真実はどこに?

2018/08/17 09:15
トヨタ自動車には現場から生まれた言葉がいくつもある。「ジャスト・イン・タイム」「自働化」「視える化」……。なかでも創生期から使われている言葉は、創業者・豊田喜一郎の「1日に10回、手を洗え」。それはどういう意味なのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が「仕事の現場」から言葉を拾い上げる。連載第1回はトヨタの言葉について――。

長く続いている会社はなぜ生き残っているのか

1980年代、経済誌には「日本の会社の寿命は30年」と書いてあった。当時のビジネスマンは「少なくとも自分が働いている間、うちの会社はつぶれない」と、ほっとしたことだろう。99年には、同じメディアが「会社の寿命は7年、アメリカは5年」と言っている。これから会社に入る学生は定年までに会社を3回くらい変わるのが当たり前になるのではないか。

では、長く続いている会社はなぜ生き残っているのか。それは会社自体が時代に合わせて変化し、業務も変容しているからだ。

設立から80年以上経ったトヨタだって、実はずいぶんと仕事の中身が変わっている。戦時中のトヨタは軍需の会社で、陸軍に車両を納めていた。戦後すぐの頃はアメリカ軍のジープやトラックの修理で稼ぎ、その後はトラックを製造した。乗用セダンを開発し、売り始めるが、主な用途はタクシーなどの業務用だった。

本格的に大衆向け乗用車を売るようになったのは66年のカローラ以降で、日本にモータリゼーションが起こったのと同時である。その後、トヨタは海外向けの輸出メーカーとしての存在感が高まり、車の開発で言えば、ハイブリッド、燃料電池といった技術で業界をリードするようになった。「変わらない会社は生き残れない」という典型がトヨタだろう。

柳井正「トヨタの強さは現場にある」

トヨタの現在の売上高は29兆3795億円で、前年からプラス1兆7823億円だった。営業利益は2兆3998億円、前年からプラス4054億円。増収増益である。

業務を変容させながら、しぶとく粘り強く生き残ってきたトヨタの強さはどこにあるのか。それは現場だ。

ユニクロ創業者の柳井正はトヨタの強さは現場にあると見抜いている。

「今日の成功は明日の失敗になるかもしれない。進化し続ける『現場』。それがトヨタの本質だ」

柳井が言うように、進化を続けないと組織はたくましくはならないし、何より外部環境の変化に対応することができない。

「あ、キミ、昨日の続きをやっておいて」と言ったまま、席にじっと座っている上司がいる会社は10年どころか5年ももたない。せいぜい半年の命だ。

トヨタの言葉は聞いた人間に誤解の余地を与えない

トヨタ、ユニクロに限らず、強い会社は現場が進化しているし、現場に強さがある。メーカーなら生産現場、物流であれば運搬の現場、小売りであれば販売現場が強い。そして、そういった会社は強さを支える言葉を持っている。最前線で働く社員は現場で生まれた言葉を頼りにしている。

トヨタには現場から生まれた言葉がいくつもある。トヨタ生産方式を支える2本柱の「ジャスト・イン・タイム」と「自働化」は生産現場に対する指示だった。さらに、「視える化」「自工程完結」「現地現物」といった言葉も生産現場から生まれている。

いずれも具体的な言葉で、聞いた人間に誤解の余地を与えない。トヨタの生産ラインで働く人間は20代の若者が中心だ。カタカナのテクニカルタームや形而上の哲学を標語にしても、聞いた人がわからなければ意味はない。現場の言葉とは具体的な言い回しでなければ通用しない。

数あるトヨタの言葉のなかで、もっとも初期から使われていたそれは、創業者・豊田喜一郎が大学卒の社員に向けて言ったものだ。

「1日に10回、手を洗え」

「大卒は理屈ばっかり言って役に立たない」

喜一郎は発明王・豊田佐吉の長男で、豊田自動織機の常務だったが、「人の役に立ちたい」とベンチャー企業のトヨタ自動車を創った。「自動車は組み立て産業だ」と喝破した彼はアメリカから1台のシボレーを購入、分解し、自らすべての部品を原寸大でスケッチする。そうして、自動車と部品の機能と性能を頭に叩き込み、自動車工場を創り上げた。

もともとエンジニアだった彼は生産現場が好きだった。息子の豊田章一郎(現名誉会長)は「親父は現場の人だった」と言っている。

「父は生産現場が好きで、『論より実行』がモットーだった。『大卒は理屈ばっかり言って役に立たない』と怒り、現場に行こうとしない大卒社員には、『現場に行け、現場の機械を触れ、現場で手を汚せ、そして、1日に10回は手を洗え』とよく言っていた」

トヨタの経営者は喜一郎に限らず、現場が好きだ。たとえば、喜一郎のいとこで、長く社長を務めた豊田英二もまた現場に足を運んだ。

「おい、社長だぞ。上役の悪口でもなんでも言っちゃえ」

副社長を務めている河合満はたたき上げの職人だ。河合が鍛造工場の現場で働いていたときも、英二はたったひとりで現場にやってきた。

「昼休みに工場の隅でタバコを吸っていたら、英二さんがひとりで入ってきて、『新しい機械を見せてくれないか』って。あわててタバコを消して、機械のところに連れていったんですよ。英二さんは機械をほれぼれと見ていて、触って、『これを使いこなせるといいな』って。帰りにまだ若造だった僕に、『今日はありがとう』って帽子を脱いで、直立不動で深々と頭を下げる。いやあ、あれにはびっくりしました」

現在の社長、豊田章男もまた時間が空くと、現場に来る。副社長の河合の部屋をのぞいて、「河合さん、一緒に行こうよ」と工場へすたすたと歩いて行く。

現場の主のような職人副社長の河合は工場に入ると、大声で叫ぶ。

「おい、社長だぞ。みんな集まれ。何を言ってもいい。上役の悪口でもなんでも言っちゃえ」

現場の若い作業者が集まってきて、章男を囲む。章男は自ら話をするよりも、彼らの話に耳を傾ける。時には相談に乗る。トヨタは30万人以上も従業員がいる会社だ。けれども社長は雲の上の人ではない。生産現場にいれば、ふらりと訪れてきたトップと仕事の話や世間話ができる。トヨタはそういう会社だ。

経営者の仕事とは、現場のみんなを幸せにすること

2010年のこと、トヨタはアメリカで車の品質が問題となり、豊田章男は下院の公聴会に呼ばれた。彼は議員たちから厳しい質問を浴びせられたが、時に毅然として対応した。公聴会が終わり、アメリカの従業員を集めた会合の席で彼はこんなスピーチをしている。

「みなさん、公聴会では私はひとりではありませんでした(I was not alone)。あなたたちがそばにいてくれました。ですから、何もつらいことはなかった」

日頃から現場を訪ね、若い作業者と言葉を交わし、冗談を言っては肩をたたいて笑い合ったりしているからこそ、こういうフレーズが出たのだろう。

経営者は孤独ではない。孤独だと思っている経営者は粋がって、格好をつけているだけだ。経営者は現場の人間に寄り添い、現場のみんなを幸せにするのが仕事だ。

野地秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年、東京都生まれ。早稲田大学商学部卒、出版社勤務などを経て現職。人物ルポ、ビジネス、食など幅広い分野で活躍中。近著に、7年に及ぶ単独取材を行った『トヨタ物語』(日経BP社)がある。(写真=毎日新聞社、AP/AFLO

MSN/ニュースポストセブンより転載記事から

「銀歯治療」の繰り返しが歯を失う負の連鎖を引き起こす

2018/08/11 16:0

歯医者に何度通っても、虫歯は治るどころか再発し、挙げ句の果てには、「歯を全部抜いてしまいましょう」──密室の診療室で歯医者の言うことばかり聞いていたら、一生悔やむ事態になりかねない。100人以上の歯医者、歯科衛生士、歯科技工士に取材を重ねた岩澤倫彦氏が緊急レポートする。

 * * *

 今年6月に上梓した拙著『やってはいけない歯科治療』(小学館新書)において、筆者は「銀歯」の問題点を指摘した。それに対し、歯医者から強い反発の声が多数寄せられた。

 日本人の7割に入っている「銀歯」のタブーは、歯医者にとって最も隠したい不都合な真実だったからだろう。東京医科歯科大学の田上順次副学長が解説する。

「歯の形状に合っていない銀歯は、虫歯の再発原因となります。再発すると、さらに歯を削るので、神経に感染が起きやすくなる。感染した神経は“抜髄”といって、抜くしかありません。神経を抜いた歯は、確実に寿命が短くなります」

 つまり、「銀歯」治療の繰り返しが、歯を失う“負の連鎖”を引き起こしていたのだ。それだけではない。「銀歯」治療では、健全な部分の歯まで削られていた──。

「虫歯部分の象牙質は、神経がダメになっているので、削っても痛くありません。治療中に痛みを感じるのは、健康な部分を削っているからです。これまでの虫歯治療では、周辺の溝など虫歯になりそうな健康な部分も削って銀歯に替えていました。

“予防拡大”という歯科治療の教則があるからです。言うなれば、転ばぬ先の杖。でも、これは大きなお世話だったと後で判明しました。歯を大きく削ってしまうと、歯の寿命が短くなるからです」(歯の保存学を専門にする、長崎大・久保至誠准教授)

 加えて、虫歯が小さいと「銀歯」の型取りが難しく、「銀歯」自体も小さいと外れやすい。このような理由で、小さな虫歯でも「銀歯」を入れるために歯医者は健康な部分まで広げて削っていたのだ。

※女性セブン2018年8月23・30日号

ねつ造された従軍慰安婦(売春婦、兵隊より給料が良かった)と南京大虐殺(原爆で死んだ人数に合わせた死亡者数) ベトナムのライタイハンに口をつぐむ韓国
楽天インフォシークニュースより転載記事

戦艦「大和」元乗組員が見た当時の南京「虐殺は絶対にない」

NEWSポストセブン / 2018年8月9日 7時0分
日本軍が誇った“世界最大の戦艦”大和は戦後、無謀な特攻との批判を受け、無用の長物とまで揶揄された。このままその歴史観が定着することは耐えられない──声を上げたのは、他ならぬ大和の元乗組員、現在104歳である。

「長いこと生きているが、台風が東から西に来たなんていうことは1回もなかった。船乗りだったから、天候は気になります」(深井氏、以下「」内同)

 取材日は東京都内を台風が直撃した日だった。深井俊之助氏は、大正3年生まれの104歳。部屋の中を杖もつかずに歩き、座る姿勢は背筋がピンと伸び、驚くべき記憶力で理路整然と語る。

 深井氏は戦前、海軍の通信技術者だった父親の影響から海軍兵学校に入り、終戦まで戦艦乗組員として活動した。世界最大と謳われた戦艦「大和」の副砲長まで務め、日本海軍の最前線の戦いを語ることができる最後の人物だ。その証言は、大東亜戦争を検証するうえで貴重な資料である。

「海軍に入ってすぐ、私が練習艦『比叡』に乗っていた頃、昭和10年4月に満州国皇帝・溥儀(ふぎ)が来日することになり、比叡が御召艦として溥儀さんを迎えに行くことになった。そこで、一番若い士官の私が溥儀さんの世話係になりました。

 ところが、大連から横浜までの間、低気圧が襲来して船は大揺れ。溥儀さんは船酔いしてげえげえ吐いた。私は洗面器を差し出し、背中をさすってあげて、汚物の後始末をしました。

 言葉は通じなかったんですが、溥儀さんは頭を下げて、ジェスチャーで『ありがとう、ありがとう』と言っていました。すごく優しい人でした」

 昭和12年7月7日、盧溝橋事件で日支事変が始まると、深井氏は水雷艇「雁」に転勤。南京攻略を支援するため、揚子江をさかのぼる遡行作戦に参加した。

「南京攻略で陸軍が進軍していくのを、揚子江をのぼりながら防備するのが我々の任務でした。『雁』は小さい船でしたが、支那軍の砲台を大砲で撃破し、それで陸軍が上陸できるようになった。その功章として金850円もらいました。

 11月下旬には陸軍は南京を完全攻略し、1週間もしたら南京の町は平和になった。私らが南京に入ったら、中国人の子供たちが日章旗を振って歓迎してくれましたよ。激戦の跡も虐殺の跡もない。南京で虐殺があったと言われていますが、ないない。絶対にない。

 支那軍というのは『三十六計逃げるに如かず』で、攻めていくと逃げる、追うと逃げるで、どんどん奥に引きずり込んでいくんです。だから、案内をしてくれた陸軍少尉も『激しい市街戦なんてまったくなかった』と話していました」

●聞き手/井上和彦(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2018年8月17・24日号

中国で逮捕される日本の“スパイ”が急増、その理由と対策
MSNニュース JPプレスよりり転載記事

2018/08/08 06:00

最近の新聞報道によると、中国で長期拘束されている日本人が年々増えているという。

 2015年以降、スパイ行為に関わったなどとして日本人8人が相次いで逮捕・起訴されている。

 そして、本年7月10日には愛知県の男性がスパイ罪で懲役12年の実刑判決を、7月13日には神奈川県の男性がスパイ罪で懲役5年の実刑判決をそれぞれ受けた。

 これら有罪判決を受けた2人以外にも、温泉開発の地質調査中に拘束された男性ら6人が逮捕・起訴されている。8人のうち6人がスパイ罪、2人が国家秘密等窃盗罪などで起訴されている。

 菅義偉官房長官は、7月30日の記者会見で次のように述べるなど、日本政府は一貫してスパイ行為への関与を否定している。

 「日本政府が中国に、スパイ行為に関与する民間の人を送り込んだという事実はあるのか」との記者の質問に対して、「我が国はそうしたことは、絶対にしていないということを、これはすべての国に対して同じことを申し上げておきたい」

 日本の新聞各紙は日本人の動静しか報道していないので拘束された8人という数字が他の国々と比較して多いのか少ないのか分からない。

 すなわち、中国で日本人スパイがそんなに多数活動しているのか、あるいは中国がことさら日本人を標的としているかが不明である。

 官房長官の日本政府は今回のスパイ行為に一切関与していないという発言を信じるならば、今回身に覚えのないことで身柄を拘束された日本人にとっては青天の霹靂どころか恐怖と不安で生きた心地がしないであろうと推察する。

 このように日本人が外国のスパイ対策などに関する法制に無知であるがゆえの不幸な事態に巻き込まれることは二度と起こしてはならない。

1.中国のスパイ対策に関する法制の実態

 法律に関する格言に「法の不知はこれを許さず」というものがある。

 例えば、日本で自衛隊基地を撮影しても罪にならないからといって、中国で軍事基地を撮影して拘束されても、「中国で軍事基地を撮影することが罪になることだとは知らなかった」では済まされず、スパイ罪で罰せられるということを肝に銘じるべきである。

 そのためには、中国を観光または仕事で訪れる日本人は、どのような行為がスパイ容疑に該当するか、関連する法律を知っておかなければならない。本稿ではその点に焦点をあて中国のスパイ対策に関する法律の要点を紹介する。

 関連する法律には、刑法、国家秘密保護法、スパイ防止法および軍事施設保護法がある。

 各法律の日本語版をインターネットで検索したが見当たらなかったので、各法律の関連条文の要点のみを筆者が翻訳し、以下に紹介する。翻訳の適否について大方のご教授を賜りたい。

(1)刑法(中華人民共和国刑法)

 中国は、1979年7月1日制定の旧刑法典を1997年に全面改定した。そして、2015年には一部改定した。

 本稿に関連する改定箇所としては第311条がある。同条文では、これまで証拠提出拒否罪がスパイ犯罪のみであったが、今回の改定で、スパイ罪に加えてテロリズム犯罪と過激主義犯罪の証拠拒否罪へと拡大した。

 関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次のような国家安全に危害を及ぼすスパイ行為は、10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。比較的軽度の場合は3年以上10年以下の有期懲役に処する。(110条)

@スパイ組織に参加する又はスパイ組織若しくは代理人の任務を遂行する。

A敵に攻撃目標を指示する。

イ.外国の機関、組織、個人のために国家秘密を不法に入手し、それらを不法に提供する者は、5年以上10年以下の有期懲役に処する。

 特に重度の場合は10年以上の有期懲役又は無期懲役に処する。比較的軽度の場合は5年以下の有期懲役、拘留、監視又は政治上の権利剥奪に処する。(111条)

ウ.戦時中に、敵に、武器、装備、軍用物資又は資金を提供した者は、10年以上の有期懲役あるいは無期懲役に処する。比較的軽度の場合は3年以上10年以下の有期懲役に処する。(112条)

エ.上記のスパイ行為等により、国家と人民に対して特別に重度の危害を及ぼした場合は死刑に処すことができる。(113条)

(2)国家秘密保護法(保守国家秘密法)

 中国は2010年に旧国家秘密保護法を改定した。

 改正法ではネット業者に対し、ネット上で当局が「国家秘密」と判断した情報の漏洩が発見された場合、ただちに配信を停止し、記録を保存して公安機関に報告することなどが義務づけられた。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次に掲げる事項について、その漏洩により国の政治・経済・国防・外交等の分野における安全及び利益が損なわれるおそれがある場合には、国家秘密に指定しなければならない。(9条)

@国家事務の重大な政策決定における秘密事項

A国防建設及び武力活動における秘密事項

B外交及び外事活動における秘密事項並びに対外的に秘密保護義務を負う秘密事項

C国民経済及び社会発展における秘密事項

D科学技術における秘密事項

E国家安全の擁護活動及び刑事犯罪の調査における秘密事項

F国家秘密行政管理部門が指定したしたその他の秘密事項

G政党の秘密事項で前項の規定に合致するものは、国家秘密に属する

イ.次の行為の一つを犯した者は、法律に基づき罰せられる。違反行為が犯罪となる場合は起訴され、法律に基づき刑事責任が問われる。(48条)

@国家秘密に属する物件(国家秘密?体)を不法に取得又は所有する

A国家秘密に属する物件を購入、販売、移動又は破壊する

B国家秘密に属する物件を秘密防護手順に従わず、通常郵便又は速達便などで送達する

C関連する当局の許可なく、国家秘密に属する物件を国外へ郵送若しくは配送する又は国外に携行若しくは移動する

D不法に国家秘密をコピー、記録又は(データ)保存する

E個人的な接触又は手紙のやりとりにおいて国家機密に言及する

Fインターネットもしくは他の公共情報ネットワーク又は秘密保護措置が適用されていない有線若しくは無線によって国家秘密を送信する

G 国家秘密を扱っているコンピュータ又は他の記憶装置を、インターネット又は他の公共情報ネットワークに接続する

H保護措置を講ぜずに、秘密情報システムと、インターネット又は他の公共情報ネットワークの間で情報を交換する

I国家秘密情報を保存又は処理するために、国家秘密を扱っていないコンピュータ又は他の記憶装置を用いる

(3)スパイ防止法(反間諜法)

 1993年に制定された国家安全法(旧国家安全法)に代わるものとして、スパイ防止法(反間諜法)が2014年11月1日に第12期全国人民代表大会の常務委員会によって制定され、即日施行された。

 同法の特筆すべき点は、第36条でスパイ行為を定義していることである。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.本法が言うところのスパイ行為とは、次のような行為を指す。(36条)

@スパイ組織が実施する、その代理人が実施する、スパイ組織等から資金を援助された者が実施する、又は国内外の機関・組織・個人が結託して実施する、中華人民共和国の安全に危害を与える行為

Aスパイ組織又はその代理人からの指示を遂行する行為

B海外の機関・組織・個人が、又は海外の機関・組織・個人が国内の機関・組織・個人と結託して、情報を不法に入手する又は不法に提供する行為

C中国の国家公務員を扇動、誘惑又は買収して国家を裏切るようそそのかす行為

D敵に、攻撃目標を指示する行為

Eその他のスパイ活動

(4)軍事施設保護法(?事?施保?法)

 1990年に制定された軍事施設保護法が2014年に改定された。

 改正法では軍事施設の保護範囲の拡充や「軍事禁区」「軍事管理区」の定義の詳細化などが行われた。関連する条文の要点は以下のとおりである。

ア.次の建物、場所、設備を軍事施設とする。(2条)

@作戦指揮所(地上及び地下)

A軍用の空港・港・埠頭

B隊舎、訓練場、試験場

C軍用の地下壕・倉庫

D軍用の通信、偵察、航法及び観測塔並びに測量、航法及び航路標識

E軍用の道路、鉄道、通信回線及び送電回線並びに軍用の送油管及び送水管

F国境警備及び海洋警備の管理施設

G国務院と中央軍事委員会が指定する他の軍事施設

イ.軍事禁止区域保護のための禁止事項(15条)

@軍事禁止区域への関係者以外の人員、車両、船舶の侵入を禁止する

A軍事禁止区域における撮影、ビデオ撮影、録音、実地調査、測量、スケッチ及びメモを禁止する

ウ.次の行為には、「中華人民共和国治安管理処罰法第23条」(注)の規定が適用される。(43条)

@不法に軍事禁止区域及び軍事管理区域に入り、制止を無視する

A軍事禁止区域には入っていないが軍事施設から一定の距離にある軍事管理区域に入り、軍事施設の安全と効果的な使用に危害を加える行動を行い、制止を無視する

B軍用空港の保護区域に入り、飛行安全と空港施設の効果的な使用に影響する行動を行い、制止を無視する

C軍事禁止区域及び軍事管理区において、不法に撮影、ビデオ撮影、録音、調査、測量、スケッチ及びメモを行い、制止を無視する

Dその他、軍事禁止区域及び軍事管理区域の管理秩序を乱し、軍事施設の安全活動に危害を及ぼしたが、状況が刑事処分の対象となるには軽微である場合

(注)第 23 条の罰則は、警告又は200 元以下の罰金で、情状が比較的重い場合は、5日以上10日以下の拘留と500元以下の罰金の併科である。

エ.次の行為に該当し、犯罪を構成すれば、法律に基づき刑事責任が問われる。(46条)

@軍事施設を破壊する

A軍事施設の装備・物資・器材を窃盗、略取又は強奪する

B軍事施設の秘密を漏えいする

C海外の機関・組織・個人のために軍事施設の秘密を不法に入手し、不法に提供する

D軍用固定無線施設の電磁環境を破壊し、軍用無線通信を妨害し、その影響が重大な場合

(6)その他、軍事禁止区域及軍事管理区域の管理秩序を乱し、軍事施設の安全活動に危害を及ぼし、その影響が重大な場合

オ.武装警察部隊所属の軍事施設及び国防関連産業の重要な武器装備に関する研究・生産・試験・貯蔵等の施設の保護についてもこの法律の規定が適用される。

 以上が中国に行く日本人が最低限知っておくべき法律・条文の要点である。

2.日本が採るべき対策など

 中国で長期拘束されている日本人が年々増えているという事実に対して日本はどう対処すべきか。

 まず、日本人のスパイ・リテラシーを向上することである。筆者が考えるスパイ・リテラシーには3つの側面がある。

 1つ目はスパイ活動(諜報、謀略、宣伝工作など)に対する理解力である。

 2つ目はスパイ対策活動(防諜)に対する理解力である。

 3つ目はスパイ活動の意義に対する理解力である。

 諜報、防諜という用語は読者の方々には聞きなれないかもしれないが、旧軍で用いられていた。

 そこでは諜報とは、その行為の目的を秘匿して行う情報収集活動であり、防諜とは、相手の我に対するスパイ活動を阻止・破砕する活動であり、防諜意識向上のための教育・啓蒙等(消極的防諜)と外国の非合法的な諜報活動等を探知・逮捕(積極防諜)から構成されるとされた。

 3つ目のスパイ活動の意義は、国家の外交政策、防衛政策等の立案・遂行の前提条件は相手国の国情を知ることであるとされた。

 すなわち、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」ということである。

 諸外国では、スパイ活動は政府の通常の機能であると考えられており、そのため、行政機関の1つとしてスパイ組織を保有し、国外におけるスパイ活動を行っている。

 戦後、日本ではスパイ活動のみならず諜報、防諜という用語が軍国主義を想起させるとしてタブー視しされてきた。それが今日の日本人のスパイ・リテラシーを低くしている要因である。

 我が国でも「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」が衆議院に提出されたが廃案となった経緯がある。

 戦後73年を経たが、いまだスパイ防止法は制定されていない。このような我が国の現状が国民のスパイ・リテラシーを低くしているのである。

 早急にスパイ防止法を制定し、我が国において多数の外国のスパイが活動していることを公式に認めるとともに外国情報機関員等の非合法のスパイ活動を決して許さず、スパイを確実に逮捕するとい強い姿勢を明らかにすべきである。

 そうすれば自ずと国民のスパイ・リテラシーは向上するであろう。

 次に、外国のスパイ対策の実態を国民に教育・啓蒙することである。再発防止策の定番は事例紹介である。

 しかし、今回、中国においてスパイ容疑などで拘束された8人がどのような経緯で拘束されたかが明らかにされていない。

 政府は海外でスパイ行為とみなされる行為をしないよう教育・啓蒙を行っているのであろうか。

 海外における邦人の安全確保は外務省の重要な責務であることは間違いない。しかし、外務省が発信している情報の中にスパイという用語は一語もない。

 例えば、外務省安全情報の中に「撮影した対象が国家機密に触れた場合は重罪となる場合がありますので、決して興味本位でこれらの施設等を撮影しないようにしてください。」との注意喚起がある。

 これでは、スパイ・リテラシーの低い日本人には、撮影した行為がスパイと見なされ、 最高刑が死刑であるスパイ罪で逮捕される恐れがあることまでは理解できないであろう。これはまさに「教えざる罪」である。

 政府は、海外で無実の罪で逮捕・起訴される日本人を二度と出さないために、早急にスパイ活動(諜報等)、スパイ対策活動(防諜)およびスパイ活動の意義等について国民を教育・啓蒙しなければならない。

 その前提としては我が国のスパイ活動やスパイ対策活動などの法制の整備が必須である。しかしながら、政府がこのような施策に着手するには時間がかかるであろう。

 したがって、海外に出かける国民には、自らの安全を確保するために事前に訪問国の関連する法律を理解する努力が必須である。本稿がその一助となれば幸いである

2018/07/25 07:00 ニュースポストセブンよりり転載記事

親日を巡る旅、カンボジアが国の紙幣に日の丸を描くまで

紙幣は国の「顔」である。1万円札には福澤諭吉、1ドル札にはジョージ・ワシントン、人民元には毛沢東と各国を代表する人物が描かれている。だが、カンボジアはそこに日の丸を描いている。それほどまでの親日感情はなぜ生まれたのか。ジャーナリストの井上和彦氏が迫った。
カンボジア王国──まず思い浮かぶのは、国旗にも描かれている世界遺産アンコール・ワットやアンコール・トムだろう。

 カンボジアを観光で訪れる人のほとんどがこの遺跡群を訪れ、その美しさに言葉を失い、いにしえの人々の叡智に感銘することだろう。私もその一人であったことは言うまでもない。建設機械もコンピューターもない時代によくぞこんな立派な建造物を造れたものだと感心させられる。そのカンボジアと日本との深い絆を語る際、前段階として同国の暗い歴史に触れないわけにはいかないだろう。

◆自衛隊初のPKO

 カンボジアにはポル・ポト率いる共産党独裁政権による筆紙に尽くせぬほど辛い暗黒時代があった。それは同国史上最大の汚点であり、できることなら消し去りたい負の記憶だろう。だが、むしろこの共産主義の恐怖と殺戮の史実を語り継ぐことで、二度とこうした悲劇を繰り返してはならないという教訓にしているのであろう、各地にポル・ポト時代の遺跡が保存されている。

 首都プノンペンにあった政治犯収容所「S21」はトゥール・スレン虐殺博物館として公開されている。そこには残酷な拷問室や独房などが当時のまま保存されており、一歩足を踏み入れると背筋が寒くなる。

 他にも、各地に“キリング・フィールド”と呼ばれるポル・ポト派による虐殺現場がある。ある寺院では地中から無数の頭蓋骨が発見され、それらは誰もが見られるように安置されており、中国の支援を受けたポル・ポト政権の残虐さと共産主義の恐ろしさを後世に語り継いでいる。

 カンボジアの悲劇はそれだけではなかった。20年におよぶ内戦で、隣国のベトナムや中国、そしてアメリカなどが様々な形で介入し、国土は荒廃して国民生活は困窮を極めたのだった。

 1991年10月、パリ和平協定が調印され内戦が終結。同年11月、カンボジアの復興支援のため、国際連合平和維持活動(PKO)の先遣隊がやってきた。続いて1992年3月には国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が活動を開始。これを受けて日本政府も動き出した。それが自衛隊初のPKOとなった。

◆25年後の宿営地は

 1992年6月に「国際平和協力法」、いわゆる“PKO法”が成立。8月に同法が施行されるや、その翌月には陸上自衛隊の施設大隊と停戦監視要員が、戦乱から立ち直って民主選挙を控えたカンボジアへ派遣されたのだった。

 日本PKOの幕開けとなる派遣部隊は、内戦で破壊された道路や橋梁を修理するなどして復興に大きく貢献した。UNTACに派遣された陸上自衛隊員は、タケオ州を中心に第一次・第二次隊合わせて約1200名、約1年間の任務期間中に修復した道路は100km、補修した橋梁は約40橋に上ったのである。

