わせて変化し、業務も変容しているからだ。

設立から80年以上経ったトヨタだって、実はずいぶんと仕事の中身が変わっている。戦時中のトヨタは軍需の会社で、陸軍に車両を納めていた。戦後すぐの頃はアメリカ軍のジープやトラックの修理で稼ぎ、その後はトラックを製造した。乗用セダンを開発し、売り始めるが、主な用途はタクシーなどの業務用だった。

本格的に大衆向け乗用車を売るようになったのは66年のカローラ以降で、日本にモータリゼーションが起こったのと同時である。その後、トヨタは海外向けの輸出メーカーとしての存在感が高まり、車の開発で言えば、ハイブリッド、燃料電池といった技術で業界をリードするようになった。「変わらない会社は生き残れない」という典型がトヨタだろう。

柳井正「トヨタの強さは現場にある」

トヨタの現在の売上高は29兆3795億円で、前年からプラス1兆7823億円だった。営業利益は2兆3998億円、前年からプラス4054億円。増収増益である。

業務を変容させながら、しぶとく粘り強く生き残ってきたトヨタの強さはどこにあるのか。それは現場だ。

ユニクロ創業者の柳井正はトヨタの強さは現場にあると見抜いている。

「今日の成功は明日の失敗になるかもしれない。進化し続ける『現場』。それがトヨタの本質だ」

柳井が言うように、進化を続けないと組織はたくましくはならないし、何より外部環境の変化に対応することができない。

「あ、キミ、昨日の続きをやっておいて」と言ったまま、席にじっと座っている上司がいる会社は10年どころか5年ももたない。せいぜい半年の命だ。

トヨタの言葉は聞いた人間に誤解の余地を与えない

トヨタ、ユニクロに限らず、強い会社は現場が進化しているし、現場に強さがある。メーカーなら生産現場、物流であれば運搬の現場、小売りであれば販売現場が強い。そして、そういった会社は強さを支える言葉を持っている。最前線で働く社員は現場で生まれた言葉を頼りにしている。

トヨタには現場から生まれた言葉がいくつもある。トヨタ生産方式を支える2本柱の「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」は生産現場に対する指示だった。さらに、「視える化」「自工程完結」「現地現物」といった言葉も生産現場から生まれている。

いずれも具体的な言葉で、聞いた人間に誤解の余地を与えない。トヨタの生産ラインで働く人間は20代の若者が中心だ。カタカナのテクニカルタームや形而上の哲学を標語にしても、聞いた人がわからなければ意味はない。現場の言葉とは具体的な言い回しでなければ通用しない。

数あるトヨタの言葉のなかで、もっとも初期から使われていたそれは、創業者・豊田喜一郎が大学卒の社員に向けて言ったものだ。

「1日に10回、手を洗え」

「大卒は理屈ばっかり言って役に立たない」

喜一郎は発明王・豊田佐吉の長男で、豊田自動織機の常務だったが、「人の役に立ちたい」とベンチャー企業のトヨタ自動車を創った。「自動車は組み立て産業だ」と喝破した彼はアメリカから1台のシボレーを購入、分解し、自らすべての部品を原寸大でスケッチする。そうして、自動車と部品の機能と性能を頭に叩き込み、自動車工場を創り上げた。

もともとエンジニアだった彼は生産現場が好きだった。息子の豊田章一郎(現名誉会長)は「親父は現場の人だった」と言っている。

「父は生産現場が好きで、『論より実行』がモットーだった。『大卒は理屈ばっかり言って役に立たない』と怒り、現場に行こうとしない大卒社員には、『現場に行け、現場の機械を触れ、現場で手を汚せ、そして、1日に10回は手を洗え』とよく言っていた」

トヨタの経営者は喜一郎に限らず、現場が好きだ。たとえば、喜一郎のいとこで、長く社長を務めた豊田英二もまた現場に足を運んだ。

「おい、社長だぞ。上役の悪口でもなんでも言っちゃえ」

副社長を務めている河合満はたたき上げの職人だ。河合が鍛造工場の現場で働いていたときも、英二はたったひとりで現場にやってきた。

「昼休みに工場の隅でタバコを吸っていたら、英二さんがひとりで入ってきて、『新しい機械を見せてくれないか』って。あわててタバコを消して、機械のところに連れていったんですよ。英二さんは機械をほれぼれと見ていて、触って、『これを使いこなせるといいな』って。帰りにまだ若造だった僕に、『今日はありがとう』って帽子を脱いで、直立不動で深々と頭を下げる。いやあ、あれにはびっくりしました」

現在の社長、豊田章男もまた時間が空くと、現場に来る。副社長の河合の部屋をのぞいて、「河合さん、一緒に行こうよ」と工場へすたすたと歩いて行く。

現場の主のような職人副社長の河合は工場に入ると、大声で叫ぶ。

「おい、社長だぞ。みんな集まれ。何を言ってもいい。上役の悪口でもなんでも言っちゃえ」

現場の若い作業者が集まってきて、章男を囲む。章男は自ら話をするよりも、彼らの話に耳を傾ける。時には相談に乗る。トヨタは30万人以上も従業員がいる会社だ。けれども社長は雲の上の人ではない。生産現場にいれば、ふらりと訪れてきたトップと仕事の話や世間話ができる。トヨタはそういう会社だ。

経営者の仕事とは、現場のみんなを幸せにすること

2010年のこと、トヨタはアメリカで車の品質が問題となり、豊田章男は下院の公聴会に呼ばれた。彼は議員たちから厳しい質問を浴びせられたが、時に毅然として対応した。公聴会が終わり、アメリカの従業員を集めた会合の席で彼はこんなスピーチをしている。

「みなさん、公聴会では私はひとりではありませんでした(I was not alone)。あなたたちがそばにいてくれました。ですから、何もつらいことはなかった」

日頃から現場を訪ね、若い作業者と言葉を交わし、冗談を言っては肩をたたいて笑い合ったりしているからこそ、こういうフレーズが出たのだろう。

経営者は孤独ではない。孤独だと思っている経営者は粋がって、格好をつけているだけだ。経営者は現場の人間に寄り添い、現場のみんなを幸せにするのが仕事だ。

野地秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒、出版社勤務などを経て現職。人物ルポ、ビジネス、食など幅広い分野で活躍中。近著に、7年に及ぶ単独取材を行った『トヨタ物語』(日経BP社)がある。(写真=毎日新聞社、AP/AFLO

MSN/ニュースポストセブンより転載記事から

「銀歯治療」の繰り返しが歯を失う負の連鎖を引き起こす

2018/08/11 16:0

歯医者に何度通っても、虫歯は治るどころか再発し、挙げ句の果てには、「歯を全部抜いてしまいましょう」──密室の診療室で歯医者の言うことばかり聞いていたら、一生悔やむ事態になりかねない。100人以上の歯医者、歯科衛生士、歯科技工士に取材を重ねた岩澤倫彦氏が緊急レポートする。

 * * *

 今年6月に上梓した拙著『やってはいけない歯科治療』(小学館新書)において、筆者は「銀歯」の問題点を指摘した。それに対し、歯医者から強い反発の声が多数寄せられた。

 日本人の7割に入っている「銀歯」のタブーは、歯医者にとって最も隠したい不都合な真実だったからだろう。東京医科歯科大学の田上順次副学長が解説する。

「歯の形状に合っていない銀歯は、虫歯の再発原因となります。再発すると、さらに歯を削るので、神経に感染が起きやすくなる。感染した神経は“抜髄”といって、抜くしかありません。神経を抜いた歯は、確実に寿命が短くなります」

 つまり、「銀歯」治療の繰り返しが、歯を失う“負の連鎖”を引き起こしていたのだ。それだけではない。「銀歯」治療では、健全な部分の歯まで削られていた──。

「虫歯部分の象牙質は、神経がダメになっているので、削っても痛くありません。治療中に痛みを感じるのは、健康な部分を削っているからです。これまでの虫歯治療では、周辺の溝など虫歯になりそうな健康な部分も削って銀歯に替えていました。

“予防拡大”という歯科治療の教則があるからです。言うなれば、転ばぬ先の杖。でも、これは大きなお世話だったと後で判明しました。歯を大きく削ってしまうと、歯の寿命が短くなるからです」(歯の保存学を専門にする、長崎大・久保至誠准教授)

 加えて、虫歯が小さいと「銀歯」の型取りが難しく、「銀歯」自体も小さいと外れやすい。このような理由で、小さな虫歯でも「銀歯」を入れるために歯医者は健康な部分まで広げて削っていたのだ。

※女性セブン2018年8月23・30日号

ねつ造された従軍慰安婦(売春婦、兵隊より給料が良かった)と南京大虐殺(原爆で死んだ人数に合わせた死亡者数) ベトナムのライタイハンに口をつぐむ韓国
楽天インフォシークニュースより転載記事

戦艦「大和」元乗組員が見た当時の南京「虐殺は絶対にない」

NEWSポストセブン / 2018年8月9日 7時0分
日本軍が誇った“世界最大の戦艦”大和は戦後、無謀な特攻との批判を受け、無用の長物とまで揶揄された。このままその歴史観が定着することは耐えられない──声を上げたのは、他ならぬ大和の元乗組員、現在104歳である。