 ところが日本国内では、初のPKO任務での自衛隊海外派遣について、まるで自衛隊が対外戦争に派遣されるかのような物言いの反対論もあったと記憶している。さらに携行する武器を巡って非現実的で無責任な議論が巻き起こった結果、派遣部隊は小銃と拳銃という軽装備で任務を遂行せねばならなかったのだ(※注)。

〈※注/戦後初の自衛隊地上部隊の海外派遣とあって、反対派を抑えるために軽武装となったが、現地のゲリラよりも火力が劣るとして当初から危惧する声があった。〉

 だが実際はどうだったか。筆者はあれから25年後のタケオ州を訪れた。

 かつての自衛隊の宿営地は、いまはサッカー場としてきれいに整備されており、そこには平和に暮らす村人の生活があった。

 当時、情報局の職員だったサオ・サリ氏はいう。

「自衛隊がやって来たときは本当に嬉しかった。自衛隊は道路や橋をつくり、あるいは修復してくれたし、村の人々とも温かい交流があった。

 当時はまだ近くにポル・ポト派兵士がいたので危険でしたが、自衛隊が守ってくれていたので人々は夜でも明るくして生活できたし、安心して眠れました。もし自衛隊が来てくれなかったら、この地域の人々は安全なところに避難しなければならなかったでしょう。我々は日本の自衛隊に感謝し、その恩を忘れません」

 地元の人々は自衛隊を大歓迎し、PKO派遣を“日本の侵略行為の兆候”などと捉えてはいなかったのである。実はUNTACには自衛隊だけでなく、警察官75名、選挙要員として国家・地方公務員18名、民間人23名が参加しており、まさに国を挙げてのカンボジアに対する援助だった。

 こうした活動の中で、国連ボランティアの選挙監視員として活動していた中田厚仁氏と、文民警察官の高田晴行警部補が相次いでゲリラに襲撃されるなどして殉職したのである。高田警部補(殉職後、警視)は、自衛隊ではなくオランダ軍に護衛されて移動中の出来事だった。

◆息子を「キンタロウ」と命名

 そして日本のPKO部隊が当初の任務を無事終了して撤収した後、2002年(平成14年)から、元自衛官らで組織される「日本地雷処理を支援する会」(JMAS)がカンボジア各地で地雷処理を開始した。

 長きに亘る内戦でばらまかれた地雷によって、いまも多くの人々が足を吹き飛ばされ、あるいは命を落としており、現代のカンボジアにとって深刻な問題となっている。

 そんなカンボジアの遺棄地雷処理に、現役を引退した元自衛官が無償で汗をかこうというのだからカンボジアの人々に感謝されないわけがない。

 こうしたことも含めてカンボジア人の対日感情はすこぶる良い。

 ガイドを務めてくれたソフィアさんは、たいへんな親日家で、カンボジア人のご主人との間に二人の子供をもうけたが、娘には「カオリ」という日本名をつけ、息子にも「キンタロウ」とつけたという。カオリは綺麗な響きだから、キンタロウは日本の童話に出てくる金太郎のことで、親孝行で強く逞しく悪者をやっつけてくれる人になってほしいという思いから命名したのだという。

 そんなソフィアさんが、こんな話をしてくれた。

「中国製のものは何でもすぐに壊れますが、日本製は丈夫で壊れません。だからカンボジア人は高くても日本製の車やバイク、電化製品を欲しがるんです。それにもし万が一壊れても、日本人はすぐにやってきて無償で直してくれたりしますが、中国はお金を要求してきます。こうしたことが大きな違いなんです。だからカンボジア人は日本が好きで感謝しているんです」

 皮肉たっぷりに言うと、粗悪で安価な中国製品がカンボジア人の日本への信頼と好感度を高めてくれているというわけだ。

 そんな日本への感謝の気持ちは、カンボジア紙幣が何より雄弁に物語っている。

 カンボジアの紙幣500リエルの裏側には、日本のODAでメコン川に架けられた「きずな橋」「つばさ橋」と共に「日の丸」が描かれているのだ。

 復興のために日本政府が行ってきた誠実な支援に対するカンボジアの感謝の気持ちが、紙幣に現れていることをどれほどの日本人が知っているだろうか。

※SAPIO2018年7・8月号

マイクロチップ問題がここから

波に幾月…漂着ペットボトル 高校生が収集、漂流ルート調査で“新発見”続々
神戸新聞 2018/07/24 08:30
神戸商業高校(神戸市垂水区星陵台4)の理科研究部が、同区の西舞子海岸に漂着する海洋ごみに注目し、外国製のペットボトルの表記データから漂流ルートを割り出すユニークな研究を進めている。今春には日本自然保護協会の「日本自然保護大賞選考委員特別賞」を受賞した。(三津山朋彦)

同部は2013年9月から月に一度、西舞子海岸で地元自治会の清掃活動に参加。ごみの中に外国製のペットボトルがあることに気付き、漂流ルートの解明に乗り出した。毎回集めたペットボトルを持ち帰り、商品名や生産地、賞味期限を記録。これまでに約5千個分(うち外国製は約70個)のデータを蓄積した。

c 神戸新聞NEXT/神戸新聞社 漂着ペットボトルの研究で受賞した多くの賞状を掲げる理科研究部のメンバー=垂水区星陵台4、神戸商業高校

 外国製品は多くが中国、韓国、台湾製で、日本列島の南から対馬海流と日本海流に乗って流れ着くと想定。瀬戸内海への流入ルートを探ろうと、淡路島や播磨灘沿岸のほか、夏休みを利用して沖縄や岡山、愛媛、山口、大分などの県外15地点にも出掛けて漂着ペットボトルを採集し、データを収集した。

その結果、西舞子海岸に漂着する外国製ペットボトルは紀伊水道を経由し瀬戸内海に入ってくると結論付けた。漂着ごみを海岸に1カ月放置すると大半が再び漂流し始め、海水の循環と共に外海に出て行くこと、賞味期限の分析から、日本製、外国製を問わず漂着ペットボトルの大半が最近捨てられたごみであることを突き止めるなど、次々と“新発見”をしている。

部長の森光春平さん(18)は「ボランティアで拾ったごみを研究することがエコにつながる」と意義を強調。部員(16)は「今後は注目されているマイクロプラスチックの調査も加えたい」と話している。

この人は、何処の国の税金を使って大きくなったんだ。
孫正義氏、相乗り規制を批判 「こんなばかな国はあるか」

共同通信社
2018/07/19 12:1 より転載記事
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は19日、東京都内で講演し「(自家用車を用いた相乗りなど)ライドシェアを禁止しているなんて、こんなばかな国はあるか」と関連法制で規制を続ける政府の姿勢を強く批判した。

 孫氏は米ウーバー・テクノロジーズをはじめ中国、インド、東南アジアの配車・ライドシェアサービス大手に出資している。これらのサービスは便利さだけでなく、交通渋滞解消や安全などにも寄与するとして「国が進化を止めている」と話した。
また、孫氏は「人工知能(AI)を制するものが未来を制する」と述べ、今後AI関連への投資を加速する方針を示した。

性犯罪者のGPS監視求める意見書を可決 新潟県議会

7/13() 20:13配信 朝日新聞デジタルよりり転載記事

 新潟市西区の小学2年の女児(7)が5月に殺害されて線路上に遺棄された事件を受け、新潟県議会は13日、性犯罪者にGPS端末を装着して監視するシステムの導入について、国に検討を求める意見書を賛成多数で可決した。全国都道府県議会議長会によると、このような意見書が地方議会で可決されるのは初めて。

 意見書は自民党の県議らが提出。今回の事件で、殺人、強制わいせつ致死罪などの罪で起訴された男が、事件前に別の少女にわいせつ行為をした疑いで書類送検されていたことに触れ、「米国では性犯罪常習者にGPS端末を装着させて監視するシステムがある。再犯防止を図る上で検討する必要がある」とした。県議会の自民、公明、民進、社民系会派などが賛成に回り、賛成48、反対2で可決した。

 反対した共産党県議は「厳罰化一辺倒の対策では、性犯罪の再発防止につながらない」と意見を述べた。性犯罪者のGPS監視については「プライバシーや人権の侵害にあたる」との指摘もあり、政府は慎重な姿勢を示している。(加藤あず佐)

朝日新聞社

「立ち上がれ、日本人よ」 92歳マハティール首相の感動メッセージ

国際2018年6月8日掲載 デイリー新潮よりり転載記事


愛国心を持て
92歳でマレーシア首相に返り咲いたマハティール・モハマド氏が日本の修学旅行生に向けて語ったスピーチをご紹介した記事は大きな反響を呼んだ。
 とかく「日本はアジアに謝罪すべきだ」という声がマスコミでは大きく扱われがちだが、当のアジアの中にも「日本は戦争の贖罪意識から解放されるべきだ」と語るリーダーが存在することはあまり伝えられない。それゆえに、マハティール首相の言葉は新鮮だったのかもしれない。
 そこでマハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』(加藤暁子・訳)から、さらに日本人に向けてのメッセージをご紹介しよう。前回の首相在任時の発言だが、十分現代の私たちにも訴えてかけてくるメッセージばかりだ。

――愛国心について
「はっきり申し上げれば、いまの日本人に欠けているのは自信と愛国心です。日本が『愛国心』という言葉に過敏になる理由は、私にもわかります。確かに、過去に犯した多くの過ちを認める用意と意思は持たなければならない。しかし半世紀以上も前の行動に縛られ、恒常的に罪の意識を感じる必要があるのでしょうか。
 ドイツを見てください。誰が彼らに、戦争中のナチスの残虐な行為を謝罪して回るよう求めているでしょうか。
 しかし日本ではどの首相も、2世代も前の人間がやらかしたことを謝罪しなければならないと思っている。
 これは不幸なことです。
 日本が再び軍事大国になることはないという、近隣諸国の不安を取り除くための保証さえあれば、謝罪の必要はありません」

――日本の首相の在任期間の短さについて
「一人の政治指導者があまりに長く権力の座に居座ると、強権的になり腐敗を招く、という懸念がつきまとうのも事実です。しかし良識ある愛国的な指導者は、自らの権力を濫用することはありません。
 投票による民主的なシステムでは、人気のあるリーダーは政策を十分に実行しうるポストを与えられます。いっぽう権力を濫用する者は、解任されるか選挙で落とされる運命にあります」

――日本のアジアでの地位について
「今まさに日本が挑戦すべきことは、東アジアにおけるリーダーの役割を果たすことです。日本には経済的な規模があり、富があり、世界水準の技術力がある。
 世界のリーダーとなるには軍事力も必要だという考え方もあるでしょうが、今日の『戦争』は経済的な側面が焦点です。
 東アジアだけでなく、世界が日本を必要としています。今日、世界がおかれた状況は修羅場と言ってもいいほどです。自由貿易システムの濫用、投機家の底なしの貪欲さ、そしてテロリズム――。日本のダイナミズムと、ひたむきな献身が、まさに必要とされているのです」


日本の力を忘れるな
――終身雇用の崩壊について
「最近、欧米のメディアが積極的に転職する日本の若い世代を誉めそやす記事を読みました。これは、まったく間違っています。
 長年保たれてきた企業と従業員の、よき家族にも似た関係が薄れてしまえば、私たちが多くを学んだ『日本株式会社』もまた立ち行かなくなる。
 失業者を増やし、企業と社会の生産性を損なう外国のシステムを、なぜ盲目的に受け入れなければならないのでしょうか。アジアは欧米ではないのです。
 日本人は、日本固有の文化にもっと誇りをもつべきです。もし当事者であるあなた方がそう思っていないとしたら、私の口からお伝えしたい。
 あなた方の文化は、本当に優れているのです。
 日本の力を忘れてはいませんか」

――日本の現状について
「マレーシア経済危機のとき、日本は私たちの味方となってくれました。しかしその日本はといえば、残念ながら私の目からは自分を見失っているように、そして自分の考えで動いてはいないように映ります。
 いまのところ日本は、私たち東アジアの国々から生まれた唯一の先進国です。そして、富める国には隣人に対してリーダーシップを発揮する義務があります。潜在的な大国である中国をうまく御しながら、その責務を果たせるのは西側諸国ではありません。それは、東アジアの一員たる日本にしかできない役目なのです。
 いつまでも立ち止まっている余裕はありません。それは日本にとっても、東アジアにとっても、世界にとっても、大いなる損失でしかないのです。
 最後にはっきりと申し上げたい。
 日本人よ、いまこそ立ち上がれ――と」
日本では不思議なことに、ここに挙げたマハティール首相のようなことを政治家が口にすると、「右傾化」「戦前回帰」「国粋主義的」などと批判されることが珍しくない。とくにメディアにその傾向は顕著だ。
 最後に、メディアについてのマハティール首相の言葉もご紹介しておこう。
「世界は西側の価値観に支配されている。メディアはその最たるものだ。
 日本のメディアは欧米のメディアに左右されることなく真実の報道をしてほしい」

デイリー新潮編集部

「日本人を裏切るな!」 92歳マハティール首相と日本の縁

デイリー新潮 7/9(月) 6:31配信記事より転載
日本軍人は律儀だった

 6月12日、92歳のマレーシア首相であるマハティール・モハマド氏と安倍首相との会談が実現した。
 マレーシアの前政権は親中的と見られていたが、無類の親日家として知られるマハティール首相が再登板したことで、その路線が変わることを期待するのは安倍首相だけではないだろう。

マハティール氏が前回の首相就任時に「ルックイースト(日本を見習え)政策」を掲げたことはよく知られている。これは簡単にいえば日本を手本にして経済成長をしよう、という政策だが、マハティール首相は決して、日本が高度成長したから「見習おう」と言ったわけではない。その「親日感情」は戦時中にも培われていたようだ。
 マハティール氏の著書『立ち上がれ日本人』には、訳者である加藤暁子氏による長い解説が収録されている。そこでは、マハティール氏と日本にまつわる「いい話」がいくつも紹介されている。同書より抜粋、引用してみよう。
 1945年、マレーシアは日本の占領から解放される。祖国が解放されたこと自体は喜ばしいことで、青年だったマハティール氏(当時20歳)もその喜びを味わう。
 しかし当時、英語学校の学校新聞の編集者をつとめていたマハティール氏は、紙面で日本占領中の苦しみを語るとともに、すでに日本の復興を願う文章も寄せていた。
「日本が原爆の悲劇を乗り越え、平和と発展に貢献してほしい」と論説で訴えていたのである。
 これは占領中の経験が影響しているようだ。
 占領中、マハティール氏は学費を稼ぐために屋台でコーヒーやピーナッツを売っていた。その頃のことをこう振り返っている。
「英国人はカネも払わず勝手に商品を奪うことも多々あったが、日本の軍人は端数まできちんと支払ってくれた。町でみかける軍人は折り目正しく、勇敢で愛国的だった」

部下を一喝した理由

 それから約30年、マハティール氏は「マレーシア食品工業公社会長」というポストについていた。当時の首相から与えられたポストで、名前は立派だが、実際は品質の悪いパイナップル缶詰工場の責任者だった。
 この時、親しくなったのが三井物産クアラルンプール出張所に赴任していた鈴木一正氏だ。鈴木氏は自社のルートを通じて、米国のパイナップルの缶詰の作り方をマハティールに無償で教える。その結果、マレーシアの公社が製造するパイナップルの缶詰は輸出に耐えられる品質に変わった。
 そこで彼らは米国市場を目指し、実際に米食品医薬品局(FDA)の検査基準もクリアする。
 こうなると、その輸出権を奪おうとする会社が三井物産以外にも現れるのは当然だろう。多額のフランチャイズ・マネーを提示されて、公社の職員にはそちらに傾きそうになった者もいたという。それを一喝したのがマハティール氏だった。
「ここまでの商品にできたのは、誰のおかげだと思っているのか!」
 世話になった人を裏切ることが、マハティール氏には許せなかったのだ。
 鈴木氏はその後もマレーシアとの親交を深め、退職後も現地に居を構え、マレーシア日本人商工会議所会頭を務めた。マハティール氏にとって一番親しい日本人で、その日本びいきは鈴木氏によるところが大きい、と加藤氏は解説している。
 律義さ、真面目さ、恩を忘れない精神……マハティール氏は日本人の美徳をそうしたところに見ているようだ。そのうえで、バブル期以降低迷してきた日本人に対して、誇りをもって、立ち上がってほしい、というメッセージを常に送っている。
 その期待を裏切ってはならないだろう。
デイリー新潮編集部
2018年7月9日 掲載



池上彰氏「ニュースは、芸能人ではなくにゅーすのプロが伝えるべきだと思っています」2018/06/06 よりり転載記事
Q ニュースに芸能人が出すぎ。池上さんはどう思いますか?

 TOKIOの元メンバー・山口達也氏の事件を受けて、『ビビット』(TBS)でMCを務める国分太一さんが番組冒頭で謝罪をするなど、最近はテレビのワイドショーや報道番組に、ジャニーズをはじめ、たくさんの芸能人が出ていることに気づかされました。芸能人がこれほど報道に大きく関わっていることについて、池上さんはどのようにお考えでしょうか?(30代・男性・会社員)

A ニュースを伝えたり、解説したり、コメントしたりする役割を芸能人が務めることには違和感を禁じ得ません。

 個々の番組の方針について私はコメントすべき立場にありませんが、少なくともニュースを伝えたり、解説したり、コメントしたりする役割を芸能人が務めることには違和感を禁じ得ません。

 人気タレントが画面に出ていれば視聴率が稼げるだろうという、さもしい発想が透けて見えます。

 ニュースキャスターがニュースを伝え、その聞き手に芸能人がいるという演出はありだとは思いますが、芸能人がニュースを伝えるのは国際的に見て日本ならではの奇観です。

c 文春オンライン 『ビビット』のMCを務めるTOKIOの国分太一氏 c文藝春秋

 たとえばイギリスのBBCやアメリカのCNNのニュースを見ると、画面に登場するのは男女ともに経験豊富なベテランジャーナリストです。そもそもアナウンサーという職種自体がありません。番組のナレーションをする仕事はナレーターといいます。

 ニュースを伝えるのは、現場での取材を積み重ねてきたジャーナリスト。ジャーナリストならではの視点でニュースを伝えます。これまでニュースに関心のなかった芸能人にカンペを読み上げさせるのは不思議な光景です。ちなみに「カンペ」とはカンニングペーパーのこと。言うべき内容が画用紙に書いてあり、アシスタントディレクターがカメラの横に掲げて読ませるのです。

 中にはカンペの文章が読めない人もいますし、カンペの文章が間違っていたりすることもあります。

 日本のテレビ界では、プロの仕事はプロに任せるというルールが確立していません。ニュースはニュースのプロが伝えるべきだと思っています。きっと私は古いタイプの人間なのでしょうね。


msnニュースより転載記事
プレジデントオンライン
2018 5 30 宇山卓栄


朝鮮半島の"再属国化"を狙う習近平の誤算


開催が不透明な状況にある米朝首脳会談。混乱の背景について、著述家の宇山卓栄氏は「北朝鮮の後ろ盾として介入姿勢を強める中国を、アメリカが牽制したのだろう」とみる。その構図を読み解くには、123年ぶりに朝鮮半島の「属国化」を狙う習近平と、中国を利用しつつ干渉は避けたい金正恩という、両国の約2000年の歴史についての知識が必要だ――。

2000年に及ぶ隷属関係

5月24日、トランプ米大統領は突如、米朝首脳会談の中止を表明しました。それに先立つ22日、同大統領は金正恩・朝鮮労働党委員長が、習近平・中国国家主席と2回目の会談をしてから「態度が少し変わった。気に入らない」と発言しています。

27日、トランプ大統領は再び会談に応じると表明しました。会談の主導権はアメリカにあると、明確に示した格好です。24日の会談中止表明は、北朝鮮への介入を急激に進めつつある中国への、アメリカの牽制だったと考えられます。

漢の武帝が紀元前108年、楽浪郡を朝鮮に設置して以来、朝鮮半島は約2000年間、中国の属国でした。高麗(こうらい)王朝の前半に一時期、独立を維持したことがありましたが、朝鮮はその歴史のほとんどにおいて、中国に隷属させられていたのです。

日清戦争後の1895年、下関条約により、日本は清(しん)王朝に、朝鮮の独立を承認させます。日本は中国の朝鮮に対する属国支配の長い歴史を断ち切りました。それから123年の時を経た現在、中国は朝鮮半島を再び属国にしようとする野心を隠しません。

中国が目論む二つのステップ

中国は10年〜20年くらいの時間をかけて、朝鮮の再属国化を実現することを考えているようにみます。第1段階では、経済支援を通じ、北朝鮮を中国資本の傘下に組み入れます。北朝鮮の立場を強化したうえで、第2段階として、北朝鮮に南北朝鮮の連邦制統一を主導させます。韓国に文在寅政権のような左派政権が現れたことも、赤化統一の追い風になっています。

この二つの段階を経て、中国は朝鮮半島への支配を復権させることができます。普通に考えれば、妄想のように思えるかもしれませんが、中国はこういう妄想を実行する(実行した)国であることをよく認識しておかねばなりません。

2018年の3月に開催された全国人民代表大会(全人代)で、2期10年の国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正が承認され、習近平主席が独裁権を固めました。習主席は、いわゆる「習近平思想」を国の指針として憲法に盛り込み、中国の国益拡大を狙っています。中国の世界戦略は、これまでのフェーズとは全く違う段階に入っているのです。
中国とむしろ距離を置いてきた歴代「金王朝」

とはいえ北朝鮮のほうは、簡単に中国の支配下に組み込まれる気はないようです。

中国は以前から、北朝鮮を中国資本の傘下に組み入れようと画策し、北朝鮮に「改革開放」を迫ってきました。金正恩委員長の父の金正日は、2000年5月の最初の電撃訪中以降、2011年までに合計8回、訪中しています。その度ごとに、江沢民や胡錦濤は上海の経済特区を金正日に見学させるなどして、共産主義体制を維持しながら資本主義的な市場開放を行うことは可能だと示し、北朝鮮も中国にならって改革開放路線を歩むべきと説得しました。

しかし、金正日はこれを拒否し続けました。表向きは、「経済の自由化は政治の自由化を求める危険な動きとなる」ということでしたが、実際には「中国の介入を受けるのがイヤだ」ということだったのでしょう。

金正恩も露骨に中国を嫌い、中国を「1000年の宿敵」と呼んでいました。これは前述のように、朝鮮が長年中国の属国であった歴史的経緯を踏まえての発言です(歴史的な事実に基づけば、「2000年の宿敵」と言わなければならないところですが)。さらに2013年には、親中派の代表格で、改革開放を推進しようとしていた叔父の張成沢(チャン・ソンテク)を処刑します。これ以降、北朝鮮と中国との関係は急速に冷え込みました。

そこへトランプ大統領が登場し、北朝鮮への圧力政策を進めたことで、北朝鮮は窮地に陥ります。中国はこれを好機と見なしました。北朝鮮のクビが絞まれば絞まるほど、中国の差し伸べる「救いの手」は高く売れるからです。

習近平と金正恩は何を話し合ったのか?

ところが、北朝鮮は簡単には中国の「救いの手」を握りませんでした。北朝鮮は韓国を仲介にして、アメリカへ抱き付いたのです。この抱き付き作戦が予想以上に効果を発揮し、3月8日、トランプ大統領は米朝首脳会談の開催を決めました。

この一連の動きに焦ったのが中国です。中国は、北朝鮮が窮すれば自分たちのところへ頭を下げに来るはずだとタカをくくっていましたが、見事に当てが外れました。3月と5月に、習主席は金正恩と2回にわたって会談。3月の会談は中国側が金正恩を招聘(しょうへい)したもので、5月の会談も中国側の招聘で行われたとみて間違いないと思います。中国は北朝鮮という暴れ馬の手綱を握ろうと必死なのです。

この2回の首脳会談で、中国は北朝鮮に譲歩し、北朝鮮に有利な合意が形成されたことでしょう。これは、アメリカと中国をてんびんにかける北朝鮮の二股外交です。中国が金正日時代から求めている改革開放路線は是認されたものの、「カネも出す、口も出す」とはいかず、「口も出す」部分について、中国は大幅に制約をかけられたとみるべきです。

よくありがちな「北朝鮮が中国に泣きついた」論では、実態を捉えることはできません。北朝鮮はわれわれが考える以上に、外交技術に長(た)けた国です(北朝鮮は、外交官だけは処刑しない)。貧弱な小国でありながら、これまでも、アメリカや中国などの大国に外交上伍(ご)してきました。転んでもタダでは起きないのです。韓国の文在寅政権などが扱える相手でないことだけは確かです。 ただ、トランプ大統領が首脳会談の中止を表明した5月24日以降は、北朝鮮もトランプ大統領にはかなわないと思ったことでしょう。

金日成による朝鮮戦争後の「親中派」粛清

中国は北朝鮮との経済連携を進めていきさえすれば、いずれ北朝鮮を中国資本の傘下に収めることができるという長期的な戦略を描いているでしょうし、それを対アメリカの外交カードに利用することもできます。そこで、まずは北朝鮮と経済連携をすることを急いだのです。習主席は5月16日、北朝鮮の訪中使節団に対し、「金正恩委員長と2度も会い、両国の関係発展の共通の認識を持つことができた」と述べました。

しかし、過去に、中国は北朝鮮に痛い目に合わされています。1950年に勃発した朝鮮戦争で、中国は北朝鮮を支援しました。戦後、毛沢東は北朝鮮への影響力を強め、属国にしてしまおうともくろんでいましたが、失敗します。中国は北朝鮮内の「延安派」と呼ばれる親中派の一派と連携していましたが(延安は1930年代後半の中国共産党の本拠地)、金日成はスターリン批判(1956年)以降の中ソ対立の隙を突いて、延安派を速やかに処刑していきました。

1959年、毛沢東の大躍進政策に対する批判が巻き起こり、中国指導部で内部紛争が生じたとき(彭徳懐の失脚)、金日成は「延安派」を完全に根絶やしにしました。中国は混乱に巻き込まれている間に、北朝鮮支配の足場を失ってしまったのです。中国共産党の対北朝鮮政策は、このように失敗続きでした。

北朝鮮は金日成時代と同じように、中国を都合よく利用しつつ中国の影響力は断つという方法を、今後模索していくと思われます。今日の習政権が、経済連携を通じて北朝鮮という暴れ馬の手綱を完全に握ることができると考えているなら、大きなしっぺ返しを食らうでしょう。中国の「朝鮮属国化構想」を阻止するうえで最も大きな力を発揮するのは、アメリカではなく北朝鮮かもしれません。

「二股外交」はどこまで通用するか

もっとも、アメリカと中国の両方を利用しようとする北朝鮮の二股外交が、トランプ政権にどこまで通用するかはわかりません。

北朝鮮はこれまで、中国の支援を背景にアメリカに対して強気なアプローチを展開し、ペンス副大統領を罵倒までして揺さぶりをかけていました。ところが、トランプ大統領が突然会談中止を表明したことで、北朝鮮のこうしたアプローチはピシャリと退けられました。同時に、裏で策動していた中国の影響力も、一定のレベルで低下しました。

会談中止の発表直後、中国の「環球時報」は「信義にもとる行為」などという言葉を使って、トランプ大統領を批判する記事を掲載しました。一方で、同じ記事内では「アメリカが北朝鮮に対する軍事的圧力を高めないことを望む」と記され、中国のアメリカに対する屈服をうかがわせる内容となっています。

北朝鮮問題はその本質において、アメリカと中国の二大国の駆け引きであり、「米中冷戦」と呼ぶべき現在の危機構造の一部として存在しています。アメリカにとって、北朝鮮に譲歩することは、中国に譲歩することと同じなのです。「ドラゴンスレイヤー」と呼ばれる対中強硬派で占められたトランプ政権の中枢は、そのことを最もよく理解しています。

宇山卓栄(うやま・たくえい)

著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『「民族」で読み解く世界史』(日本実業出版社)などがある。(写真=AFP/時事通信フォト)

産経デジタルより転載記事
立憲民主党 セクハラ問題で財務省追及もスネに傷 身内に甘い?