「長いこと生きているが、台風が東から西に来たなんていうことは1回もなかった。船乗りだったから、天候は気になります」(深井氏、以下「」内同)

 取材日は東京都内を台風が直撃した日だった。深井俊之助氏は、大正3年生まれの104歳。部屋の中を杖もつかずに歩き、座る姿勢は背筋がピンと伸び、驚くべき記憶力で理路整然と語る。

 深井氏は戦前、海軍の通信技術者だった父親の影響から海軍兵学校に入り、終戦まで戦艦乗組員として活動した。世界最大と謳われた戦艦「大和」の副砲長まで務め、日本海軍の最前線の戦いを語ることができる最後の人物だ。その証言は、大東亜戦争を検証するうえで貴重な資料である。

「海軍に入ってすぐ、私が練習艦『比叡』に乗っていた頃、昭和10年4月に満州国皇帝・溥儀(ふぎ)が来日することになり、比叡が御召艦として溥儀さんを迎えに行くことになった。そこで、一番若い士官の私が溥儀さんの世話係になりました。

 ところが、大連から横浜までの間、低気圧が襲来して船は大揺れ。溥儀さんは船酔いしてげえげえ吐いた。私は洗面器を差し出し、背中をさすってあげて、汚物の後始末をしました。

 言葉は通じなかったんですが、溥儀さんは頭を下げて、ジェスチャーで『ありがとう、ありがとう』と言っていました。すごく優しい人でした」

 昭和12年7月7日、盧溝橋事件で日支事変が始まると、深井氏は水雷艇「雁」に転勤。南京攻略を支援するため、揚子江をさかのぼる遡行作戦に参加した。

「南京攻略で陸軍が進軍していくのを、揚子江をのぼりながら防備するのが我々の任務でした。『雁』は小さい船でしたが、支那軍の砲台を大砲で撃破し、それで陸軍が上陸できるようになった。その功章として金850円もらいました。

 11月下旬には陸軍は南京を完全攻略し、1週間もしたら南京の町は平和になった。私らが南京に入ったら、中国人の子供たちが日章旗を振って歓迎してくれましたよ。激戦の跡も虐殺の跡もない。南京で虐殺があったと言われていますが、ないない。絶対にない。

 支那軍というのは『三十六計逃げるに如かず』で、攻めていくと逃げる、追うと逃げるで、どんどん奥に引きずり込んでいくんです。だから、案内をしてくれた陸軍少尉も『激しい市街戦なんてまったくなかった』と話していました」

●聞き手/井上和彦(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2018年8月17・24日号

中国で逮捕される日本の“スパイ”が急増、その理由と対策
MSNニュース JPプレスよりり転載記事

2018/08/08 06:00

最近の新聞報道によると、中国で長期拘束されている日本人が年々増えているという。

 2015年以降、スパイ行為に関わったなどとして日本人8人が相次いで逮捕・起訴されている。

 そして、本年7月10日には愛知県の男性がスパイ罪で懲役12年の実刑判決を、7月13日には神奈川県の男性がスパイ罪で懲役5年の実刑判決をそれぞれ受けた。

 これら有罪判決を受けた2人以外にも、温泉開発の地質調査中に拘束された男性ら6人が逮捕・起訴されている。8人のうち6人がスパイ罪、2人が国家秘密等窃盗罪などで起訴されている。

 菅義偉官房長官は、7月30日の記者会見で次のように述べるなど、日本政府は一貫してスパイ行為への関与を否定している。

 「日本政府が中国に、スパイ行為に関与する民間の人を送り込んだという事実はあるのか」との記者の質問に対して、「我が国はそうしたことは、絶対にしていないということを、これはすべての国に対して同じことを申し上げておきたい」

 日本の新聞各紙は日本人の動静しか報道していないので拘束された8人という数字が他の国々と比較して多いのか少ないのか分からない。

 すなわち、中国で日本人スパイがそんなに多数活動しているのか、あるいは中国がことさら日本人を標的としているかが不明である。

 官房長官の日本政府は今回のスパイ行為に一切関与していないという発言を信じるならば、今回身に覚えのないことで身柄を拘束された日本人にとっては青天の霹靂どころか恐怖と不安で生きた心地がしないであろうと推察する。

 このように日本人が外国のスパイ対策などに関する法制に無知であるがゆえの不幸な事態に巻き込まれることは二度と起こしてはならない。

1.中国のスパイ対策に関する法制の実態

 法律に関する格言に「法の不知はこれを許さず」というものがある。

 例えば、日本で自衛隊基地を撮影しても罪にならないからといって、中国で軍事基地を撮影して拘束されても、「中国で軍事基地を撮影することが罪になることだとは知らなかった」では済まされず、スパイ罪で罰せられるということを肝に銘じるべきである。

 そのためには、中国を観光または仕事で訪れる日本人は、どのような行為がスパイ容疑に該当するか、関連する法律を知っておかなければならない。本稿ではその点に焦点をあて中国のスパイ対策に関する法律の要点を紹介する。

 関連する法律には、刑法、国家秘密保護法、スパイ防止法および軍事施設保護法がある。

 各法律の日本語版をインターネットで検索したが見当たらなかったので、各法律の関連条文の要点のみを筆者が翻訳し、以下に紹介する。翻訳の適否について大方のご教授を賜りたい。

(1)刑法(中華人民共和国刑法)

 中国は、1979年7月1日制定の旧刑法典を1997年に全面改定した。そして、2015年には一部改定した。

 本稿に関連する改定箇所としては第311条がある。同条文では、これまで証拠提出拒否罪がスパイ犯罪のみであったが、今回の改定で、スパイ罪に加えてテロリズム犯罪と過激主義犯罪の証拠拒否罪へと拡大した。

 関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次のような国家安全に危害を及ぼすスパイ行為は、10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。比較的軽度の場合は3年以上10年以下の有期懲役に処する。(110条)

@スパイ組織に参加する又はスパイ組織若しくは代理人の任務を遂行する。

A敵に攻撃目標を指示する。

イ.外国の機関、組織、個人のために国家秘密を不法に入手し、それらを不法に提供する者は、5年以上10年以下の有期懲役に処する。

 特に重度の場合は10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。比較的軽度の場合は5年以下の有期懲役、拘留、監視又は政治上の権利剥奪に処する。(111条)

ウ.戦時中に、敵に、武器、装備、軍用物資又は資金を提供した者は、10年以上の有期懲役あるいは無期懲役に処する。比較的軽度の場合は3年以上10年以下の有期懲役に処する。(112条)

エ.上記のスパイ行為等により、国家と人民に対して特別に重度の危害を及ぼした場合は死刑に処すことができる。(113条)

(2)国家秘密保護法(保守国家秘密法)

 中国は2010年に旧国家秘密保護法を改定した。

 改正法ではネット業者に対し、ネット上で当局が「国家秘密」と判断した情報の漏洩が発見された場合、ただちに配信を停止し、記録を保存して公安機関に報告することなどが義務づけられた。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次に掲げる事項について、その漏洩により国の政治・経済・国防・外交等の分野における安全及び利益が損なわれるおそれがある場合には、国家秘密に指定しなければならない。(9条)

@国家事務の重大な政策決定における秘密事項

A国防建設及び武力活動における秘密事項

B外交及び外事活動における秘密事項並びに対外的に秘密保護義務を負う秘密事項

C国民経済及び社会発展における秘密事項

D科学技術における秘密事項

E国家安全の擁護活動及び刑事犯罪の調査における秘密事項

F国家秘密行政管理部門が指定したしたその他の秘密事項

G政党の秘密事項で前項の規定に合致するものは、国家秘密に属する

イ.次の行為の一つを犯した者は、法律に基づき罰せられる。違反行為が犯罪となる場合は起訴され、法律に基づき刑事責任が問われる。(48条)

@国家秘密に属する物件(国家秘密?体)を不法に取得又は所有する

A国家秘密に属する物件を購入、販売、移動又は破壊する

B国家秘密に属する物件を秘密防護手順に従わず、通常郵便又は速達便などで送達する

C関連する当局の許可なく、国家秘密に属する物件を国外へ郵送若しくは配送する又は国外に携行若しくは移動する

D不法に国家秘密をコピー、記録又は(データ)保存する

E個人的な接触又は手紙のやりとりにおいて国家機密に言及する

Fインターネットもしくは他の公共情報ネットワーク又は秘密保護措置が適用されていない有線若しくは無線によって国家秘密を送信する

G 国家秘密を扱っているコンピュータ又は他の記憶装置を、インターネット又は他の公共情報ネットワークに接続する

H保護措置を講ぜずに、秘密情報システムと、インターネット又は他の公共情報ネットワークの間で情報を交換する

I国家秘密情報を保存又は処理するために、国家秘密を扱っていないコンピュータ又は他の記憶装置を用いる

(3)スパイ防止法(反間諜法)

 1993年に制定された国家安全法(旧国家安全法)に代わるものとして、スパイ防止法(反間諜法)が2014年11月1日に第12期全国人民代表大会の常務委員会によって制定され、即日施行された。

 同法の特筆すべき点は、第36条でスパイ行為を定義していることである。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.本法が言うところのスパイ行為とは、次のような行為を指す。(36条)

@スパイ組織が実施する、その代理人が実施する、スパイ組織等から資金を援助された者が実施する、又は国内外の機関・組織・個人が結託して実施する、中華人民共和国の安全に危害を与える行為

Aスパイ組織又はその代理人からの指示を遂行する行為

B海外の機関・組織・個人が、又は海外の機関・組織・個人が国内の機関・組織・個人と結託して、情報を不法に入手する又は不法に提供する行為

C中国の国家公務員を扇動、誘惑又は買収して国家を裏切るようそそのかす行為

D敵に、攻撃目標を指示する行為

Eその他のスパイ活動

(4)軍事施設保護法(?事?施保?法)

 1990年に制定された軍事施設保護法が2014年に改定された。

 改正法では軍事施設の保護範囲の拡充や「軍事禁区」「軍事管理区」の定義の詳細化などが行われた。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次の建物、場所、設備を軍事施設とする。(2条)

@作戦指揮所(地上及び地下)

A軍用の空港・港・埠頭

B隊舎、訓練場、試験場

C軍用の地下壕・倉庫

D軍用の通信、偵察、航法及び観測塔並びに測量、航法及び航路標識

E軍用の道路、鉄道、通信回線及び送電回線並びに軍用の送油管及び送水管

F国境警備及び海洋警備の管理施設

G国務院と中央軍事委員会が指定する他の軍事施設

イ.軍事禁止区域保護のための禁止事項(15条)

@軍事禁止区域への関係者以外の人員、車両、船舶の侵入を禁止する

A軍事禁止区域における撮影、ビデオ撮影、録音、実地調査、測量、スケッチ及びメモを禁止する

ウ.次の行為には、「中華人民共和国治安管理処罰法第23条」(注)の規定が適用される。(43条)

@不法に軍事禁止区域及び軍事管理区域に入り、制止を無視する

A軍事禁止区域には入っていないが軍事施設から一定の距離にある軍事管理区域に入り、軍事施設の安全と効果的な使用に危害を加える行動を行い、制止を無視する

B軍用空港の保護区域に入り、飛行安全と空港施設の効果的な使用に影響する行動を行い、制止を無視する

C軍事禁止区域及び軍事管理区において、不法に撮影、ビデオ撮影、録音、調査、測量、スケッチ及びメモを行い、制止を無視する

Dその他、軍事禁止区域及び軍事管理区域の管理秩序を乱し、軍事施設の安全活動に危害を及ぼしたが、状況が刑事処分の対象となるには軽微である場合

(注)第 23 条の罰則は、警告又は200 元以下の罰金で、情状が比較的重い場合は、5日以上10日以下の拘留と500元以下の罰金の併科である。

エ.次の行為に該当し、犯罪を構成すれば、法律に基づき刑事責任が問われる。(46条)

@軍事施設を破壊する

A軍事施設の装備・物資・器材を窃盗、略取又は強奪する

B軍事施設の秘密を漏えいする

C海外の機関・組織・個人のために軍事施設の秘密を不法に入手し、不法に提供する

D軍用固定無線施設の電磁環境を破壊し、軍用無線通信を妨害し、その影響が重大な場合

(6)その他、軍事禁止区域及軍事管理区域の管理秩序を乱し、軍事施設の安全活動に危害を及ぼし、その影響が重大な場合

オ.武装警察部隊所属の軍事施設及び国防関連産業の重要な武器装備に関する研究・生産・試験・貯蔵等の施設の保護についてもこの法律の規定が適用される。

 以上が中国に行く日本人が最低限知っておくべき法律・条文の要点である。

2.日本が採るべき対策など

 中国で長期拘束されている日本人が年々増えているという事実に対して日本はどう対処すべきか。

 まず、日本人のスパイ・リテラシーを向上することである。筆者が考えるスパイ・リテラシーには3つの側面がある。

 1つ目はスパイ活動(諜報、謀略、宣伝工作など)に対する理解力である。

 2つ目はスパイ対策活動(防諜)に対する理解力である。

 3つ目はスパイ活動の意義に対する理解力である。

 諜報、防諜という用語は読者の方々には聞きなれないかもしれないが、旧軍で用いられていた。

 そこでは諜報とは、その行為の目的を秘匿して行う情報収集活動であり、防諜とは、相手の我に対するスパイ活動を阻止・破砕する活動であり、防諜意識向上のための教育・啓蒙等(消極的防諜)と外国の非合法的な諜報活動等を探知・逮捕(積極防諜)から構成されるとされた。

 3つ目のスパイ活動の意義は、国家の外交政策、防衛政策等の立案・遂行の前提条件は相手国の国情を知ることであるとされた。

 すなわち、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」ということである。

 諸外国では、スパイ活動は政府の通常の機能であると考えられており、そのため、行政機関の1つとしてスパイ組織を保有し、国外におけるスパイ活動を行っている。

 戦後、日本ではスパイ活動のみならず諜報、防諜という用語が軍国主義を想起させるとしてタブー視しされてきた。それが今日の日本人のスパイ・リテラシーを低くしている要因である。

 我が国でも「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」が衆議院に提出されたが廃案となった経緯がある。

 戦後73年を経たが、いまだスパイ防止法は制定されていない。このような我が国の現状が国民のスパイ・リテラシーを低くしているのである。

 早急にスパイ防止法を制定し、我が国において多数の外国のスパイが活動していることを公式に認めるとともに外国情報機関員等の非合法のスパイ活動を決して許さず、スパイを確実に逮捕するとい強い姿勢を明らかにすべきである。

 そうすれば自ずと国民のスパイ・リテラシーは向上するであろう。

 次に、外国のスパイ対策の実態を国民に教育・啓蒙することである。再発防止策の定番は事例紹介である。

 しかし、今回、中国においてスパイ容疑などで拘束された8人がどのような経緯で拘束されたかが明らかにされていない。

 政府は海外でスパイ行為とみなされる行為をしないよう教育・啓蒙を行っているのであろうか。

 海外における邦人の安全確保は外務省の重要な責務であることは間違いない。しかし、外務省が発信している情報の中にスパイという用語は一語もない。

 例えば、外務省安全情報の中に「撮影した対象が国家機密に触れた場合は重罪となる場合がありますので、決して興味本位でこれらの施設等を撮影しないようにしてください。」との注意喚起がある。

 これでは、スパイ・リテラシーの低い日本人には、撮影した行為がスパイと見なされ、 最高刑が死刑であるスパイ罪で逮捕される恐れがあることまでは理解できないであろう。これはまさに「教えざる罪」である。

 政府は、海外で無実の罪で逮捕・起訴される日本人を二度と出さないために、早急にスパイ活動(諜報等)、スパイ対策活動(防諜)およびスパイ活動の意義等について国民を教育・啓蒙しなければならない。

 その前提としては我が国のスパイ活動やスパイ対策活動などの法制の整備が必須である。しかしながら、政府がこのような施策に着手するには時間がかかるであろう。

 したがって、海外に出かける国民には、自らの安全を確保するために事前に訪問国の関連する法律を理解する努力が必須である。本稿がその一助となれば幸いである

2018/07/25 07:00 ニュースポストセブンよりり転載記事

親日を巡る旅、カンボジアが国の紙幣に日の丸を描くまで

紙幣は国の「顔」である。1万円札には福澤諭吉、1ドル札にはジョージ・ワシントン、人民元には毛沢東と各国を代表する人物が描かれている。だが、カンボジアはそこに日の丸を描いている。それほどまでの親日感情はなぜ生まれたのか。ジャーナリストの井上和彦氏が迫った。
カンボジア王国──まず思い浮かぶのは、国旗にも描かれている世界遺産アンコール・ワットやアンコール・トムだろう。

 カンボジアを観光で訪れる人のほとんどがこの遺跡群を訪れ、その美しさに言葉を失い、いにしえの人々の叡智に感銘することだろう。私もその一人であったことは言うまでもない。建設機械もコンピューターもない時代によくぞこんな立派な建造物を造れたものだと感心させられる。そのカンボジアと日本との深い絆を語る際、前段階として同国の暗い歴史に触れないわけにはいかないだろう。

◆自衛隊初のPKO

 カンボジアにはポル・ポト率いる共産党独裁政権による筆紙に尽くせぬほど辛い暗黒時代があった。それは同国史上最大の汚点であり、できることなら消し去りたい負の記憶だろう。だが、むしろこの共産主義の恐怖と殺戮の史実を語り継ぐことで、二度とこうした悲劇を繰り返してはならないという教訓にしているのであろう、各地にポル・ポト時代の遺跡が保存されている。

 首都プノンペンにあった政治犯収容所「S21」はトゥール・スレン虐殺博物館として公開されている。そこには残酷な拷問室や独房などが当時のまま保存されており、一歩足を踏み入れると背筋が寒くなる。