2018.4.24 10:00
【野党ウオッチ】

 財務省の福田淳一事務次官(58)のセクハラ問題が国会を揺るがしている。立憲民主党など野党6党は麻生太郎財務相(77)の辞任などを求め、国会審議を拒否する一方、合同ヒアリングを連日開き、財務省への追及を強めている。ただ立憲民主党はセクハラ問題を起こした議員を抱える。その議員には資格停止処分などにとどめており、麻生氏らの辞任を求める一方で身内のスキャンダルには甘いとの批判も出ている。

 「福田次官の本日中の処分と謝罪を求めたい。本日中に処分しなければ明日の閣議で辞任が認められる。そうなると退職金が満額出る。それが許されるのか」

 23日、国会内で開かれた財務省のセクハラ問題に関する野党合同ヒアリングで、立憲民主党の尾辻かな子衆院議員(43)が口火を切った。福田氏の辞任が24日の閣議で認められれば、福田氏には約5300万円にも上るとされる退職金が支払われる。「それでは国民は納得できない」として閣議で辞任が認められる前に福田氏を懲戒処分にするよう財務省側に迫ったのだ。

 野党側はセクハラ問題発覚後、頻繁に合同ヒアリングを開いて福田氏や財務省の対応を厳しく追及している。セクハラ問題と森友学園問題で事務次官と国税庁長官がともに辞任し、不在という異常事態を招いた麻生氏の辞任を要求し、安倍晋三政権を退陣に追い込みたい考えだ。

しかし、野党第一党の立憲民主党は麻生氏や福田氏にクビを迫る一方で、自らの党に所属するセクハラ問題を起こした議員には相対的に甘い処分で事態の収拾を図ろうとしているように見える。

 立憲民主党公認で初当選した青山雅幸衆院議員(56)=比例東海=は昨年10月、女性元秘書からセクハラ被害を週刊誌に告発された。これを受け、同党は青山氏を無期限の党員資格停止処分とした。青山氏は今年2月に記者会見し、元秘書の女性と和解が成立したことを明らかにしたが、東海地方の女性地方議員らが青山氏の辞職を求めて署名活動を実施。今月11日には署名簿を同党に提出した。

 しかし、対応した西村智奈美・ジェンダー平等推進本部長(51)は、被害者と和解が成立していることや、すでに処分を下していることから「対応は難しい」と述べるにとどまった。

 同じく立憲民主党の初鹿明博衆院議員(49)=比例東京=は昨年11月、支援者の女性にキスを迫るなどのわいせつ行為の疑惑を週刊誌に報じられた。これを受け党執行部は初鹿氏に6カ月間の役職停止処分を下した。初鹿氏には民進党時代の平成28年末、女性を強引にラブホテルに連れこもうとしたことをこれまた週刊誌に報じられ、党青年局長を辞任したこともあった。

立憲民主党は青山、初鹿両氏とも資格停止処分にとどめているのだ。仮にも同じセクハラ問題で福田氏の処分や麻生氏の辞任を迫るのであれば、身内の議員にも議員辞職を促すくらいの厳しい対応があってしかるべきではないだろうか。

 さらに同党は昨年末、山尾志桜里衆院議員(43)を迎え入れた。不倫で衆院議員を辞職した自民党の宮崎謙介氏(37)を公然と批判しながら、自身の不倫疑惑に対しては「むき出しの好奇心」(神奈川新聞のインタビュー)などと答えた山尾氏は、いまだに十分な説明責任を果たしていない。財務省への追及姿勢と党所属議員への対応はまさにダブルスタンダード(二重基準)であり、これでは身内に甘いとのそしりは免れない。

 もちろん財務省のセクハラ問題に関して事実解明と関係者の責任追及に野党として取り組むべきであることはいうまでもない。

 ただ、自らのスネに傷を抱えたまま、一方ではヒアリングの場で財務省職員に批判を浴びせたり、「#MeToo」と書かれたプラカードを掲げ黒服姿で財務省に“突撃”したりする姿が国民の目にはどう映るのか、今一度思い起こしてみた方がいいのではないだろうか。 (政治部 小沢慶太)

楽天インフォシークより転載記事
国益無視した「倒閣運動」…野党“職場放棄”の愚 民進会見でセクハラ被害女性記者の実名も

夕刊フジ / 2018年4月20日 17時6分


野党は、国民をバカにしているのか。財務省や防衛省の不祥事をめぐり、麻生太郎副総理兼財務相の辞任要求などに応じない与党に対し、新たな国会日程の協議を拒否する方針を決めたのだ。国際情勢が激動するなか、パフォーマンス狙いの「職場放棄」に等しい。閣僚の海外出張も認めない姿勢は、国益を無視した「倒閣運動」といって差し支えない。

 衆院では20日に厚労委員会などを開いたが、野党は質疑に立たず、数時間にわたって議論のない「空回し」が続く見通し。厚労委は、野党が提出した「生活保護法改正案」も議題となり、審議拒否は「自殺行為」にほかならない。

 立憲民主党など野党6党は19日、与党に対し、麻生氏の辞任や、セクハラ発言疑惑がかかる財務省の福田淳一事務次官(58)の罷免など4項目を要求した。

 これに対し、与党は、麻生氏について「全容解明の責任者として職務を果たすべきだ」として、続投の考えを伝えた。

 野党側は、「ゼロ回答だ」と反発し、「徹底抗戦」の構えを見せるが、1日数億円かかる国会審議を拒否して、国民の理解が得られるのか。

 セクハラ疑惑については、恒例となった合同ヒアリングで、希望の党の山井和則衆院議員が「財務省はセクハラを認め、おわびすべきだ。次官、省、麻生氏が政権ぐるみで被害者の首を締め付けている」と批判した。

 であるならば、野党に所属する不倫議員やセクハラ議員が自らバッジを外し、国民に「申し訳ない」「二度と政界に戻らない」と頭を下げ、ケジメをつけるべきだ。賢明な国民は、野党のご都合主義を見透かしている。

 麻生氏や小野寺五典防衛相の米国出張に反対する姿勢には、「的外れ」「筋違い」という言葉しか思い浮かばない。

 もし、麻生、小野寺両氏が、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議や、ジェームズ・マティス米国防長官との会談に出席できず、日本の国益を損なった場合、責任を取れるのか。

 野党6党が旧社会党のような「万年野党」ぶりを発揮するなか、民進党の会見動画で看過できない事態が起きた。

 大塚耕平代表の19日の記者会見で、ある記者が、福田氏のセクハラ発言を告発したテレビ朝日の女性記者の実名を挙げ、それが流れてしまったのだ。ネット上には、女性記者の実名や顔写真が拡散している。

 まともな野党が存在しないことが、日本最大の悲劇といえる。

MSN産経ニュースより転載記事
【加計学園問題】「首相案件」独り歩きに「ばかばかしい漫画」加戸守行・前愛媛県知事が痛烈批判
学校法人「加計学園」の獣医学部誘致を進めた加戸守行・前愛媛県知事は13日、産経新聞の取材に対し「首相案件」などと書かれた文書について「首相に結びつく話ではない」と述べた。野党の追及に対しては「ばかばかしい漫画を見ているようだ」と痛烈に批判した。(今仲信博)

 また、騒がしくなりましたな。

 今回問題となっている愛媛県職員が作った備忘録というメモにある「首相案件」という言葉は、(県職員が面会したとする)柳瀬唯夫元首相秘書官(現・経済産業審議官)が「使うわけがない」とコメントしているのだから、使ってはいないと思う。

 ただ、国家戦略特区を認定する「国家戦略特区諮問会議」の議長が安倍晋三首相だから、それらしい言葉は出ていたのかもしれない。

 仮にそうだとしても、最後は首相が裁くという意味で使ったのではないだろうか。決して鬼の首を取ったように騒ぐことではないし、首相に結びつくような話ではない。首相案件という言葉が、独り歩きしてしまっている。

 野党や一部メディアは「加計ありき」に結びつけたいんでしょう。しかし、メモは、書いた本人の記憶です。すべて録音をしているわけではないでしょう。普通は10日ぐらい前の話を思い出しながらダイジェストでメモを作るものですよね。

 首相案件という言葉は、役人は普通使いません。首相や大臣の「マター」というような言葉はよく使う。今回の場合に照らすと、首相が最後に裁くという意味での「マター」。だから、推理だけを言えば、首相マターというのを首相案件とメモにしたのかもしれませんね。

 今回、メモが出てきて、国が地方を信用しなくなるのではないだろうか。愛媛県は何でもメモにして外に出すと思われると、国の対応は不親切になるでしょう。もともとは知事や副知事に説明するための材料だったのに、やりとりしたメモが外に出るようでは、信用してもらえなくなる。

 愛媛県職員は、みんな真面目です。一生懸命、アヒルの水かきでも何でもやる。獣医学部を誘致するためには、いろいろなことを訴えたのだろうと思う。

 ただ、もし官邸に行って話をつけるなら、部長や副知事ぐらいが行かないといけない。課長らが官邸を訪問したという今回のケースは、手続き論かと思っている。国側が知恵をつけるということぐらいはあったのかもしれない。登山に例えるなら、構造改革特区という登山口は厳しいけれど、国家戦略特区という登山口がある。民間議員が一生懸命に道を開こうとしているから「こっちの方が登りやすいよ」とね。登山口を教えたというだけで便宜をはかったというのは、どうかと思う。

 私が官邸側の人間だったらやりますよ。愛媛県は内閣府に何回も蹴飛ばされてかわいそうだと思って助言するでしょうね。農林水産省と文部科学省が日本獣医師会の意向を受けて愛媛県の申請をはね返しているのだから。それならば、登山口を知っていながら教えない方が不親切だ。

 私は平成25年5月と10月の教育再生実行会議の場で、首相に四国での獣医学部新設を要請した。加計学園とか固有名詞は出さずに、岩盤規制でできない、何とか再生会議の提言に入れてもらえないかと頼んだが、首相は興味なさそうな顔で聞いていた。

 私が発言したから、愛媛県は獣医学部新設のために頑張っているというようなことは頭に入ったかもしれないけれど、(首相の関与があったなら)あんなに無反応なのは、よほどのポーカーフェースだと思う。その後、内閣府からは申請を断られている。首相がちょっとでも関心があったなら、あんな反応にならないと思う。

 野党や一部メディアは、加計学園の岡山理科大獣医学部が開学しちゃって攻め手を失ってきている中、首相案件というメモが出てきて、たたくのにいい材料が見つかったと思っているのかもしれない。防衛省の日報問題、森友学園の財務省決裁文書改竄(かいざん)問題、そして今回のメモの3点セットで文書攻撃をやるにはいい材料だという考えでしょう。憲法改正を阻止するためのくだらん攻撃ですね。最後の悪あがきです。だが、メモは職員が備忘録的に作ったものであり、公文書ではない。

 一国の政党の代表が、文書で首相案件だなんだと、あほらしくて予算委員会も見ていられない。世界はめまぐるしく動き、日米首脳会談を控え、北朝鮮問題もある中で、やれメモが出てきただの、これが正しいだの…。まるで、ばかばかしい漫画を見ているようだ。

 かと・もりゆき 昭和9年、旧満州・大連生まれ。東大法卒。32年、文部省(現文部科学省)入省。平成11年、愛媛県知事選に立候補し初当選。3期12年務めた。知事在任中は、獣医師が不足する四国への獣医学部誘致に尽力した。

"叱られたことのない人"を叱ると殺される

4/19(木) 9:15配信ヤフーニュースより転載記事(プレジデントオンライン)


滋賀県彦根市で交番勤務の19歳の男性巡査が、同僚の41歳の巡査部長を拳銃で射殺した。精神科医・片田珠美氏は、「加害者は『間欠爆発症』の可能性がある」と語る。怒りや攻撃衝動を制御できない衝動制御障害で、「これくらいのことであんなに怒るなんて」という人は、このタイプかもしれない。周囲はどう対処すればいいのか――。


■41歳の巡査部長を撃った19歳巡査は「間欠爆発症」か

 滋賀県彦根市の滋賀県警彦根署河瀬駅前交番で、19歳の男性巡査が、同僚の41歳の巡査部長を拳銃で撃って殺害した。殺人容疑で逮捕された巡査は、「罵倒されたので撃った」などと話しているようだ。

 もっとも、「罵倒された」というのは加害者側の主張であり、死亡した巡査部長が本当に罵倒したのかどうかについては、確認のしようがない。なぜ、この巡査は巡査部長を射殺したのだろうか? 

 ▼軽口や冗談も引き金「間欠爆発症」の可能性

 まず考えられるのは、この巡査が「間欠爆発症」である可能性だ。間欠爆発症は、怒りや攻撃衝動を制御できない衝動制御障害の一種であり、かんしゃく発作、激しい口論や喧嘩、他人への暴力、モノへの八つ当たりによる破壊などを繰り返す。こうした爆発は、きっかけとなるストレスや心理社会的誘因と釣り合わないほど激しい。しかも、衝動的で計画性がない。

 平たくいえば、「これくらいのことであんなに怒るなんて信じられない」と周囲が驚くほど過剰反応するのが、間欠爆発症の人である。軽口や冗談などの悪意のない言葉でも、爆発の引き金になりかねないので、周囲はしばしば困惑する。「かんしゃく持ち」「すぐキレる」などと陰口を叩かれることも少なくない。

 この巡査が本当に「罵倒されたので撃った」のだとしても、同僚を拳銃で撃つのは、罵倒という誘因と釣り合わないほど激しい反応だ。客観的に見ると過剰反応である。

 さらに、単に叱責されただけなのに、この巡査が「罵倒された」と受け止めた可能性も否定できない。そうだとすれば理解しがたいほどの過剰反応ということになる。

 間欠爆発症の人が傷害事件や殺人事件を起こす危険性は、一般の人よりも高い。たとえば、2016年7月、神奈川県平塚市の雑木林で、高校3年の男子生徒が遺体で見つかり、その後、自称土木作業員の20歳の男が、男子生徒のバイクに乗用車を衝突させ、死亡させたとして、殺人の疑いで逮捕された。この男は、「横を通った男子生徒がにらみつけてきた気がして、追いかけて追突した」「追い越されたときにガンをつけられ、頭に血が上った」などと供述したようだが、どう見ても過剰反応である。

 たしかに、運転中に追い越されると、怒りを覚えて頭に血が上ることはあるだろう。ただ、にらみつけてきたと感じ、ガンをつけられたと受け止めたのは、被害者意識が強すぎるからではないか。死亡した男子生徒が実際ににらみつけたのかどうかは今さら確認のしようがないが、少なくとも、逮捕された男の逆上の仕方は、状況を客観的に見ると過剰反応である。したがって、間欠爆発症の可能性が高い。

 間欠爆発症の人の多くは自覚がなく、自分から精神科を受診することはまれだ。ほとんどの場合、警察沙汰になってはじめて精神科医の診察を受け、その結果、間欠爆発症と判明する。
若い社員に注意すると「パワハラだ」と叫ばれる時代

 困ったことに、間欠爆発症に限らず、過剰反応する若者が最近増えている。そのため、指導する立場の上司や先輩が困惑することも少なくない。

 たとえば、ある会社に女性の新入社員が入ってきた。ミスが多かったが、「誰でも最初はそういうもの」と上司は自分に言い聞かせながら、我慢して指導していた。彼女にはもう1つ指導すべき点があった。遅刻癖だ。正当な理由のない遅刻は、社会人として失格である。仕事のミスは仕方がないとしても、遅刻癖は直してもらわないと他の社員にも示しがつかない。そこで、上司は女性社員を呼び出して口頭で注意した。

 上司が注意したところ、女性社員はその場でワッと泣き出し、「ひどい。そんな言い方をするなんて、パワハラです! 」と叫んだ。上司は指導するつもりで注意したのに、逆に非をなじられて困惑し、それ以上何も言えなくなってしまったという。

 しかも、彼女の反撃は、その場にとどまらなかった。上司の上司にパワハラ被害を相談したのだ。そのため、上司は人事部から呼び出されて、事情説明をする羽目になった。

 この女性社員は、遅刻癖という自分自身の非を認めたくないからこそ、自分がパワハラの被害者であるかのように装ったのだろうが、どう見ても過剰反応である。このように被害者のふりをして、叱責や非難をかわそうとする社員は要注意だ。

 こういう社員は、絶えず「自分は悪くない」と主張する。そのためには何でもするが、この女性社員のように被害者を装って、“加害者”とみなす相手を糾弾する場合もあることを忘れてはならない。

 ▼「僕は、親にも教師にも怒られたことがないんです」

 別の会社では、20代の一流大学出身の新入社員の男性に手を焼いたらしい。はじめての業務ばかりだから、わからないことがあって当たり前なのに、上司にも先輩にも一切質問せず、自己判断で進めてしまう。そのため、何度も取引先からクレームがきたので、上司が「わからないことがあったら、必ず聞きなさい」と注意した。

 しかし、その後も相変わらず質問せず、自己判断で進めることをやめなかった。そして、ついに多額の損失を出してしまった。取引先にも迷惑をかけたので、上司が取引先に謝罪に行ったのだが、当の本人は反省するどころか、「僕は、こんな小さな取引をするために会社に入ったわけではありません。もっと大きな仕事をさせてください」と上司に直訴した。

 そのため、上司が「お前、自分が何をやったか、わかっているのか」と怒鳴ったところ、新入社員は「僕は、親にも教師にも怒られたことがないんです」と答え、翌日から出勤しなくなった。

 後日、「適応障害のため、休養加療を要する」という趣旨の診断書が送付されてきて、数カ月間休職した。その間、この新入社員は、「(怒鳴った上司の)パワハラではないか」と社内の相談室で訴えたらしく、上司も事情を聞かれたが、「パワハラではない」という結論が出た。ただ、上司は、自分が怒鳴った理由や新入社員が損失を出した経緯を説明するのに時間とエネルギーを費やし、疲れ果てたという。
自分自身を過大評価「オーバークレーミング」の生態

 この新入社員が「親にも教師にも怒られたことがない」のは、おそらく本当だろう。学業優秀だったので、大学を卒業するまで親にも教師にも叱られた経験がないまま、就職したのではないか。

 当然、自尊心は高いはずで、自分は何でも知っていると思いたがる。こういう知ったかぶりを心理学では「オーバークレーミング」と呼ぶが、この新入社員はその典型のように見える。

 「オーバークレーミング」の新入社員は、わからないことがあっても、一切質問せず、自己判断で進めてしまった。これは自信過剰のせいだろう。こうした自信過剰は、自分自身を過大評価しているせいである。

 ▼「注意するのが怖い」という上司「自己愛過剰社会」の弊害

 この手の新入社員が最近増えているようで、企業の管理職の方と話すたびに、「どう対応すればいいのかわからない」「注意するのが怖い」という声を耳にする。

 その背景にあるのは、「自己愛過剰社会」とも呼べるほどナルシシズムが蔓延した日本社会だ。その一因に自尊心の過度の重視があるのではないか。

 もちろん、自尊心は大切だと私も思う。ただ、自尊心の重要性が強調されすぎた結果、勘違いした親や教師が増えているように見える。

 どう勘違いしているかというと、ほめれば、ほめるほど、能力が伸び、成績が上がると思い込んでいる。なかには、わが子に「お前は特別だ」と言い、望むものを与えれば、自尊心を高められると思い込んでいる親もいるようだが、残念ながらそれはナルシシズムに火をつけるだけだ。

 結局、「本当は駄目なのに自分をすばらしいと思うのはナルシシズムへの近道なのだが、多くの親と教師はそれを自尊心と呼び換えて日々子供を励ましている」(ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル『自己愛過剰社会』)。

 このように子どもを甘やかし、ほめそやす風潮に拍車をかけているのが少子化だ。まるで王子様や王女様のように子どもを大事に育て、自尊心を傷つけてはいけないとの配慮から、叱らない親が多い。

 一方、教師の多くは、目に余る言動があれば生徒に注意すべきだと思ってはいるものの、なかなか叱れない。へたに叱ると、親に怒鳴り込まれかねないからだ。

 ある小学校では、校長が「今は子どもの数が少なくて、どの保護者もちょっとしたことに文句をつけるし、教育委員会に通報されては大変なので、気をつけてください」と日々教師に注意しているらしい。それだけ親からクレームがくるわけで、多くの教師は親からのクレームに戦々恐々としている。

こうすれば殺されない「正しい叱り方3か条」

 このように、親が叱らないだけでなく、教師も叱りたくても叱れないのが現在の日本の教育の現状だ。その結果、少々のことは許されると思い込み、自分の過ちは決して認めない子どもが増えている。

 こういう子どもが成長して新入社員として入ってくるわけだから、上司や先輩としては、自尊心を傷つけないように配慮する必要がある。「勝手に『できる』と勘違いしているのは新入社員のほうなのに、なぜ指導する立場の自分が配慮しなければならないのか」と納得できない方もいるだろうが、ここで紹介した上司のような目に遭いたくなければ、配慮するのが賢明だ。

 配慮すべき点は、次の3つである。

 (1)できるだけ丁寧な言葉で話す
(2)何ができていないのかを具体的に説明する
(3)侮辱と脅迫は禁物

 まず、(1)の「できるだけ丁寧な言葉で話す」のは、相手との間に適度の距離感を保つためである。過剰反応しかねない新入社員は取扱注意の“危険物”と認識し、“危険物”を触るときの手袋として丁寧な言葉を用いるべきだ。

 (2)の「何ができていないのかを具体的に説明する」のは、「お前は駄目だ」と言われることに耐えられない新入社員が多いためである。自尊心の傷つきを恐れるあまり、ちょっとした注意や叱責でも、自分への批判や非難と受け止めて過剰反応することを精神医学では「拒絶過敏性」と呼ぶが、このような傾向が認められる若者が増えている。そういう若者に「だから、お前は駄目なんだ」などと言うと、とんでもないことになる。「お前が駄目なわけではなく、お前がやったこの仕事に問題があるのだから、直してほしい」という論法で対応するしかない。

 (3)の「侮辱と脅迫は禁物」というのは当たり前だが、とくに「拒絶過敏性」の傾向を持つ新入社員を指導する場合は肝に銘ずるべきだ。侮辱は敵意をかき立てるし、脅迫は恐怖を植えつける。敵意と恐怖にさいなまれた新入社員は、「窮鼠猫を噛む」のことわざ通りパワハラをでっちあげかねない。そうなれば困るのは指導する立場の上司や先輩なので、わが身を守るために気をつけていただきたい。

精神科医 片田 珠美 写真=iStock.com

MSNニュースより転載記事
ハングル表記のポリタンク、山陰に大量漂着…中に強酸性液体、韓国側の違法行為のツケ回される

島根県の日本海沿岸に3月、ポリタンクが大量に漂着した。その大半にハングル表記がみられ、一部には強酸性液体の内容物が確認された。ポリタンクの漂着は近年、日本海沿岸を中心に増えており、同県では昨年2?3月にも約3千個が流れ着いた。歓迎されざる“冬の風物詩”となりつつある状況に、沿岸自治体は困惑している。

 3月2日午後2時ごろ、同県出雲市の海岸部をパトロールしていた県出雲県土整備事務所の職員が、湊原海岸にポリタンクが21個漂着しているのを発見。周辺を巡視した結果、約17キロの範囲で538個のポリタンクを確認し、その大半にハングルの表記がみられた。

 県は他地域にも漂着しているとみて、巡視を強化。16日までに、同市など7市町で2301個の漂着を確認、2124個が回収された。このうち、182個に内容物があり、検査を終えた162個のうち96個に強酸性、8個に弱酸性、2個に弱アルカリ性の液体が残存していたことが分かった。漂着はこれ以降、目立ってはないという。

 一方、ポリタンクの漂着は近隣でも相次いでみつかり、鳥取県では3月12日までに161個を回収。山口県や兵庫県、京都府などでも確認された。島根県によると、流れ着く量は近年増えており、平成28年には県内で4051個に上った。

 ポリタンクの大量漂着について、関係者は「韓国のノリ養殖に伴う化学物質の違法な使用が関わっているケースが多い」とみる。ポリタンクに社名が表示されていたある韓国系企業は「私たちが不法投棄したと疑われ、心外だ」と憤る。

 担当者によると、この会社はノリ養殖向けなどに製品の過酸化水素などをポリタンクに入れて販売しているが、ポリタンクの中身を塩酸に詰め替えて転売されるケースが相次いでいるという。塩酸は漁民の多くがノリ養殖の際に異物を取り除くため使っているが、使用は禁じられている。当局も取り締まりを強化するが、塩酸などが残ったポリタンクの不法な海洋投棄が後を絶たないという。

 同社は不法投棄を根絶するため、政府に取り締まり強化を要請。使用済みポリタンクの回収率を高め、2次利用されるのを防ぐ努力も続けている。

 日本に流れ着くのはポリタンクだけではない。近年はさまざまな海洋ごみが漂着している。

 環境省がまとめた漂着状況(平成28年度)は、ポリタンク1万6029個(20道府県)▽医療系廃棄物2089個(10県)▽漁具18万6465個(14道県)▽電球類2430個(12道県)など。ポリタンクについて同省は韓国に再発防止の徹底などを要請した。 

 ポリタンクの漂着が突出して多い島根県は、中身を検査した上で強酸性やアルカリ性の残留物は専門の業者に委託して処分。空のポリタンクは県や各自治体の予算で処分している。それらの経費も軽視できず、国へ対策を要望しているという。

 県防災危機管理課の担当者は「何よりも重視するのは、ポリタンクの残留物などで危害を受ける人が出ないこと」といい、3月中旬に事態が落ち着きをみせるまで、沿岸自治体や住民に注意喚起を続けてきた。

 この時期に漂着が多いのは、海流の向きと関係しており、担当者は「日本海の地形的、気候的な要因から島根への漂着が多いのはある程度やむを得ないが、事態の改善に向けて政府が韓国にしっかり働きかけてほしい」と話している。

約束を反故にした旧ソ連に次ぐ、条約を守らいない国ナンバー1 韓国2018/03/15
慰安婦合意反故「法より正義の国・韓国」


日本国内に“韓国疲れ”が広がっています。「どうして約束を守らず、ゴールポストを勝手に動かすのか」。慰安婦問題には同情的だった人たちさえ、さすがに呆れています。

 文在寅(ムンジェイン)政権が日韓慰安婦合意(以下、日韓合意)について、年頭に「新方針」を発表したためです。「両国が公式的に合意をした事実は否定できない」故に破棄や再交渉は否定しながらも、「日本が真実を認め、被害者の女性たちに心を尽くして謝罪し、それを教訓に再発しないよう国際社会と努力するとき、(元慰安婦の)おばあさんも日本を許すことができる。それが完全な解決だ」と、日本側に追加措置を促しました。また、日本が元慰安婦の支援財団に拠出した10億円は使わず、韓国が同額を支出すると述べました。

安倍首相と文大統領 c共同通信社

 2015年12月に朴槿恵(パククネ)政権下で結ばれた日韓合意で、韓国政府は「この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」したはず。ところが文在寅政権に代わった途端、日韓が合意に至る外交過程の検証を行ない、結果として出てきたのが、「新方針」です。

 しかし、合意は合意。それを政権が代わるごとにひっくり返されては、外交が成り立たない。そう考えるのが国際的常識です。しかし、今回見せつけられたように韓国には、その常識が通じないことがある。それはなぜか。そして、そんな隣国と日本はどう付き合っていけばいいのか。

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 木村幹氏(51)は、神戸大学大学院国際協力研究科の教授。比較政治学と朝鮮半島地域研究を専門とし、『日韓歴史認識問題とは何か』などの著書がある。

 日韓関係の内情に通じ、慰安婦合意の交渉過程では、朴槿恵大統領のブレーンから相談を受けた。現在の文在寅政権に近い人物の間にも知己が多い。

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法よりも正義を優先する韓国

 韓国が日韓合意を反故にしようとした最大の理由は、韓国人の民主主義に対する考え方に見いだすことができるかもしれません。端的に言えば、それはかなり直接民主主義に寄っています。国民が到達した「正しい」意見に従い、反映するのが政治の役割だという考え方です。

 朴槿恵大統領の弾劾が典型です。大規模なろうそくデモをテレビが報じるときの決まり文句に「これは国民の命令だ」というものがありました。国民が望み、命じているのだから、当然弾劾されるべき。結論が先にあって、民衆の「正しい」望みは実現しなければならず、実現のために知恵を出すのが、法律家であり裁判所だという理解。正義は法より上にあるものだから、国民が何が正義かについての合意に達すれば、それに合わせて法の方を変えなければならない、と考える。国際的な合意についても同様です。それが韓国の民主主義です。ある意味、極端な理想主義を奉じている人々と言っても良いでしょう。

 だから世論が正義を見つけたら、それに従うのは当然だと考えられ、反論するのは難しい。それは行き過ぎれば、危ない側面も持っています。しかし、その考え方が、朴正熙(パクチョンヒ)、全斗煥(チョンドファン)と続く軍の力を背景とした抑圧的な政権に対して、粘り強く民主化を求める原動力となったことも事実です。民主化を求める勢力は、「悪い軍事政権が国民に押しつけた憲法や法律だから、それらは『正しい』憲法や法律ではない。だから我が手で『正しい』憲法や法律を作り直さなければならない」と国民に呼びかけ、民主化を実現しました。そのため韓国の人々はこの考え方の「正しさ」に自信を持ち、それに従って、民主化以後の社会を築いてきました。

 つまり、韓国は日本に対してだけゴールポストを動かしているわけではなく、国内政治でも常に動かし続けています。動かしているというより、常に「正しい」サッカー場の在り方を模索し、「正しい」サッカー場を普請しているような感じです。

 日本は、まったく逆の傾向を持っています。たとえ正義にもとる悪法だとわかっていても、法律を変えるまでは、それに従うべきだと考える傾向がある。正義のためであっても、法を破って直線的に、それを実現するのは間違っていると考える。日本は憲法でさえ、一度も自分で改正したことがありません。

 かように同じ民主主義について、日本と韓国では考えが違う。だから話が噛み合わない。

 しかし、ここで注意すべきは、このような韓国の民主主義についての考え方は、必ずしも孤立したものではない、ということです。イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ大統領など、グローバル化に伴い、かつて国政を牽引してきた統治エリートに対する信頼が揺らぎ、それへの反発から国民の声を直接体現するような政治が世界中で求められるようになってきました。民主主義の「ポピュリズム」化です。ある意味では、韓国はこれらの国々がポピュリズムに突入する以前から、ポピュリズムをやっている。1980年代の民主化、1997年のIMFショックなどの経験によって、既成統治エリートの国政への影響力が、繰り返し排除されてきたからです。