 他にも、各地に“キリング・フィールド”と呼ばれるポル・ポト派による虐殺現場がある。ある寺院では地中から無数の頭蓋骨が発見され、それらは誰もが見られるように安置されており、中国の支援を受けたポル・ポト政権の残虐さと共産主義の恐ろしさを後世に語り継いでいる。

 カンボジアの悲劇はそれだけではなかった。20年におよぶ内戦で、隣国のベトナムや中国、そしてアメリカなどが様々な形で介入し、国土は荒廃して国民生活は困窮を極めたのだった。

 1991年10月、パリ和平協定が調印され内戦が終結。同年11月、カンボジアの復興支援のため、国際連合平和維持活動(PKO)の先遣隊がやってきた。続いて1992年3月には国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が活動を開始。これを受けて日本政府も動き出した。それが自衛隊初のPKOとなった。

◆25年後の宿営地は

 1992年6月に「国際平和協力法」、いわゆる“PKO法”が成立。8月に同法が施行されるや、その翌月には陸上自衛隊の施設大隊と停戦監視要員が、戦乱から立ち直って民主選挙を控えたカンボジアへ派遣されたのだった。

 日本PKOの幕開けとなる派遣部隊は、内戦で破壊された道路や橋梁を修理するなどして復興に大きく貢献した。UNTACに派遣された陸上自衛隊員は、タケオ州を中心に第一次・第二次隊合わせて約1200名、約1年間の任務期間中に修復した道路は100km、補修した橋梁は約40橋に上ったのである。

 ところが日本国内では、初のPKO任務での自衛隊海外派遣について、まるで自衛隊が対外戦争に派遣されるかのような物言いの反対論もあったと記憶している。さらに携行する武器を巡って非現実的で無責任な議論が巻き起こった結果、派遣部隊は小銃と拳銃という軽装備で任務を遂行せねばならなかったのだ(※注)。

〈※注/戦後初の自衛隊地上部隊の海外派遣とあって、反対派を抑えるために軽武装となったが、現地のゲリラよりも火力が劣るとして当初から危惧する声があった。〉

 だが実際はどうだったか。筆者はあれから25年後のタケオ州を訪れた。

 かつての自衛隊の宿営地は、いまはサッカー場としてきれいに整備されており、そこには平和に暮らす村人の生活があった。

 当時、情報局の職員だったサオ・サリ氏はいう。

「自衛隊がやって来たときは本当に嬉しかった。自衛隊は道路や橋をつくり、あるいは修復してくれたし、村の人々とも温かい交流があった。

 当時はまだ近くにポル・ポト派兵士がいたので危険でしたが、自衛隊が守ってくれていたので人々は夜でも明るくして生活できたし、安心して眠れました。もし自衛隊が来てくれなかったら、この地域の人々は安全なところに避難しなければならなかったでしょう。我々は日本の自衛隊に感謝し、その恩を忘れません」

 地元の人々は自衛隊を大歓迎し、PKO派遣を“日本の侵略行為の兆候”などと捉えてはいなかったのである。実はUNTACには自衛隊だけでなく、警察官75名、選挙要員として国家・地方公務員18名、民間人23名が参加しており、まさに国を挙げてのカンボジアに対する援助だった。

 こうした活動の中で、国連ボランティアの選挙監視員として活動していた中田厚仁氏と、文民警察官の高田晴行警部補が相次いでゲリラに襲撃されるなどして殉職したのである。高田警部補(殉職後、警視)は、自衛隊ではなくオランダ軍に護衛されて移動中の出来事だった。

◆息子を「キンタロウ」と命名

 そして日本のPKO部隊が当初の任務を無事終了して撤収した後、2002年(平成14年)から、元自衛官らで組織される「日本地雷処理を支援する会」(JMAS)がカンボジア各地で地雷処理を開始した。

 長きに亘る内戦でばらまかれた地雷によって、いまも多くの人々が足を吹き飛ばされ、あるいは命を落としており、現代のカンボジアにとって深刻な問題となっている。

 そんなカンボジアの遺棄地雷処理に、現役を引退した元自衛官が無償で汗をかこうというのだからカンボジアの人々に感謝されないわけがない。

 こうしたことも含めてカンボジア人の対日感情はすこぶる良い。

 ガイドを務めてくれたソフィアさんは、たいへんな親日家で、カンボジア人のご主人との間に二人の子供をもうけたが、娘には「カオリ」という日本名をつけ、息子にも「キンタロウ」とつけたという。カオリは綺麗な響きだから、キンタロウは日本の童話に出てくる金太郎のことで、親孝行で強く逞しく悪者をやっつけてくれる人になってほしいという思いから命名したのだという。

 そんなソフィアさんが、こんな話をしてくれた。

「中国製のものは何でもすぐに壊れますが、日本製は丈夫で壊れません。だからカンボジア人は高くても日本製の車やバイク、電化製品を欲しがるんです。それにもし万が一壊れても、日本人はすぐにやってきて無償で直してくれたりしますが、中国はお金を要求してきます。こうしたことが大きな違いなんです。だからカンボジア人は日本が好きで感謝しているんです」

 皮肉たっぷりに言うと、粗悪で安価な中国製品がカンボジア人の日本への信頼と好感度を高めてくれているというわけだ。

 そんな日本への感謝の気持ちは、カンボジア紙幣が何より雄弁に物語っている。

 カンボジアの紙幣500リエルの裏側には、日本のODAでメコン川に架けられた「きずな橋」「つばさ橋」と共に「日の丸」が描かれているのだ。

 復興のために日本政府が行ってきた誠実な支援に対するカンボジアの感謝の気持ちが、紙幣に現れていることをどれほどの日本人が知っているだろうか。

※SAPIO2018年7・8月号

マイクロチップ問題がここから

波に幾月…漂着ペットボトル 高校生が収集、漂流ルート調査で“新発見”続々
神戸新聞 2018/07/24 08:30
神戸商業高校(神戸市垂水区星陵台4)の理科研究部が、同区の西舞子海岸に漂着する海洋ごみに注目し、外国製のペットボトルの表記データから漂流ルートを割り出すユニークな研究を進めている。今春には日本自然保護協会の「日本自然保護大賞選考委員特別賞」を受賞した。(三津山朋彦)

同部は2013年9月から月に一度、西舞子海岸で地元自治会の清掃活動に参加。ごみの中に外国製のペットボトルがあることに気付き、漂流ルートの解明に乗り出した。毎回集めたペットボトルを持ち帰り、商品名や生産地、賞味期限を記録。これまでに約5千個分(うち外国製は約70個)のデータを蓄積した。

c 神戸新聞NEXT/神戸新聞社 漂着ペットボトルの研究で受賞した多くの賞状を掲げる理科研究部のメンバー=垂水区星陵台4、神戸商業高校

 外国製品は多くが中国、韓国、台湾製で、日本列島の南から対馬海流と日本海流に乗って流れ着くと想定。瀬戸内海への流入ルートを探ろうと、淡路島や播磨灘沿岸のほか、夏休みを利用して沖縄や岡山、愛媛、山口、大分などの県外15地点にも出掛けて漂着ペットボトルを採集し、データを収集した。

その結果、西舞子海岸に漂着する外国製ペットボトルは紀伊水道を経由し瀬戸内海に入ってくると結論付けた。漂着ごみを海岸に1カ月放置すると大半が再び漂流し始め、海水の循環と共に外海に出て行くこと、賞味期限の分析から、日本製、外国製を問わず漂着ペットボトルの大半が最近捨てられたごみであることを突き止めるなど、次々と“新発見”をしている。

部長の森光春平さん(18)は「ボランティアで拾ったごみを研究することがエコにつながる」と意義を強調。部員(16)は「今後は注目されているマイクロプラスチックの調査も加えたい」と話している。

この人は、何処の国の税金を使って大きくなったんだ。
孫正義氏、相乗り規制を批判 「こんなばかな国はあるか」

共同通信社
2018/07/19 12:1 より転載記事
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は19日、東京都内で講演し「(自家用車を用いた相乗りなど)ライドシェアを禁止しているなんて、こんなばかな国はあるか」と関連法制で規制を続ける政府の姿勢を強く批判した。

 孫氏は米ウーバー・テクノロジーズをはじめ中国、インド、東南アジアの配車・ライドシェアサービス大手に出資している。これらのサービスは便利さだけでなく、交通渋滞解消や安全などにも寄与するとして「国が進化を止めている」と話した。
また、孫氏は「人工知能(AI)を制するものが未来を制する」と述べ、今後AI関連への投資を加速する方針を示した。

性犯罪者のGPS監視求める意見書を可決 新潟県議会

7/13() 20:13配信 朝日新聞デジタルよりり転載記事

 新潟市西区の小学2年の女児(7)が5月に殺害されて線路上に遺棄された事件を受け、新潟県議会は13日、性犯罪者にGPS端末を装着して監視するシステムの導入について、国に検討を求める意見書を賛成多数で可決した。全国都道府県議会議長会によると、このような意見書が地方議会で可決されるのは初めて。

 意見書は自民党の県議らが提出。今回の事件で、殺人、強制わいせつ致死罪などの罪で起訴された男が、事件前に別の少女にわいせつ行為をした疑いで書類送検されていたことに触れ、「米国では性犯罪常習者にGPS端末を装着させて監視するシステムがある。再犯防止を図る上で検討する必要がある」とした。県議会の自民、公明、民進、社民系会派などが賛成に回り、賛成48、反対2で可決した。

 反対した共産党県議は「厳罰化一辺倒の対策では、性犯罪の再発防止につながらない」と意見を述べた。性犯罪者のGPS監視については「プライバシーや人権の侵害にあたる」との指摘もあり、政府は慎重な姿勢を示している。(加藤あず佐)

朝日新聞社

「立ち上がれ、日本人よ」 92歳マハティール首相の感動メッセージ

国際2018年6月8日掲載 デイリー新潮よりり転載記事


愛国心を持て
92歳でマレーシア首相に返り咲いたマハティール・モハマド氏が日本の修学旅行生に向けて語ったスピーチをご紹介した記事は大きな反響を呼んだ。
 とかく「日本はアジアに謝罪すべきだ」という声がマスコミでは大きく扱われがちだが、当のアジアの中にも「日本は戦争の贖罪意識から解放されるべきだ」と語るリーダーが存在することはあまり伝えられない。それゆえに、マハティール首相の言葉は新鮮だったのかもしれない。
 そこでマハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』(加藤暁子・訳)から、さらに日本人に向けてのメッセージをご紹介しよう。前回の首相在任時の発言だが、十分現代の私たちにも訴えてかけてくるメッセージばかりだ。

――愛国心について
「はっきり申し上げれば、いまの日本人に欠けているのは自信と愛国心です。日本が『愛国心』という言葉に過敏になる理由は、私にもわかります。確かに、過去に犯した多くの過ちを認める用意と意思は持たなければならない。しかし半世紀以上も前の行動に縛られ、恒常的に罪の意識を感じる必要があるのでしょうか。
 ドイツを見てください。誰が彼らに、戦争中のナチスの残虐な行為を謝罪して回るよう求めているでしょうか。
 しかし日本ではどの首相も、2世代も前の人間がやらかしたことを謝罪しなければならないと思っている。
 これは不幸なことです。
 日本が再び軍事大国になることはないという、近隣諸国の不安を取り除くための保証さえあれば、謝罪の必要はありません」

――日本の首相の在任期間の短さについて
「一人の政治指導者があまりに長く権力の座に居座ると、強権的になり腐敗を招く、という懸念がつきまとうのも事実です。しかし良識ある愛国的な指導者は、自らの権力を濫用することはありません。
 投票による民主的なシステムでは、人気のあるリーダーは政策を十分に実行しうるポストを与えられます。いっぽう権力を濫用する者は、解任されるか選挙で落とされる運命にあります」

――日本のアジアでの地位について
「今まさに日本が挑戦すべきことは、東アジアにおけるリーダーの役割を果たすことです。日本には経済的な規模があり、富があり、世界水準の技術力がある。
 世界のリーダーとなるには軍事力も必要だという考え方もあるでしょうが、今日の『戦争』は経済的な側面が焦点です。
 東アジアだけでなく、世界が日本を必要としています。今日、世界がおかれた状況は修羅場と言ってもいいほどです。自由貿易システムの濫用、投機家の底なしの貪欲さ、そしてテロリズム――。日本のダイナミズムと、ひたむきな献身が、まさに必要とされているのです」


日本の力を忘れるな
――終身雇用の崩壊について
「最近、欧米のメディアが積極的に転職する日本の若い世代を誉めそやす記事を読みました。これは、まったく間違っています。
 長年保たれてきた企業と従業員の、よき家族にも似た関係が薄れてしまえば、私たちが多くを学んだ『日本株式会社』もまた立ち行かなくなる。
 失業者を増やし、企業と社会の生産性を損なう外国のシステムを、なぜ盲目的に受け入れなければならないのでしょうか。アジアは欧米ではないのです。
 日本人は、日本固有の文化にもっと誇りをもつべきです。もし当事者であるあなた方がそう思っていないとしたら、私の口からお伝えしたい。
 あなた方の文化は、本当に優れているのです。
 日本の力を忘れてはいませんか」

――日本の現状について
「マレーシア経済危機のとき、日本は私たちの味方となってくれました。しかしその日本はといえば、残念ながら私の目からは自分を見失っているように、そして自分の考えで動いてはいないように映ります。
 いまのところ日本は、私たち東アジアの国々から生まれた唯一の先進国です。そして、富める国には隣人に対してリーダーシップを発揮する義務があります。潜在的な大国である中国をうまく御しながら、その責務を果たせるのは西側諸国ではありません。それは、東アジアの一員たる日本にしかできない役目なのです。
 いつまでも立ち止まっている余裕はありません。それは日本にとっても、東アジアにとっても、世界にとっても、大いなる損失でしかないのです。
 最後にはっきりと申し上げたい。
 日本人よ、いまこそ立ち上がれ――と」
日本では不思議なことに、ここに挙げたマハティール首相のようなことを政治家が口にすると、「右傾化」「戦前回帰」「国粋主義的」などと批判されることが珍しくない。とくにメディアにその傾向は顕著だ。
 最後に、メディアについてのマハティール首相の言葉もご紹介しておこう。
「世界は西側の価値観に支配されている。メディアはその最たるものだ。
 日本のメディアは欧米のメディアに左右されることなく真実の報道をしてほしい」

デイリー新潮編集部

「日本人を裏切るな!」 92歳マハティール首相と日本の縁

デイリー新潮 7/9(月) 6:31配信記事より転載
日本軍人は律儀だった

 6月12日、92歳のマレーシア首相であるマハティール・モハマド氏と安倍首相との会談が実現した。
 マレーシアの前政権は親中的と見られていたが、無類の親日家として知られるマハティール首相が再登板したことで、その路線が変わることを期待するのは安倍首相だけではないだろう。

マハティール氏が前回の首相就任時に「ルックイースト(日本を見習え)政策」を掲げたことはよく知られている。これは簡単にいえば日本を手本にして経済成長をしよう、という政策だが、マハティール首相は決して、日本が高度成長したから「見習おう」と言ったわけではない。その「親日感情」は戦時中にも培われていたようだ。
 マハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』には、訳者である加藤暁子氏による長い解説が収録されている。そこでは、マハティール氏と日本にまつわる「いい話」がいくつも紹介されている。同書より抜粋、引用してみよう。
 1945年、マレーシアは日本の占領から解放される。祖国が解放されたこと自体は喜ばしいことで、青年だったマハティール氏(当時20歳)もその喜びを味わう。
 しかし当時、英語学校の学校新聞の編集者をつとめていたマハティール氏は、紙面で日本占領中の苦しみを語るとともに、すでに日本の復興を願う文章も寄せていた。
「日本が原爆の悲劇を乗り越え、平和と発展に貢献してほしい」と論説で訴えていたのである。
 これは占領中の経験が影響しているようだ。
 占領中、マハティール氏は学費を稼ぐために屋台でコーヒーやピーナッツを売っていた。その頃のことをこう振り返っている。
「英国人はカネも払わず勝手に商品を奪うことも多々あったが、日本の軍人は端数まできちんと支払ってくれた。町でみかける軍人は折り目正しく、勇敢で愛国的だった」

部下を一喝した理由

 それから約30年、マハティール氏は「マレーシア食品工業公社会長」というポストについていた。当時の首相から与えられたポストで、名前は立派だが、実際は品質の悪いパイナップル缶詰工場の責任者だった。
 この時、親しくなったのが三井物産クアラルンプール出張所に赴任していた鈴木一正氏だ。鈴木氏は自社のルートを通じて、米国のパイナップルの缶詰の作り方をマハティールに無償で教える。その結果、マレーシアの公社が製造するパイナップルの缶詰は輸出に耐えられる品質に変わった。
 そこで彼らは米国市場を目指し、実際に米食品医薬品局(FDA)の検査基準もクリアする。
 こうなると、その輸出権を奪おうとする会社が三井物産以外にも現れるのは当然だろう。多額のフランチャイズ・マネーを提示されて、公社の職員にはそちらに傾きそうになった者もいたという。それを一喝したのがマハティール氏だった。
「ここまでの商品にできたのは、誰のおかげだと思っているのか!」
 世話になった人を裏切ることが、マハティール氏には許せなかったのだ。
 鈴木氏はその後もマレーシアとの親交を深め、退職後も現地に居を構え、マレーシア日本人商工会議所会頭を務めた。マハティール氏にとって一番親しい日本人で、その日本びいきは鈴木氏によるところが大きい、と加藤氏は解説している。
 律義さ、真面目さ、恩を忘れない精神……マハティール氏は日本人の美徳をそうしたところに見ているようだ。そのうえで、バブル期以降低迷してきた日本人に対して、誇りをもって、立ち上がってほしい、というメッセージを常に送っている。
 その期待を裏切ってはならないだろう。
デイリー新潮編集部
2018年7月9日 掲載



池上彰氏「ニュースは、芸能人ではなくにゅーすのプロが伝えるべきだと思っています」2018/06/06 よりり転載記事
Q ニュースに芸能人が出すぎ。池上さんはどう思いますか?