合意は日本に「有利」だった

 とは言え、それは韓国の「ポピュリズム」を前にして、日本が匙(さじ)を投げていい、ということではありません。冒頭で述べたように文在寅政権は、1月に「新方針」を発表したものの、日韓合意の再交渉は求めていません。つまり、その意味では日韓合意はちゃんと生きています。しかも、この合意は日本にとっては明らかに「有利」な内容でした。

 ここで日韓合意の主な5つのポイントを振り返っておきましょう。

(1)旧日本軍の関与と日本政府の責任を認める。

(2)安倍首相が元慰安婦におわびと反省を表明する。

(3)日本は韓国が元慰安婦の支援を目的として設立する財団に10億円を拠出し、協力して事業を行う。

(4)この合意をもって、問題を最終的かつ不可逆的に解決する。

(5)韓国は在韓日本大使館前の少女像の撤去に向けて努力する。

 なぜ、これらの内容が日本にとって「有利」なのか。

 その最大の理由は、韓国政府や挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)を中心とする慰安婦支援団体が20年来、要求してきた日本政府による法的賠償を、韓国側が放棄したことです。1995年のアジア女性基金が頓挫してしまったのは、韓国側が日本政府による法的賠償でなければ、受け取らないという方針を固持したためでした。

 それに対して、日本政府は一貫して1965年の日韓基本条約及びその付属協定によって「補償問題は完全かつ最終的に解決した」という立場でした。だから、法的賠償は受け容れられない、と主張してきた。

 日韓合意は、この積年の最大の対立点を日本が韓国を譲歩させることで乗り越えました。こうして法的賠償ではなく、(3)のような解決法が採られることになりました。法的賠償ではないかたちで、日本政府が拠出したお金を元慰安婦に渡す(3)の方法は、実は95年のアジア女性基金とほとんど変わりませんし、10億円という規模もほぼ同じです。

 日本は(1)を1993年の河野談話で認めていますし、(2)は92年の宮沢首相以降、幾人もの首相がおわびと反省を述べてきました。

 つまり、日韓合意によって、日本が韓国に対して新たに譲歩しなければならないことは、ほとんどありませんでした。しかも、(4)にあるように、この合意をもって「最終的かつ不可逆的に」この問題を解決できることになり、(5)も韓国に認めさせた。これが日本にとって「有利」でないはずがない。

 しかし、韓国側から見れば、これは外交的「敗北」です。しかも、韓国の朴槿恵政権は保守政権だったため、進歩派に近い挺対協や元慰安婦と何の相談もしないまま、この合意をまとめました。当然、国民は強い不満を持ちました。

 なぜ韓国はそのような譲歩をしてまで日韓合意を飲んだのか。その最大の理由は、アメリカの圧力があったからです。2013年に政権がスタートした当初、朴槿恵大統領は「慰安婦問題で実効性のある解決案が出ない限り、日本と首脳会談はしない」という強硬姿勢でした。

 一方の安倍首相は2013年12月に靖国神社を参拝して、アメリカ世論から厳しく批判されました。2014年4月、日本に次いで韓国を訪問したオバマ大統領は、朴槿恵大統領と会談後の共同会見で慰安婦問題について「恐るべき人権侵害の行為だ。安倍首相や日本国民も、そのことをわかっているはずだ」とかなり踏み込んだ発言もしました。この当時は「韓国優勢」と言われても不思議ではない状況でした。

 2015年4月の日米首脳会談で、安倍首相はオバマ大統領に「河野談話を継承し、見直す考えはない」と明言します。このことの重要性に気づいた人は、あまりいませんでした。河野談話は単なる官房長官のコメントであって、誰に向けた約束でもありません。しかし、現職の首相がアメリカ大統領に向かって「守ります」と言った瞬間、河野談話の順守はアメリカに対する約束になり、国際公約になりました。

 その間に朴槿恵大統領は、中国シフトを進めていきました。当初アメリカは、この動きに表立って注文をつけませんでした。しかし、中国が南シナ海へ積極的に進出し、米中対立が顕在化すると、「韓国はどっちの味方なのか」という批判が噴出した。決定的だったのは、2015年9月に北京で行なわれた「抗日戦争勝利70周年記念」の軍事パレードでした。天安門の楼上に習近平、プーチン、朴槿恵が揃ってパレードを観閲した。このビジュアルのインパクトは強烈でした。アメリカの多くの人々は違和感を持ち、「日米韓の連携を崩しているのは、朴槿恵の側だ。慰安婦問題でも、安倍はちゃんと譲歩しているじゃないか」という風向きになりました。

 そんなアメリカの圧力を受けた韓国政府は、慰安婦問題で結果を出さないといけない状況に追い込まれた。その結果が、2015年12月28日の合意発表になります。

交渉過程の検証は大失敗

 しかし、朴槿恵大統領が弾劾され、2017年に次期大統領を決める選挙戦が始まると、文在寅を含め主要候補の全ては、日韓合意の見直しを公約に掲げました。先ほども述べたように、この合意への韓国国民の根深い不満があったからです。しかも朴槿恵大統領を弾劾した勢いで「悪い朴槿恵がやったことは全部やり直せ」という「正しい」意見が出来上がっていました。

 この国民の「正しい」声を受けて、文在寅政権は正義の名の下に「日韓合意」という法を変えようとした。しかし、何の理由もなしに破棄はできないので、その理由を見つけ出そうと合意過程の検証を行うことにした。最も望ましいのは、交渉過程における日本側の瑕疵(かし)をあぶり出すことですが、最初からそれは難しいだろうと思われていました。明確にあったのは、韓国内部の手続きに致命的な問題があるのではないか、という期待でした。

 合意の時点で存命の元慰安婦は、47人いました。そのうち34人が、昨年末までに和解・癒やし財団を通して1億ウォン(約1000万円)を受け取っています。その事実は、反朴槿恵である進歩派と元慰安婦支援団体にはショックでした。当事者の元慰安婦たちがお金を受け取ることは、彼女らが日韓合意に必ずしも強く反発している訳ではないことを意味しています。合意への反対運動をしている人々にとっては、梯子を外されたも同然です。

 95年のアジア女性基金のときには、61人の元慰安婦が日本からの「償い金」を受け取りました。しかし、この元慰安婦の行為は韓国世論からの激しいバッシングを浴びました。支援団体は、お金を受け取った元慰安婦の名前を公表した上、直接電話をかけて「民間基金のカネを受け取ることは、売春婦だったことを自ら認める行為だ」とも非難した。

 しかし、今回の日韓合意では、韓国の外交部や日本が拠出したお金を元慰安婦に渡す役割を担う和解・癒し財団の努力もあり、34人の元慰安婦がお金を受け取りました。それに対する世論の批判も、ほとんどありませんでした。韓国社会はいつの間にか変わってしまっていた。

 そこで支援団体が考えたのは、元慰安婦たちは騙されたに違いないということでした。平均年齢が90歳を超えたおばあさんに細かい法律的な説明をしても、理解してもらえる保証はありません。1億ウォンを持って行って、押し付けたケースがあるだろうと見込みました。

 もし、騙してお金を受け取らせたとなれば、話は違ってきます。そこで調査を始めたのですが、結論から言うと、彼らの望んだ通りにはなりませんでした。和解・癒やし財団は、元慰安婦のおばあさんたちと交渉する様子の記録を撮っていたからです。あとで揚げ足取りをされないように、「この金はこういうお金で、こういう手続きです。あなたは受け取りますか?」というやり取りを証拠に残していたのです。

「正しい」民主主義を追求し、法よりも正義を優先させ、日韓の外交交渉の過程を公表してしまったことは、今回の日韓合意「新方針」発表に関わる大きな失敗だったかもしれません。なぜなら、それにより韓国外交の国際的な信頼性が極端に損なわれてしまったからです。「正しい」ことをしているのだから全部オープンにすればいい、と韓国流に考えたのでしょう。民主主義の理想としては美しいのですが、外交でこれをやると交渉は難しい。「では、軍事機密も全部オープンにするんですか?」ということになりかねない。

慰安婦記念日という時限爆弾

 では、日本は民主主義や法と正義について正反対の考え方を持つ韓国とどのように付き合っていけばいいのか。

 まず、認識すべきは、文在寅政権にとって、慰安婦問題の優先順位は決して高くないことです。

 1月10日に文在寅大統領が年頭の記者会見をしました。日本では、日韓合意と南北首脳会談についての件だけがニュースになりましたが、実際の演説は冒頭から延々、経済問題が続きました。次に憲法改正の話が出て、そのあとにようやく南北対話。その後、平昌五輪にも触れて、終わり近くになって、ようやく日韓合意の話が入りました。このように日韓外交における慰安婦問題の占めるウェイトは現政権にとって軽い。であれば、向こう側が重視していないこの問題を日本がわざわざ取り上げる必要性は小さい。

 文在寅大統領の慰安婦合意に関わる年頭記者会見を丁寧に意訳すると、「日本が真実を認めて心からの謝罪をしないと、元慰安婦のおばあさんたちは許してくれないので、真の解決にならないと私は思います」という表現です。つまり、思うだけであって要求はしない。奇妙なロジックなのですが、それにより不満を表しつつも、合意は維持するという形を取っている。

 彼らが巧みなのは、ここで「新方針は日韓合意の事実上の破棄だ」という解釈を与党筋に流させていることです。政府が言えないから、与党を使ってイメージを作り、世論を上手く丸め込んだ。ある情報筋によれば、文在寅政権の合意の破棄や再交渉をしないという基本方針は、すでに昨年9月頃には決まっていた。そこから3カ月かけて、このロジックを準備した。公約を実行しなければ野党から責められる。だから早めに「損切り」を行ない、日韓合意の事実上の「棚上げ」をしたのが今回の「新方針」だ、というのが私の理解です。

 繰り返しになりますが、破棄しなかった以上、日韓合意は生きています。しかも、韓国政府は「破棄も再交渉もしません。ただ、慰安婦のおばあさんたちは真の解決を求めています」という一線までしか言えないことを自ら明かすことになりました。

 だから日本は今後もこれまでどおり日韓合意の履行を韓国に粘り強く求めていくことができる。これは議論のスタートラインとして、とても大事です。

 しかし、同時に留意しなければいけないのは、日韓合意には「日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行うこととする」という一文があることです。韓国から「新方針」というボールを投げられて、日本がそれに一切協力しなければ、韓国は「合意の精神は失われたので、日本が事実上慰安婦合意を破棄した」というロジックで迫ってくる可能性もあります。

 もうひとつ時限爆弾があります。韓国政府は8月14日を「慰安婦の日」と決めました。まだ具体的には何も決まっていないと思いますが、今年の8月14日には、その第1回の式典が開かれるでしょう。そこには日本政府なり日本大使館も招待を受けるはずです。そこに誰が出て行って何をするのかが、次の焦点になります。

 在外日本公館の目の前にある少女像についてはどうすればいいのか。それを撤去しないのは、約束違反だと言う人がいますが、日韓合意を虚心坦懐に読めば、撤去はやはり「努力目標」でしかない。だから韓国にその「努力」を繰り返し求めるしかありません。

 ただそれもあくまでソウルや釜山の在外公館の前に立てられている銅像についてのみの話です。韓国以外に設置される少女像に関しては、放っておくしかないでしょう。アメリカの街に少女像が建つと、日本の総領事館から抗議に行きますが、これは実際問題として、わざわざその存在を大々的に宣伝している結果になっている。騒がなければ小さな像が建っただけなので、地元でさえ大きな話題にならないのに、日本政府や日本人が大挙して抗議に行くことでニュースになってしまう。お世辞にも上手い方法とは言えません。

 そもそも第2次世界大戦に関わる過去は日本にとって、美しい過去にはなりえません。たとえば「南京で何があったのか。正確な犠牲者数は何人だったか」を一生懸命議論しても、そもそも戦争を始めたのは日本である以上、日本のイメージが良くなる可能性など始めからない。

 文在寅政権ほど日韓関係に関して何のアプローチもしてこない政権はかつてありませんでした。ある意味では歴代政権で日本を最も軽視している政権だと言ってよい。朴槿恵より前の大統領は、政権出発当初は「日韓関係の改善を」と主張して、いろいろな案を出しました。朴槿恵はその代わりに「慰安婦問題の解決を」と言いましたが、これだって形は違うけど日本への関心の表れ。でも、文在寅は何も具体的な事は言わないし、まだ来日さえしていない。昨年10月に着任した新しい駐日大使の李洙勲(イスフン)は、日本とは縁の薄い人物で、政権内に強い影響力を持っている訳でもない。これらのことは彼らが「日韓関係はこのまま膠着(こうちゃく)状態で構わない」と思っている証拠だと思います。朴槿恵は「中国のほうが日本より重要だ」と言っていたのですが、現在の韓国では、そもそも日中を比較する、などという発想自体が存在しない。米中2カ国が圧倒的に重要で、北朝鮮問題で存在感を発揮するロシアがその次。日本はそこからずっと後ろです。

 安倍首相が平昌五輪の開会式に出席し、首脳会談で日韓合意の履行を求めることになりました。やらないよりはましだと思いますが、それで事態が変わるとは思えません。なぜなら、そもそも今の韓国政府には、日韓関係を改善する積極的な意思がないからです。私はよく「熟年離婚」にたとえるのですが、日韓関係は双方がお互いを必要としていた時代が終わり、気が付けば協力する理由さえ見つけられなくなっている。

 その韓国が日本に対して最も恐れているのは、日韓合意へと韓国を追い詰めた日本のアメリカに対する影響力です。現在、文在寅大統領とトランプ大統領はそれほど仲がいいようには見えませんが、安倍首相はトランプ大統領と良い関係を構築しているように見えます。韓国は日本そのものは怖くなくても、日本がアメリカを動かして、米韓関係が悪化すれば大変です。

 だからこそ日本にとって大切なことは、アメリカ及び国際社会を引きつけることです。2015年には安倍首相がオバマ政権との関係を改善したことが、結果的に朴槿恵大統領を追い込みました。韓国が見ているのは、日本の後ろにいるアメリカなのです。しかし、アメリカも今や自国ファーストなので、ことによると、日本を離れて、韓国に接近することもありえます。日韓合意を生きたものにするには、アメリカと国際社会を味方にしておく不断の外交努力が、これからも必要なのです。

出典:「文藝春秋」2018年3月号

マイクロプラスチック、水道水に含有か 研究者ら警告

AFP BB ニュースより転載記事
2017年9月7日 10:12 発信地:パリ/フランス
【9月7日 AFP】(訂正)水道水から人の体内に入ってくるプラスチック粒子は、年間3000〜4000個に上る恐れがあるとする研究結果が6日、発表された。14か国で収集したサンプルに基づく結果だという。

 プラスチック粒子を体内に取り込むことによる健康リスクは不明だが、過去には、害を及ぼす可能性のある化学物質や細菌がこれら粒子に吸収・放出される可能性があるとの研究結果も発表されている。

 米ミネソタ大学(University of Minnesota)と米ニューヨーク州立大学(The State University of New York)の研究チームによる調査を基に、NPO「オーブ・メディア(Orb Media)」が作成した報告書「Invisibles: The plastic inside us(目に見えないもの:人体内のプラスチック)」によると、対象となった水道水サンプル159のうち、「83%にプラスチック粒子が含まれていることが分かった」という。

 研究の多くは、湖や川、海、大気などを対象にプラスチックごみ汚染の影響を調べたものとなっているが、実際に人が飲む水に光が当てられることはこれまでなかった。水道水を対象とした今回に調査について、研究チームは世界初と主張している。

 水道水サンプルの収集期間は今年の1〜3月で、採取した場所はウガンダのカンパラ(Kampala)、インドのニューデリー(New Delhi)、インドネシアのジャカルタ(Jakarta)、レバノンのベイルート(Beirut)、エクアドルのキト(Quito)の各首都および米国と欧州7か国の複数の都市だ。

 全てのサンプルは、米ミネソタ(Minnesota)州ミネアポリス(Minneapolis)にあるミネソタ大で分析された。

 分析の結果、見つかった粒子の大半は、長さが0.1〜5ミリのプラスチック繊維だった。水道水1リットルに含まれる粒子は0〜57個で、平均すると1リットル当たり4.34個だった。

「水道水の単位体積当たりのプラスチック粒子密度が最も高かったのは北米で、最も低かったのは、総合的に欧州7か国だった」と、研究チームは記している。

■その他の飲食物からも摂取

 男性の場合、1日の飲料水摂取量として推奨されている3リットルを基準とし、飲み物をすべて水道水か水道水で作ったものにすると、毎日14個のプラスチック粒子を摂取する可能性があると、報告書の執筆者らは説明している。女性では、同2.2リットルの摂取で1日当たり約10個の粒子を体内に取り込むことになる。

「この日々の粒子摂取量は、1年間では、男性で4000個以上、女性では3000個以上となる」と研究チームは報告書に記している。

 さらに「これらのプラスチック粒子は、海塩、ビール、シーフード、その他の食品によって摂取される可能性のあるプラスチックに追加される」ことも指摘された。

 1月に発表された研究では、欧州で甲殻類を食べている人の場合、それだけで年間最大1万1000個のマイクロプラスチックを体内に摂取している恐れがあるとされた。

 研究チームは、潜在的な汚染源および汚染経路、そして人の健康リスクなどに関するデータをさらに収集するために調査を重ねる必要があると呼びかけている。(c)AFP

ボトル入り飲料水、90%超でプラスチック粒子混入 米調査

3/15(木) 15:56配信ヤフーニュースより転載

【AFP=時事】米国を含む世界9か国で販売されている主要ブランドのボトル入り飲料水を調査したところ、90パーセント以上で微細なプラスチック粒子の混入が確認されたことが分かった。水をボトルに詰める過程で混入したとみられるという。

【写真】「世界で最も汚染された川」 水質改善に本腰 インドネシア

 調査はマイクロプラスチックに詳しい米ニューヨーク州立大学(The State University of New York)のシェリ・メイソン(Sherri Mason)氏が中心となって行われ、報告書要旨をまとめたNPO「オーブ・メディア(Orb Media)」によると、「広範な汚染」が見つかったという。

 対象はブラジル、中国、インド、インドネシア、ケニア、レバノン、メキシコ、タイ、米国で販売されているボトル入り飲料水250本。その中には、エビアン(Evian)、サンペレグリノ(San Pellegrino)、ネスレピュアライフ(Nestle Pure Life)などの主要ブランドが含まれ、全体の93%からプラスチック粒子が検出された。

 このプラスチック粒子には、ポリプロピレンやナイロン、ポリエチレンテレフタラートが含まれていた。

 メイソン氏はAFPに対し「この調査で見つかったプラスチック粒子の65%はかけらで、繊維ではない」と述べた上で、「プラスチック粒子は水をボトルに詰める過程で混入したと考えられ、そのほとんどはボトルそのものかキャップに使われているものだ」と説明している。

 プラスチック粒子の混入の程度にはばらつきがありボトル1本につき「0個から1万個以上」までさまざまだったという。

 平均すると、水1リットルにつき、「マイクロプラスチック」とみなされる100ミクロン(0.10ミリメートル)サイズの粒子が10.4個、それよりも小さな粒子は325個見つかった。【翻訳編集】 AFPBB News

2018/03/15
盗品だった"もぐもぐタイムのイチゴ
韓国イ
チゴ、9割以上、日本由来だった

平昌オリンピックでカーリング女子日本代表が「韓国のイチゴがおいしい」とコメントをしたことがネット上で大きな話題を呼びました。後半戦の作戦会議と、栄養補給を兼ねてフルーツを食べる姿が「もぐもぐタイム」と呼ばれ、そこで韓国のイチゴを食べていたそうです。微笑ましくも思えるのですが、その背後の実態には暗雲が立ち込めています。

プレジデント誌の既報通り、イチゴをはじめ、さまざまな日本のフルーツが韓国に流出していることが大きな問題となっています。農水省の調査によると、韓国のイチゴ栽培面積の9割以上が日本の品種を基にしたものといわれています。これまで「とちおとめ」「レッドパール」「章姫」といった日本を代表するブランドイチゴが無断で持ち出され、韓国で勝手に交配されて「雪香(ソルヒャン)」「梅香(メヒャン)」「錦香(クムヒャン)」というブランドが作られ販売されています。

「なぜ日本のフルーツが流出してしまうのか。脇が甘いのではないか」そんな疑問と憤りを感じるのではないでしょうか。明らかになっている流出経緯の1つは次のようなものです。

愛媛県のイチゴ農家、故・西田朝美さんはレッドパールを6年間かけて開発しました。新品種の栽培というのはものすごく大変な作業で、レッドパールに限らず、開発には数年、時にはそれ以上かかることも珍しくありません。そんなレッドパールは皮肉にも開発者の西田さん自身が韓国に渡したのです。その経緯は次のようなものです。

史上初の銅メダルを獲ったカーリング女子。でも日本の農家は“複雑”(時事通信フ…

ある日、西田さんの下へ韓国人農業研究者が訪れ「レッドパールの苗が欲しい」と懇願されたそうです。「絶対に渡せない」と応じる西田さんに「そこを何とか」と拝み倒され、断りきれなかったというのです。西田さんは書面で「レッドパールの苗を5年間、有料で栽培できる条件で渡す。契約者以外とは許諾契約しない」と書面による契約を結びました。しかし、それも虚しく、その後韓国でレッドパールは無断で広がっていきました。

西田さんの下へ訪れたという農業研究者の正体は金重吉(キム・チュンギル)氏。彼はテレビ番組の取材に対して堪能な日本語で「日本のイチゴよりおいしいよ」と悪びれもせず答えており、彼の本棚には日本の農業技術についての本が並んでいます。韓国でレッドパールが広がって大きなシェアを取っていることについて触れると、「知り合いに苗を譲り渡したところ、勝手に栽培したり売ったりし始めた」と金氏は説明しています。

日本からの抗議を受け、韓国は2002年に植物新品種保護国際同盟に加入し、08年よりロイヤルティーを支払う約束を日本としていました。しかしその後、日本が要求していた年間30億ウォン(約3億4000万円=08年当時)に「金額が高すぎる」と韓国が反発。そこで国産イチゴとして雪香を誕生させ、支払い要求に対抗したのです。

西田さんにロイヤルティーが入ってくることはなく、レッドパールの知的財産権が失効。イチゴ開発に心血を注いだ西田さんは、韓国との決着を見届けることなく15年に他界しました。ちなみに雪香を開発した韓国の農学博士は「日本とのロイヤルティー戦争に打ち勝った英雄」とされています。

韓国はイチゴの輸出ですでに日本の上をいっています。海外輸出量は日本の5.7倍以上(14年度実績)。日本のイチゴを盗み、許可なく勝手に栽培して他国に売ってお金を稼いでいます。これは言うなれば他所の家に泥棒に入って、家財を売ってお金を稼いでいるようなものではないでしょうか。

五輪で注目が集まった韓国のイチゴ泥棒の手口と実態。メダル獲得を成し遂げたカーリング女子が言った「おいしい」のコメントを、日本の農家たちはどのような思いで聞いたのか。韓国イチゴは日本のイチゴの主な輸出先と競合しており、タイやベトナムでは“高級果物”として人気を博しているようです。韓国イチゴがアジアにおける国際的なスタンディングを獲得してしまう前に、一刻も早く手を打たねばならないときが来ているのです。

(写真=時事通信フォト

昼間の都心に核ミサイルなら死者400万人超…“平和ボケ”の日本に「理解できない」の声
2018/03/14 11:30 AERAより転載記事(MSNニュースより)

金正恩氏と韓国特使との会談で事態は急転。米朝首脳会談をする運びになった。注目は朝鮮半島非核化。南北双方と日本に甚大な犠牲を生じる戦争は一応は回避されたかたちだが、核放棄をめぐる米朝対立の行方は不透明だ。

「実行可能な軍事オプション(選択肢)があるなら、私もそれを薦めるかもしれませんが、そんな解決策はないのです。私が驚くのは実に多くの人が戦争の甚大な結果に目を向けていないことです。朝鮮半島での戦争は日本にも波及し、核(戦争)になればその被害は(前の朝鮮戦争の)10倍、(日本にとって)第2次世界大戦の犠牲者に匹敵する大きさになります。何故これを人々が理解できないのか、私には理解できません」

 日本に開国を迫ったマシュー・ペリー提督の子孫、ウィリアム・ペリー元米国防長官は昨年11月14日、朝日新聞のインタビュー(同月30日デジタル版に詳報)でこう語った。

 確かに日本には朝鮮半島での戦争で生じる犠牲を理解していない人が多い。昨年12月20日公表の読売新聞の日米共同世論調査では、北朝鮮に対する米軍の武力行使を支持する人は日本で47%、しない人が46%だった。支持する人々は72年間の平和に慣れ、戦争を現実のこととは思えないのだろう。

 もし戦争になれば、体制崩壊が迫る北朝鮮は、自暴自棄となり、破壊を免れた核ミサイルを韓国、日本に発射する公算は高い。昨年9月3日に実験された水爆の威力は、160キロトン、広島型の10.6倍と推定され、爆心地から約4キロ圏内では初期放射線と爆風で大部分の人が死傷する。熱効果は約10キロに達し、すぐに手当てをしないと致命的なやけどを負う。平日昼間の都心で爆発すれば、死傷者は400万人を超えそうだ。

 だが幸い、戦争に向けて進んでいた時計の針は今のところ止まった。北朝鮮の金正恩国務委員長は昨年11月29日、ICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星15」の発射実験後、「今日はじめて国の核武装完成の歴史的大業、ロケット大国の偉業が完成された」との声明を出した。完成したからこれ以上の実験はやめてもいい、と内外に伝え、対話の道を探る兆候だった。

 また、金正恩氏と文在寅韓国大統領は平昌オリンピックを緊張緩和の機会とし、五輪での協力を看板に1月9日に南北閣僚級会談を開催。「軍事的緊張緩和のための軍当局者の会談開催」「当事者として対話と交渉を通じての解決」などで合意した。

 この会談の3日前、トランプ米大統領は記者団に「良い結果を望む。オリンピックの範囲を超えて話し合いが行われれば素晴らしい」と歓迎の意向を示した。韓国側はトランプ氏に十分根回しをしていたようだ。2月9日の開会式に金正恩氏の妹金与正・労働党第一副部長が出席し、翌日、文大統領に訪朝を要請する親書を提出。25日の閉会式では金英哲同党副委員長と文大統領が会談、「米朝会談の早期開催に努めること」で合意した。

 さらに今月5、6日に韓国の大統領特使・鄭義溶国家安全保障室長らが訪朝、金正恩氏は「非核化問題と関係正常化のため米国と対話する用意がある。対話が続く間、核実験や弾道ミサイルの試射は行わない」と述べ、例年の米韓合同演習の実施にも理解を示した。南北双方は巧みな外交で、少なくとも当面、戦争回避に成功したようだ。

 もし戦争になれば、南北は共に存亡に関わる大打撃を受け数百万人の犠牲者が出る形勢だから、双方の指導者が戦争を防ぐために必死の努力をしたのは当然だ。戦争になれば巻き込まれる公算の高い日本で、それを「融和的」と非難する声が出るのは、戦争を考えない「平和ボケ」の症状だ。

 だが南北会談が米朝対話に進展しても、北朝鮮が核を放棄する可能性は低い。トランプ氏は2月23日の記者会見で「経済制裁が機能しなければ、第2の局面に移行する。それは極めて荒っぽく、世界にとって非常に不幸なものかもしれない」と武力行使を示唆。圧力を加えつつ対話も望む意向を表明している。

 米国内では「国民の生命を守るのが第一、北朝鮮が米本土に届くICBMを配備する前に叩くべきだ。他国の犠牲に構ってはおれない」と、従来国際法違反とされてきた「予防戦争」を公然と唱える政治家、論客も出ている。

 だが米統合参謀本部は昨年10月、上下両院議員16人から出ていた質問主意書に書面で回答。

「北朝鮮の核兵器は地下深くに保管されており、位置を確定し全てを確実に破壊するには地上部隊の侵攻が唯一の手段。我々は軍事行動よりも経済的、外交的な解決を支持する」と述べ、戦争反対の姿勢を鮮明にした。

 国防長官J・マティス海兵大将(退役)も「軍事的解決に突き進めば信じがたいほどの悲劇的事態となる」と武力行使に慎重。大統領首席補佐官J・ケリー海兵大将(同)も同様だ。大統領が軽挙妄動しないよう、軍人がシビリアンをコントロールする逆転現象だ。

 実際、米国が予防戦争をしようとしても難しい。北朝鮮の弾道ミサイルは主として中国国境に近い北部山岳地帯の谷間に掘られた無数のトンネルに、移動発射機に載せて隠されているとみられ、位置不明だからだ。

 時速2万7千キロで周回する偵察衛星は1日約1回、北朝鮮上空を1分間ほどで通過するから、固定目標は撮影できても移動目標の監視はできない。早期警戒衛星は赤道上空を3万6千キロの高度で周回するから、地球の自転と釣り合って、地上からは静止しているように見えるが、この距離ではミサイルは見えない。発射の際に出る赤外線を感知できるだけだ。

 仮に衛星や有人・無人の偵察機によってトンネルの入り口を知っても、電柱のような形状の地中貫通用「バンカーバスター」爆弾GBU28(重さ2.3トン、長さ5.7メートル、直径14.7センチ)は、土を約30メートル貫通できるだけ。山腹のトンネルに届かない公算大だ。発射地域全体を地上部隊で占領しないと確実に破壊できない、とする米統合参謀本部の判断は妥当だ。

 北朝鮮首脳部を狙う「斬首作戦」も論じられるが、要人の所在を正確に知るのは容易ではない。イラク戦争で米軍はイラク全土を占領し、サダム・フセイン大統領を捜したが、拘束は侵攻の9カ月後。CIAはキューバのF・カストロ首相の暗殺を638回も計画したが、彼は2016年に90歳で死去した。

 指揮・通信系統を破壊することも語られるが、当然相手はその系統を複数、多様にするから、すべてを一挙に切断して、発射を防げるとは限らない。

 米国では「ホワイトハウスは統合参謀本部などに作戦の選択肢の提出を求めているが、なかなか出ず、不満がある」との報道もある。仮に無理と知りつつ書いた作戦計画を提出し、もし大統領が「これでいこう」と決断すれば実行せざるを得なくなる。軍人が慎重なのも当然だ。(軍事評論家・田岡俊次)

※AERA 2018年3月19日号より抜粋

なぜ日本人だけが時間の正確さにこだわりすぎるのか
MSNニュースより転載記事2018 3 7

多くの日本企業が海外市場へ進出し、優秀な人材を確保するという点から、グローバル視点は欠かせない。その時に起きる課題が、違う文化や価値観の中でいかにお互いを理解し、共生し、同じゴールに向かえるかということだ。

日本と海外の文化の違いを視覚的にわかる「指標」で示し、文化の違いや隔たりから起きるトラブルや混乱を避けようと説くのが、フランスなどに拠点を置く経営大学院、INSEADの客員教授、エリン・メイヤーさん。著書『異文化理解力 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養』はさまざまな異文化による違いを乗り越えるための示唆に富んでいる。

「KY(空気が読めない)」ことは、日本ではご法度だが、メイヤーさんによると、日本以外で「空気を読む」国は、あまり多くはない。日本人ビジネスパーソンが、海外で戸惑うのは、この大きな違いを理解していないためだ。

こうした文化や考え方の異なる点をしっかり理解した上で行動することは、日本国内の職場での上下関係、ジェンダーの違い、環境の変化などにうまく対応していくのにも役立つ、とメイヤーさんは話す。

「異文化理解力」をつけるには、まず自分自身のこと、自国の文化をクリアに理解することが大切だ。それらをきちんと説明できるようになれば、相手との違いもよく見えてくる。

例えば、日本とアメリカのビジネス文化の違いを比べてみよう。

日本……「空気を読む」ことや上下関係を重んじる。決定には、関係者が皆関わって、長い時間をかける。しかし、決定すると変更はない。

アメリカ……組織はフラットで、ファーストネームで呼びあい、社長とディナーにも行く。決定は、ほとんどの場合トップダウンでスピード感がある。その代わり、良い結果が出なければすぐに変更を加えていく。

「日本は、一つの歴史と文化を長いこと社会が共有してきたため、世界のどこの国にまして、空気を読むというコミュニケーションが発達し、決定の過程が長くて保守的で、そして、最も時間に正確です」とメイヤーさん。

つまり日本人ビジネスパーソンは、日本だけが(1)コミュニケーションの仕方(2)決定の過程(3)時間の守り方で、世界で突出して異なる文化を持っているということを、理解しなければならない。

メイヤーさんの著書で最も興味深い点は、世界数千人の経営幹部に面談し、64カ国の「カルチャーマップ」を作成し、文化の違いを指標として視覚的に理解するのを助けていることだ。

c 撮影:今村拓馬 「空気を読む」文化は日本独特だ。

日本のように空気を読むコミュニケーション文化を「ハイコンテクスト」(コンテクストは文脈)とし、空気を読まず、「明快に曖昧さを取り除いて話す」(同著)文化は「ローコンテクスト」と分類し、指標にも示している。なんと、日本は世界で最もハイコンテクスト、アメリカは最もローコンテクストな国だ。

ハイコンテクストの最右翼である日本は、外国人には理解するのが難しい。あまりに多くのメッセージが言葉にされず、見えてこない。決断になぜ時間がかかるのかも理解できず、他の国の人から見ればフラストレーションが溜まるという。日本人はまず自分たちがそう見られていることを自覚することが必要だ。

メイヤーさんは、外国人も日本のことを理解することが必要とした上で、日本人には次のことを勧める。

1)なるべく、言葉にして、曖昧さを残さないではっきり伝える訓練をする。

2) 交渉やミーティングが始まる前に、日本での決定の過程が、他の国と異なることを伝えて、理解してもらう。

3)時間に正確なことは、外国では最も重要なことではないことを覚える。相手が遅れてきても、無礼に値しないということを理解する。

しかし、日本の企業がずっと外国人にとって分かりにくい、ストレスが溜まる存在であり続けている訳ではない。少しずつ変化が見えるという。

「例えば東芝は、INSEADに長年、社員を送りこんできました。最初のころ、たくさん質問をしても沈黙ということが多かったのですが、2017年は異なっていました。かなりの努力をしたと思いますが、マネジャークラスの英語が上達し、態度も変化し、はっきりと自分の意見を言うことも徹底していました」(メイヤーさん)

一方、日本企業や政府は、女性の待遇についてもっと努力が必要だと強調する。

「日本の女性幹部クラスは、どうしてこんなにすごいのだろうと思うくらい才能があり、英語も達者です。日本企業は、“特に”女性を資産として活かせるということを理解すべきです。日本女性は、人材として最高だからです」

メイヤーさんが2017年に日本で登壇した女性向けのセミナーで、400人の主に女性の参加者にアンケートをとったところ、半数以上が将来海外で働くなど移住したい意向を持っていたという。日本企業が優秀な女性を活かすことができなければ、頭脳流出が起こる可能性もある。

日本国内の職場でも「相手の靴を履いてみる(=相手の立場に立ってみる)」ことが、相手に対する理解を深めて、人間関係をより良いものにできるという。「自分が女性だったら」「自分が部下あるいは幹部だったら」「自分がシングルマザーだったら」と想像力を働かせることが必要だ。

c Rawpixel.com / Shutterstock 異文化理解は、相手の立場に立つことから始まる。

「違う立場、違う個性、違う文化を理解するということは、簡単なことではありません。でも、そういう身の回りのことから、グローバリゼーションに備える異文化理解が始まるのです

将来は、スマートフォンやスマートウォッチなどが外国語を瞬時に訳すというようなテクノロジーの進化が、言葉の壁を取り除くことも期待される。しかしそれだけに、今まで以上に、「異文化理解力」が必要になるとメイヤーさんは言う。機械が訳すことで、ミーティングなどの機会も増える。それだけに誤解が生まれないように文化・慣習の相違をきちんと理解しておくということが、マネージャークラスにとってのチャレンジになる。今から、「異文化理解力」を磨き、そのチャレンジに備えるべきだ。

(文・津山恵子)

ERIN MEYER(エリン・メイヤー):INSEAD客員教授。グローバルに事業を展開する企業の社員、エグゼクティブに異文化への対応「異文化マネジメント」を教える。アメリカ出身、パリ在住。

エリン・メイヤーさんが来日して登壇するイベントが開かれます。詳細はこちらまで。

時事通信社 MSNニュースより転載記事 2018 3 1
慰安婦問題「『終わった』と言うな」=文大統領、竹島でも対日批判−日韓合意を否定
【ソウル時事】韓国の文在寅大統領は1日、日本の植民地支配に抵抗して1919年に起きた「三・一独立運動」の記念式典で演説した。慰安婦問題について「加害者である日本政府が『終わった』と言ってはならない。戦争当時にあった反人道的な人権犯罪行為は『終わった』という言葉で隠すことはできない」と強調し、日本政府の姿勢を批判した。

 また、「不幸な歴史であればあるほど、その歴史を記憶し、その歴史から学ぶことだけが本当の解決だ」と述べた。慰安婦問題をめぐる日韓政府間合意に直接言及しなかったが、「最終的、不可逆的な解決」をうたった合意を真っ向から否定する発言だ。

 その上で、日本に特別な要求はしない考えを示す一方、「日本は人類普遍の良心で歴史の真実と正義に向き合うことができなければならない」と訴え、「本当の反省と和解の上で、共に未来へ進むことを願う」と語った。

 一方、島根県・竹島をめぐっては、「独島(竹島の韓国名)は日本の朝鮮半島侵奪過程で最も早く強制的に占拠されたわが領土だ」と主張。「今、日本がその事実を否定することは、帝国主義による侵略に対する反省を拒否することに他ならない」と批判した。

 演説は、日本の植民地時代に独立運動家らが収容されたソウル市内の西大門刑務所跡地にある歴史館で行われた。歴史を「直視」する姿勢を強調する狙いがあるとみられる。

日本の"甘い顔"が韓国の"身勝手"を育て
より転載記事 2018 3 1
c PRESIDENT Online
1984年9月、韓国の大統領として初めて来日し、中曽根康弘首相(当時)と日韓首脳会談に臨む全斗…

韓国の大統領が交代するたび、日本では「新しい大統領は親日か反日か」といった議論が起きる。だが、著作家の宇山卓栄氏は「韓国の世論はつねに反日。このため歴代大統領で、実際に親日政策をとった者はいない」と断言する。日韓関係を不必要にこじらせてしまった歴代大統領の「用日戦略」とは――。

朴槿恵の父、朴正熙は「親日」だったのか?

「父親は親日だったのに、娘はどうして、ああなのか」。朴槿恵(パク・クネ)が韓国の大統領だったころによく、こんな声を聞きました。しかし、韓国の歴代大統領で、実際に親日政策をとった者はいないと言えます。

韓国に経済発展をもたらした朴正熙(パク・チョンヒ)大統領は、一般的に親日とされますが、その実態は「用日」です。「用日」というのは、日本から金銭や技術などの支援を引き出すために、親日のふりをし、日本を利用することを意味します。

朴正熙は1965年、日韓基本条約を締結します。これにより、韓国政府は日本から総額8億ドル(無償3億ドル、政府借款2億ドル、民間借款3億ドル)の支援を受けます。この額は、当時の韓国の国家予算の2倍以上の額でした。

一方、韓国国内では、日韓基本条約に反対する声が巻き起こり、連日、大規模なデモが発生しました。「日帝時代の屈辱を忘れ、わずかな支援金と引き換えに国を売るのか!」という罵声を、朴正熙政権は浴びせられたのです。

反日教育を展開しつつ日韓基本条約を締結

朴は韓国国内で親日家と見られていました。日本の陸軍士官学校を卒業し、日本語も堪能で、高木正雄という日本名も持っていました。実際、朴自身、反日感情は持っていなかったと思います。

しかし、朴は国内の学校で反日教育を実施し、国内の反日主義者に迎合しました。また、テロを含む抗日活動を展開した金九などの独立運動家や、抗日のために組織された「光復軍」の関係者を表彰し、勲章を授与することもしています。

一方で、日韓基本条約への反対派は、国会議員も含めて厳しく取り締まり、弾圧しました。アメとムチを使い分けたのです。つまり、朴は親日でもなく、反日でもない、「用日」に徹したリアリストでした。

無理筋の要求を受け入れ続けた日本

韓国の反日教育は、朴正熙の後継者の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領ら軍人政権時代も、一貫して続けられました。今日の韓国人の中年層の反日感情は、この全斗煥時代の反日教育で養われたものです。

全斗煥は国内の反日教育を徹底するのみならず、日本の歴史教科書にもクレームを付け、1982年、記述の修正を要求しました。そして、歴史認識問題を外交カードに使いながら、日本に資金援助を要求しました。全斗煥政権は「韓国は北朝鮮の脅威から日本を守る防波堤になっている」と主張し、「防波堤」があるからこそ、日本は安心していられるのだから、日本はその代価を韓国に支払うべきだと要求したのです。

こうした全斗煥の無理筋の要求に対し、日本は大人の対応をしました。1983年、中曽根康弘元総理の訪韓の際、7年間で40億ドルを目途とする円借款を供与することが決まりました。

当時の中曽根総理や安倍晋太郎外務大臣は「韓国は様々な試練・苦境を経て、今がある、少々のことならば寛大に」ということで、韓国の要求を受け入れたのです。翌1984年、全斗煥は韓国大統領として初訪日し、昭和天皇主催の宮中晩餐会にも招かれました。

全斗煥を親日とする見方もありますが、朴正熙と同様、その実態は「用日」というべきです。日本は、韓国の「用日」のスタンスを知りながら、要求を聞き入れました。しかし、韓国は自らの要求が通って姿勢を和らげるどころか、ますます「歴史認識問題」を対日交渉で優位に立つための恫喝(どうかつ)の材料として利用するようになります。不幸なことに、日本国内にも韓国側のこうした主張に同調し、政権批判を展開する向きが少なくありませんでした。

「歴史認識問題」が外交カードに

1986年、第3次中曽根内閣で文部大臣に任命された藤尾正行は、歴史教科書問題に関連して「(1910年の)韓国併合は韓国との合意の上に形成された」と発言。これに対して韓国側が強く反発します。中曽根は藤尾に自発的な辞任を求めますが、藤尾は中曽根のやり方を「その場しのぎの外交」と批判し、辞任を拒否。そのため、中曽根は藤尾を罷免します。

こうした日本の姿勢に意を強くした韓国は、歴史認識問題や教科書記述問題を持ち出しては経済支援や技術支援を得る手法を確立させ、それが歴代の政権に引き継がれていきます。

1992年、宮沢喜一元総理は訪韓し、当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領に慰安婦問題について謝罪しました。「文民大統領」金泳三(キム・ヨンサム)が就任した翌93年には、河野洋平内閣官房長官が慰安所の設置や管理に、旧日本軍が直接・間接に関与していたことを認める河野談話を発表しました。歴史認識問題が慰安婦問題とも絡み、複雑化しはじめたのです。

さらに、翌94年には村山談話が発表され、「植民地支配と侵略」や慰安婦問題について謝罪。翌年には「アジア女性基金」が創設され、元慰安婦への「償い金」や医療・福祉支援を開始しました。

しかし、韓国の反日世論に火が付いたのは、むしろこの頃です。「少々のことならば寛大に」と、日本が一度聞き入れた韓国側の要求がどんどんエスカレートし、両国の関係が改善するどころか、ますます悪化していったというのが、歴史的な事実なのです。

金泳三の「ポルジャンモリ」発言

金泳三政権のころには、経済発展を成し遂げた韓国に、もはや「用日」は必要なくなりました。それまでは「用日」戦略の一環として、日本に対し「作り笑い」を見せることもありましたが、もはやそれも消え失せ、威丈高に恫喝するようになります。

1995年11月、金泳三大統領は中国の江沢民国家主席との首脳会談後の共同記者会見で、「日本のポルジャンモリを必ず直すつもりだ」と発言しました。「ポルジャンモリ」とは韓国の年長者が年下の人間を叱りつけるときに使う俗語で、「行儀が悪い」「しつけがなってない」という意味です。これに対し当時の野坂浩賢官房長官は、「公式の場では使わない言葉だと聞いている。節度ある発言をしてほしい」とコメントしています(※1)。金泳三の発言は、日本の政治家による一連の「問題発言」を念頭に置いたものでしたが、さすがに日本側もムッとしたのでしょう。

韓国で、日本を叩く政治家は強い指導者とされ、国民の支持を集めます。このようなポピュリズム的政治手法が、今日に至るまで常態化しています。

直近では、2015年の日韓外相会談によって、日韓合意が結ばれました。これは慰安婦問題の「最終かつ不可逆的な解決」を示したものですが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は2017年の12月、「政府間の公の約束であっても、大統領として、この合意で慰安婦問題が解決できないことを改めて明確にする」と表明しました。

「善意」の判断が招くリスク

政治の世界において、だます方が悪いのでしょうか、だまされる方が悪いのでしょうか。対話を繰り返して、相手が図に乗り、無理難題を吹っ掛けてきたとき、さらに感情悪化が募り、双方の溝が深まるリスクがあります。誰がそのリスクの責任を取るのでしょうか。

「恩を仇で返す」ことをされた時、人は最も怒りを感じます。「対話を重視する」という善意から先方の無理な要求を受け入れ続けた結果、むしろ事態が悪化するリスクについて、私たちは意識的でなければならないと思います。

16世紀、イタリア・ルネサンス時代の政治思想家マキャベリはこう言っています。「人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけではなく善行からも生まれるということである。心からの善意で為されたことが、しばしば結果としては悪を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくないからである」(『君主論』より(※2))

(※1)朝日新聞 1995年11月17日朝刊。

(※2)塩野七生著『マキアヴェッリ語録』(新潮文庫)

宇山卓栄(うやま・たくえい)

著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『「民族」で読み解く世界史』(日本実業出版社)などがある。(写真=Fujifotos/アフロ)

Goo産経ニュースより転載記事
【単刀直言】自民・西田昌司参院議員「私を形作った西部邁さん」 戦後の偽善の根幹、明確に整理…雷にうたれた思い

自民党が野党だった時代、国会質問で閣僚を辞任に追い込む「爆弾男」と呼ばれました。あの表現はそれなりにうれしかった。旧民主党政権のあまりのでたらめさに「日本は本当に潰れてしまう」と危機感を持っていましたからね。

 与党となった今は国会で法案を通すのが仕事ですが、政権が安定すると、今度は自民党の中に安倍晋三首相にすり寄る人がたくさん出てきました。でも、それをやっちゃうと政府に問題点が伝わらない。政権を守るためにも、嫌なことも言わなきゃだめなんです。議会の立場で、安倍政権にしっかり「駄目出し」をする。私の重要な仕事だと思っています。

 今年は年男で60歳になります。私が過ごした昭和の30年と平成の30年を通じた最大の問題は、先の大戦と占領について一度も総括してこなかったことです。東西冷戦の緊張が世界に安定をもたらしていた皮肉も整理がされていない。

 あの戦争は何だったのか。占領中に何が行われたのか。そして日本は何を引き継ぎ、何を変えるべきか。これらを国民の前で議論するのが政治家としての使命だと思っています。

 憲法を改正するにも、歴史の事実を知らなければ大きな動機づけは出てこない。改憲自体が目的化しては、国民の理解はなかなか得にくいでしょう。「急がば回れ」で、まずは歴史を国民が共有すべきで、政治がその作業をしない限り、憲法改正は無理です。

 冷戦の終結で、北朝鮮の核開発が始まった。中国やソビエトという後ろ盾を失った危機感からでしょう。無論、北の核保有には大反対ですが、米国の核の傘が破られそうになっているのなら、日本も核兵器の保有を選択肢の一つとして議論すべきなんですよ。 

 何も核を保有せよといっているわけではない。持つ、持たない以前に、想像や議論をすることさえ否定したら、思考停止になって現実に対応できなくなる。

 今後も戦後の問題を遠慮なく指摘し続けますが、本来は知識人やジャーナリズムの仕事でしょう。でも日本では、残念なことにそれらがほとんど機能していない。ただ一人違ったのは、西部邁さんでした。西部さんは、自ら雑誌を創刊して戦後の現実をずっと説いてきたわけです。

 西部さんを知ったのは、京都府議会議員に初当選した頃の「朝まで生テレビ!」でした。戦争と平和、憲法、原発問題など、きれい事で片付けられがちな戦後日本のタブーや偽善。西部さんは、それらの問題点をすかっと論理的に指摘された。戦後の偽善の根幹が、憲法をはじめ戦後占領体制そのものにあることが明解に整理され、まさに雷にうたれた思いでした。今日の西田昌司が形作られたのは、西部さんとの出会いがあったからだといえます。

 その西部さんが自裁されました。実は、20年前から西部さんの考えは聞いていました。生きるということは死ぬこととセットですから、きれいに死んだからこそよく生きたともいえる。なかなかできないことですがね。ちょっと寂しい気はするけれども、悲しみはありません。一言でいえば「西部さん、お見事! 見事な人生でした」。(原川貴郎) 


楽天インフォシークニュースより転載記事

これって本当?良い食べ合わせ・悪い食べ合わせ

オールアバウト / 2018年2月11日 20時45分


鰻と梅干、食べ合わせが悪いと言われるけれど……

昔から食べ合わせが悪いと言われる「鰻と梅干」。しかし、鰻と梅干を一緒に食べることが身体に害を与えるといったことはありません。

他にも「天ぷらとスイカ」「天ぷらとカキ氷」「蟹と柿」などさまざまな言い伝えがありますが、これらにはどれも栄養学的な根拠はありません。

それでは、なぜこのような迷信ができたかというと、贅沢や食べ過ぎへの戒めであったり、食中毒の予防の意味があったと言われています。

例えば「鰻と梅干」の食べ合わせを例にとると、食事がすすむ梅干と一緒に高価な鰻を食べたら、必要以上に食べ過ぎてしまい贅沢です。また、食べ物が腐った場合、異味として酸味を発することが多いのですが、梅干と一緒に食べた場合、腐った鰻の酸味に気づかずに食べてしまうというリスクがあったためとも言われています。

現代でもよくやりがちな良くない食べ合わせ

現代でよく気にされるのがほうれん草とベーコンの組み合わせ。ファミリーレストラン等でもよく提供されているメニューなのに、身体によくないと言われ不安になる人がいるようです。

これには2つの理由が言われています。1つめは、ほうれん草のシュウ酸がベーコンを作る際に使われる亜硝酸ナトリウムと体内で化学反応を起こすと、発ガン性物質が生成されること。2つめは、ベーコンに含まれるリン酸が、ほうれん草の鉄分やカルシウムの吸収を阻害してしまうこと。

どちらも実験的には正しい理論ですが、実社会においては気にする必要はないレベルです。

どのような物質でも、良い悪いに関わらず何らかの効果が出るために必要な量(閾値といいます)があります。ほうれん草とベーコンの組み合わせを米飯のようにひたすら食べ続ければ別として、通常の食事で食べる程度であれば、これらの不安要素は特に気にする必要はありません。

他には、鉄分の多い食品とお茶の組み合わせは鉄の吸収率が下がる、焼き魚と漬物の組み合わせで発ガン性物質が合成されるなどが言われていますが、基本的には通常の食事で食べる量であれば問題ありません。

ただし、グレープフルーツのように、特定のお薬の薬効に影響を与えてしまう食品もあります。これには注意が必要です。

これはNG! 薬と食べ物のダメな組み合わせ

お薬の薬効に影響を与えることが知られている主な組み合わせは以下の通りです。

・降圧剤(一部のカルシウム拮抗薬)+グレープフルーツジュース 

・抗結核薬+マグロ(ヒスチジン)、チーズ(チラミン)

・総合感冒薬+コーラ・コーヒー

・ワルファリン+納豆や青汁(ビタミンKを多く含む食品)

・睡眠薬+アルコール

・抗菌薬、抗生物質+牛乳、ヨーグルト

・胃薬+炭酸飲料

・免疫抑制剤、強心剤など+セントジョーンズワート(セイイヨウオトギリソウ)

これらの薬を飲んでいる場合には、それぞれの食材に注意が必要です。薬と食材の関係は、薬の使用量やそれぞれの食材を食べる頻度などによって、その薬を飲んでいるときは絶対に食べないほうがよいものや、薬を飲んでいても多少は食べても問題ないものなど、いろいろなパターンがあります。

同一の効果を持つ薬であっても、A社のものは絶対に食べないほうがよいがB社のものは多少は食べてもよいなど、対応が異なる場合もあります。自分の飲んでいる薬がこれらに該当するのではないかと心配な場合、薬剤師等に確認してみることをオススメします。

薬以外は、基本的に注意すべき食べ合わせはない

薬を飲んでいる場合には、食べ合わせ(飲み合わせ)に気をつけるべきものはありますが、基本的に、食品と食品を組み合わせる場合には、一緒に食べてはいけない組み合わせはありません。

ただし、「鰻と梅干」「天ぷらとカキ氷」など昔から言い伝えられた食べ合わせに関しては、いくら健康に影響を与えるものではないとしても、同時に提供してしまった場合「そんなことも知らないのか?」と非常識な人と勘違いされてしまっては面白くありません。大切なお客様をもてなす場合には、避けたほうが無難だと思います。

また、健康にとってNGな食べ合わせがない代わりに、組み合わせると健康によいという食べ合わせも特にありません。もちろん、煮魚と含め煮、ハンバーグとサラダなど、一緒に食べると美味しいと感じる組み合わせはあります。これらの組み合わせは味のバランスが調うだけでなく、栄養のバランスが整うことも多いようです。

そう考えると、美味しいと思える料理の組み合わせであり、健康によい料理の組み合わせは、基本である「主食」「主菜」「副菜」が揃っていることが一番でしょう。

もちろん、毎回の食事で、すべてを整えるのは最初は難しいと思います。初めはゲーム感覚で「主食」「主菜」「副菜」が揃っているかを考えてみるのがよいのではないでしょうか。
プレジデントオンライン2018,2,10MSN産経ニュース
西部邁の「自裁死」を美談にしてよいのか


評論家の西部邁氏が、多摩川に入水し、「自裁死」を遂げた。その訃報を美談として報じるメディアがある。だが日本に一時帰国していた欧州在住ジャーナリストの宮下洋一氏は、そうした報道に違和感を覚えたという。6カ国での取材をもとに『安楽死を遂げるまで』(小学館)を上梓した宮下氏が、日本人の「死に方」を巡って問題提起する――。

こうした趣旨の発言をするのは日本人だけ

評論家の西部邁氏が1月21日、多摩川(東京都大田区)に入水し、「自裁死」した。80歳を目前とした西部氏だったが、いまだ舌鋒は衰えず、第一線で言論活動を続けていた。一方、4年前に妻に先立たれ、利き腕の神経痛にも悩まされていたという。

常に自分の信念に基づいて行動してきた同氏の決断だけに、その死に方は尊重したいと思う。ただし、西部氏が生前、こんな言葉を口にしていたという報道をみて、少し立ち止まって、この問題を考えてみようと思った。

「家族に介護などで面倒をかけたくない」

昨年6月刊の『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)でも、以下のような記述がある。

<近親者を含め他者に貢献すること少なきにかかわらず、過大な迷惑をかけても生き延びようとすること、それこそが自分の生を腐らせるニヒリズムの根だ>

「家族に面倒をかけなくない」「迷惑をかけてまで生きたくない」。この2年間、私は世界6カ国で安楽死の取材を重ねてきたが、こうした趣旨の発言をするのは日本人だけだった。

なぜ日本人は「人の視線」を気にするのか

昨年、安楽死を希望する日本人女性に会った時のことだ。彼女は、外国人の安楽死が唯一認められるスイスに渡って、死を遂げることを計画していた。彼女は重病を患っていたわけではないが、精神疾患を抱えていた。その病を抱えながら、今後生きていくことに対し、苦痛を覚えているようだった。安楽死の動機を尋ねた私の問いに対し、目に涙を浮かべながらこう話した。

「より良く生きたい気持ちはないし、人に迷惑をかけたくないので……」

脚本家・橋田壽賀子氏も、著書『安楽死で死なせてください』(文春新書)の中で、こう書いている。

<人に迷惑をかける前に死にたいと思ったら、安楽死しかありません>

なぜ、日本人は自らの死を決断するときに「人の視線」を気にするのだろうか。そして「迷惑」という言葉を口にするのだろうか。こうあるべきという「前提」によって立たず、自らで思考し続けた西部氏すら、こうした言葉を口にしていたと聞いて、ここに日本の国民性を解く鍵があると私は思った。

スイス、オランダと決定的に違うこと

スイス、オランダ、ベルギーといった安楽死容認国では、安楽死の出発点は「個人の明確な意思」にある。

「まさかこの年齢で死を迎えるなんて、考えたこともなかったわ。けれど、死が怖いんじゃないのよ。この耐えられない痛みとともにじわじわと死んでいくのが、私には恐怖なの」

スイスで死を遂げようとする68歳のスウェーデン人女性は、静かに答えた。彼女は余命数ヶ月の膵臓癌を患っていた。これは安楽死前日のインタビューだった。しかし彼女は取り乱すことなく、冷静に言葉を選ぼうとしていた。傍らには、彼女のパートナーの男性もいた。その彼と半年後に再会した際にも、彼女の選択を尊重し、死そのものを悔やんでいる様子はなかった。

死は、「個人の最期の決定」とする欧米では、医師はもちろんのこと家族ですら、安楽死という決断を尊重しようとする。そのことを象徴する出来事に、私はオランダでも出くわした。扁平上皮癌を患っていた65歳の男性がとった行為――それは、安楽死当日にパーティを開いたことだった。彼は、長い眠りにつく前にシャンパンを飲み、タバコを吸った。

「じゃあみんな、僕はこれからベッドに行って死ぬ。最後までパーティを楽しんでくれ。ありがとう」

未亡人となった女性は、後日、悔やんだ顔一つ見せず、夫との出会いから別れを、美しかった人生の1ページとして、私に語りかけていた。こうした光景を何度も見てきたので、本人も、遺された家族も、納得した死であるなら、安楽死を否定するのは間違いではないかと私は思うようになった。