 TOKIOの元メンバー・山口達也氏の事件を受けて、『ビビット』(TBS)でMCを務める国分太一さんが番組冒頭で謝罪をするなど、最近はテレビのワイドショーや報道番組に、ジャニーズをはじめ、たくさんの芸能人が出ていることに気づかされました。芸能人がこれほど報道に大きく関わっていることについて、池上さんはどのようにお考えでしょうか?(30代・男性・会社員)

A ニュースを伝えたり、解説したり、コメントしたりする役割を芸能人が務めることには違和感を禁じ得ません。

 個々の番組の方針について私はコメントすべき立場にありませんが、少なくともニュースを伝えたり、解説したり、コメントしたりする役割を芸能人が務めることには違和感を禁じ得ません。

 人気タレントが画面に出ていれば視聴率が稼げるだろうという、さもしい発想が透けて見えます。

 ニュースキャスターがニュースを伝え、その聞き手に芸能人がいるという演出はありだとは思いますが、芸能人がニュースを伝えるのは国際的に見て日本ならではの奇観です。

c 文春オンライン 『ビビット』のMCを務めるTOKIOの国分太一氏 c文藝春秋

 たとえばイギリスのBBCやアメリカのCNNのニュースを見ると、画面に登場するのは男女ともに経験豊富なベテランジャーナリストです。そもそもアナウンサーという職種自体がありません。番組のナレーションをする仕事はナレーターといいます。

 ニュースを伝えるのは、現場での取材を積み重ねてきたジャーナリスト。ジャーナリストならではの視点でニュースを伝えます。これまでニュースに関心のなかった芸能人にカンペを読み上げさせるのは不思議な光景です。ちなみに「カンペ」とはカンニングペーパーのこと。言うべき内容が画用紙に書いてあり、アシスタントディレクターがカメラの横に掲げて読ませるのです。

 中にはカンペの文章が読めない人もいますし、カンペの文章が間違っていたりすることもあります。

 日本のテレビ界では、プロの仕事はプロに任せるというルールが確立していません。ニュースはニュースのプロが伝えるべきだと思っています。きっと私は古いタイプの人間なのでしょうね。


msnニュースより転載記事
プレジデントオンライン
2018 5 30 宇山卓栄


朝鮮半島の"再属国化"を狙う習近平の誤算


開催が不透明な状況にある米朝首脳会談。混乱の背景について、著述家の宇山卓栄氏は「北朝鮮の後ろ盾として介入姿勢を強める中国を、アメリカが牽制したのだろう」とみる。その構図を読み解くには、123年ぶりに朝鮮半島の「属国化」を狙う習近平と、中国を利用しつつ干渉は避けたい金正恩という、両国の約2000年の歴史についての知識が必要だ――。

2000年に及ぶ隷属関係

5月24日、トランプ米大統領は突如、米朝首脳会談の中止を表明しました。それに先立つ22日、同大統領は金正恩・朝鮮労働党委員長が、習近平・中国国家主席と2回目の会談をしてから「態度が少し変わった。気に入らない」と発言しています。

27日、トランプ大統領は再び会談に応じると表明しました。会談の主導権はアメリカにあると、明確に示した格好です。24日の会談中止表明は、北朝鮮への介入を急激に進めつつある中国への、アメリカの牽制だったと考えられます。

漢の武帝が紀元前108年、楽浪郡を朝鮮に設置して以来、朝鮮半島は約2000年間、中国の属国でした。高麗(こうらい)王朝の前半に一時期、独立を維持したことがありましたが、朝鮮はその歴史のほとんどにおいて、中国に隷属させられていたのです。

日清戦争後の1895年、下関条約により、日本は清(しん)王朝に、朝鮮の独立を承認させます。日本は中国の朝鮮に対する属国支配の長い歴史を断ち切りました。それから123年の時を経た現在、中国は朝鮮半島を再び属国にしようとする野心を隠しません。

中国が目論む二つのステップ

中国は10年〜20年くらいの時間をかけて、朝鮮の再属国化を実現することを考えているようにみます。第1段階では、経済支援を通じ、北朝鮮を中国資本の傘下に組み入れます。北朝鮮の立場を強化したうえで、第2段階として、北朝鮮に南北朝鮮の連邦制統一を主導させます。韓国に文在寅政権のような左派政権が現れたことも、赤化統一の追い風になっています。

この二つの段階を経て、中国は朝鮮半島への支配を復権させることができます。普通に考えれば、妄想のように思えるかもしれませんが、中国はこういう妄想を実行する(実行した)国であることをよく認識しておかねばなりません。

2018年の3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で、2期10年の国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正が承認され、習近平主席が独裁権を固めました。習主席は、いわゆる「習近平思想」を国の指針として憲法に盛り込み、中国の国益拡大を狙っています。中国の世界戦略は、これまでのフェーズとは全く違う段階に入っているのです。
中国とむしろ距離を置いてきた歴代「金王朝」

とはいえ北朝鮮のほうは、簡単に中国の支配下に組み込まれる気はないようです。

中国は以前から、北朝鮮を中国資本の傘下に組み入れようと画策し、北朝鮮に「改革開放」を迫ってきました。金正恩委員長の父の金正日は、2000年5月の最初の電撃訪中以降、2011年までに合計8回、訪中しています。その度ごとに、江沢民や胡錦濤は上海の経済特区を金正日に見学させるなどして、共産主義体制を維持しながら資本主義的な市場開放を行うことは可能だと示し、北朝鮮も中国にならって改革開放路線を歩むべきと説得しました。

しかし、金正日はこれを拒否し続けました。表向きは、「経済の自由化は政治の自由化を求める危険な動きとなる」ということでしたが、実際には「中国の介入を受けるのがイヤだ」ということだったのでしょう。

金正恩も露骨に中国を嫌い、中国を「1000年の宿敵」と呼んでいました。これは前述のように、朝鮮が長年中国の属国であった歴史的経緯を踏まえての発言です(歴史的な事実に基づけば、「2000年の宿敵」と言わなければならないところですが)。さらに2013年には、親中派の代表格で、改革開放を推進しようとしていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)を処刑します。これ以降、北朝鮮と中国との関係は急速に冷え込みました。

そこへトランプ大統領が登場し、北朝鮮への圧力政策を進めたことで、北朝鮮は窮地に陥ります。中国はこれを好機と見なしました。北朝鮮のクビが絞まれば絞まるほど、中国の差し伸べる「救いの手」は高く売れるからです。

習近平と金正恩は何を話し合ったのか?

ところが、北朝鮮は簡単には中国の「救いの手」を握りませんでした。北朝鮮は韓国を仲介にして、アメリカへ抱き付いたのです。この抱き付き作戦が予想以上に効果を発揮し、3月8日、トランプ大統領は米朝首脳会談の開催を決めました。

この一連の動きに焦ったのが中国です。中国は、北朝鮮が窮すれば自分たちのところへ頭を下げに来るはずだとタカをくくっていましたが、見事に当てが外れました。3月と5月に、習主席は金正恩と2回にわたって会談。3月の会談は中国側が金正恩を招聘(しょうへい)したもので、5月の会談も中国側の招聘で行われたとみて間違いないと思います。中国は北朝鮮という暴れ馬の手綱を握ろうと必死なのです。

この2回の首脳会談で、中国は北朝鮮に譲歩し、北朝鮮に有利な合意が形成されたことでしょう。これは、アメリカと中国をてんびんにかける北朝鮮の二股外交です。中国が金正日時代から求めている改革開放路線は是認されたものの、「カネも出す、口も出す」とはいかず、「口も出す」部分について、中国は大幅に制約をかけられたとみるべきです。

よくありがちな「北朝鮮が中国に泣きついた」論では、実態を捉えることはできません。北朝鮮はわれわれが考える以上に、外交技術に長(た)けた国です(北朝鮮は、外交官だけは処刑しない)。貧弱な小国でありながら、これまでも、アメリカや中国などの大国に外交上伍(ご)してきました。転んでもタダでは起きないのです。韓国の文在寅政権などが扱える相手でないことだけは確かです。 ただ、トランプ大統領が首脳会談の中止を表明した5月24日以降は、北朝鮮もトランプ大統領にはかなわないと思ったことでしょう。

金日成による朝鮮戦争後の「親中派」粛清

中国は北朝鮮との経済連携を進めていきさえすれば、いずれ北朝鮮を中国資本の傘下に収めることができるという長期的な戦略を描いているでしょうし、それを対アメリカの外交カードに利用することもできます。そこで、まずは北朝鮮と経済連携をすることを急いだのです。習主席は5月16日、北朝鮮の訪中使節団に対し、「金正恩委員長と2度も会い、両国の関係発展の共通の認識を持つことができた」と述べました。