そうした視点を持っていたからこそ、日本で安楽死を認めることは難しいと思うようになった。そのキーワードがさきほど説明した「迷惑」である。日本では、安楽死を望む人間に何度も会った。そこでは自らの病気に対する肉体的痛みというよりも、他人に迷惑をかけたくないことを理由として挙げていたことが印象的である。

「死」をタブーとするな

私は「日本人に安楽死は向いていない」と考えている。なぜか。それは周りに迷惑をかけないために安楽死を選ぶのだとすれば、家族からの「そろそろ患者に逝ってほしい」という空気を、患者本人が察して、死を願い出るケースも十分考えられるからである。「空気を読む」という日本的習性が、死にかかわる決断を左右するのは危険だ。それは長年、欧米で議論され、培われてきた「死の自己決定権」とは、対極の概念に行き着くものだからだ。

なにも私は、このような日本社会を否定しているのではない。むしろ、安楽死容認国が、「個人の意思」のみで死を選んでいくことに悲しさを覚えることだってある。

私が取材した海外の安楽死希望者の中には、家族に「死の意思」を伝えぬままスイスに渡ろうとする人間もいたし、「最期の瞬間」に子どもが立ち会っていないケースもあった。家族の理解が得られぬなら、個人の意思を優先してしまうのが、こうした国々である。

欧米で長く暮らしていると、日本人ならではの家族主義、共同体意識にむしろぬくもりを感じることもある。日本に一時帰国すると、両親は40歳を過ぎた私の仕事にいまだあれこれ口を出すし、時には原稿に口を出すこともある(それを迷惑に感じることもあるが、うれしくもある)。子どもは、尊重すべき「個人」ではなく、自らの血を分けた「家族」なのだろう。

日本で行った安楽死の取材でも、「家族に迷惑をかけたくない」といってスイス行きを希望する人間がいれば、逆に「家族の理解が得られないから、現時点ではスイスには行けない」と言う人間もいた。

日本人の死生観において、家族は必ずつきまとう。それを悪いとは思わない。あくまで、安楽死が向いていない、と思うだけだ。

「どう死ぬか」「どう死にたいか」

ただし、日本での安楽死法制化が時期尚早だとしても、死に方を巡る議論はもっとなされるべきだと思っている。日本の平均余命が90歳に迫ろうとしているのに、医療の指針は旧態依然としている。「病は敵」「死は敗北」「一日でも、死の時期を延ばす」。日本の医療ドラマの多くが、救われることが前提となっているように思う。

この国では、自分の「死に方」を周囲と話すのははばかられる雰囲気がある。病を患っていなければ、なおさらだ。だからこそ、事故や重病で本人が意識を失ったとき、家族はうろたえる。どうすればいいか分からないからだ。生前に、自らが重篤な状態に陥ったときの処置(延命処置の中止など)を指定する「リビング・ウィル(生前意思)」の運動も拡がっているとは言いがたい。

また、病院信仰があついゆえか、死期を病院で迎える人間がほとんどだ。国の人口動態統計によると、2015年の死亡者のうち76.6%は病院・診療所で亡くなり、自宅は12.7%だった。今後、高齢者はますます増えていく。医療機関だけで対応するのは難しい。

その場合、ますます「救われる物語」とは違った想定――つまり自分は「どう死ぬか」「どう死にたいか」について、考えを深めておくこと――が求められるのではないだろうか。ちなみに欧州では、自らの死に方について日頃の食卓で意見を交わすことは珍しくない。

日本の「死に方」を巡る議論の閉鎖性はいくらでも続けられるが、このあたりで西部氏の話に戻ろう。同氏が「自裁死」を選ばなかったとして、他にどんな選択肢があったのだろうか。

遺族に及ぼす衝撃はいかなるものか

生前、西部氏は病院での延命治療や、施設での介護を避けたいと周囲に語っていたという。病院での死を「自然死」として数えることにも意義を唱えていた。同氏が生前に書き遺した最期の著作『保守の遺言 JAP.COM衰滅の状況』(平凡社新書)が2月27日に発売される。その「あとがき」にも、こんな言葉がある。

<これでやっと「病院死を拒(しりぞ)けて自裁死を探る」態勢が完了したということである>

実際に、西部氏は多摩川に身を投じた。彼自身は思いを達成した、とも言える。「どう死ぬか」「どう死にたいか」を考えた末の選択だったのだろう。

だが、一つ気になることがある。遺族に及ぼす衝撃はいかなるものか。報道によれば、西部氏が自宅にいないことに気付いた家族が、深夜、同氏の行方を捜していたという。水に濡れ、冷え切った遺体を目にした遺族の心中を察するに余りある。彼が思う「迷惑」が、本当に家族にとって迷惑なものだったのだろうか、とも思ってしまう。

西部氏が残した「宿題」

西部氏のような覚悟をもった人間が他にいるとも思えない。多くの高齢者は、彼のような選択をとることないだろう。しかし、同じ思いを共有している可能性はある。彼の死を通して、日本の死生観や終末期医療を巡る「窮屈さ」を感じてしまう。西部氏の功績が顧みられることはあったが、こうした視点はほとんど見られなかった。これも死に方の議論をタブーとする日本の文化なのか。西部氏がなぜ、あのような死を迎えたのかを考えることは、彼の死を悼むことと同義だ。彼が残した日本人への宿題だと思う。

なにより自裁死した衝撃が家族の傷にならないことを願いたい。自裁死も安楽死も、結局は残された人間がどう感じるのか。それに尽きるのである。

宮下洋一(みやした・よういち)

ジャーナリスト 1976年、長野県生まれ。18歳で単身アメリカに渡り、ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。その後、スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールで、ジャーナリズム修士。フランス語、スペイン語、英語、ポルトガル語、カタラン語を話す。フランスやスペインを拠点としながら世界各地を取材。主な著書に、小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞した『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。(撮影=宮下洋一 写真=時事通信フォト)

GHQ洗脳政策に「朝鮮を批判してはならない」項目が存在

NEWSポストセブン / 2018年2月9日 より転載記事



またぞろ韓国の裏切りにあっても、なぜか日本の新聞やテレビでは批判の声が高まらない。日本とアメリカそれぞれの視点から近代日本を研究するケント・ギルバート氏と井上和彦氏の2人は、そのルーツが70年前につくられた「東京裁判史観」にあると喝破する。2人が語り合った──。

井上:平昌五輪が始まりますが、文在寅大統領は北朝鮮の核の脅威などまるでないかのように、南北合同チームの結成に躍起で、一方で日本に対しては慰安婦問題に関する2015年の日韓合意を反故にする「新方針」を発表しています。

 こうした姿勢に対し、日本のメディアは批判に及び腰で、なかには「新方針」を尊重しろと主張する新聞さえあります。戦後70年以上経っても、韓国を腫れ物のように扱い続けている。

ケント:最近では多くの日本人が「なぜいつまでも韓国に遠慮しなければいけないのか」と思い始めていますが、新聞やテレビは変わりませんね。

 私はそれこそ、70年前(1948年)に不当な判決が下され、A級戦犯7人が処刑された東京裁判の影響だと思います。

井上:私とケントさんは『東京裁判をゼロからやり直す』(小学館新書)という対談本を上梓しましたが、そのなかでケントさんは「日本の新聞やテレビはいまだにGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による洗脳の呪縛に囚われている」と指摘されました。

ケント:終戦直後にGHQは、日本人に贖罪意識を植え込む「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」という洗脳政策を実施しました。メディアに対する検閲制度では30項目の禁止事項が定められ、具体的には、「アメリカが憲法を起草したことを報道してはならない」「東京裁判を批判してはいけない」などがあるのですが、その一つに「朝鮮を批判してはいけない」という項目があるのです。韓国への批判を自主規制するのは、東京裁判史観の表われです。

井上:GHQによる統治が終わったあともずっと、それを守り続けてきたと。

ケント:もはやメディアの伝統になってしまっている。日本のメディアは、戦時中は“大本営のポチ”で、戦後は“GHQのポチ”になっただけ。尻尾振ってついていくんですよ、どっちにしろ。

井上:しかも、ご主人様がいなくなっても、言いつけを頑なに守っている。

ケント:日本のメディアはすぐに「日本人は軍隊を持つとすぐに戦争を始める」と言いますよね。これはGHQのセリフなんです。「日本人は1000年前から戦争ばかりしてきた」という中国のプロパガンダを当時のアメリカ人は信じていたから、日本人にもそう教え込んだ。「憲法九条を守っておけば日本は平和だ」というのもGHQの教えそのままです。

井上:しかし、日本のメディアはGHQに洗脳されながらも反米ですけどね。

ケント:いつ頃からかはよくわからないんですが、なぜか反米に転じたんですよ。アメリカに押し付けられた憲法九条を奉り、東京裁判史観に浸かりながら、主張は反米なんですから矛盾もいいところです。

井上:GHQの占領政策が一人歩きしてしまったんでしょうね。アメリカから“ありがたく押し戴いた”憲法九条は神聖不可侵となり、宗教化してしまった。そこから、軍隊を無条件で悪と決めつける思考回路が完成し、自衛隊にも日米同盟にも反対するようになったのではないでしょうか。

※週刊ポスト2018年2月16・23日号

【防衛オフレコ放談】翁長雄志知事、迫られる踏み絵 那覇軍港移設で浦添埋め立て 容認すれば辺野古反対と矛盾

産経ニュースより転載記事 / 2018年2月7日 7時6分

 沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事は4日投開票の名護市長選で米軍普天間飛行場=同県宜野湾(ぎのわん)市=の名護市辺野古移設阻止で結束する稲嶺進氏が敗れ、移設阻止に向けた態勢に綻びが生じた。態勢を立て直そうとしても、間もなく米陸軍那覇港湾施設(那覇軍港。那覇市、56ヘクタール)の移設をめぐり踏み絵を迫られることになる。逆に政府にとっては、日米安保体制の重要性に理解を示す一方、辺野古移設には反対する翁長氏の矛盾を突く「最強のカード」(政府高官)を突きつけるときが来た。(社会部編集委員 半沢尚久)

地元の強い期待

 那覇軍港は那覇市の中心部に位置し、返還後の跡地利用に地元の期待が強い。沖縄の米軍基地負担軽減策として牧港補給地区の沿岸にある浦添埠頭(ふとう)地区(沖縄県浦添市)に移設することが決まっているが、曲折を経てきた。

 日米両政府が那覇軍港の浦添移設計画を打ち出したのは平成8年の沖縄特別行動委員会(SACO)合意だ。SACO合意後、浦添移設は地元の反対などで停滞し、25年4月に日米合意した沖縄の嘉手納基地(嘉手納町など)以南の米軍施設の統合・返還計画に組み込まれ、40年度の移設完了と那覇軍港返還を目指している。

 浦添市の松本哲治市長は25年2月に初当選した際は移設に反対していたが、27年4月に容認に転じている。

 移設先となる浦添埠頭地区周辺では市の開発計画も連動している。那覇軍港の代替施設の設置場所は確定していないが、防衛省は今春、移設場所で埋め立てに向けた環境影響評価(アセスメント)に着手することを決め、業者の選定作業に入った。

辺野古と同じ構図

 これにより、ようやく移設実現に向け動き出すことになる。

 繰り返せば、那覇軍港の跡地利用には地元の期待が強く、基地負担軽減にもつながり、受け入れる側の浦添市長も移設を容認している。移設を阻む要因は見当たらないのだ。

 ただ、不確定要素がひとつだけある。それが翁長氏の判断だ。

 那覇軍港の浦添移設は辺野古移設と同様に海面の埋め立てを伴う。既存の米軍の機能を県内の別の場所に移すという点でも辺野古移設と共通している。

 政府高官は「(翁長氏が)辺野古移設に反対するのであれば、那覇軍港の浦添移設にも反対するほうが主張としては一貫性がある」と指摘する。

 ところが、翁長氏は一昨年末、那覇軍港の浦添移設について容認する考えを表明している。保守政治家としてSACO合意を認める立場だからだという。

 これに対し翁長氏を支持する基地反対派と革新勢力には不満が広がった。彼らが主張する「基地の県内たらい回し」に翁長氏が加担したかのように映ったのだから当然の反応といえる。

夏には辺野古に土砂

 浦添移設で浮かび上がった翁長氏と基地反対派、革新勢力の溝は、この問題に触れないことで広がらずに済んだ。

 だが、防衛省が環境アセスに着手すれば、浦添移設問題が再びクローズアップされ、「なぜ阻止しないのか」と翁長氏が糾弾されることは避けられまい。

 一度表明したことを重くみて浦添移設を容認する姿勢を貫けば、支持勢力の離反につながりかねない。逆に、支持勢力をつなぎ止めようとして移設反対に転じれば、朝令暮改を厳しく追及されることになる。どちらを選択するにせよ、翁長氏にとってはいばらの道だ。

 だからといって翁長氏が浦添移設の環境アセスに賛否を明らかにしないまま時間稼ぎに出ても事態はさらに悪化する。夏になると、辺野古沖で着々と進んでいる護岸工事で囲い終わった海域に土砂を投入する本格的な埋め立て工事が始まるためだ。埋め立てを阻止しようにも、その手段が尽きているため抵抗できず、基地反対派と革新勢力から激しく突き上げられることになる。

 「在沖米軍の抑止力維持と沖縄の基地負担軽減」のためには、普天間飛行場の辺野古移設は大前提で、それを否定しておいて日米安保体制の重要性を理解しているという主張はしょせん成り立たない。翁長氏は年末に任期切れを迎え、知事選で2期目を目指すとみられるが、その矛盾を隠しきるには高いハードルが待ち受けている。

 ●那覇軍港 昭和20年の米軍による沖縄占領に伴い整備が進められてきた。47年の沖縄返還前は軍艦や原子力潜水艦の出入りが激しかったが、現在は主に陸・海・空軍と海兵隊の貨物などの積み卸しに使用されている。

気候研究ユニット・メール流出事件 - Wikipedia クライメートゲート事件を検索

世界中で異常気象──地球は温暖化ではなく寒冷化していた?

週プレNEWS からの転載記事/ 2018年2月7日 6時0分


この冬、日本列島を最強寒波が襲っている。この週末にも北海道・東北や北陸地方では大雪や猛吹雪が続き、東京都心では23cmの積雪(1月22日)に48年ぶりという氷点下4℃(25日)を記録した。

この異常気象は日本だけじゃない。1月3日には温暖なフロリダ州で降雪があり、1月5日にはカナダとの国境にあるナイアガラの滝が完全に凍結。まるで『アナと雪の女王』の世界だった。そして、驚くことに1月7日にはアフリカ北部のサハラ砂漠に雪が降ったのだ。

地球は温暖化しているといわれて久しいが、本当にそうなのか?

「地球温暖化はあくまでも仮説であって、検証されていないんです。僕は地球は今、寒冷化に向かっていると思います」

そう語るのはNASAや米マサチューセッツ工科大学での研究経験を持つ、元海洋研究開発機構主任研究員で大気海洋物理学者の中村元隆氏だ。

「地球の気候変動は、二酸化炭素などの大気成分とは関係なく、気流や海流などでも起こります。特に『全球規模熱塩循環流』が地球の気候に与える影響は大きい」

全球規模熱塩循環流とは、熱帯・亜熱帯地域から流れてきた温かい海水が、グリーンランド海やラブラドル海周辺で冷やされ海底に沈み、南下して徐々に湧き上がりながら世界中の海を流れ、最終的に北大西洋に戻ってくる循環流だ(図参照)。

「このうちの大西洋を循環する流れを『大西洋熱塩循環流』と呼びます。そして、この循環が運んでくる熱量の強弱によって、北半球の温暖化や寒冷化が起こるのです」

中村氏は、この大西洋熱塩循環流を研究し、グリーンランド海の水面温度が高いときは温暖化し、低いときは寒冷化することを発見した。

これが『大西洋数十年規模振動』と呼ばれるもので、30〜40年おきに温暖化と寒冷化を繰り返している。

「実際、北半球は1940年から70年代は寒冷化していました。そして80年代からは温暖化しています。この周期から考えると、2015年前後から次の寒冷化が始まると予想され、実際に2013年終盤にグリーンランド海の水面温度が低くなる現象が起きています。そして、この寒冷期の寒さのピークは2050年前後になるでしょう」

地球温暖化が強く叫ばれ始めたのは80年代に入ってからで、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が設立されたのは1988年だ。しかし今、地球は温暖化から寒冷化に転じようとしているのだ。

★太陽の活動が弱まっている!? 『週刊プレイボーイ』8号(2月5日発売)では、さらに地球寒冷化説を検証。そちらもお読みください!

(取材・文/村上隆保)

Business Journalより転載記
2016/08/03
菓子パンやスナック菓子は超危険!「狂った脂肪」トランス脂肪酸で人格変貌や重病の恐れ

8月2日付当サイト記事『バター・肉・揚げ物の飽和脂肪酸は超危険!早死リスク増、脳梗塞等の恐れ』では、7月5日にアメリカの医学誌「JAMAインターナル・メディシン」で発表された「バター、ラード、赤身肉などに含まれる飽和脂肪酸が早死リスクを上昇させる」という研究結果を基に、フードプロデューサーで一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事の南清貴氏が「飽和脂肪酸が人体にもたらす影響」について解説した。

 今回は、「JAMA」の発表でもうひとつの問題点として指摘されているトランス脂肪酸について、再び南氏が解説する。

●欧米では規制されているトランス脂肪酸

 トランス脂肪酸は、天然にできるものとして、動物性食品のバター、チーズ、牛肉、羊肉などに微量が含まれ、特に反芻動物である牛は胃のなかの微生物によってトランス脂肪酸が合成されてしまうため、わずかではありますが、肉や乳脂肪のなかにもトランス脂肪酸が確実に存在しています。

 ただし、それらはほとんど問題になりません。注意しなければならないのは、工業製品化された食品であるマーガリン、ショートニング、菓子パン、スナック菓子、クッキー、ビスケット、アイスクリーム、インスタント食品、レトルト食品、ファストフードなどに多く含まれる人工のトランス脂肪酸です。

 よく食品の成分表に記載されている「植物性油脂」や、揚げ物に使われている油のほとんどは、トランス脂肪酸を多量に含んでいます。

 アメリカ食品医薬品局は、トランス脂肪酸が悪玉コレステロールの数値を上昇させるだけではなく、善玉コレステロールの数値を低下させることを認めました。これは、冠状動脈(心臓)や脳の血管に悪影響を与えるということです。

 トランス脂肪酸の摂取は、アルツハイマー病やパーキンソン病の原因となるという研究結果も出ています。また、血中の中性脂肪の大部分を占めるトリアシルグリセロールを増加させるため、インスリン抵抗性が増して高血圧や糖尿病の原因になるともいわれています。

 トランス脂肪酸は、その構造が酷似しているため「プラスチック食品」や「狂った脂肪」と呼ばれていて、欧米各国では含有量などについて厳しい規制があります。しかし、日本ではまったく規制がなく野放し状態です。これは、先進国として大変恥ずべき状況です。

 日本が規制をしない理由は「欧米にくらべて摂取量が少ないから」ということですが、これはまったくの欺瞞としかいいようがなく、私たちは日常的にかなりの量のトランス脂肪酸を摂っています。街に出ればファストフード店が軒を並べ、スーパーマーケットやコンビニエンスストアで売られている食品の表示や外食の際の揚げ物の量を見ても一目瞭然です。

 日本でトランス脂肪酸の規制が進まないのは、ファストフード業界や製パン会社をはじめとする食品業界が圧力をかけているためですが、私たちは自らの選択で食卓からトランス脂肪酸を排除しなければなりません。

●トランス脂肪酸の大量摂取で糖尿病に

 米カリフォルニア大学では「トランス脂肪酸は、人を怒りっぽく攻撃的にする」という研究結果も出ており、「心身ともに悪影響を与えるので、子供たちの学校給食や刑務所での食事には、トランス脂肪酸を含まないよう十分に注意するべきだ」とも述べられています。

 米ハーバード大学の研究では「トランス脂肪酸を多く含む食品を好む人たちは糖尿病になりやすい」という結果が発表されています。これは、34〜59歳までの健康な看護師8万4000人を対象に14年間追跡して得られた結果です。

 脂肪は体にとって絶対的に必要なものですが、その種類や摂り方を間違えると、思わぬ事態を引き起こすことになります。脂肪を正しく理解し、食生活に生かさなければなりません。

 そして、脂肪酸の種類によって調理法を変えなければなりません。炎症を抑制する働きのあるオメガ3脂肪酸は70度で分解が始まってしまうため、加熱には向いていません。オメガ6脂肪酸の分解温度は170度といわれているので、それ以上の温度で揚げ物をするのはやめたほうがいいでしょう。このような基本的な情報が、正しく消費者に伝わることを望みます。

 いずれにしても、世界的な動きとしては、飽和脂肪酸を多量に含んだ動物性食品の摂取量の見直しと、工業製品的につくられたトランス脂肪酸に対する規制の動きが活発になっていくことでしょう。
(構成=編集部、協力=南清貴/フードプロデューサー、一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事)


安倍首相と自衛隊:歴代最高の思いやり

2018/01/31JBpress より転載記事

 最高指揮官としての総理大臣が国民意識を勘案しながら、@国民の負託のこたえる自衛隊となり、A自衛官の士気を高めことを願っているからに違いない。

 しかし、憲法学者からの批判ばかりでなく、現職自衛隊員やOBからも「軍隊」や「国防軍」の名称にしなければ中途半端で、百害あって一利なしなど厳しい意見も聞こえてくる。

 憲法違反といわれては家族からも奇異の念で見られ、職務に専念しようと思っても後ろ髪を引かれかねない。また、日本を取り巻く周辺状況は自衛隊が張子の虎であってはならないことを要求している。

 こうした観点からも、最高指揮官の首相が自衛隊に後顧の憂いなく任務に邁進できるようにすることは「政治の責任」と考えるのは自然であろう。

 安保法制、特定秘密保護法、ACSA(物品役務相互提供協定)、日米ガイドラインの改定などで、自衛隊が活動できる環境整備が進み、「国民の負託にこたえる自衛隊」に近づいていることは確かである。

自衛官の服務の宣誓

 ところで、「自衛官の士気を高める」ことについてはいかがであろうか。

 武力をもった自衛隊を考える場合、他の公務員や旧軍、さらには諸外国の軍隊などと比較しなければ理解しがたい面がある。その第1は、自衛隊の位置づけである。

 自衛隊員は「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、(中略)事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」と宣誓する。

 これに対し国家公務員は「私は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき責務を深く自覚し、(中略)不偏不党かつ公正に職務の遂行に当たることをかたく誓います」、警察職員は「私は、(中略)不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当ることを固く誓います」と宣誓する。

 消防隊員も類似の宣誓をするが、「危険を顧みず、身をもって」という用語が使用されているのは自衛官だけである。

 自衛隊は自己の生命さえ犠牲にして国民の負託にこたえる、すなわち最高烈度の(自衛)戦争さえ意識した組織であるということで、一般には軍隊と称されるべきものである。

 軍隊は政体を守るのではなく、領土や国民、あるいは文化・伝統などの国の在り様(戦前は国体と称した)を守る組織であり、主たる対象は外国の軍隊である。

 三島由紀夫は文化や伝統を基底に置く天皇を戴く国体を守るべき自衛隊が、どんどん浸食されている国体に無関心であるかのように見える姿に失望し、国体の本義に帰れと訴えた。

 しかし、自分の呼び掛けに賛同しない状況を見て、自己の生命をもって「国を守る」重さを国民に知らせた。

 このように、国を守るというのは命がけであり、自衛隊員はそうした宣誓を行うが軍隊ではないとされている。

 公務員が生命の危険を顧みずに職務を遂行し、殉職したり傷害を負ったりした場合、勇敢な行為をたたえ、弔慰または見舞いの意を表するため本人または遺族に支給されるのが賞恤金(しゅじゅつきん)である。

 その額は地方自治体ごとに条例で定められるが、自衛官の場合は防衛大臣の訓令により定められている。例えば任務中に死亡した場合などの賞恤金は警察官や消防士の9000万円に対し、自衛官は6000万円である。

 ただし、イラク派遣や南スーダン派遣時に特別任務が付加された場合には一時的に9000万円まで引き上げられた。

 このように、「身をもって」責務の完遂に務める自衛官でありながら、普段の賞恤金は警察や消防に比して少ない状態は、士気の観点から単純には理解に苦しむ。

自衛隊に栄誉はあるか

 近年、自衛隊は大規模災害や国際平和維持活動などでの活躍が目立ち、国民からの支持も90%以上となっている。

 しかし、普段の自衛隊は有事に備えた厳しい訓練や国境・離島などでの実務としての警戒監視活動などを行っている。また、荒天時に離島などで急病人が発生したような場合の緊急輸送支援なども行う。

 こうした国民の目が届かない状況下で、自衛隊の殉職者が多く出ている。

 平成29(2017)年10月28日、市ヶ谷の防衛省慰霊碑地区(メモリアル・ゾーン)で、安倍首相、小野寺五典防衛大臣、現役高級幹部、遺族などを迎えて平成29年度自衛隊殉職隊員追悼式が行なわれた。

 過去1年間の御霊25柱を加えて、警察予備隊以降の殉職者は1934柱となっている。対比して殉職警察官(年度によってばらつき大)総数は250人前後と見られており、自衛官が8倍くらい高くなっている。

 戦争犠牲者でこそないが、自衛官の危険度が高い歴然たる証拠であろうが、賞恤金の問題を含め、以下のように旧軍人、そして今日の日本の各界の指導者などと比較した場合、栄誉が与えられていないことは確かである。

 憲法上あるいは法律上において、その任免にあたって天皇による認証が必要とされる官吏は認証官の栄誉が与えられる。

 旧陸軍と陸上自衛隊(本来は旧軍と自衛隊とすべきであろうが、陸自を主体に例示する)についてみた場合、陸軍の師団長以上はすべて認証官であったが、陸自では師団長はおろか、その上位にある方面総監や陸上幕僚長、統合幕僚長の誰一人として認証官に指定されていない。

 ちなみに、現在の認証官は国務大臣・副大臣(39人)・内閣官房副長官(3人)宮内庁長官・侍従長、検事総長・次長検事・検事長(8人)、最高裁判所判事(14人)・高等裁判所長官(8人)、人事官(人事院3人)、検査官(会計検査院3人)、公正取引委員会委員長、原子力規制委員会委員長、特命全権大使・公使(多数)などである。

 かつて、佐藤栄作首相は高辻正己氏が内閣法制局長官であったとき、法制局長官を認証官にしようとしたが、高辻氏はその前に統合幕僚会議議長(自衛官の最高位で、今日の統合幕僚長)を認証官にしてほしい旨を建言したとされるが、いまに至るも実現していない。

 平時だから致し方ないという考えもあろうが、栄誉は普段にあってこそ発奮させる要因となる。叙勲も「身をもって」任務を完遂した自衛官よりも、同階級の外国軍人や平服で長い期間勤務した大学教授が上位に位置づけられる状況である。

 ただ、安倍内閣になって以来、統合幕僚長経験者には(陸海空)幕僚長の瑞宝重光章より上位の瑞宝大綬章が授与されている。

 近年の瑞宝大綬章受章者をみると、内閣法制局長官、外務事務次官、駐米特命全権大使、会計検査院委員長、侍従長、東大・京大学長などとなっている。

 陸海空の幕僚長は統合幕領長と同じ4スター(旧軍の大将相当)で階級上は同等である点からも、大綬章が相応しいと思われるが実現には至っていない。

 こうした栄誉は最高指揮官としての首相の努力というよりも、自衛隊の位置づけの不明確がもたらす混乱であろうし、その元凶が憲法にあることは言うまでもない。

自衛隊でも情報や兵站を軽視

 旧陸軍では情報と兵站が軽視された。その証拠は「輜重輸卒(しちょうゆそつ)が兵隊ならば 蝶々トンボも鳥のうち」という戯れ歌が流行ったことからも分かる。

 「輜重」とは、旧日本陸軍で兵器・弾薬・食糧・衣服など戦闘部隊に輸送・補給するべき軍需品の総称で、その業務を行う下級の兵が「輜重輸卒」であった。

 だから、上記の俗謡は、軍にとって極めて重要な「兵站」を徹底的に軽視していたということである。

 現にガダルカナル戦やインパール作戦では、戦死者以上に餓死者や医薬品などの不足から病死者が多かったと言われる。

 自衛隊の発足に当たっては、大東亜戦争の教訓を生かすようにされた。すなわち情報や整備・補給などの兵站分野の重視である。

 兵站分野とは兵器・弾薬や装備品の研究・開発から整備・補給全般を総称した表現であり、幹部を養成する防衛大学校は理工系大学に準拠して創設された。

 ところが、実働する自衛隊という組織体では、部隊運用や人事・教育部門などが重視され、情報や後方分野は旧軍同様に軽視されるように見受けられた。

 端的な一例を示す。当時はソ連が対象国で、北海道侵攻も予測された。道東に展開する戦闘部隊のすぐ後方に前進兵站部隊を展開して支援することを当然と考えていた。

 ところが、後方にある補給処(兵站基地)から自衛官(制服)が前方に進出すると、残るのは建物や衛生資材を管理したり、衣類を整備したりするような事務官や技官ばかりで、自衛隊車両の運転は許されていない。

 このため、前方で密接に支援している自衛官が兵站物資(整備・補給品、糧食・燃料、弾薬など)の受領に後方へ帰らざるを得ないという矛盾が生じた。輸送等の欠陥の露呈である。

 また、例えば戦車の開発に当っては、相手の対抗兵器の性能諸元(装甲厚や材質、機動性能、搭載火砲など)が必要で、現物を入手して徹底的な評価試験などが大切である。

 しかし、軍事雑誌や米軍からの情報入手など、安易な方策(機密情報などは入手不可)に流れ、真の情報への接近を真剣に考えない場合も多くみられた。

 ましてや後方職種の人物がトップに座るなど考えられず、陸自では普通科(旧軍の歩兵)、特科(同砲兵)、機甲科(同戦車)出身が主体で、海自・空自でも同様の傾向と仄聞する。

 そうした中で、第33代海上幕僚長に経理・補給職種出身者がついたということは、自衛隊始まって以来で、百余名の幕僚長で初めて後方職種から補職されたことになる。

 ようやく先の大戦の敗因を生かす修正が始まったかと思うと、遅きに失していることはいうまでもないが感慨一入である。

情報部隊に総理大臣表彰

 自衛隊に限らず、どんな職域においても花形の存在とそうでない縁の下の力持ちが存在する。練馬区(東京都)に司令部を置く第1師団は、首都防衛師団と位置づけられている。その中核的存在は第1普通科連隊である。

 共に「頭号」師団、「頭号」連隊の名で親しまれており、連隊長の名刺裏面には、旧軍の連隊長であった乃木希典など、第1代から現自衛隊に続く歴代連隊長の名前が刻まれている。

 旧陸軍と自衛隊では性格が大きく異なるが、首都防衛の任務、あるいは外国首脳を迎える表玄関の部隊という歴史は連綿とつながっており、名刺の裏面は首都防衛の責任を請け負う決意表明でもあろう。

 オリンピックや国家的行事には決まってかり出され、また首都圏での災害派遣にも当然大活躍である。こうしたこともあり、歴代の内閣総理大臣表彰が、第1師団司令部庁舎の玄関にあるショ―ケースには所狭しと陳列されている。

 そうした中で、平成29年には稚内・礼文(道北)と標津(道東)に駐屯する沿岸監視隊が、昭和30年の配備以来初めて総理大臣特別賞状を受賞した。ここにも真に必要な情報が軽視されてきた一面が伺える。

 功績には「創設以来、厳しい自然環境を克服しながら、宗谷・根室の両海峡周辺の警戒監視任務に当たり、艦艇や航空機を早期に察知してつぶさに動向を監視し、北方地域を守り抜き、わが国の平和と安全の確保に大きく寄与した」とある。創設以来とは62年間の辛苦を意味している。

 今日の焦点は南西方面であり、陸海空自衛隊とも態勢整備を進めている。

 陸自は平成28年3月、日本最西端の与那国島に隊員約160人の与那国沿岸監視隊を配備した。北海道の沿岸監視隊の内閣総理大臣表彰が、与那国沿岸監視隊へのエールとなることは言うまでもない。

 過去には「本土サヨクがつくるオキナワ世論」(高山正之・仲新城誠両氏対談『WiLL』2016年8月号所収)で、真っ赤に近いほど自衛隊反対一色に塗りつぶされてきたが、部隊配備から2年弱における町内との関係は想像以上に生産的であったようだ。

おわりに

 国家の防衛にかかわる自衛隊の制度的認知の欠落や情報・後方関係の軽視などについて断片的であるが考察した。

 中曽根康弘首相は首相となる人は防衛庁長官(当時)経験者がふさわしい旨の発言をしている。これは、一国のかじ取りには安全保障を疎かにしてはならないという警句であろう。

 最高指揮官でありながら、年に一度の自衛隊高級幹部会同を欠席するという理解に苦しむ首相もいたが、安倍首相の行動を見ると、自衛官との接触はどの首相経験者よりも多いように思われる。

 それは内閣の長として、国家の安全への責任遂行意志の表出であろう。それが具体的な法制の不備の修正につながり、また隊員の士気の高揚に反映されているとみていいであろう。

産経WESTより転載記事 2018 1 26

韓国才女「親日を責める国、ばかばかしい」「吉田証言のようなことがあったら朝鮮の男は黙ってみていない」

私は米ボストンに住む韓国人の友が何人かいる。彼らは日本統治時代に、ある年齢まで日本語教育を受けているので日本語ができる。皆85歳以上ながら、朝鮮戦争後、韓国最高峰のソウル大学を卒業して、学問のため米国留学をした。 去年の夏、85歳で亡くなったHさんは日本の文化、文学をこよなく愛し、日本各地を訪れ、就眠前はベッドで百人一首を読むことを常としていた。彼女が受けた日本語教育は、終戦の12歳で終わっていても、きれいな昔の日本語だった。 ソウル大学を卒業した後、米国の大学院で生物化学を修めた才媛。頭脳明晰(めいせき)とは、彼女そのものだった。その上、記憶力が抜群ときているので彼女から聞く昔の思い出話は、楽しく興味深いものだった。亡くなる月まで日本から文芸春秋を取り寄せ、日本の世情に精通するだけでなく、ニューヨーク・タイムズなども購読する教養にあふれた最愛の友人の1人だった。慰安婦問題に関しても、彼女は、自分の人生経験を基にして怜悧(れいり)に韓国を見つめ、このように話をしていた。

■挺身隊になれることを楽しみにしていた
Hさん「女子挺身隊とだまして慰安婦にさせたと言っていますが、12、13歳の私たち生徒は、15歳になるのを楽しみにしていたのですよ」
私「どうしてですか」
Hさん「15歳になれば女子挺身隊に入れるからですよ。だって、戦争末期には、お国のためと、学校の授業もほとんどなくって雲母を一枚一枚剥がす仕事ばかりさせられていました」
私「何に使うのですか」
Hさん「さぁ、子供ですから考えたこともなく、言われるがまましていましたけど、何でも飛行機の電気関係とか聞いたことがあります」「でもですよ、慰安婦にさせられるのでしたら、私たち(上流階級の子女らが集まった)淑明女学校の女子は、あのように挺身隊に憧れませんよ」
 「吉田清治って、希代の嘘つきですよ。作り話に乗せられて、済州島では200人余りの若い女性たちを暴力でトラックに積み込み慰安婦にさせたと書いた日本のA新聞社もどうかしていますよ」

愚かな韓国政府、・・そのお金で、北朝鮮に対する防衛費に使ったら

「その記事のせいで(間違った情報が)世界に広まったのでしょう?。そんなことがあったら、朝鮮の男たちは黙ってみていませんよ」 「特に済州島の男たちは荒いのですから、命をかけて戦いますよ。A新聞は、大スクープ!と飛びついたのでしょうけど、ジャーナリストたるもの、記事にする前に冷静に調査しなければいけません。本人の素性も調べていないようですね。ばかげた話です」 「慰安婦は、今の世の中を基準にして考えてはいけません。あの時代は、人権なんてありませんよ。特に女性は。日本だって金のため親は娘を売りました。当時は、それが悪ではなかったのです。村々を回って親から娘を買っていた女衒(ぜげん)は朝鮮人だったのですよ」

■日本人はなぜ捏造(ねつぞう)を信じたのか
私「女衒は朝鮮人だったのですか」
Hさん「だってそうでしょう。田舎の貧しい朝鮮の親たちは日本語を話せないのですから。私の母親は一応、両班(特権身分の階級)の出ですが、『女に学問は不要』といった当時の朝鮮ですから、日本語を話せないだけでなく、ハングルの文字も読めませんでした」 「父は小学校から大学まで日本語教育を受けていますし、朝鮮殖産銀行に勤めていましたから日本人と変わりなく話しました」
吉田氏は韓国に石碑を建て、その前で土下座をし、「許してください」などと謝罪したそうだ。

私は、Hさんのために大高未貴氏(著)の「父の謝罪碑を撤去します」を購入し、手渡した。同書を読み終えたHさんは、「どうしてこんな(吉田氏の)捏造話を信じたのでしょうね。日本人は、もっと賢い民族のはずです」と私に問いかけてきた。そして、こうも語った。
Hさん「本当にばかげた話なのですけど、自殺をした廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の下で親日財産没収法が決まって、朝鮮総督府が設立した朝鮮殖産銀行に亡くなった父が勤めていたことで、私たちは親日(という扱い)となっていたのです。それで長女の私に統治時代に築いた財産を没収するって手紙がきたのですよ」「このために韓国政府は特別機関を作って、全世界に散らばっている親日といわれる子孫を探し出すのですから。こんな愚かな手紙を出すお金があれば、北朝鮮への防衛費に使ったら良いのです」
私「それでどうしたのですか」
Hさん「破って捨てました。もう何年もたちますが何も言ってきません。政府も忘れているのでしょう」
「あの慰安婦像だってそうですよ。どう見たって12、13歳の少女です。そんな歳で慰安婦なんてあり得ません。日本人が怒れば怒るほど彼らは喜ぶんです。ほっとけば、今にほこりを被りますよ」
デモには北が入り込んでいる? 
いろいろな話を聞かせてくれるHさんに私が「韓国の話をするときには、『ばか』の言葉がたくさん出てきますね」と語りかけると、「だって本当のことを言えば、親日と責める国ですもの。ばかばかしい…」と真面目に答えるのが印象的だった。去年、韓国で広がったキャンドルデモをテレビで2人で見ているとき、Hさんの分析に考えさせられた。
Hさん「このデモには北朝鮮からの人間が相当入り込んでいると思います」
私「どうしてですか」
Hさん「日本人と違って、韓国の人間は一致団結ができない民族なのです。この短期間にキャンドルやビラ、そして、そろいの上着などを民衆が団結して用意できるはずがありません。北朝鮮の人間は長年の間、命令に従うことに慣らされています。これだけ韓国民が同じ行動ができるのは、北朝鮮からの指導者が統率しているはずです。民衆が気づいていないだけです」
私「協力できない民族なのですか」
Hさん「こんなことわざがあります。『日本人と朝鮮人が1体1で戦えば体の大きい朝鮮人が勝つ。2対2では日本人が勝つ』。それは、日本人の協力し合う民族性からです。朝鮮民族は、2人になれば、お互いに大将になりたがってけんかが始まります」
 このことわざは、私が釜山に住んでいるときにも、家のお手伝いさんから聞いたことがある。
韓国の才女が日本を愛する理由は・・恩師の最後の一言「立派な朝鮮女子たれ!」
Hさんには「これほど日本を愛してくれる貴方に対して、日本の首相に一筆礼状を出すようにお願いしなければいけませんね」と冗談を言ったものだ。私が彼女にしてあげられなかった唯一の心残りは、彼女が日本統治時代に教えを受けた日本人教師の家族を探せなかったことだ。 終戦で日本人教員が引き上げる前日、学校の講堂に集まった女生徒たちに、先生1人ひとりが別れのあいさつをしたという。
最後に、彼女が最も尊敬をする男性教師は「立派な朝鮮女子たれ!」と大きく涙声で言ったそうだ。
「果たして期待に沿える朝鮮女子になれたのかどうか分かりませんが、せめて先生のご家族に、あの時の立派な言葉を伝えたいものです」とHさんから聞いていたからだ。力を尽くしたが、ついに探すことはできなかった。
2011年7月5日に腔鏡腎尿管全摘除術を行うことになった。当日早朝、知り合いで元阪大の吉岡淳先生が病院に指定された5時半に間に合うよう私の車を運転して連れて行ってくれた。手術予定は3時間。手術終了まで付き添うと言い張る吉岡先生の優しさに感謝するも、強制的に帰ってもらった。午後、麻酔から目が覚めると広く清潔な個室のベッドに寝かされ、脇腹にはビニール管と袋がつり下げられていた。
部屋には、シャワールームもあり、早速、持参した消毒紙でトイレシートを拭く。
前に経験した激痛で懲りている私に、ケーンズ医師が「絶対に約束する」と言った通り、術後の痛みは全くなかった。同月15日にカテーテルが外されるまで病院で購入をした痛み止めを飲むことは1度もなかった。
ただ、体内で機能していた臓器が1つ摘出されたというのに、この無感覚は何だろう。術後は食欲がなかった。摘出から2日目、形容しがたいほどまずい三度の食事。ほとんど残した。3日目となる7日午前、病室に入ってきた医師から「おめでとう」と退院許可が下りた。 「何か質問は」と聞かれて、「初めての経験なので、何を聞くべきか分かりません。なので質問はありません。それよりも、おすしを食べてよいでしょうか」と尋ねると、「おすしは僕も好きですよ。どうぞ」との返事が帰ってきた。
親友の金子操さんと彼女の長年のボーイフレンドであるマークが迎えに来てくれた。「買ってきてもらいながら、思うほどおすしを食べられないわ」とこぼす私に、「普通の男よりも食べている」とマークが笑う。数時間後、ご飯とおでんをごちそうすると「これ以上いたら、もっと料理しそう」と泊まる支度をしてきた操さんは、彼と帰ってしまった。
その夜、これから留学されるお客さまたちに帰宅したことをメールで知らせてシャワーを心いくまで浴びた。帰宅して1週間、訪問看護婦がわが家を毎日訪れ血圧、脈拍、傷口、そして袋の中の尿を検査する。
このシステムだと、落ち着ける自宅でパソコン仕事ができ、好物も料理できる。好きな時にベッドに横たわり本も読め、駄犬のチビの散歩もできる。ベストセラーになった「診てもらいたい日本の10人の医者」の1人で、愛知県癌センターで活躍された山村義孝先生と電話で訪問看護の話をすると、「あなたは独立心旺盛だからできると思いますよ。今の日本ではまだ無理です」との意見だった。いずれ日本も医療費の削減政策で、自宅看護を活用して入院期間を短縮せざるを得なくなるだろう。

【プロフィル】新田多美子(Tamiko Arata) 大分県津久見市生まれ。72歳。1983年に米ボストンに移住し、日本などからの留学者向けに住居の手配、生活用品の買い物、車購入と自動車保険など生活の立ち上げサービスの仕事をしている。
現在は、がん治療を受けながら働く毎日。治療では、スイスのロッシュ社による新薬の免疫チェックポイント阻害剤「アテゾリズマブ」を使っている。日本ではまだ認可が下りていない。早く認可が出た米国で、実際の治療を通して知見が得られている最新治療を受けることを聞いた私の回りの日本医師たちは、口をそろえたように「幸運だ」と言う。

 日本が恋しいわけではないが、誰よりも日本を愛し誇りに思う。ボストンから見る日本や、少し変わった日常の出来事などをコラムにし、日本ではまだ認可されていない最新のがん治療の様子も紹介していきます。

ボストンからの一言(2)

韓国の本音…「日本を恨んで、中国には何も言えない」

私たち家族は主人の仕事で1977年から3年間、韓国の釜山に住んでいた。当時の韓国は、食堂で出されるご飯は麦飯のみと定められ、砂糖、塩すら配給制だったが、闇市に行けば何でも手に入った。女性に人気があったのは日本の化粧品で、韓国人と親しくなると、よく手に入れてほしいと頼まれた。日本統治時代の面影があちこちに残り、家屋や街並みは昔の日本に戻ったようだった。

■「北は悪」の思想
 北朝鮮の工作員たちが夜陰に紛れて行う活動を阻止するため、深夜の午前0時になれば、一斉にサイレンがけたたましく鳴り響き、路上には人っ子一人いなくなる。酔った男たちが、サイレンの前に自宅に帰ろうとタクシーを奪い合う様子は、もう2度と見ることのできない韓国の風物だった。北朝鮮からの攻撃に備えた訓練として、月に1度だったか灯火管制もあった。 サイレン音とともに、家庭のみならず町全体から灯りと音が消え去り、墨を塗ったように真っ暗な静寂が襲ってくる。 再び鳴り響くサイレンで解除となり、町には一斉に灯りが戻ってくる。当時は、朝鮮戦争の体験者が多く生存し、「北朝鮮は悪」という思想が強く、市民はこうした政府の対応にも不平も言わず従っていた。
夕方5時には、大音響で国歌が流れ始め、全国民は、右手を胸にあて、終わるまで直立不動で立つことを義務付けられていた。
デモが銃撃戦に
このようなご時世に、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺(1979年)、学生たちの民主化デモから始まった光州事件(1980年)と戒厳令が発令された緊張感は、今では想像もできない。

光州事件では、鎮圧にあたる兵隊たちの暴行に憤った市民たちが参加をしたことから一挙に拡大し、デモの参加者は最終的に20万人以上とも言われている。銃を携えた若い兵士たちを乗せた軍のトラックのみが、戒厳令のもと静まりかえった町の大通りを続々と疾走する光景は、まるで映画の中の出来事のようだった。デモ参加者は武器庫を襲撃して銃を手にし、兵隊たちとの間で銃撃戦が始まった。そして、軍による多くの学生や一般市民への弾圧が繰り広げられた。
動乱の中、突撃視察
光州への道は封鎖され、通信も遮断されて真実を知ることのできない国民は、「北朝鮮のスパイに扇動された暴動である」などとの喧伝を信じた しばらくして私は、戒厳令の中でも米軍のプレートが付く車には外出許可が出たことを知った。 「動きが止まった釜山の町をこの目で見ておきたい」 との思いに駆られ、「韓国人の自分は外出できない」と尻込みするわが家の運転手に「コネがあるから、拘束されたら迎えに行く」と叱咤(しった)激励して町に出かけた。今でもまじかで見た、あの初々しさの残る若い兵たちが、市民を虐殺したとは信じられない。
私は、韓国史に残る事件2つを体験したことになる。
慰安婦や徴用工問題を一度も聞いたことはない

 当時、40代半ば以上の韓国人は日本語教育を受けていたため、私が日本人だと分かると「日本語を話せます」とうれしげに話しかけられたものだ。 「チャガルチ」と呼ばれる大きな市場に店を開くだけのお金がない女性たちは、道路に沿って地面に新聞紙やビニールシートを広げ、たくましく大声で客を呼び込む。 私は、彼女たちと話すのが大好きだった。おばさんたちも日本語ができない若い世代からの羨望の視線を感じながら自慢げに日本語で私と話し、野菜や魚を買うといつもおまけがついてくる。京都で生まれ育ったお手伝いさんが「韓国人の私が同じお金で魚2匹しかもらわんのに、日本人の奥さんが、なんで3匹なんですか!」と冗談を言ったものだ。

 こんな思い出もある。
堂々とした体格の60歳過ぎの金さんは、柔道界で名が知られていたそうだが、私が知り合った頃は、整体師として糧を得ていた。ある日、私を治療しながら唐突に「35年間支配した日本を恨んで、千年以上朝鮮民族にもっとひどいことをした中国には何も言えない」と独り言のようにつぶやいた。今思えば、私と何十年ぶりに日本語を話しながら、統治時代の自分の人生を懐かしんでいたのではなかっただろうか。洋酒も闇市でしか手に入らない時代、主人のもとには、同年代の韓国人の友人や軍人たちが多く集まった。戦前の日本の歌謡曲や軍歌が主流で、皆から「閣下」と呼ばれていた見た目が60歳ぐらいの軍人は、日本の軍歌を見事に声高高に歌いあげていた。「閣下」という言葉が使われていることに驚き、主人に「あの人は誰なの」とこっそり聞くと、「朴大統領と同じ日本陸軍士官学校の出身」と教えられた。韓国に住んでいた3年少々の間、慰安婦や徴用工問題など1度も韓国人の口から聞くことはなかった。
2011年の5月終わりに受けた腫瘍の生体検査で、尿管ステントを留置された。
検査を前にベッドに横たわる私に、真上から説明をする麻酔科医が「なにか質問は?」と最後に言うので、「先生の目の色はコンタクトレンズですか?」、「それとも本物ですか?」と聞いてしまうほどの深くきれいなブルーだったことを覚えている。麻酔が効いている間、自分のいびきが気がかりだったが、心配ないといわれ、安心した。検査と処置を終えてその日の夕方に帰宅。麻酔が切れ始めると経験したことのない激痛が襲ってきた。誰かが、下半身の臓器をねじりあげているようで、痛みに強い私でも耐えきれない
医者は既に帰宅した時間。病院にかけた電話は救急に回された。
「えっ。痛み止めは出されなかったのですか。すぐに取りに来なさい」と驚いたように言われても1人住まいの身、病院に行くこともできない。 「家に痛み止めの薬はありませんか」と聞かれ、2種類の薬名を告げると「アスピリンは出血を止めないので絶対に駄目です」と注意をされ、もう1つの薬を飲んで寝込んでしまった。早朝、目が覚めると痛みも和らぎ空腹を覚え、1週間前に採ってきたワラビを料理していただいた。

新田多美子(Tamiko Arata)  
大分県津久見市生まれ。72歳。1983年に米ボストンに移住し、日本などからの留学者向けに住居の手配、生活用品の買い物、車購入と自動車保険など生活の立ち上げサービスの仕事をしている。
現在は、がん治療を受けながら働く毎日。治療では、スイスのロッシュ社による新薬の免疫チェックポイント阻害剤「アテゾリズマブ」を使っている。日本ではまだ認可が下りていない。早く認可が出た米国で、実際の治療を通して知見が得られている最新治療を受けることを聞いた私の回りの日本医師たちは、口をそろえたように「幸運だ」と言う。
日本が恋しいわけではないが、誰よりも日本を愛し誇りに思う。ボストンから見る日本や、少し変わった日常の出来事などをコラムにし、日本ではまだ認可されていない最新のがん治療の様子も紹介していきます。

マネーポストWEBより転載記事
毎日コンビニ食、ファストフードを食べ続けた結果、私の身体は……
2017年5月20日

「体が資本」とはよく言ったものである。結果的にカネを稼ぐには、自らの肉体と頭脳を使うしかないわけで、その根幹が崩れてしまっては生活がなりたたなくなってしまう。となれば、バランスの良い食事を心がけ、健康に生きなくてはならないが、現代人はついついファストフードやインスタント食、コンビニ食など、手軽な食事に向かってしまいがち。また、こうした食べ物は安く、お金がない者にとっては実にありがたい存在でもある。

 無職・駆け出しライター時代の2001年から2003年にかけ、東京・渋谷から徒歩18分の風呂なし共同便所・家賃3万円のアパートに住んだ経験を持つネットニュース編集者の中川淳一郎氏。同氏が、食費をいかに抑えるか、という観点からファストフード、インスタント食、コンビニ食を毎日食べていた生活を振り返り、その結果、発生した身体的不調について言及する。
 2001〜2002年頃、ITバブル崩壊直後の日本は極端なデフレになっていました。その頃は食費をいかに抑えるかを考えていたのですが、刺身や牛肉を買う余裕などもなく、ひたすら同じ安いものを食べていました。本当に以下のローテーションで毎日同じものを8ヶ月ほど食べ続けていたのです。

【朝食】スーパーで買ったカップラーメン(100円)、コンビニおにぎり(100円)→合計200円
【昼食】マクドナルドのハンバーガー(59円×2)→合計118円
【夕食】吉野家の牛丼(280円)→合計280円
 1日の合計の食費が598円だったのです。いや、厳密に言うともう少し多い。朝食ではカップラーメンにワカメやネギや玉子を入れたりし、ハンバーガーにはレタス、ベーコン、スライスチーズを挟み、マスタードとマヨネーズを加えたりしていました。さすがに自分自身、栄養が足りないと思っていたのでしょう。

自分なりに栄養のことを考えてカスタマイズしてみたが……
 1973年生まれの私にとって、マクドナルドのハンバーガーは実は「ハレの日のご馳走」でした。1個210円という時代が続き、もともとカップラーメンより高かったからです。1980年代後半、「サンキューセット」という390円のセットが出てようやく普通の食べ物になりましたが、210円時代を経験しているだけに、59円や65円でハンバーガーが食べられるというだけで、大喜びし、1回に10個買って2個食べた後、残りの8個は冷凍し、次の4日分の昼食にしていたのです。

 しかしながら、明らかに野菜の量が足りません。こんな食生活を続けていたところ、体に異変が起き始めます。肥満になるとかそういったことはなかったのですが、全身にぶつぶつができてしまったんですよ。本当に顔を除く全身で、首から腹、腕、脚、背中などすべてに直径7mmほどの無数のピンクのぶつぶつができ、身体中が「点字ブロック」のようになってしまいました。そしてとにかくこれが痒い!
アフガニスタンと渋谷・ボロアパートの違い友人と会おうものなら、「ギャー!」と叫ばれ、「お前、何か伝染るんじゃねぇ? こっち寄るな!」などと言われるほどでした。とにかく不気味なぶつぶつだらけになってしまったのです。当時住んでいた家賃3万円の部屋にダニが大量発生したのかと思い、バルサンを焚いたりもしたのですが、特にダニの大量の死骸が見つかるわけでもない。

 そんな状況ながら相変わらずの食生活を続けていたのですが、その頃になると1日中体を引っ掻き続けるものですから、身体中傷だらけになっていきます。特に背中がひどく、爪の跡が大量に残り、そこがかさぶたになっていきます。かさぶたがだいぶ乾いてくると、痒さが増し、その部分をかきむしってしまいせっかく終息に向かいつつあった「かさぶたが自動的に落ちる」→「とりあえず治った」という状態が振り出しに戻ってしまいます。
無職生活がスタートしたのが2001年4月で、同年9月ぐらいからはライターの仕事を開始したのですが、ぶつぶつが出始めたのは9月頃です。そして、2002年2月、戦後のアフガニスタン取材に行くことになり、当地の衛生状態なども不安だったため、事前に近くの内科に行ってきました。
すると医師は私の身体を診るなり「うわっ、こりゃ栄養不良だ!」と叫ぶではないですか。「一体何をアンタは食べているんだ!」と一喝され、上記の食事を紹介したら「そりゃ、こうなるよ。もっとね、野菜を食べなさい、野菜を!」と指導を受け、何らかの薬をもらいました。しかも、当時は風呂に入るのも1週間に1回程度だったため、インキンにもなっており、パンツをおろし、美女の看護師に足の付け根のあたりに薬を塗られたのでした。
この薬を飲んだところ、少しずつ改善したのですが、結果的に完治したのは皮肉にもアフガニスタンでの野菜タップリの食事と、毎日入れるシャワーのお陰でした。アフガニスタンの方が、東京・渋谷のボロアパート生活よりも健康的だったのです。以後、極力野菜を摂るようにし、ぶつぶつは消えたのですが、あの時の背中のかさぶたは今も残り、時々痒くなると掻いて剥がしてしまい、結局16年経っても背中から血は出続けるのでした。
アフガニスタンでは新鮮な野菜も豊富に摂取できた
栄養不良とは「栄養バランスが悪い状態」です。たしかにファストフード食は手軽かもしれませんが、やはり肉・魚・野菜・炭水化物をバランス良く摂るのがよいと思います。

プレジデントオンラインより転載記事 上阪 徹 2018 1 25

社長が"そばに置きたい"と思う人の3条件
ビジネス書の著者は多くが社長だ。だが読者の多くは社長ではない。読者にとって有用なのは「社長の仕事術」より「社長のまわりの仕事術」なのではないか――。ブックライターの上阪徹氏は、そうした問題意識から『社長の「まわり」の仕事術』(インプレス)を書いた。取材を通じて上阪氏が実感したという「社長が“そばに置きたい”と思う人の共通点」とは――。

一流の社長を支える「まわり」にこそ学ぶべし

たくさんのように刊行されるビジネス書。その多くの著者になっているのが、経営者=社長である。自身の経験やスキルをベースに本を書いているわけだが、考えてみれば、ビジネス書の読者はすべて社長なのかといえば、必ずしもそうではない。

社長になる人はひと握り。ビジネス書の読者の多くは、むしろ社長でない人のほうが多いと思うのだ。多くは、エネルギッシュに動く経営者に日々、振り回され、ビジョンを実現していこうと奮闘している人たちなのではないか。

そうした人たちが、どんな意識で、どんなスキルで、どんな仕事術で仕事をしているのか。もしかしたら、そんな本があれば、より多くの人にダイレクトに役に立てるのではないか……。

こんな考えのもと、生まれたのが、拙著『社長の「まわり」の仕事術』(インプレス刊)である。カルビー・松本晃氏、DeNA・南場智子氏、ストライプインターナショナル・石川康晴氏、隈研吾建築都市設計事務所・隈研吾氏、中川政七商店・中川政七氏、サニーサイドアップ・次原悦子氏の6人の経営トップのまわりで仕事をしている、13人にロングインタビューさせてもらった。職種も、注目事業や海外事業の責任者、会長室、広報、CSR、社長、デザイナー、IT担当執行役員、社長室副室長、創業メンバーなどさまざま。

かつてなかったコンセプトの本、まさに知りたかった仕事術だ、などと話題にしていただいているのだが、今回は13人のインタビューの中から、「社長が“そばに置きたい”という人の3条件」をピックアップしてみたい。

13人はいずれも、経営トップからの厚い信任を得ているからこそ、重責を与えられている。社長が“そばに置きたい”と考えた理由があるはず。そんな視点から見てみると、13人の話の中から3つの条件がすんなり浮かんできた。

CHECK▼自分の役割を認識できているか?