しかし、過去に、中国は北朝鮮に痛い目に合わされています。1950年に勃発した朝鮮戦争で、中国は北朝鮮を支援しました。戦後、毛沢東は北朝鮮への影響力を強め、属国にしてしまおうともくろんでいましたが、失敗します。中国は北朝鮮内の「延安派」と呼ばれる親中派の一派と連携していましたが(延安は1930年代後半の中国共産党の本拠地)、金日成はスターリン批判(1956年)以降の中ソ対立の隙を突いて、延安派を速やかに処刑していきました。

1959年、毛沢東の大躍進政策に対する批判が巻き起こり、中国指導部で内部紛争が生じたとき(彭徳懐の失脚)、金日成は「延安派」を完全に根絶やしにしました。中国は混乱に巻き込まれている間に、北朝鮮支配の足場を失ってしまったのです。中国共産党の対北朝鮮政策は、このように失敗続きでした。

北朝鮮は金日成時代と同じように、中国を都合よく利用しつつ中国の影響力は断つという方法を、今後模索していくと思われます。今日の習政権が、経済連携を通じて北朝鮮という暴れ馬の手綱を完全に握ることができると考えているなら、大きなしっぺ返しを食らうでしょう。中国の「朝鮮属国化構想」を阻止するうえで最も大きな力を発揮するのは、アメリカではなく北朝鮮かもしれません。

「二股外交」はどこまで通用するか

もっとも、アメリカと中国の両方を利用しようとする北朝鮮の二股外交が、トランプ政権にどこまで通用するかはわかりません。

北朝鮮はこれまで、中国の支援を背景にアメリカに対して強気なアプローチを展開し、ペンス副大統領を罵倒までして揺さぶりをかけていました。ところが、トランプ大統領が突然会談中止を表明したことで、北朝鮮のこうしたアプローチはピシャリと退けられました。同時に、裏で策動していた中国の影響力も、一定のレベルで低下しました。

会談中止の発表直後、中国の「環球時報」は「信義にもとる行為」などという言葉を使って、トランプ大統領を批判する記事を掲載しました。一方で、同じ記事内では「アメリカが北朝鮮に対する軍事的圧力を高めないことを望む」と記され、中国のアメリカに対する屈服をうかがわせる内容となっています。

北朝鮮問題はその本質において、アメリカと中国の二大国の駆け引きであり、「米中冷戦」と呼ぶべき現在の危機構造の一部として存在しています。アメリカにとって、北朝鮮に譲歩することは、中国に譲歩することと同じなのです。「ドラゴンスレイヤー」と呼ばれる対中強硬派で占められたトランプ政権の中枢は、そのことを最もよく理解しています。

宇山卓栄(うやま・たくえい)

著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『「民族」で読み解く世界史』(日本実業出版社)などがある。(写真=AFP/時事通信フォト)

産経デジタルより転載記事
立憲民主党 セクハラ問題で財務省追及もスネに傷 身内に甘い?

2018.4.24 10:00
【野党ウオッチ】

 財務省の福田淳一事務次官(58)のセクハラ問題が国会を揺るがしている。立憲民主党など野党6党は麻生太郎財務相(77)の辞任などを求め、国会審議を拒否する一方、合同ヒアリングを連日開き、財務省への追及を強めている。ただ立憲民主党はセクハラ問題を起こした議員を抱える。その議員には資格停止処分などにとどめており、麻生氏らの辞任を求める一方で身内のスキャンダルには甘いとの批判も出ている。

 「福田次官の本日中の処分と謝罪を求めたい。本日中に処分しなければ明日の閣議で辞任が認められる。そうなると退職金が満額出る。それが許されるのか」

 23日、国会内で開かれた財務省のセクハラ問題に関する野党合同ヒアリングで、立憲民主党の尾辻かな子衆院議員(43)が口火を切った。福田氏の辞任が24日の閣議で認められれば、福田氏には約5300万円にも上るとされる退職金が支払われる。「それでは国民は納得できない」として閣議で辞任が認められる前に福田氏を懲戒処分にするよう財務省側に迫ったのだ。

 野党側はセクハラ問題発覚後、頻繁に合同ヒアリングを開いて福田氏や財務省の対応を厳しく追及している。セクハラ問題と森友学園問題で事務次官と国税庁長官がともに辞任し、不在という異常事態を招いた麻生氏の辞任を要求し、安倍晋三政権を退陣に追い込みたい考えだ。

しかし、野党第一党の立憲民主党は麻生氏や福田氏にクビを迫る一方で、自らの党に所属するセクハラ問題を起こした議員には相対的に甘い処分で事態の収拾を図ろうとしているように見える。

 立憲民主党公認で初当選した青山雅幸衆院議員(56)=比例東海=は昨年10月、女性元秘書からセクハラ被害を週刊誌に告発された。これを受け、同党は青山氏を無期限の党員資格停止処分とした。青山氏は今年2月に記者会見し、元秘書の女性と和解が成立したことを明らかにしたが、東海地方の女性地方議員らが青山氏の辞職を求めて署名活動を実施。今月11日には署名簿を同党に提出した。

 しかし、対応した西村智奈美・ジェンダー平等推進本部長(51)は、被害者と和解が成立していることや、すでに処分を下していることから「対応は難しい」と述べるにとどまった。

 同じく立憲民主党の初鹿明博衆院議員(49)=比例東京=は昨年11月、支援者の女性にキスを迫るなどのわいせつ行為の疑惑を週刊誌に報じられた。これを受け党執行部は初鹿氏に6カ月間の役職停止処分を下した。初鹿氏には民進党時代の平成28年末、女性を強引にラブホテルに連れこもうとしたことをこれまた週刊誌に報じられ、党青年局長を辞任したこともあった。

立憲民主党は青山、初鹿両氏とも資格停止処分にとどめているのだ。仮にも同じセクハラ問題で福田氏の処分や麻生氏の辞任を迫るのであれば、身内の議員にも議員辞職を促すくらいの厳しい対応があってしかるべきではないだろうか。

 さらに同党は昨年末、山尾志桜里衆院議員(43)を迎え入れた。不倫で衆院議員を辞職した自民党の宮崎謙介氏(37)を公然と批判しながら、自身の不倫疑惑に対しては「むき出しの好奇心」(神奈川新聞のインタビュー)などと答えた山尾氏は、いまだに十分な説明責任を果たしていない。財務省への追及姿勢と党所属議員への対応はまさにダブルスタンダード(二重基準)であり、これでは身内に甘いとのそしりは免れない。

 もちろん財務省のセクハラ問題に関して事実解明と関係者の責任追及に野党として取り組むべきであることはいうまでもない。

 ただ、自らのスネに傷を抱えたまま、一方ではヒアリングの場で財務省職員に批判を浴びせたり、「#MeToo」と書かれたプラカードを掲げ黒服姿で財務省に“突撃”したりする姿が国民の目にはどう映るのか、今一度思い起こしてみた方がいいのではないだろうか。 (政治部 小沢慶太)

楽天インフォシークより転載記事
国益無視した「倒閣運動」…野党“職場放棄”の愚 民進会見でセクハラ被害女性記者の実名も

夕刊フジ / 2018年4月20日 17時6分


野党は、国民をバカにしているのか。財務省や防衛省の不祥事をめぐり、麻生太郎副総理兼財務相の辞任要求などに応じない与党に対し、新たな国会日程の協議を拒否する方針を決めたのだ。国際情勢が激動するなか、パフォーマンス狙いの「職場放棄」に等しい。閣僚の海外出張も認めない姿勢は、国益を無視した「倒閣運動」といって差し支えない。

 衆院では20日に厚労委員会などを開いたが、野党は質疑に立たず、数時間にわたって議論のない「空回し」が続く見通し。厚労委は、野党が提出した「生活保護法改正案」も議題となり、審議拒否は「自殺行為」にほかならない。

 立憲民主党など野党6党は19日、与党に対し、麻生氏の辞任や、セクハラ発言疑惑がかかる財務省の福田淳一事務次官(58)の罷免など4項目を要求した。

 これに対し、与党は、麻生氏について「全容解明の責任者として職務を果たすべきだ」として、続投の考えを伝えた。

 野党側は、「ゼロ回答だ」と反発し、「徹底抗戦」の構えを見せるが、1日数億円かかる国会審議を拒否して、国民の理解が得られるのか。

 セクハラ疑惑については、恒例となった合同ヒアリングで、希望の党の山井和則衆院議員が「財務省はセクハラを認め、おわびすべきだ。次官、省、麻生氏が政権ぐるみで被害者の首を締め付けている」と批判した。

 であるならば、野党に所属する不倫議員やセクハラ議員が自らバッジを外し、国民に「申し訳ない」「二度と政界に戻らない」と頭を下げ、ケジメをつけるべきだ。賢明な国民は、野党のご都合主義を見透かしている。

 麻生氏や小野寺五典防衛相の米国出張に反対する姿勢には、「的外れ」「筋違い」という言葉しか思い浮かばない。

 もし、麻生、小野寺両氏が、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議や、ジェームズ・マティス米国防長官との会談に出席できず、日本の国益を損なった場合、責任を取れるのか。