まずひとつ目は、「自分の役割が認識できている」ことである。経営トップのそばで仕事をするということが、どういうことか、よくわかっているのだ。端的にいえば、経営トップのやりたいことをいかに実現に近づけられるか。そこにこそ、取り組もうとする。

ところが、逆のことをしてしまうケースが少なくない。典型例が、否定から入ってしまうこと。優れた「社長のまわり」は、そんなことはしない。

例えば、ストライプインターナショナルのグローバル戦略ブランド「koe」の事業部部長の篠永奈緒美さんは、石川社長の大きなビジョンに対して、最初から「できない」とは言わないとこう語っていた。

「なるべく思い描いていることを実現できるよう努力します。石川がやりたいことをかなえようとはするんですけど、数字がついてこなかったりとか、コストがかかりすぎるときもある。それが見えてきてから報告して、難しいときはそう言います」

カルビーで事業を急成長させたフルグラ事業本部本部長の藤原かおりさんは、プロジェクトにアサインされて真っ先に決めたことがあった。

「言われたことは取りあえずやろう、ということです。やってうまくいかなかったら納得しますが、いろいろ理屈をつけてできません、と言うのが一番イヤがられるんです」

世界的な建築家、隈研吾氏の隈研吾建築都市設計事務所の社長を任されている横尾実さんは、たくさんのプロジェクトを調整する役割を担当している。隈氏から、やりたい、という声が上がることもあるが、絶対に無理、などと考えず、まずはスタッフの状況を確認する。こうして、たくさんの案件を引き受け、信頼を勝ち取り、実績を作り上げてきた。

「結局、締め切りがあるとできちゃうんですよ(笑)。締め切りに向けて、いかに効率よくやるかがポイントですね」

CHECK▼スピード意識は持っているか?

社長が“そばに置きたい”という人の3条件、2つ目は「スピード意識がとんでもなく強い」ことだ。自身の仕事が速いだけではない。相手、とりわけ経営トップの時間をいかに奪わないか、常に強く意識しているのである。

例えば、メール連絡。カルビーの海外事業本部本部長の笙(しょう)啓英さんが、メールで気を付けていることがある。

「とにかく簡潔にすることですね。報告なのか、相談なのか、判断をしてもらいたいのか、明確にする。当然、忙しいじゃないですか。長いメールをもらったりするのは、一番イヤなんじゃないかと思います」

箇条書きをよく使うという。

「こういうことについてご判断いただきたい、と書いたら、条件をポンポンポンと書いて。また返事が来る。僕自身、率先垂範で社内でメールを送るときには、できるかぎり箇条書きにしています」

そして気を付けているのが、不必要な情報は入れないこと。

DeNAで会長室にいた中井さんは移動中の社内を情報インプットの場にしていた。経営トップが携わる情報は膨大。会う人物の情報、案件の情報を早くからインプットしておくことは難しい、それよりも、直前にコンパクトに伝えることが求められる。社内外でのミーティングでも同様だ。

「できるだけ短い時間でインプットしやすいように、事前に情報をまとめておいて、しかもそれを紙で見せるようにしています。そうすると、何がポイントなのか、本人がさっと決めることができる。絵があったほうが伝わりやすい。紙のほうが見やすそうにしています」

情報は1枚にまとめる

ストライプインターナショナルの宣伝部部長中村雅美さんは、これはどういうこと? というやりとりが続くのが、最もやってはいけないこと、できるだけ一発で理解できるものを、と語っていた。

「そのためにも、感覚だけでものを言わないようにしています。データなのか、状況なのか、必ず背景となるものを付け加える。これは“確認して”と言われるな、“この情報が欲しい”と言われるな、と想像ができたら、最初からつけておく」

添付するのは、1枚の資料をPDFで。

「2枚になるとダメです。1枚にする。外部に資料をいただく際も、1枚でお願いしますと言うようにしていました」

外に対しても、どうしてスピードを強く意識する。その理由を端的に語ってくれたのは、隈研吾建築都市設計事務所のコミュニケーション・ディレクター、稲葉麻里子さんだ。

「隈自身のレスポンスがとても速いんです。メールを送ると即返信が来ることも少なくありません。ここで私がモタモタしていたら、隈がモタモタしている、みたいになってしまいます」

CHECK▼トップのことを理解しているか?

社長が“そばに置きたい”という人の3条件、3つ目は「トップをよく理解している」ということ。トップ自身を、あるいはトップの状況を、だ。

隈研吾建築都市設計事務所の横尾さんは、隈氏が書いた本を読んだりすることも重要な仕事になっていると語っていた。

「建築は、隈研吾1人で作れるものではありません。いろんな関係者と一緒に作っていく。でも、最終的にできあがったものは、隈の建築哲学が色濃く反映されているものでないと作品にならないんです」

そのためには、隈氏の建築哲学をしっかり理解しておかないといけない。

中川政七商店の執行役員バイヤー、細萱(ほそがや)久美さんは多忙な中川社長とはなかなか顔を合わせられないことも多い。そこで役に立っているのが、社長の著書だと語っていた。

「モノづくりやブランディングのいい教科書になっています。社長自身も講演等で使っていますし、それに沿って考えたりすることも多い」

そして日々の社長の空気感にも敏感になっていくことが大切になる。カルビーの笙さんは提案のタイミングに注意をしていた。

「経営者本人の中に、今どこに興味が向いているか、という流れがなんとなくあるんですよ。お、フルグラにいっているな、というときもあれば、あっ今、中国に来た、というときもある。ここは、うまくつかまないといけない」

ストライプインターナショナルの中村さんは、同僚とうまく連携しながら、目指すべきところに着地させている。

「人間同士、波長が合うときと合わないときがあると思うんです。この人となんだかものすごく考えることが似ているなと思うときと、そうでないときと。たとえば私自身にも、企画がするりと通るな、という時期と、全然ダメな時期があって。合う人が提案にいくとうまくいくんです」

経営者の変化に対応する

しかし、社長をわかった気になってはいけない、というのも優れた「社長のまわり」の声だった。ストライプインターナショナルの文化企画部部長の岡田泰治さんは気を付けなければならないことがある、と語っていた。

「クセや好みをわかったような気になることです。しかし、石川は常に変化していますから、どんどん変わっていくんですよね。1週間前の時点ではこう思っている、ということが、1週間後には変わっていることがある」

それなのに「社長はこうだ」と思い込んでしまうと、本質からぶれていってしまう。だから常に確認をするのだ。

サニーサイドアップの社長室副室長の谷村江美さんは、次原社長に声をかける際にも注意している。

「確認は重要ですが、気配りは十分にしないといけないと思っています。次原が別のことで集中しているときに、横から直接、別件のことを聞いたりすることはまずしないですね」

優れた経営トップほど、アクティブに動き、考え、決断している。どんどん変化し、言うことも変わっていく。むちゃぶり、思いつきは当たり前。そんな中で、振り回されずに、いかに信頼を得ていくか。優れた「社長のまわり」に、学べることは多い。

上阪徹(うえさか・とおる)

ブックライター。1966年兵庫県生まれ。早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。経営、金融、ベンチャー、就職などをテーマに雑誌や書籍、weメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人超。著書に『書いて生きていく プロ文章論』(ミシマ社)、『JALの心づかい』(河出書房新社)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)他多数。(写真=iStock.com)

ダイアモンドオンラインより転載記事 窪田順生 2018 1 25
日本は韓国を笑えない!「五輪ファシズム」の仕掛人はマスコミだ
韓国で文在寅大統領肝いりのアイスホッケー「南北合同チーム」が物議をかもしているが、実は日本でも事情は似たり寄ったり。五輪をスポーツイベントではなく、「国威を見せつけるための政治イベント」として捉えている人が多いからだ。これは韓国や中国、旧ソ連圏などと同様に、日本人が今でも抱えている醜悪な考え方である。(ノンフィクションライター 窪田順生)
スポーツ選手は二の次!五輪は「政治の祭典」である

 今月24日、安倍首相が平昌五輪開会式に出席する意向を固めた、という報道があった。

 現時点でまだ正式な発表はされていないが、「従軍慰安婦」に関する日韓合意のちゃぶ台返しにはらわたが煮えくり返っている「ネトウヨ」のみなさんからは、「なぜボイコットしない!」「このまま国交断絶すべきだ!」という怒りの声が上がっている。

 このあたりの是非については立派な評論家やジャーナリストの方々が論じていらっしゃるが、個人的にそれよりも興味深いのは、多くの人が薄々勘づいていながらも目をそらし続けきた「現実」が、今回のドタバタによって、図らずも浮かび上がってきてしまったことだ。

 それは、五輪が「スポーツの祭典」というのは建前的な理想論であって、その実態は脂ギッシュなおじさんたちが駆け引きを行う、コテコテの「政治の祭典」に過ぎない――という「醜悪な現実」である。

 本来はアスリートという「個人」が競い合い、「国家」はそれを応援するものなのに、いつの間にやら当事者よりも、「国家」の方が前のめりになって、「五輪で友好」「五輪で景気回復」「五輪で世界中にこの国の素晴らしさを誇示するチャンス」などというスケベ心が大きくなっていく。

 自民党の二階幹事長が16日の記者会見で首相開会式出席について、「大変重要な政治課題」と述べたが、この言葉からもわかるように、ほとんどの政治家は、五輪を国家の威信やメッセージを表明する政治的パフォーマンスの場だと思い込んでいる。

 それの何が悪いという愛国心溢れる方もいるかもしれないが、大変マズい。

韓国大統領の鶴の一声で韓国人選手3人が涙を飲んだ

「国家」が何よりも優先されると、そのしわ寄せは必ず、本来の主役であるはずのアスリートにもたらされる。つまり、「全体の利益のため」という掛け声のもと、力のない個人が犠牲にされる「五輪ファシズム」ともいうべき現象が起きてしまうからだ。

 分かりやすいのが、開催国・韓国の文在寅大統領が、アイスホッケーの女子代表チームに北朝鮮の選手を「友好枠」として最低3人起用するようにねじ込んだ「南北合同チーム」だ。代表監督を務めるカナダ人女性は、メディアのインタビューでこんな風に述べている。

「政治的な目的に自分たちのチームが使われていることはつらい。韓国の選手が3人出られなくなると聞いた時もつらかった」

 4年間、必死に頑張ってきたアスリートの権利より「南北融和」。「個人、団体の選手間の競争であり、国家間の競争ではない」というオリンピック憲章などハナから存在しないような国家主義、全体主義である。

 いやいや、それは韓国という国がアレだから、という人もいるかもしれないが、五輪の歴史を振り返ってみると、「全体主義」に毒されていない大会を探す方が骨が折れる。

 1936年、IOCが「政治利用しないから」と説得してアメリカなど西側諸国の参加にこぎつけたベルリン五輪も結局、ヒトラーの「PRイベント」となったのは有名な話だが、このノリは戦後もみっちり続いている。冷戦時代には、アメリカとソ連が自国の優位性をメダル数で競った。国家の威信を示すために、時にはドーピングも辞さず、その悪しき伝統はロシアに受け継がれている。

 また、ソ連崩壊後は、ウクライナなどの国々が開会式で、統一旗ではなく独自の旗を掲げることで、自分たちの正当性をアピールしたように、自国民のナショナリズム発揚の場にもされてきた。

マスコミ総出で自国勢を応援する世界でも珍しい日本のカルチャー

 どんなに「スポーツに国境はない」と美辞麗句を謳ったところで、「国別対抗」という、一部の国や民族のナショナリズムを刺激する大会コンセプトを続けている以上、どうしても「五輪ファシズム」という問題が引き起こされてしまう構造なのだ。

 しかも、もっと言ってしまうと、実は我々日本はお隣の韓国に負けず劣らず、「五輪ファシズム」に陥ってしまう危険性がある。

 それを如実に示しているのが、日本の「五輪報道」の異常性だ。

 テレビでは大会期間中、日本人選手の活躍を朝から晩まで放映して、アナウンサーは「がんばれ日本!」と絶叫する。選手の地元などでは、日の丸を振ってみんなで観戦することも多い。新聞やニュースでも、今日まで日本勢がいくつのメダルを獲得しました、という話題がトップを飾って、前回よりも多い少ないと一喜一憂する。

 ごく普通のことじゃないかと思うかもしれないが、実は世界的に見ると、五輪をマスコミ総出で大騒ぎする国はかなり珍しい。たとえば、アメリカやヨーロッパでは五輪に無関心な人も多く、その競技を過去にやっていたとかの熱心なファンでなければ、徹夜でテレビにかじりつくなんて人の方が少ない。

 なぜか。詳しくは拙著『「愛国」という名の亡国論 日本人スゴイ!が日本をダメにする』(さくら舎)を読んでいただきたいが、ひとつの大きな理由としては、「スポーツ」というものに対する基本的な考え方の違いがある。

 多くの国では、その国のメジャースポーツに国民の関心が集まって、そのスポーツなら海の向こうのパフォーマンスも見てみたいとなる。だから、高い技術を持つプレーヤーは、国籍や人種を問わずリスペクトされ、国を超えてファンもできる。

 こういうカルチャーの人たちに、五輪の「国別対抗運動会」という座組みは正直、ピンとこない。国によってはほとんどなじみのないスポーツも多いので、自国の「代表」といっても顔も知らないし、感情移入も難しい。もちろん、自分の国なので応援をしたい気持ちはあるだろうが、パフォーマンスの良し悪しもわからないので、徹夜して国旗を振るまでの熱意は持てないのだ。

五輪ファシズムが蔓延するのは日本や一部アジア、旧ソ連圏など

 これと対照的なのが、日本や一部アジア諸国、旧ソ連圏などの国々である。普段は観客席がガラガラというマイナースポーツであっても、「自国勢が強い」ということになった途端、国民の関心が急に集まり、「五輪」の期間中は「にわか熱狂ファン」が大量発生するのだ。

 つまり、我々が五輪にここまで熱狂しているのは、「スポーツ」を愛しているからではなく、「日本人の活躍」を愛しているから、とも言えるのだ。

 なんてことを言うと、「日本人を侮辱する反日ライターめ!」とまた激しいバッシングにさらされそうだが、私が問題視しているのは日本人ではなく、マスコミだ。我々の頭に「五輪=日本人同胞の活躍を見ていい気分になる愛国イベント」という常識が刷り込まれているのは、近代オリンピックが始まってから、日本のマスコミが延々と続けてきた「五輪報道」による弊害なのだ。

 前述したように、ほとんどの国では、純粋に「スポーツ」であり、アスリート個人のパフォーマンスの成果だと捉える。だから、評価されるのは個人の能力であり、個人の努力だ。当然、世界の「五輪報道」では個人を讃える。

 しかし、日本のマスコミは最初に大きなボタンの掛け違いをする。スポーツの評価を「個人」ではなく「日本人全体」にすり替えてしまったのだ。分かりやすいのが、1936年10月30日の「読売新聞」に出た大きな見出しだ。

「諸君喜べ 日本人の心臓は強い強い、世界一 オリムピツクに勝つのも道理 統計が語る新事実」

 これは当時の「国民体力考査委員会」の調査で、心臓病と癌が原因で亡くなる人の割合が欧米人と比較して少ないということを報じたものなのだが、なぜか強引にこの年開催されたベルリン五輪で、日本人選手がマラソンや水泳で金メダルを獲得したことに結び付けている。

五輪の重圧が関係者を追いつめる自殺や犯罪に走る人も

「いや、それは当時の軍国主義が…」とかいう話に持っていく人がいるが、今でも五輪代表の活躍を実況中継するアナウンサーが「見たか、競泳日本の底力!!」などと叫ぶように、高いパフォーマンスを見せた「個人」を褒め称えるのではなく、「みんなの勝利」にすり替える、という基本的なマスコミのスタンスは、戦争を挟んでもこの80年、一貫して変わっていない。

 つまり、我々が五輪を純粋なスポーツイベントではなく、「日本人の活躍」に熱狂する愛国イベントとして楽しむようになってしまったのは、「個人」の業績を「日本全体」の業績にうまく拡大解釈するマスコミの報道姿勢からなる「教育」によるものなのだ。

 このあたりこそ「五輪ファシズム」に陥りがちな最大の理由だが、実は残念なことに、すでにその兆候が出てきている。

 東京五輪は3つの基本コンセプトに基づいているが、その中のひとつに「全員が自己ベスト」とある。アスリートはもちろんのこと、『ボランティアを含むすべての日本人が、世界中の人々を最高の「おもてなし」で歓迎』するというのだ。

 素晴らしいと思う一方で、五輪に対して特に思い入れのない人まで、「みんなのため」に死力を尽くせ、さもなくば日本人にあらず、みたいなノリにも聞こえて、一抹の不安がよぎる。

 昨年、新国立競技場建設に携わっていた、若い現場監督が過労自殺をした。最近では、一度引退を決意したアスリートが妻や周囲に応援されて復帰。「どうしても五輪に出ねば」という重圧に苛まれ、ライバルに違法薬物を飲ませるという卑劣な犯罪に走った。

 誰に命じられたわけではないのに、「五輪」という言葉に急き立てられ、「自己ベスト」を尽くした結果、疲弊して自分自身を見失ってしまったのだろうか。彼らもある意味、「五輪ファシズム」の犠牲者ではないのか。

「景気回復五輪」「復興五輪」…過大な期待はアスリートの重荷に

 戦後、日本最大の「政治イベント」だった1964年の東京五輪で銅メダルを取り、国民的スターになったマラソン選手の円谷幸吉氏は、続くメキシコシティ五輪では「金」を期待される中で、その重圧に苦しみ、最後は自ら命を絶った。遺書にはこう書かれていた。

「もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」

「自己ベストを尽くせ」という声は時に、「個人」をここまで追い詰める。走るのはあくまで「個人」であり、我々は単なる傍観者にすぎないのだが、この大事な基本を忘れた論調が、今の日本には多すぎる。

 ある人は「景気回復五輪」だと思っているし、「最後の建設バブル五輪」と算盤をはじく人もいる。「日本人のすごさを世界に見せつける五輪」だと勘違いしている人もいれば、そうではなく「復興五輪」にしてほしいと願う人もいる。

 それぞれの人たちに、そう望むのも無理ないような理由があるのだろうが、外野の思惑が多ければ多いほど、主役であるアスリートに犠牲を強いることになる。

 日本人の繁栄のための国威発揚イベントだと捉えたところから、「五輪ファシズム」の罠は始まる。我々はあまりにも多くのことを「五輪」に期待しすぎてはいないか。アスリート個人だけが評価されるべきことなのに、彼らに日本人全体の評価を背負わせてはいないか。

 韓国の「南北合同チーム」の醜悪さを他山の石として、「五輪」とはいったい誰のものなのかを、改めて考えたい。

読売オンラインより

      深読みチャンネルより転載しました

注意!モンスター化する「自分大好き」な人たち 精神科医 片田珠美

20160501

世の中には、他人に無理難題を押し付けたり、理不尽な要求を繰り返したり、自分が一番であると疑わないような振る舞いをする人がいる。
「自分大好き」が高じて、他人を攻撃したり、陥れたりする例もあり注意が必要だ。なぜ、行過ぎた自己愛は危険なのだろうか。
「自分大好き」という人たちの心理を片田珠美氏に探ってもらった。

「みんな平等」という幻想

皆さんもちょっと気になっているかもしれませんが、最近、「自分大好き」という人間が蔓延まんえんしているように思いませんか。

その一因として、戦後の民主的な社会で浸透した「平等」という幻想の崩壊が挙げられます。
「みんな平等」などと学校でも教えられ、それを信じていたのに、現実には「勝ち組」と「負け組」の格差が拡大していることもあって、そんな幻想を信じられなくなりつつあります。

教育による社会的地位の上昇というのも「神話」になりつつあります。教育には多額の投資が必要であり、名門大学ほど裕福な家庭の子どもが多い――。
そんな現実を突きつけられると、「負け組」はどうあがいても、「勝ち組」との格差を埋められないのではないかという気になります。

それでも、一度刷り込まれた平等幻想を捨て去ることなどできません。

 最近では、ツイッターやインスタグラムなどSNSの普及で他人の生活を簡単にのぞき見ることができるようになったことも、羨望せんぼうをかき立てる一因になっているようです。

他人の幸福が我慢できない

他人の幸せに嫉妬を覚える(画像はイメージ)

さて、羨望とはいったいなんでしょう?

羨望を「他人の幸福が我慢できない怒り」と定義したのは17世紀のフランスの名門貴族フランソワ・ド・ラ・ロシュフコーですが、まさに言い得て妙です。

 だって、そうでしょう。SNSは、「リア充」(リアル=現実の生活が充実している様子)自慢や幸せアピールでいっぱいなのですから。

 たとえSNSに投稿された画像がちょっと見栄みえを張った虚像であり、実像とはまったく違っていたとしても、見ている側は「あの人は、あんなに充実した人生を送っていて幸せそう。それにひきかえ自分は……」という気持ちになるものです。

 だからこそ、「他人の幸福が我慢できない怒り」を抱くのですが、それでは自分があまりにも惨めです。そこで、「自分だってこんなにスゴイんだ」と誇示したり、特別扱いを要求したりして、自分の価値を他人に認めさせようとするわけです。

こうした反応は、他人との比較によって自分自身の優位性が脅かされた際に表れやすいようです。ときには過剰反応してしまい、傷ついた自己愛を補完しようとするあまり、暴走してモンスターになることもあります。

そうなると、傍迷惑はためいわくです。第一、モンスター化した本人が自滅してしまうかもしれません。

それでは、「自分大好き」人間の5つのタイプを紹介して、その心理を分析してみたいと思います。

【1】自己顕示型〜セレブ気取りの虚自撮りが大好物(画像はイメージ)

30代の派遣社員の女性は、自分がどう見られているかが常に気になるようです。掃除が嫌いで散らかし放題のいわゆる「汚部屋おべや」に住んでいるにもかかわらず、自撮りする画面に入る部分だけはきれいに整理整頓して、ブランド物のバッグやアクセサリーをさりげなく配置するのだとか。

自撮りしてSNSに投稿した写真を見た友人や知人から「すごくきれいな部屋だね」とほめられると、うれしくなるのですが、実際は部屋に誰も立ち入らせないということです。

このように常に注目され、称賛されていないと気が済まず、自己演出に余念のない人が増えています。これは、自己愛に由来する自己顕示欲と承認欲求が強いせいです。こういう欲望を満たすために、実像と虚像のギャップをウソで埋めようとする場合もあります。

その典型が、ツイッターでセレブライフを綴つづり、“キラキラ女子”として崇あがめられていた「ばびろんまつこ」です。無職なのに「年収3000万円のハイパーエリートニート」をかたっていましたが、結局、詐欺容疑で逮捕されました。

SNSではいくらでも虚構の世界を作り出せますから、自己演出に拍車がかかりやすく、場合によっては彼女のように現実と嘘の落差を埋めるために犯罪に走ってしまうこともあるのです。

過剰演出に陥ってしまうのは今や他人事ではなく、誰もが「ばびろんまつこ」になる危険性をはらんでいることを忘れてはなりません。

【2】自己陶酔型〜あら探しという復讐

40代の契約社員の男性はSNSに繰り返し中傷を書き込んでおり、炎上にも加担しています。有名人のスキャンダルが報じられたり、自分が正しいと信じている価値観と違う意見が発信されたりすると、ここぞとばかり、徹底的に叩くのです。

彼は常に「正義」を振りかざして攻撃します。この「正義」の起源については、ドイツの哲学者ニーチェが『道徳の系譜学』の中で、「ルサンチマンにある」と言っています。

「ルサンチマン」とは、「恨み」を意味するフランス語で、「正義」を振りかざす人の心の奥底にはうらみつらみが潜んでいると、ニーチェは指摘しているわけで

これは的を射た指摘です。というのも、この男性は、大学卒業時に就活に失敗したため非正規社員として職を転々としており、安定した生活を送っている正社員や富も名声も手にしている成功者に対して強い羨望と恨みを抱いているからです。

だからこそ、恨みを晴らしたいという願望が強く、ネット上であら探しをせずにはいられないのでしょうが、「復讐ふくしゅうを正義という美名で聖なるものにしようとしている」ようにも見えます。

この手の「裁判官を装った復讐の鬼」はどこにでもいます。しかも、自分は正しいと信じているので、本当にやっかいなのです。

【3】特権意識型〜特別扱いが当然

40代の有閑マダムは、レストランで一番いい席に案内してもらえないと必ず文句を言います。ホテルに宿泊する際も、案内された部屋が気に入らないと、支配人を呼びつけて、「私は常連客なのよ」とクレーマーに。

一事が万事、この調子。病院を受診した際も、待合室で待たされたため、「私だけ待たずに診察を受けられるようにしてほしい」と要求。主治医に「だったら、特急券買ってきなさい」とたしなめられたのだとか。このときは主治医が院長だったので、「上の先生を呼んで」と叫ぶようなことはしなかったようです。

このマダムは、自分は特別な人間だから、特別扱いされて当然という特権意識が強いようです。こうした特権意識は、それなりの根拠があることもあれば、客観的な根拠がない思い込みにすぎないこともあります。

この女性の場合は、若い頃はスタイル抜群の美人だったらしく、あまたの男性からちやほやされたという経験が特権意識の根拠になっているようです。

もっとも、現在の彼女を客観的に眺めると、特権意識の根拠になっているはずの顔やスタイルの良さが維持されているとは言いがたいように見受けられます。

自らの特権意識を支えていた若さと美しさが徐々に失われつつあることを自分でも薄々感じているからこそ、ことあるごとに特別扱いを要求し、それが受け入れられると「まだ大丈夫」と安心するのでしょう。

【4】過大評価型〜自慢は過去の栄光

座右の銘は「I LOVE ME」(画像はイメージ)

50代の会社員の男性は、何かあると自らの「過去の栄光」を持ち出します。何よりも学歴を自慢せずにはいられないようです。「自分が大学を受験した頃は18歳人口が今よりも多かったから、大学入試は今よりもずっと難しかった」という説明を必ず付け加えます。

このように「過去の栄光」を持ち出して自慢する人はどこにでもいます。

小学校の頃はクラスで一番だったとか、若い頃はきれいでちやほやされていたという話をして、ときには何十年も前の写真を持ってきて見せてまわる始末。閉口します。

こういう人に共通するのは、現在はそれほど輝いているわけではないという点です。

高学歴の割に出世していなかったり、若い頃はそれなりにきれいだったのかもしれないけれど、今はすっかり“おばちゃん”になっていたりするわけです。

だからこそ、「過去の栄光」にすがるしかないのかもしれませんが、困ったことに、本人はそのへんの心理に気づいていないことがしばしばあります。

しかも、「過去の栄光」をよすがにして、現在の自分を過大評価していることも少なくありません。そのため、目の前の現実をきちんと認識できず、現実否認に陥ることもあるのです。そうなると一層、「過去の栄光」を持ち出さずにはいられず、悪循環に陥ってしまうのです。

【5】無価値化型〜弱者への八つ当たり

20代の無職男性は、高校卒業後、就職したものの、数カ月で辞めてしまい、その後はずっと自宅に引きこもっています。親からは「仕事を探せ」としつこく言われているようで、アルバイトを始めるのですが、長続きしたためしがありません。

「お父さんが定年退職したら、その後はどうするの」と母親から叱責されることもあり、うっぷんがたまっているようです。親からもらった小遣いを持って外出するたびに、コンビニや飲食店で、バイト店員に「接客態度がなってない」などとクレームをつけて、謝罪を要求するのだとか。

この男性の場合、親から叱責されても言い返せず、そのとき感じた怒りや攻撃衝動を関係ないバイト店員に向け変えるという「置き換え」のメカニズムが認められます。平たく言えば、ただの八つ当たりです。

接客業の店員や駅員、力関係がはっきりしている職場の部下など、言い返せないような立場の人はこの「置き換え」の対象になりやすいものです。

その結果、店員に土下座を強要したり、駅員に暴力を振るったりする事件が頻発しています。いずれにせよ、他人をおとしめることで相手を無価値化すれば、自分の価値が相対的に上がると信じているがゆえの振る舞いですが、勘違いもはなはだしいですね。

「自分大好き」はしたたか者

このように、「自分大好き」人間は、自分自身の優位性を常に確認せずにはいられず、さまざまな振る舞いに出ます。

これは、ラ・ロシュフコーが言っているように「自己愛は、あらゆるおべっか使いのうち、最もしたたか者」だからでしょうが、そのせいで周囲の反感や敵意を買いやすいようです。はた目にも“痛い”と映ることがしばしばあります。

ですから、「おべっか使い」である自己愛のせいで暴走していないか、わが身を振り返るまなざしを常に持っておきたいですね。

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プロフィル

片田 珠美(かただ・たまみ)

     精神科医。京都大学非常勤講師。1961年、広島県生まれ。大阪大学医学部卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。人間・環境学博士(京都大学)。フランス政府給費留学生として、パリ第8大学精神分析学部でラカン派の精神分析を学ぶ。「賢く『言い返す』技術」(三笠書房)「他人を攻撃せずにはいられない人」(PHP新書)「自己愛モンスター」(ポプラ新書)「上手に『自分を守る』技術」(三笠書房)など多数。

2018 1 12
2017.12.4 ダイアモンドオンラインより転載記事

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