 野党6党が旧社会党のような「万年野党」ぶりを発揮するなか、民進党の会見動画で看過できない事態が起きた。

 大塚耕平代表の19日の記者会見で、ある記者が、福田氏のセクハラ発言を告発したテレビ朝日の女性記者の実名を挙げ、それが流れてしまったのだ。ネット上には、女性記者の実名や顔写真が拡散している。

 まともな野党が存在しないことが、日本最大の悲劇といえる。

MSN産経ニュースより転載記事
【加計学園問題】「首相案件」独り歩きに「ばかばかしい漫画」加戸守行・前愛媛県知事が痛烈批判
学校法人「加計学園」の獣医学部誘致を進めた加戸守行・前愛媛県知事は13日、産経新聞の取材に対し「首相案件」などと書かれた文書について「首相に結びつく話ではない」と述べた。野党の追及に対しては「ばかばかしい漫画を見ているようだ」と痛烈に批判した。(今仲信博)

 また、騒がしくなりましたな。

 今回問題となっている愛媛県職員が作った備忘録というメモにある「首相案件」という言葉は、(県職員が面会したとする)柳瀬唯夫元首相秘書官(現・経済産業審議官)が「使うわけがない」とコメントしているのだから、使ってはいないと思う。

 ただ、国家戦略特区を認定する「国家戦略特区諮問会議」の議長が安倍晋三首相だから、それらしい言葉は出ていたのかもしれない。

 仮にそうだとしても、最後は首相が裁くという意味で使ったのではないだろうか。決して鬼の首を取ったように騒ぐことではないし、首相に結びつくような話ではない。首相案件という言葉が、独り歩きしてしまっている。

 野党や一部メディアは「加計ありき」に結びつけたいんでしょう。しかし、メモは、書いた本人の記憶です。すべて録音をしているわけではないでしょう。普通は10日ぐらい前の話を思い出しながらダイジェストでメモを作るものですよね。

 首相案件という言葉は、役人は普通使いません。首相や大臣の「マター」というような言葉はよく使う。今回の場合に照らすと、首相が最後に裁くという意味での「マター」。だから、推理だけを言えば、首相マターというのを首相案件とメモにしたのかもしれませんね。

 今回、メモが出てきて、国が地方を信用しなくなるのではないだろうか。愛媛県は何でもメモにして外に出すと思われると、国の対応は不親切になるでしょう。もともとは知事や副知事に説明するための材料だったのに、やりとりしたメモが外に出るようでは、信用してもらえなくなる。

 愛媛県職員は、みんな真面目です。一生懸命、アヒルの水かきでも何でもやる。獣医学部を誘致するためには、いろいろなことを訴えたのだろうと思う。

 ただ、もし官邸に行って話をつけるなら、部長や副知事ぐらいが行かないといけない。課長らが官邸を訪問したという今回のケースは、手続き論かと思っている。国側が知恵をつけるということぐらいはあったのかもしれない。登山に例えるなら、構造改革特区という登山口は厳しいけれど、国家戦略特区という登山口がある。民間議員が一生懸命に道を開こうとしているから「こっちの方が登りやすいよ」とね。登山口を教えたというだけで便宜をはかったというのは、どうかと思う。

 私が官邸側の人間だったらやりますよ。愛媛県は内閣府に何回も蹴飛ばされてかわいそうだと思って助言するでしょうね。農林水産省と文部科学省が日本獣医師会の意向を受けて愛媛県の申請をはね返しているのだから。それならば、登山口を知っていながら教えない方が不親切だ。

 私は平成25年5月と10月の教育再生実行会議の場で、首相に四国での獣医学部新設を要請した。加計学園とか固有名詞は出さずに、岩盤規制でできない、何とか再生会議の提言に入れてもらえないかと頼んだが、首相は興味なさそうな顔で聞いていた。

 私が発言したから、愛媛県は獣医学部新設のために頑張っているというようなことは頭に入ったかもしれないけれど、(首相の関与があったなら)あんなに無反応なのは、よほどのポーカーフェースだと思う。その後、内閣府からは申請を断られている。首相がちょっとでも関心があったなら、あんな反応にならないと思う。

 野党や一部メディアは、加計学園の岡山理科大獣医学部が開学しちゃって攻め手を失ってきている中、首相案件というメモが出てきて、たたくのにいい材料が見つかったと思っているのかもしれない。防衛省の日報問題、森友学園の財務省決裁文書改竄(かいざん)問題、そして今回のメモの3点セットで文書攻撃をやるにはいい材料だという考えでしょう。憲法改正を阻止するためのくだらん攻撃ですね。最後の悪あがきです。だが、メモは職員が備忘録的に作ったものであり、公文書ではない。

 一国の政党の代表が、文書で首相案件だなんだと、あほらしくて予算委員会も見ていられない。世界はめまぐるしく動き、日米首脳会談を控え、北朝鮮問題もある中で、やれメモが出てきただの、これが正しいだの…。まるで、ばかばかしい漫画を見ているようだ。

 かと・もりゆき 昭和9年、旧満州・大連生まれ。東大法卒。32年、文部省(現文部科学省)入省。平成11年、愛媛県知事選に立候補し初当選。3期12年務めた。知事在任中は、獣医師が不足する四国への獣医学部誘致に尽力した。

"叱られたことのない人"を叱ると殺される

4/19(木) 9:15配信ヤフーニュースより転載記事(プレジデントオンライン)


滋賀県彦根市で交番勤務の19歳の男性巡査が、同僚の41歳の巡査部長を拳銃で射殺した。精神科医・片田珠美氏は、「加害者は『間欠爆発症』の可能性がある」と語る。怒りや攻撃衝動を制御できない衝動制御障害で、「これくらいのことであんなに怒るなんて」という人は、このタイプかもしれない。周囲はどう対処すればいいのか――。


■41歳の巡査部長を撃った19歳巡査は「間欠爆発症」か

 滋賀県彦根市の滋賀県警彦根署河瀬駅前交番で、19歳の男性巡査が、同僚の41歳の巡査部長を拳銃で撃って殺害した。殺人容疑で逮捕された巡査は、「罵倒されたので撃った」などと話しているようだ。

 もっとも、「罵倒された」というのは加害者側の主張であり、死亡した巡査部長が本当に罵倒したのかどうかについては、確認のしようがない。なぜ、この巡査は巡査部長を射殺したのだろうか? 

 ▼軽口や冗談も引き金「間欠爆発症」の可能性

 まず考えられるのは、この巡査が「間欠爆発症」である可能性だ。間欠爆発症は、怒りや攻撃衝動を制御できない衝動制御障害の一種であり、かんしゃく発作、激しい口論や喧嘩、他人への暴力、モノへの八つ当たりによる破壊などを繰り返す。こうした爆発は、きっかけとなるストレスや心理社会的誘因と釣り合わないほど激しい。しかも、衝動的で計画性がない。

 平たくいえば、「これくらいのことであんなに怒るなんて信じられない」と周囲が驚くほど過剰反応するのが、間欠爆発症の人である。軽口や冗談などの悪意のない言葉でも、爆発の引き金になりかねないので、周囲はしばしば困惑する。「かんしゃく持ち」「すぐキレる」などと陰口を叩かれることも少なくない。

 この巡査が本当に「罵倒されたので撃った」のだとしても、同僚を拳銃で撃つのは、罵倒という誘因と釣り合わないほど激しい反応だ。客観的に見ると過剰反応である。

 さらに、単に叱責されただけなのに、この巡査が「罵倒された」と受け止めた可能性も否定できない。そうだとすれば理解しがたいほどの過剰反応ということになる。

 間欠爆発症の人が傷害事件や殺人事件を起こす危険性は、一般の人よりも高い。たとえば、2016年7月、神奈川県平塚市の雑木林で、高校3年の男子生徒が遺体で見つかり、その後、自称土木作業員の20歳の男が、男子生徒のバイクに乗用車を衝突させ、死亡させたとして、殺人の疑いで逮捕された。この男は、「横を通った男子生徒がにらみつけてきた気がして、追いかけて追突した」「追い越されたときにガンをつけられ、頭に血が上った」などと供述したようだが、どう見ても過剰反応である。

 たしかに、運転中に追い越されると、怒りを覚えて頭に血が上ることはあるだろう。ただ、にらみつけてきたと感じ、ガンをつけられたと受け止めたのは、被害者意識が強すぎるからではないか。死亡した男子生徒が実際ににらみつけたのかどうかは今さら確認のしようがないが、少なくとも、逮捕された男の逆上の仕方は、状況を客観的に見ると過剰反応である。したがって、間欠爆発症の可能性が高い。

 間欠爆発症の人の多くは自覚がなく、自分から精神科を受診することはまれだ。ほとんどの場合、警察沙汰になってはじめて精神科医の診察を受け、その結果、間欠爆発症と判明する。
若い社員に注意すると「パワハラだ」と叫ばれる時代